第18話 畑を作ってみたら
「今日は、畑を作ろうと思う!」
朝食を食べながら、俺はセシル、グルル、ルーアに切り出した。
食料はオウデーンの街で購入しているが、グレイウルフ領の広い土地を使わないのはもったいない。
それに新鮮な野菜を食べれば、健康的な身体づくりにもつながるはず。そう思って提案してみたのだ。
「畑? いいね、作ろう! 興味あるよ!」
「はたけ! ……ってなんだぁ?」
セシルとグルルが声をそろえて乗り気の返事を返してくる。
グルルは畑という言葉自体を知らない様子だが、表情は興味津々だ。
「私は森に行って狩りをしようと思うが、どうかな?」
静かな声で申し出たのはルーアだ。
ルーアは普段は人間の姿をしているものの、本来は巨大な狼である。
食べる量が俺たちより遥かに多いことを気にして、自ら獲物を調達しに行くつもりらしい。
「分かった、ルーアには狩りを頼むよ。グルル、畑というのは、色々な野菜や穀物を育てる場所なんだ。グルルはトマトが好きだろ?」
「うん! トマトすき!」
「畑でトマトを育てれば、好きなだけ食べられるぞ。どうだい、やる気になったか?」
「いいなぁ! グルル、トマトつくるぞぉ!」
グルルは両手を突き上げて元気いっぱいの返事を聞きつつ、俺たちは朝食を食べ終えてから庭に出た。
畑を作るにしても、住居に近すぎるのも微妙だな。
家から少し離れた場所に畑を作るとするか。といっても、そこらに草も生えているし、石も転がっている。
「じゃあ俺が草を抜くから、セシルとグルルは小石を拾ってくれるか?」
「「 はあーい! 」」
俺は腰をかがめ、根っこごと草を勢いよく引き抜いていく。
手応えのある根を引っ張るたび、土の香りが広がる。
それと大きな石を見つけては持ち上げ、畑となる区画の外側へどかしていった。
一面の雑草を取り除き、下地を整えたところで次の作業だ。
オウデーンの街で仕入れておいた、畑作りの主戦力である『鍬』を取り出した。
土に打ち込み、力強く掘り起こして土を柔らかくほぐしていく。
セシルとグルルも小さな鍬を手に取り、夢中になって地面を耕していた。
仕上げに灰や落ち葉を混ぜ込んで、土に栄養を行き渡らせるのが重要だ。
「フェルってさ、こういう畑を作るのも得意なんだね」
額の汗を拭いながら、セシルが尋ねてきた。
「外で長期間の野営をしていた時期があってね。食料の確保が死活問題だったから、自分たちで野菜を育てる方法を覚えたんだ」
「なるほどね〜。フェルは本当に色んなことを知ってるなぁ!」
「まあ、俺の知識なんて素人に毛が生えた程度だけどね」
これは謙遜ではなく、本当に基礎的な手順しか知らない。
ただ、今回の畑仕事には別の意味もあった。セシルに一般の生活というものを体験してほしいという思いがあったのだ。
王城での暮らしでは、畑作りの作業に触れる機会など皆無だったはずだからだ。
やがて、平らでふかふかになった土を小さな山形を作った。
「よし、じゃあ種を撒こう!」
オウデーンで買ってきた数種類の種を取り出す。
イモ類のように種イモを植えるものもあるため、それぞれ植える区画を分けることにした。
種まきは二人に任せて俺は余っていた木材を加工し、植物を支えるための支柱を組み立てていく。
グルルの好きなトマトなどはツルが伸びるため、こうした支柱が欠かせない。
セシルとグルルは指先で土に穴をあけ、丁寧に種を植え付けていた。
カブやイモなどの種が、柔らかい土の中に収まっていく。
「先のことも考えて、豆も植えておくか」
豆類は土壌を豊かにする効果がある。
植えておくだけで、今後の畑の育ち具合が格段に良くなるはずだ。
「ふー、全部撒けたね!」
顔に土をつけながら、セシルが達成感に満ちた笑顔を浮かべた。
「よし、仕上げの水やりだ!」
俺が川から持ち運んできた樽の水から、二人がジョウロで畑全体に水を注いでいく。
注がれた水滴が午後の陽光を反射して輝いていた。セシルとグルルも楽しそうに声を掛け合っている。
「よし、これくらいで充分だな。それじゃあ二人とも、これからお湯を用意するからお風呂で身体を洗ってきてくれ」
「「 はあーい! 」」
二人とも服や手が泥まみれだ。
もちろん、俺自身も全身土だらけである。
二人が風呂に入っている間、俺は近くの川へ向かい一気に汚れを洗い流した。
川から上がって服を着直すと、ちょうど森の方角からルーアが戻ってきた。
「お帰り、ルーア」
「ああ、今戻った。あそこに狩ってきた獲物を置いてある」
ルーアが指し示した方角に目をやると、巨大な獲物が山のように積み上がっていた。
「こんなに獲ってきたのか……」
「ああ。これくらい持ち帰らなければ、私の腹を満たせないからな」
「そうか……そうだよな……」
巨大な狼としての本来の姿を思えば、これほどの量が必要なのも納得できる。
「フェル、すまないが解体と処理を任せてもいいか?」
「ああ、すぐに取りかかるよ」
せっかく身体を洗ったばかりだったが、俺はナイフを手に取り、獲物の血抜きや皮剥ぎなどの作業へ着手した。
ヴァルガノスの肉も残っているが、ルーアは色々な肉を食いたいという事らしい。
やがて夜になり、賑やかな夕食の時間がやってきた。
「トマト、いつ食べられるかなぁ?」
器を抱えたグルルが首をかしげて尋ねてきた。
「そうだなぁ、早くても50日くらい先かな。それまで毎日、しっかり水をあげないといけないぞ」
「グルル、まいにち水をやるぞぉ!」
グルルは力強く頷き、やる気を全身で表現する。
続いてセシルが不思議そうに声をかけてきた。
「これから畑って、どうなるの?」
「芽が出て、少しずつ大きくなっていくんだよ。雑草を取ったり手入れも必要だから、明日から順番に教えていくね」
その時は、本気でそう思っていたのだ。
まさか、あんな事になるとは思いもしなかったから。
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次の日の朝。
「おはよう」
「おはよー!」
「グルル、はたけ見てくる!」
挨拶もそこそこに、グルルは勢いよく外へ飛び出していった。
ルーアがその後を静かに追っていく。
「まあ、早ければ今日あたり小さな芽が出ているかもしれないな」
そんな軽い気持ちで朝の準備を進めていた。
ところが、家に戻ってきたグルルの姿を見て言葉を失う。
「もしゃもしゃもしゃ!」
グルルが口を大きく動かし、何かを夢中でかじっていた。
その手に握られているのは——どう見ても完熟したトマトだったのだ。
「グルル? そのトマト、一体どこで取ってきたんだ?」
「はたけだよぉ!」
「……畑?」
俺とセシルは顔を見合わせ、大急ぎで外へ飛び出し畑に視線を向けた。
「な、なんだこりゃあ!?」
思わず素っ頓狂な大声が出た。
昨日種を撒いたばかりの畑に、色鮮やかな大量の野菜が青々と実っていたのだ。
「わぁ、豊作だね!」
「豊作、だけどもだ……」
いやいやいや、これはおかしいだろ……!?
驚いている俺の横で、グルルが二つ目のトマトをもしゃもしゃと食べていた。
「何かあったのか?」
俺が驚いている横で、ルーアが問いかけてくる。
「昨日撒いたばかりの種が、もう実っているんだ。ルーア、この場所って何か特別だったりするのか?」
「特別? さして特別な事はないが、しいて言えば土地には豊潤な魔力が宿っているくらいだな」
あ、絶対それでしょ……




