第15話 玉座
「グオォォォ……! グオォォォ……!」
静かな夜の草原に、オルドの豪快なイビキが響き渡る。
この石造りの住居に来てから、夜になるまで俺たちは実に色々な事をしていた。
まず野営用の風呂釜で、近くの川から冷たい水を運び火で温めて風呂に入った。
今日俺はヴァルガノスの口に入った事により、少しでもさっぱりしたかった事もある。
それから木箱や木材を組み合わせて、仮設の寝台を作ったのだ。
今では、グルルがルーアと一緒に寝ている姿が微笑ましい。
だが天井や壁を見ると、いくつかの穴が開いており、そこから冷たい夜風が吹きすさぶ。
ここを修理して、グルルとルーアが快適に暮らせるようにしてあげたい。
さらに住居を増やし、俺とセシルが暮らせる場所も作らないとな。
資金は俺の元手や、ヴァルガノスの素材がある。住居のひとつやふたつ、建てるのには問題ないだろう。
俺がそんな事を考えていると……
「へっくち!」
横の寝台で寝ているセシルが、可愛らしいくしゃみをした。
「セシル、大丈夫か?」
「あ、起こしちゃった? ごめんね」
暗がりの中に、照れた顔のセシルが見える。
どうやら、寝袋だけでは寒かったらしい。
セシルの身体は細い。体温も低いのだろう。こんな事に気を遣えないとは、俺としたことが……反省だ。
「セシル。こっちにおいで」
俺は自身の寝袋の片側を開け放った。寝袋自体は大きいので、二人で入るのに問題は無い。
だが、その言葉を言って、ハッと気づいた。
また迂闊な事を言ってしまった、という事に。
冒険者として、雪山などの野営時に寝袋の中で複数の者が寝る事はよくある。
寝袋の中で一緒に寝る相手が男だろうが女だろうが、そんな事を気にしていられない。
極寒の中で迂闊に体温が下がったまま寝ると、そのまま二度と目を覚ます事がないからだ。
代償が死だとすると、それを回避するためのあらゆる行動をする。次第にそれを繰り返すうちに、慣れが発生してしまう。
だからこそ、俺は無意識のうちに『やってしまった』のだと気がついた。
年頃の女の子に、こんな事を言うべきではなかったと。
だが、セシルの反応は俺の予想と違っていた。
「うん!」
セシルは待ってましたと言わんばかりに、俺の寝袋に入りピョンと飛びついてくる。
「あったか~い!」
俺の肌に触れたセシルの手足は、思った以上に冷えていた。
セシルは俺の腕を枕にして、ピッタリとくっついてくる。
これはもしや、グルルの真似だろうか。
グルルは、ルーアの身体に吸いつくように寝ている。
それを見たセシルが、もしかして自分もこうしたかった、という事も充分にありうる。
セシルは孤児院育ちだと言っていたな。
俺が親代わりになり、セシルの寂しさを埋められるのだとしたら……それも悪くない。
それからすぐに、セシルは安心しきった表情でスースーと穏やかな寝息を立て始める。
俺もそのまま、セシルを冷やさぬように優しく抱きしめて眠りについた。
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「では住居が完成するまで、戦時用の大型の仮設テントはどうでしょうかな?」
「戦時用のテントを使ってもいいのか?」
俺がグレイウルフ領に住むための住居建設の事をオルドに相談すると、大型のテントを使う提案をしてくれた。
「問題ありません、何せ一度として使ったことがありませんからな! これでは倉庫の肥やしになってしまいますわい! 兄者には拙者から伝えておきしょう」
「そうか、それは助かる。ありがとう、オルド」
隙間風が吹きすさぶ住居より、テントの方がまだましだろう。
俺とオルドは平気だが、小さなグルルも高齢そうなルーア、それに身体の細いセシルを優先的に住まわせたい。
うん、女性たちのグループでちょうどいいかもしれないな。セシルもその方が安心するだろう。
それからというもの、物事が急激に動いていった。
商人や冒険者たちが、我先にとグレイウルフ領の建築を手伝ってくれたのだ。
商人は多数の馬車を動かして資材を運び、冒険者たちや大工たちは住居の他、オウデーンへ続く道づくりなども買って出てくれた。
さらには、オウデーンの飲食店までが遠出して、このグレイウルフで臨時の店舗まで作っている始末だ。
皆の手伝いへの執念が、とにかくすごかった。
「オルド、何かしたな?」
「はははは! この手伝いの成果次第で、ヴァルガノスの資材や肉の配分が決まると伝えただけですぞ!」
「なるほどな……そういう所はしっかりしてるな」
オルドの計らいに、素直に感心して頷いた。
さすが貴族の次男坊だ。
辺りの手伝ってくれている商人たちを見ると、皆が汗水たらして働いてくれているのには驚くばかりだ。
安全が確保された土地で、さらには新規開拓の資金が潤沢にある領地に商人としての嗅覚を刺激しているのだろう。
だが、俺がさらに驚いたのはオルドが持ってきた戦時用のテントだった。
平屋だが、部屋が無数にあり一軒家よりも遥かに大きい。
壁になっている布地も厚手で、しっかりと風を防いでくれる。
なによりも装飾が豪華で、俺はこんなテントを見た事が無い。そもそもテントなのかどうかすら怪しい。
「おい、オルド。このテントは何なんだ?」
「これは万が一、王族が視察に来た時のためのテントですな」
は? 王族用?
……道理で立派なテントのはずだ。
「念のため聞くが、それって使っていいものなのか?」
「ええ。どうせ王族が来たとしても絶対に使いませんからな。王族が戦時に視察に来たとしても、自前のものを用意しておりますから」
「ん? それってどういう事だ? 王族は自分でテントを持っているのに、わざわざ使わないテントを用意しているということか?」
「ええ。この王族用のテントを持っている、という事が忠誠の証なんだとか。ですので、好きにお使いください!」
ああ、そういうことか。随分とめんどくさいな、貴族とやらは。
その王族用にテントには、なんと中央に木製の玉座も用意されていた。
さすがに俺が座るのは遠慮したい。
だが、その玉座を気に入っている者がひとりいた。
グルルだ。
グルルは玉座にちょこんと座って、言い放った。
「うむ! くるしゅうないのだぁ!」
グルルの隣で、セシルが笑っていた。
……セシル、グルルに変な言葉を教えないでくれよ。




