第10話 モフモフ
俺は今、一人で『入口の森』の中に潜んでいる。
少し開けた地面の上に肉と果物を並べ、そこから離れた太い木の陰からじっと様子を窺っている。
身を隠して、こっそりと『白い獣』が来るのを監視しているのだ。
獣であれば、肉か果物の匂いに誘われてくるはず。
今回は、いきなり捕獲したり倒したりするつもりはない。
どれほどの危険性を持っているのか、まずこの目で確かめておきたいだけだった。
オルドとセシル、それと門番には森の外で待機してもらっている。
もし戦闘になれば、すぐに駆けつけられる距離だ。
俺は息を殺して、餌場の方へと集中した。
……。
…………。
………………。
だが、待てど暮らせど何も現れない。
白い獣どころか、普通の獣一匹すら姿を見せなかった。
「……来ないな。餌が違うのか?」
それともこちらが発する気配や、罠の匂いに敏感な特別な獣なのだろうか。
何しろ、相手の正体がまったく知られていないのだ。
こちらの知識に基づく手探りのやり方にも限度がある。
「……それにしても、本当に何も来ないな」
「何かを探しているのか~?」
「ああ、白い獣が出たらしいんだ」
「ふーん? 白い獣かぁ~。そんな奴がいるんだねぇ」
どうやら、白い獣というのはこの辺りでも珍しい存在らしい。
あまり詳しくは知られていないようだ。
……ん?
俺は、誰と話しているんだ?
声は、俺のすぐ背後から聞こえていた。
背筋に冷たい汗が走り、勢いよく後ろへと振り返る。
すると目の前に、真っ白でふさふさとした毛の塊が立っていた。
俺の気配察知すら軽々とすり抜け、いつの間にかゼロ距離まで近づいてきていたのだ。
「うわっ、でた!!! 白い獣か!? いつの間に俺の背後に!?」
「えっ!? な、なに!? 白い獣ってどこどこ!?」
俺は驚きのあまり反射的に地面を強く蹴り、森の出口に向かって全力で駆け出していた。
あっという間に『入口の森』の出口まで走り抜ける。
「フェルレイド隊長!?」
森から飛び出してきた俺の姿を見て、待機していたオルドが驚きで目を丸くしている。
「オルド! 白い獣が出たぞ!」
「フェルレイド隊長! 足! 足に白い獣が張り付いていますぞ!?」
「なにっ!?」
言われて慌てて自分の足を見る。
俺の右足に、先ほどの白い毛の塊がぴったりと張り付いていた。
「うわああああっ!?」
振り払おうと、足をブンブンと振り回す。
だが白い獣はしがみついたまま、一向に離れない。
しかし勢いよく振り抜いた瞬間、白い獣がポーンと高く宙に舞った。
「ひええええええぇぇっ!」
空を舞う白い獣が、悲鳴のような声を上げた。
「……あれは?」
宙で手足をジタバタとさせている、その白い毛玉。
よくよく目を凝らせば、それは白い獣の毛皮を模した着ぐるみを着た子どもだった。
顔と、手足だけが着ぐるみから外に出ていたのだ。
「たすけてぇ~!!」
宙を舞う白い獣——いや、白い獣の着ぐるみを着た子ども。
そのまま地面に落ちれば大怪我に繋がってしまう。
俺は着地点まで一気に駆け寄り、両手を大きく広げてその小さな身体をしっかりと受け止めた。
腕の中に収まったのは、確かに真っ白な毛皮に包まれた子どもだった。
「ふう……危なかったな」
「あ~、ビックリしたぁ。助けてくれてありがとぉ」
俺の腕の中で安心したのか、その子はあどけない笑顔を浮かべてこちらを見上げている。
拍子抜けするほどの愛くるしさと、ここまで警戒を重ねていた自分への可笑しさが同時にこみ上げてきた。
この子どもが、あの『白い獣』なのだろうか?
——————
白い毛を着て魔獣が住む森に居た、不可思議な子ども。
今はなんと、セシルに抱きかかえられている。
「怪我は無さそうだな。宙にほおってすまない事をした」
「別にいいんだよぉ!」
あっけらかんとした態度の子ども。
年は10歳くらいだろうか。
「俺はフェルだ。きみ、名前は?」
「グルルだよぉ! よろしくねぇ!」
「グルルか、よろしくな」
名前がグルル? まさに獣っぽい名前だが……
「モフモフ気持ちいい―!」
「うふふー! でしょぉ!」
なんか、セシルと気が合いそうだな。
微笑ましい光景に少し安堵しつつ、俺はセシルに抱えられているグルルに声を掛けた。
「グルルは、どこに住んでいるんだ? オウデーンの街か?」
「オウデーンてどこ? グルルはね、あっちに住んでるんだよ」
グルルが指さしたのは、オウデーンとは逆の方向だ。
そこは、今しがた俺たちが居たグレイウルフ領の方角。
「グルル殿や。まさかグレイウルフ領に一人で住んでおるのですか?!」
「ううん! グルルはお母さんと住んでる!」
「まさか……グレイウルフ領に人が住んでいるとはな。一人で帰らすのも危険だ。家まで送り届けよう」
まさか、グレイウルフ領に人が住んでいるとは。隠れた村があったりするのだろうか?
オウデーンとの交流もないとすると、何かしら理由があるのだろう。
グレイウルフ領の奥地には一体何があるのか?
その謎を解明するため、俺たちはグレイウルフ領の奥地へと向かった。
俺は、セシルとグルルと共に三人で馬に乗った。
グルルくらいの小さな体格であれば、馬の負担も問題無いようだ。
「お馬さん乗るの初めてだよぉ!」
グルルは何やら楽しそうにはしゃいでいる。
そうして再び、俺たちはグレイウルフ領へとやってきた。
「グルルのおうち、あっちあっち!」
グルルが指さしたのは、先ほど俺たちが見つけた石造りの壊れた住居だった。
そこまで来ると、グルルは中を案内してくれた。といっても、先ほど俺が探索したどおりで住居に変化はない。
「なあグルル。グルルのお母さんはどこにいるんだ?」
俺の言葉に、グルルはすぐに反応した。
「フェルたちのうしろにいるよお!」
「後ろ?」
俺たちは、背後を振り返った。
そこにいたのは家ほどの大きさの、巨大な白い狼の魔獣。
魔獣は、警戒心を露わにして俺たちをギロリと覗き込んでいた。




