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第八話 新鋭艦の宴

 11月14日 22時57分

「見張りより艦橋、敵艦隊視認できず」

「くそっ、スコールさえなければ……」

 二水戦司令部幕僚の一人が言った。「阿賀野」艦橋内は灯火管制が敷かれている故、その人物の顔はよく見えないがきっとしかめっ面をしているのだろう。


 遡ること22時10分、日本艦隊は(目視・電探双方で)米艦隊を発見していたが、スコールという南海特有の自然現象によって見失ってしまった。上空を舞う観測機も電探に匹敵する視力を持つ見張り員も、雲に遮られてしまえばどうしようもない。


「電測、どうか」

「こちら電測、ダメです。先ほど敵らしき反応がありましたがすぐに消えてしまいました」

 一昨日、真価を発揮した電探も今回はうまく敵を捕捉することはできなかった。その原因は天候か、それとも機材の不調か。


 敵を発見できないまま時間だけが過ぎていく。しかし23時17分、事態は大きく動いた。


「発砲炎を確認!」

 見張り員が叫ぶと同時に鈍い風切り音が響く。それが砲弾の飛翔音であると認識するのにそれほど時間はかからなかった。

「総員、衝撃に——」

 中川艦長が言い終わる前に重々しい音が響き渡る。


 砲弾は「阿賀野」前方200メートル程度に着弾し、巨大な水柱を発生させた。着弾の衝撃が船体を震わせる。それは、一昨日夜のものとは段違いの衝撃であった。


「これは——戦艦か!?」

「見張りより艦橋、ノースカロライナ級と思わしき艦影が——また発砲!」

「煙幕展開! 面舵、左砲戦用意!」



 第三次ソロモン海戦第二夜戦は第一夜戦同様、日米双方が敵を突然発見したことにより始まった。


 海戦において先制したアメリカ側だが、こちらも会敵は突然のことだった。日本艦隊はサボ島の影に隠れており、レーダーで探知できていなかったのだ。しかしその後の動きは素早く、戦艦「ワシントン」は16インチ三連装砲を「敵巡洋艦」に向けた。この時、日本艦隊との距離は16キロメートル、第一夜戦同様かなりの近距離での戦闘だ。


「敵巡洋艦、轟沈!」

 見張り員の報告にTF64司令部は沸き立つ。しかし、ウィリス・リー少将は落ち着きを払って言った。

「見張り、レーダーともに海上に注意せよ。敵は戦艦2隻を伴っている。発見次第、ヤツを叩け」


 日本海軍の通信傍受及び潜水艦からの情報によると、敵の陣容は戦艦2隻、重巡6隻以上、戦艦のうち1隻はコンゴウ・クラスであると分かっている。もう1隻の艦型は不明、だが日本が軍縮条約脱退後に建造した新鋭艦の可能性が高い。


 TF64の任務はガ島周囲の制海権の確保、そのために最大の脅威となるであろう敵戦艦は最優先目標である。尤も、米海軍砲術の権威であるリーには日本海軍の戦艦に砲戦を挑みたい、と言う欲求も少なからずあったが。


「敵巡洋艦隊、煙幕を展開しました」

 見張り員が言った。ここまで敵からの攻撃はない。向こうも突然の会敵に混乱しているようだ。


「レーダーに感あり! 右舷前方に複数の大型艦が!」

 23時30分レーダー員が叫ぶ。敵の主力艦隊か。

「右舷方向に敵艦、戦艦3隻!」

「3隻だと!?」

 見張り員の言葉にTF64幕僚の一人が困惑する。事前情報では戦艦は2隻、何かの間違いか―—


「間違いありません! 戦艦は3隻、後方の2隻はナガト・クラス!」

 長門型戦艦ナガト・クラス——日本が誇る16インチ砲艦だ。

「先頭艦は未知の新型かと!」

「一体どういう——」

「そんなことはあとだ! 砲戦用意、目標、敵先頭艦!」

 混乱が加速する。リーは砲撃命令を発した後、考え込む。

(つまり戦艦は4隻、なぜだ? もしや、ナガト・クラスを巡洋艦と誤認した? だとすると例の新型は——)


「敵艦発砲!」

 見張り員の叫びにリーの思考は打ち切られた。その十数秒後、「ワシントン」はその生涯において——否、アメリカ海軍の全ての艦艇が――初めて経験する巨大な衝撃に襲われた。



「一戦隊、射撃始めました!」

 見張り員の報告とほぼ同時に、遠雷のような音が聞こえる。「長門」「陸奥」の41センチ砲、「大和」の46センチ砲の射撃音だ。


 「阿賀野」は生きていた。轟沈した、というのは「ワシントン」見張り員の誤認であった。彼女は煙幕の張り、TF67から距離をとっていた。今は米艦隊とは煙のカーテン越しに対峙している状況だ。


 敵の姿は見えないが、味方の姿ははっきりと見えた。低く垂れこみ、上空を覆っていた雲は徐々に薄くなり、切れ目から満天の星空が見える。ここか戦場でなければ、誰もが見とれてしまうほどの絶景であった。


 砲声が聞こえる。急行列車の通過音と例えることもできる音が十数秒にわたって響き、轟音とともに「大和」の周囲に水柱が立つ。しかし、「大和」も負けじと撃ち返す。


 世界最強の戦艦として誕生し連合艦隊旗艦に任ぜられながら、これまで後方にいた「大和」、彼女は今最前線で敵戦艦との壮絶な殴り合いを演じている。その姿は、彼女が自らの役割——即ち帝国に仇なす敵を打ち破ること——を果たすことができたことに対する喜びに震えているかのようであった。


「司令、我々ももたもたしている場合ではありません。すぐにでも敵戦艦に雷撃を!」

 中川は興奮し、田中司令に詰め寄る。しかし、田中は慎重であった。

「落ち着け艦長、敵は戦艦だけと決まったわけではない。巡洋艦部隊もいるはずだ。戦艦の相手は一戦隊と三水戦に任せ、我々は彼らの支援を——」

「電測より艦橋、左舷後方に艦影! 重巡4隻以上!」


 第三次ソロモン海戦第二夜戦 概略図

挿絵(By みてみん)



 23時43分

「新たな敵が出現! 数、重巡5、駆逐6以上! 距離12(12,000メートル)」

 第二艦隊旗艦「愛宕」夜戦艦橋は急に忙しくなった。参謀が鉛筆を握り、海図に何かを書き込んでいる。

「このまま進めば、敵艦隊にぶつかります。ここは面舵を取り、距離をとるべきかと」

「何を言う、一戦隊に敵を近づけるべきではない。このまま直進、敵の針路を妨げるように動くべきだ」

「しかし、我が艦隊は艦隊運動の訓練が不十分だ。近距離戦は難しいだろう」

「ここは魚雷戦を仕掛けるべきかと。まず敵艦隊の陣形を乱し、その後砲戦を挑むべきです」

 作戦参謀、航海参謀、水雷参謀らが口々に言い合う。参謀長白石万隆少将は司令長官近藤信竹中将に向き直り、口を開いた。

「長官、どうしますか?」

「このまま直進せよ。距離80地点で砲戦を開始する」


 近藤は近距離での殴り合いを選んだ。艦隊は増速し、敵艦隊に接近する。


 先に砲門を開いたのは、米艦隊だった。重巡3隻の8インチ砲、軽巡2隻(日本側はその大きさから重巡と誤認)の6インチ砲が火を噴く。しかしその狙いは甘く、第二艦隊から100メートルほど後方に着弾し、空しく水面を叩いた。


 一方の第二艦隊の進撃も順調とはいかなかった。第四戦隊と第七戦隊の間で行われた艦隊運動訓練は不十分、二水戦と戦艦「霧島」に至っては訓練はおろか機関の回転数の調節すら行っていない。陣形は徐々に乱れ、これはのちに重大な事件を引き起こすことになる。


 それでも23時55分頃、第二艦隊も砲門を開いた。重巡6隻の20.3センチ砲、「霧島」の35.6センチ砲が唸る。



 鉄底海峡アイアンボトム・サウンドの喧噪は続く。

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