第九話 乱戦再び
23時30分
戦艦「大和」が自慢の46センチ砲を咆哮させる直前、前衛駆逐艦同士の戦いも始まっていた。
「前方に駆逐艦、数4!」
見張り員の報告に「綾波」駆逐艦長作間英邇中佐が応える。
「機関最大出力! 左砲戦用意!」
この時、「綾波」は艦隊全体から突出していた。敵艦隊との遭遇により進路を南に変更していた二水戦を敵艦隊だと誤認した結果、三水戦旗艦「川内」と駆逐艦「敷波」「浦波」が迎撃のために北へ進路を変更、「綾波」のみ前方警戒を続行することになった。それ故、彼女は敵の前衛駆逐艦と単独で対峙することとなったのだ。
4対1、後方にいる戦艦のことも踏まえると圧倒的な戦力差だ。しかし、作間の心には躊躇や恐怖といった感情はなかった。駆逐艦長を歴任し、開戦以降「綾波」と共に戦ってきた彼には、自らと部下への厚い信頼があった。また、後方には連合艦隊旗艦がある。ここで逃げるという選択肢はなかった。
「目標、敵先頭艦!」
砲術長が叫び、12.7センチ連装砲が旋回する。艦首は海を力強く切り裂き、彼我の距離はどんどん縮まる。しかし、その間に敵がこちらに主砲を向けることはなかった。
後方から轟音が響き渡る。巨大な水柱が前方に出現した直後、敵戦艦の艦上に閃光が走り、ほぼ同時にまた同じような轟音が響いた。戦艦同士の砲撃戦が始まった。その中を「綾波」は進む。
23時34分
「距離50(5,000メートル)! ——ッ、敵艦発砲!」
ここでようやく敵は「綾波」の存在に気が付いたようだ。放たれた5インチ砲弾によって海面に水柱ができる。
「主砲射撃開始!」
「ヨーソロー! 主砲斉射!」
「綾波」も撃ち返す。12.7センチ連装砲3基6門が火を噴き、砲弾が宙を舞う。そして着弾、暗い海上に炎が上がった。
「敵艦に命中弾!」
「よし、砲術うまいぞ! このまま撃ち続けろ!」
見張り員の言葉に作間は歓喜の声を上げる。さらなる射撃が行われ、海上に新たな松明が出来上がった。
この時の「綾波」の砲撃命中率は驚異的な数字であった。最初の砲撃は前衛駆逐隊3番艦「プレストン」に命中、次に先頭艦「ウォーク」に直撃弾を与え、両艦に火災を発生させた。
しかし、敵も黙っていない。ついに「綾波」は被弾した。
「一番煙突付近に被弾、火災発生!」
「一番連管、旋回不能!」
被弾によって3基搭載されていた三連装魚雷発射管のうち1基が故障、さらに内火艇のガソリンタンクから出火し、火災は魚雷発射管に迫る。
「水雷長、魚雷発射だ!」
作間の判断は早かった。駆逐艦にとって魚雷の誘爆は避けるべき最悪の事態であったからだ。
「了解、魚雷発射!」
二番、三番連管から魚雷(酸素魚雷ではなく空気式の九〇式魚雷)6本が放たれる。その後、ガ島を背に離脱を図るも立て続けに被弾する。
一方、放たれた魚雷は「ウォーク」と後続する「ベンハム」に命中した。「ウォーク」は1番主砲弾薬庫が誘爆し轟沈、「ベンハム」は弾薬庫誘爆こそしなかったものの艦首が潰れ航行不能となった。
「綾波」1隻により大打撃を被った前衛駆逐隊、そこに「川内」以下三水戦主力が殴り込んだ。火災によって恰好の標的となった「プレストン」は滅多打ちにされ沈没、航行不能となっていた「ベンハム」は止めを刺され、残る「グウィン」も機関がやられ落伍した。
戦闘開始から20分、三水戦の前に立ちふさがっていた駆逐艦4隻は全滅した。
23時55分
「火災、消火できません!」
「ここまでか……」
内務長の悲痛な叫びに作間は顔を歪ませた。「綾波」に最期の時が迫ってくる。すでに爆雷など危険物は投棄され、カッターを降ろす準備も行われている。
「総員、最上甲板——」
「左舷後方より大型艦! サウスダコタ級です!」
総員退艦命令は突如としてこちらに進路を変更した敵戦艦により撤回された。作間は「綾波」駆逐艦長として最後になるかもしれない命令を下す。
「主砲、目標敵戦艦! 撃ち方始め!」
「前方に敵駆逐艦! 炎上しています!」
「両用砲で狙え! 踏みつぶしてやる!」
見張り員の報告に「サウスダコタ」艦長トーマス・ギャッチ大佐はいら立った声で答えた。
彼にしてみれば、この状況は面白いものではなかった。前を進んでいたTF64旗艦「ワシントン」は敵戦艦の集中砲火を浴び大破炎上、前衛駆逐艦は全滅し、側面からは敵巡洋艦隊が向かってくる、この状況においてギャッチに残された選択肢は取り舵を取り海域を離脱することであった。不可抗力とは言え、最新鋭戦艦が敵から「逃げる」ような恰好となってしまったことにギャッチは不満であった。
そこに敵駆逐艦が現れた。ギャッチは少しでも戦果を挙げようと(彼の評価は「サウスダコタ」が起こした度重なる事故によって微妙なものであった)その「沈みかけの」駆逐艦を沈めようとした。
しかし、手痛いしっぺ返しを食らうことになる。突如として敵駆逐艦は発砲、数秒後ガツンという衝撃とともに艦橋内部は真っ暗になった。
「電源喪失!」
「レーダーシステム、ダウン!」
駆逐艦程度の砲撃では戦艦のバイタルパートの貫通など望むべくもない。しかし、元より調子の悪い「サウスダコタ」の電気系統に損傷を与えることは可能であった。
「くそったれ!」
地団駄を踏むギャッチ、そんな彼にさらなる追い打ちがやってくる。
「敵戦艦! こちらに向かってきます!」
見張り員が叫ぶ。後方から追いすがってきた敵戦艦、その距離は10キロを切っていた。
そして1分後、「サウスダコタ」は先ほどのものより数千倍はあろう衝撃に襲われた。
23時57分
「敵弾来ます!」
同じころ、第二艦隊もまた敵巡洋艦部隊との激闘を繰り広げていた。旗艦「愛宕」の周囲に水柱が乱立する。
「小口径のようですが数が多い。ブルックリン級がいるのでしょう」
砲術参謀が言った。6インチ三連装砲を5基装備するブルックリン級、破壊力や命中率はどうであれその投射弾数には目を見張るものがあった(クリーブランド級は配備されたばかりの新鋭艦であり、その情報を日本軍はまだ掴めていない)。
「敵先頭艦に命中弾!」
しかし、先に命中弾を出したのは第二艦隊だった。緒戦のスラバヤ沖海戦は目を覆いたくなるほどひどい命中率であったが、今回は距離が近いこともあり命中率は良い。
雷鳴のような音が響く。後方の戦艦「霧島」の砲撃だ。数十秒後、轟音とともに前方に爆発炎が広がる。
「敵重巡、沈みます!」
敵先頭艦——重巡「オーガスタ」中央部に35.6センチ砲弾が直撃、砲弾は機関室を粉砕し艦底部で起爆した。
大西洋艦隊旗艦を務め米英首脳会談の舞台にもなったノーザンプトン級6番艦「オーガスタ」、輝かしい経歴を持つ彼女もアイアンボトム・サウンドに引きずり込まれていく。
これを受け「クリーブランド」以下後続艦は次々と転舵、沈みゆく「オーガスタ」を避けつつそれでも前進する。すでに彼我の距離は5,000メートルを切っていた。
「長官、ここで魚雷を!」
「良いだろう、左舷魚雷戦用意!」
水雷参謀の進言に近藤信竹中将は応えた。二艦隊は面舵を取り、魚雷発射管が旋回する。必殺の酸素魚雷、信管は二水戦司令部からの進言もあり慎重に調節されている。
「魚雷発射始め!」
先頭の「愛宕」から順に魚雷が放たれる。その時、事件は起こった。
「後方で衝突! 七戦隊です!」
見張り員が叫ぶ。陣形の乱れにより艦同士の間隔が狭まった結果、第七戦隊の「最上」「三隈」は衝突事故を起こした。具体的には「最上」の艦首が「三隈」の中央部に突っ込んでしまった。
二艦隊司令部は青ざめた。戦場の中央で立ち往生した2隻は恰好の標的だ。
しかし、ここで戦艦「霧島」が動いた。探照灯を照射したのだ。




