第十話 ソロモンの覇者
11月15日 0時5分
日米の巡洋艦が砲弾の応酬を行っている時、「阿賀野」は敵駆逐艦隊と交戦していた。
しかし、陣形は大いに乱れ、隷下の駆逐艦の統率すら困難であった。特に、第十六駆逐隊の「初風」「時津風」は第二艦隊と合流時に編入された艦(2隻は別任務に駆り出されており、第一夜戦には参加していない)であり、機関の回転数の調節などができず陣形の乱れを加速させていた。
尤も、それは敵も同じであった。彼らは南太平洋や大西洋などから集められた混成部隊であり、統率は困難であったのだ。
「『霧島』探照灯照射!」
後方より1本の光が伸び、敵艦隊が照らされる。そこには、我が巡洋艦部隊に向け突進する敵駆逐艦の姿があった。
「近づけさせるな!」
「主砲斉射!」
「阿賀野」艦長中川大佐の叫びに、15.5センチ主砲が応える。距離は4,000メートル程度、しかし敵は巧に回避する。
「高角砲撃て! 機銃もだ!」
砲術長が怒鳴る。艦橋付近の長8センチ連装高角砲に艦橋前の25ミリ三連装機銃が火を噴いた。前方に小さな爆発炎が見える。命中したようだが、効果は薄かった。口径8センチ(正確には7.62センチ)程度の砲は対空攻撃だけではなく、対艦攻撃であっても非力な砲だった。
敵の巡洋艦が砲弾を放つ。砲撃は第一夜戦の時のように頭上を飛び越え後方に着弾した。探照灯を光らせる「霧島」を狙っているようだ。
「左舷に敵艦! こちらに向かってくる!」
「前方に敵! 距離20(2,000メートル)!」
戦況はますます混乱していく。敵駆逐隊のうち1隻「ブリストル」はすでに落伍し、先ほど味方重巡部隊に肉薄していた「ウルージー」は「熊野」「鈴谷」からの集中砲火により戦闘力を失った。しかし、前方の「エディソン」以下数隻は前進を止めない。「ボイル」など味方駆逐隊に目標を変更した艦もいた。
「阿賀野」に追従する駆逐艦は第十六駆逐隊の3隻のみ、第十五駆逐隊は敵艦との衝突を避けるため取り舵を取り、敵駆逐隊と反航戦を繰り広げている。
「艦長! 魚雷発射許可を!」
水雷長の進言に中川は躊躇した。この状況なら命中は十二分に期待できる。しかし、誤射に注意しなければならず、また魚雷発射時は直進し続けなければならない。十中八九被弾するだろうし、衝突のリスクもある。
「艦長! 魚雷発射だ」
しかし、二水戦司令田中少将の命じた。中川は意を決して言った。
「進路このまま、左魚雷戦用意!」
「阿賀野」は舵を固定し直進する。魚雷発射にかかる時間はわずか十数秒、しかしこの状況下においては宝石よりも貴重なものであった。
「魚雷発射!」
「阿賀野」の四連装魚雷発射管から魚雷が放たれる。計8本、後続する第十六駆逐隊も魚雷を放った。
その直後、恐れていたことは起きた。
「左舷に敵艦! 近い!」
見張り員が絶叫する。グリーブス級駆逐艦「ティルマン」だ。攻撃的な言動で有名であり、「最大戦艦」なる規格外の戦艦を設計させたこともある上院議員の名を冠したこの駆逐艦は全速力で「阿賀野」に向かって行く。さらに主砲が「阿賀野」の方向に旋回し、機銃(ブローニングM2 口径12.7ミリ)も火を噴いた。
「回避せよ!」
航海長が叫び、操舵手が舵輪を回す。さらに左舷の高角砲、機銃が唸り、接近する「ティルマン」に攻撃を浴びせた。「ティルマン」も主砲を射撃、砲弾は「阿賀野」一番主砲を貫通し内部機構を砲手もろとも滅茶苦茶にしてしまった。
「命中!」
「阿賀野」の攻撃は次々と命中、高角砲が艦橋を破壊し機銃は5インチ砲を蜂の巣にしていく。しかし、この攻撃は逆に仇となった。
「敵艦、進路変わらず!」
艦橋が潰され、指揮系統が麻痺した「ティルマン」は進路を変更することができなかった。対する「阿賀野」の舵もなかなか利かない。
「アイツを止めろ!」
誰かが怒鳴る。しかし、排水量1,600トンの駆逐艦と言う名の鉄の塊を止めるすべはなかった。
「激突します!」
「総員、衝撃に備え!」
「ティルマン」艦首が「阿賀野」艦橋すぐ後ろに突っ込む。直後、巨大な金属音が響き、続いて何かが潰れるような轟音が鳴り響いた。さらに艦は側面から殴りつけられたような衝撃に襲われる。
衝突によって「ティルマン」の艦首は潰れ「阿賀野」の舷側装甲は凹み、喫水線下にも損傷が生じた。ここでようやく「阿賀野」の舵は利き始め、2隻は並行するような形となった。
「前部缶室に浸水!」
幸いにも「阿賀野」の損害はそれほどひどくはなかった。侵入角度がやや浅かったこと、衝突直後に「阿賀野」の針路が変わったことが大きい。また、艦の重要部に施された最大60ミリの装甲も被害軽減に役立った。が、悲劇は起こった。
「機関停止、煙ま——」
中川が口を開いた直後、「阿賀野」艦橋は眩い閃光と耳を劈くような爆音に襲われた。
「ティルマン」艦首にある2基の5インチ単装砲、そこにあった即応弾が爆発した。爆発は主砲直下に集積された弾薬類、さらには「阿賀野」艦橋基部の長8センチ高角砲に装填された砲弾にも及ぶ。
さらなる爆発が「阿賀野」を襲う。至近距離での爆発と飛び散る金属片、被害は艦橋内部に及んだ。
一瞬の出来事であった。二水戦幕僚、「阿賀野」高級将校、彼らに付き従う従兵など艦橋に居た者は皆爆風になぎ倒された。爆発により内蔵が潰れた者、衝撃により首あるいは手足が折れ曲がった者、身体に金属片が突き刺さった者など艦橋は血みどろの惨状となった。
「……」
中川の意識は朦朧としていた。腹部は抉れ、赤黒い血だまりが広がる。どこかで軍医を呼ぶ声が聞こえる。艦の状況は、部下の様子は、田中司令の安否は、戦闘の行方は、そんな考えが湧き出てくるも意識は次第に遠のいていった……
1時20分
駆逐艦「グウィン」、前衛駆逐隊の中で唯一沈没を免れた彼女は生存者の救助を行っていた。救命ボートに引き上げられる米海軍将兵、その中にはウィリス・リー少将の姿もあった。
「……」
彼は沈痛な面持ちで傾き沈んでいく戦艦「ワシントン」の姿を見ていた。
「完敗だ……」
TF64司令部幕僚とともにボートの上に引き上げられた時、リーはようやく口を開いた。
敵の新鋭戦艦——最低でも16インチ、下手すれば18インチクラスの主砲を持つ恐るべき巨大戦艦——と撃ち合いに臨んだ「ワシントン」、しかし彼女は敵に数発の直撃弾を与えた直後、艦首付近に被弾した。艦首付け根部分に巨大な破孔が生じた彼女は、大規模な浸水により右舷に傾き、さらなる浸水を止めるために速力を落とさざるを得なくなった。そこに、後方のナガトクラス2隻が砲撃を浴びせてきた。
これによって「ワシントン」の運命は決した。主砲弾薬庫の誘爆こそ避けられたものの、膨大な量の浸水を止めることはできず、0時50分頃総員退艦命令が発せられた。そして1時35分、多くの将兵に見守られながらその姿を消した。
「ワシントン」の生存者は1,520名、この数字は他の戦艦2隻と比べると格段に良いものだった。
「サウスダコタ」は駆逐艦「綾波」を攻撃しようとしたところ、「大和」の砲撃を受けた。砲撃の初弾は「サウスダコタ」艦尾に命中しカタパルトを粉砕、2発目は3番主砲に直撃した。この2発目は主砲防盾を貫通し起爆、爆発は主砲弾薬庫の誘爆を引き起こした。
これにより艦後部を失った「サウスダコタ」は0時05分、艦首を持ち上げられながら沈んでいった。生存者は833名、三分の二弱の乗員が亡くなった。
「インディアナ」は「長門」「陸奥」と交戦した。堅牢な装甲によって41センチ砲16門の砲撃を耐え続けた彼女であったが、そこに三水戦が現れた。
軽巡「川内」と駆逐艦8隻は魚雷28本を発射、うち7本が「インディアナ」の右舷に命中した。いかに防御力の高いサウスダコタ級と雖もこれには耐えられず、0時22分に横転し沈没した。生存者は658名と3戦艦の中では最悪の数字であった。
巡洋艦部隊も砲撃により重巡「オーガスタ」が、魚雷により重巡「タスカルーサ」軽巡「クリーブランド」が沈没、駆逐艦も「ブリストル」「ウルージー」「エディソン」「ティルマン」「フォレスト」が沈没した。第64任務部隊はここに壊滅した。
一方、日本側はどうか。連合艦隊直率部隊の損害は駆逐艦「綾波」が沈没、戦艦「大和」が中破、他数隻が軽微な損傷を負った。「綾波」では、乗員らは「サウスダコタ」の沈没を見届けながら退艦、作間中佐以下177名が生還した。その後、「綾波」は0時26分に魚雷の誘爆により沈没した。
連合艦隊旗艦「大和」は16インチ砲弾4発を被弾、左舷の二番副砲が大破、高角砲が損傷するなどしたものの艦の重要区画には被害はなかった。特に、一番主砲天蓋に命中した16インチ砲弾を(突入角度が浅かったこともあり)はじき返すなどその防御力を遺憾なく発揮した。
しかし、第二艦隊の被害は大きかった。本隊では衝突事故もあり重巡「最上」「三隈」が大破、戦艦「霧島」重巡「鈴谷」が中破した。二水戦では敵駆逐艦との戦闘によって駆逐艦「早潮」が沈没、さらに衝突とその後の誘爆事故により「阿賀野」が中破した。「阿賀野」の被害は艦橋にまでおよび、艦長中川浩大佐が戦死、二水戦司令官田中頼三少将が重傷を負うなど、艦首脳や二水戦幕僚のほとんどが戦死ないし負傷するという甚大な被害を被った。
2時30分
静寂が戻りつつあるガダルカナル、そこに再び砲声が轟いた。続いて、島に巨大な火柱が上がる。
日本海軍第一戦隊による砲撃であった。「大和」「長門」「陸奥」が主砲を轟かせる。沿岸に残る物資やジャングルの中に建設された陣地、そこに潜む将兵らが焼かれ、吹き飛び、破壊されていく。
傷つきながらもその姿を海上に留め、主砲を振りかざす「大和」、それは帝国海軍の勝利を象徴する光景であった。




