第12話 ヴァルガノス討伐戦
「本当に、あの魔獣を倒すつもりなのですか? さすがに無謀かと思いますが……無理せず、今すぐあなたも逃げなさい」
俺を案じて、凄く心配してくれている巨狼。
まさか、魔獣に心配される事になるとはな。
「大丈夫ですよ。これまでにも、たくさん倒してますから。それに倒すなら早い方がいいですし。その魔獣の巣の場所は分かりますか?」
「巣なら分かりますが……本当に挑むのですか?」
巨狼は、まだ不安そうな目を俺に向けている。
話によると、ヴァルガノスは岩場の洞穴を根城にしているらしい。
俺たちは、巨狼に案内された場所へと馬に乗って移動していた。
馬の蹄が土を踏む音が、静かな道に響いていく。
その移動中、俺は前を歩く巨狼に声をかけた。
「あの、グルルのお母さん。名前をきいてもいいですか?」
「ああ、申し遅れましたね。私はフェンリル族のルーアと言います。よろしく、フェルレイド」
「ルーアさんですね。俺の事は気軽にフェルと呼んでください」
俺がそう言うと、ずいとセシルが顔を出した。
「私はセシルです!」
「拙者はオルドと申します!」
「グルルはグルルだよ!」
皆が元気よく自己紹介をして、ルーアがこくりと頷いた。
ルーアは友好的な魔獣という事で間違いは無さそうだ。
そのまましばらく進むと、ゴツゴツとした岩場が見えてきた。
辺りには、温泉と似た独特の臭いが立ち込めている。鼻を突く強い刺激臭だ。
「むむ! これは温泉と同じ臭いですな。この辺りにもオウデーンと同様に、温泉が出ているのかもしれませんぞ」
オルドが鼻をひくつかせながら周囲を見回している。
「ありえるな。ヴァルガノスは温かい場所を好むからな。……お、あの洞窟か?」
先導していたルーアが足を止め、ぽっかりと口を開けた大きな洞窟の前に立っている。
俺は馬を降りて、その洞窟の先を確認した。
洞窟の奥は真っ暗で、風が微かに吹き出してきており、中の様子はまったく見えない。
「この先にいるのか。ヴァルガノスは未だ冬眠中なのか?」
「いえ、奴は長い眠りから目を覚ましています。ですが、起きていてもしばらくは動きませんが、あまり巣に近づくと襲ってくるので気をつけてください」
「なるほど、それじゃパッパとやっちゃいますか」
「へ……? パッパと?」
俺は後方に待機しているオルドに手を振って合図を送った。
意図を察したオルドが、セシルとグルルをさらに後方へと移動させる。
充分に安全な距離まで下がった事で、これで戦闘準備完了だ。
俺は背中の剣を鞘から抜き、刃の鈍い光が洞窟を照らした。
「……本当に戦うのですか? 人間のあなたが?」
ルーアが信じられないという顔で、俺の顔を見つめている。
「ええ、まあ見ててください」
まだ信じられぬという顔をしたルーアを後方へ下がらせ、俺は剣を構えた。
剣の腹を、洞窟の壁へとバチンと当てる。
洞窟内に『ビイイーーン!』という甲高い金属音が反響していった。
——ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
直後、洞窟の奥から地響きが伝わってくる。
ヴァルガノスが金属音という異音に反応した証拠だ。
足元の地面が微かに震え、重い足音が段々とこちらへと近づいて来る。
「奴が来ました!」
ルーアが構えながら叫ぶ。
やがて洞窟の暗がりから、その巨大な姿が現れた。
あの姿、やはりヴァルガノスだ。とりわけ普通のサイズよりかは大きい。
ヴァルガノスは竜という分類だが、ようは強靭なアゴを持った巨大なトカゲだ。
巨体のルーアが戦っても、あのヴァルガノスの強靭な鱗には歯が立たないだろう。
それもそのはず、ヴァルガノスの鱗はめちゃくちゃ硬い。
ヴァルガノスは動物や木、岩さえも食べる。さらには硬い鉱石も食べてしまうので、その鉱石の成分が体表の鱗へと変わるのだ。
俺の剣でも、あの硬い鱗を切り裂く事はできない。
『ギシャアアアアアアアアッ!!』
ヴァルガノスが、耳をつんざく雄叫びを上げた。周囲の空気がビリビリと震える。
ズンズンズンと重い足音を立てて近づいて来るヴァルガノス。
奴の攻撃手段は、ひとつだけしかない事は分かっている。
それは『標的を食べる』ことだ。
ヴァルガノスは大きな口を横向きにして開け、まっすぐ俺に突っ込んできた。
「さあ、俺に向かって来い!」
『ギシャアアッ!!』
剣を構える俺の目の前に、ヴァルガノスの巨大な口が迫る。
鋭い牙が並ぶその空間へ、俺は——迷いなく突っ込んだ。
「なっ!? フェル、何をしているのですか!?」
後ろからルーアの慌てる声が聞こえる。
ヴァルガノスの突進してくる勢い。
そして、俺が前へと踏み込む勢い。
ヴァルガノスが硬いのは鱗だけ。要は、体内が弱点になのだ。
「うおおおおおおっ!」
俺はヴァルガノスの口の中へ自ら飛び込み、柔らかい口の上部へ向けて剣を力強く突き立てる。
勢いに乗ったヴァルガノスは、自らに刺さった剣をさらに深く押し込んでいく。
刃は肉を裂き、すぐにヴァルガノスの脳へと達した。
——ズズゥゥンッ!
ヴァルガノスの巨体が力なく倒れ込み、地面に鈍い音を響かせる。
土煙が舞い上がる中、俺はその体重で圧死しないよう、すぐに口内から脱出した。
「ふう……終わったよ!」
俺はルーアや、後方に待機しているセシルとオルド、グルルに向けて手を振った。
オルドは俺の戦い方に大爆笑して喜んでいるが、他の三人はポカンと口を開けて固まっている。
セシルにいたっては、顔面が真っ青だ。
……俺が口に入ったのを見て、食べられたと思って驚かせてしまったか。
俺が無事だと分かり、皆が急いで走って近づいてくる。
「いやぁ、さすがフェルレイド隊長! まったく恐れを知らぬ戦いぶりですなぁ!」
「ああ、ビビったら負けだからな」
「フェル、大丈夫なの!?」
セシルが不安そうな顔で、俺の全身をくまなく確認してくる。
「怪我ひとつしてないよ。ほら、全然大丈夫。これくらいじゃあね」
「怪我してない? 本当に本当なの?!」
「本当に本当だよ」
俺は親指を立てて無事をアピールしてみたが、セシルはまだ心配そうに俺の袖を握っている。
次は、ちゃんと作戦を事前に言っておくべきだな。要らぬ心配をかけるのは控えよう。
すると、ルーアとグルルも俺のそばへやってきた。
「フェル、つよいねぇ! すごいねぇ!」
「まさか、本当にこの獣を倒してしまうとは……フェル、あなたはいったい何者なのですか?」
ルーアが信じられないものを見る目で、俺に問いかけてくる。
「俺ですか? 俺は……たんなる、ここの領主ですよ」
自己紹介の時、傭兵や冒険者というと怪しげに見られる事が多い。
領主と名乗るのは案外良いものかもしれないな。
そんな事を考えていたが、今は急いでやらなければならない事がある。
「よし、じゃあ次は……このヴァルガノスを食べよう!」
ふふふ、久しぶりにヴァルガノスの肉にありつける。
だが、ルーアは「え、こいつを食べるのですか……?」と、また怪訝な顔をしていた。




