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不吉な影の動き出し

「……少し席を外しますわ。ルーカス様、わざわざ文を届けていただき感謝いたします」


「いえ。しかし、ご存知だとは思われますが、検分済みでありますがゆえ…」


私はルーカス様のお言葉に微笑みました。つまりは、この内容は他国にいる私用に書かれたもの。あまり重要なことは書いてなく、また本題も私がその文から察しないといけません。


「エリ、部屋に戻るわ」


「かしこまりました」


私が部屋の外に待機していたエリにそう言うと、早足で用意されている自室へと戻ります。部屋は誰もおらず清掃も済んでいるようです。私は椅子に座り、エリからペーパーナイフを受け取ると、手紙を開けました。検分済みということでしたので、封は簡単なものであまり力を入れずに開けることができました。


「……これは…」


私はその文の内容を見て、驚愕するのでした。


☆☆


 3日と時は戻り、とある一人の男が曇り空を見て、憂いた顔をして座っていた。


「……お日様が出ない…」


男はここ数日見ない太陽にため息をついた。男は遠くでお祭りのように騒ぐ人の影にさらに憂いた顔をした。


「皆、楽しみにしているのに……これじゃがっかりするだろうなぁ…」


もし日が差さなければ、今までの準備が無駄になる…。男は悲しそうにその光景を見つめた。せめて…せめてあそこの人が密集している場所でいい。あそこだけでも、日が差し込んでくれれば……そうすれば……


「あっ!!」


男は今までの顔から一変、瞳を輝かせた。強い風が吹き、太陽が分厚い雲から顔を出したのだ。そして、その暖かい光が辺りを包み、そして……


「やった!! これで皆の苦労も報われたや! ねっ! クイル!」


男は後ろを振り返り、先ほどから胃をキリキリと痛めている少年に声をかけた。少年は彼に引きつった顔を見せた。


「そんな顔しないでよぉ! まさかここ数日、お天道様が拗ねちゃうなんて誰も思わないし……あっ!! 待って待って! 置いて行くのなし」


少年は無言でスタスタと歩き出す。男は縋るように彼の後を追いかけた。


「計画が大幅に崩れました。あなたがちんたらと遊んでいるせいです」


怒りを滲ませながら少年が言うと、男はフフッと笑いながら答えた。


「だから、終わらせたでしょ?」


男は機嫌よさそうに、少年に犬のように纏わりつき、彼はそれをうっとおしそうに払いのけた。


「…言っておきますが、太陽が出なかったのは、あちら側の魔術師がそうしていたためですよ」


「えっ!? まじで!! ってことは、あの強風はクイルがしてくれたの!? きゃー! 有能! 好き! 抱いてぇ…痛い!!!」


「気持ち悪いこと言わないでもらえます? 私は、予定通りことが進めばそれでいいので」


キス顔ではしゃぐ男を容赦ない平手打ちが襲い、男は後ろに倒れこんだ。男はそのまま起き上がらず、ぼんやりと空を眺めていた。


「大体、飽きたから早々に陥落させるといったのはあなたですよ? あれから一体どのくらいのときが経ったと思って………聞いてます?」


「うん。空、綺麗だね。やっと僕好みになった」


男の呆れた言葉に、少年は諦めたように空に目を向けた。少年の目には先ほどの空と同様、感じることは特になかった。ただ、空に太陽があるというのが一般的なのだと、自分がいた場所を思い浮かべながら、そう考えたくらいだ。だから、彼は首を傾げながら答えた。


「……そうでしょうか?」


「うん。まるで、ロリ魔王の髪みたいじゃない?」


「その例えは私には分からないと言ったでしょう」


クスクスと楽しそうに笑う男を、少年はばっさりと切り捨て、そしてその様子をじっと見た。この無邪気そうに笑う男が、ふと見せる凶器さ。それが少年には恐ろしく、また飽きっぽい性格のはずのこの男の執念の強さを感じた。


「馬鹿を言ってないで帰りますよ。ようやくあの欠陥品がまともになってきたんですから」


「……あー…彼かぁ…そろそろ飽きてきたなぁ…。やっぱ、血のつながりは所詮DNAでしかないんだよ……がっかりだ」


「…実験の考案者はあなたですからね。それをお忘れなく」


少年が黒い闇のなかへと消え、慌ててその後を追う男。闇が消える瞬間、男は最後にチラリと先ほど見ていた景色を名残惜しそうに眺めた。


「理不尽な無差別さが組み合わさって、強い憎しみが生み出される…やっぱり、戦争ってこうでなくっちゃね」


 その闇が消えると、辺りは静寂に包まれ、砂埃が舞っては落ちていくのを繰り返す。遠くでは、あちこちで黒い噴煙が上がっており、空はまだ朝方だというのに真っ赤に染まっていた。


☆☆


「デザール王国が革命軍と衝突…!?」


「ええ。先ほどの文にはそのような旨が書かれておりました」


私の言葉に、ルーカス様は目を見開き、そして動揺したご様子でした。デザール王国は、我々の国とも親交が深く、またギルドで結ばれた国でもあります。ふと、ギルド長会議で

お会いしたセト様のお顔が浮かびました。あのときには、確か国内紛争が激しい国だという認識しかありませんでしたが…それがまさか革命戦争だったとは。…毎度ながら、お父様の中途半端な情報を、当てにしてはいけませんわね。……まさかね。一瞬、そこにお父様の思惑が感じられたように思いましたが、私はその考えに首を振りました。


「馬鹿な…私の所にはそんな報告……いや、地理的に言えば、君のところの国が彼の国と近いな…」


少し落ち着きを取り戻されたルーカス様に、私は頷きました。とりあえず、私ができることはここまででしょう。そう言うと、私は部屋を退出しようとしましたが、


「再び同盟国のギルド長を収集せねばなるまいな」


と、ルーカス様が私を見てそうおっしゃられました。……私は、商業ギルドはまだ任せていただいていますが、ギルド長の任は解かれている状態です。…やはりこの方には言うしかないのかもしれません…そう思い、口を開こうとしたとき、


「前回のギルド長会議で貴方を拝見した際、正直私はとうとうアルデヒド王国は終わったと思っておりました」


とルーカス様が真っ直ぐ私を見てこうおっしゃられました。私は、あの下世話な視線を思い出し、思わず苦笑してしました。…まぁ、そう考えないほうが不思議ですわね。


「アルデヒド王国のギルド会議の出席率は大変悪く、また…あまり良い噂も聞いておりませんでしたからな」


気まずそうに言われるルーカス様に、私はその噂について察しがついてしまいました。恐らく、彼は私が学園を追放されたことを言っているのでしょう。…あの出来事は、他国の貴族の前で晒してしまった恥ですから、あまりほじくらないで欲しいものですが…。しかし、ルーカス様の次のお言葉で、私は思わず頭を抱えたくなりました。


「主に、次の王位継承者についてですが」


…グリアム様のことでしたか。あの方、自国だけでは飽き足らず、他国の交流の場でも好き勝手していたのですか…。しかし……そう言葉を続けるルーカス様に私は視線をルーカス様へと戻しました。


「しかし、それは私の考え違いだったと今回の件で突きつけられました。貴方様ほどギルド長にふさわしい方はおらず、また貴方様を選んだアルデヒド王は正しかったのだと」


突然の褒め殺しに、私は軽く首を振りました。あれはマリーヌが言い出したことですし、実際にダンジョンを短時間で攻略なされたのはルーカス様です。私はただ魔物の駆除と人命救助を行ったまでです。しかし、その私の言葉をルーカス様は笑って聞いておられました。


「アルーシャ殿。最近の騎士団の間で広がっている噂を知っておられますかな?」


噂…ですか?私は首を振りました。私は主に王宮におりますから、騎士団の方々とあまり接する機会があまりないですし…。さらに、私あの方々を見ると思わず口を出してしまいたくなるのです。ダンジョンが出現し、周辺の村々の皆さんを救助する際、彼らが魔術の訓練ばかりに重点を置き、あまり体自体を鍛えていないという欠点を知ってしまったからです。


「我が国には、カイン殿の守護神である女神様がいらっしゃるという噂です。その女神様は翼があり、そして世にも珍しい紫色の髪で我が国の騎士団を勝利へと導いてくださったのだと」


「…それはもしや……」


私は話の途中から引きつってしまった顔で、ルーカス様を見ました。ルーカス様は笑みを崩すことなく、私に頷かれました。


「ええ。貴方様のことでしょうね」



何故、私はあの時きちんと名乗らなかったのでしょう…。…そうです。私は謹慎中の身でありますから、名は伏せて置こうと判断したのでした。私は鳥肌が立つのが分かりました。女神だなんてそんな柄ではありません。何より自分の知らない間に信仰化されていただなんて……恐ろしい。


「彼女は驚くべきほどの統率力を持ち、強き配下たちを従え地に降り立った。世にも奇妙な道具を我らにお与えくださった。また、ウサギの獣人を使役し、ノッテの王女もまた彼女に従い、我らを地のふちから救いまでも与えたのだ…そう公房で祈りを奉げる彼らが申し上げておりました」


「彼らに訂正のほどを、よろしくお願いいたしますわ。あと、ギルドの案件に首を突っ込むのであれば、魔術だけではなく身体も鍛えておくべきだともお伝えください」


私の言葉に高笑いをするルーカス様。


「それは我々にとっても耳の痛くなるお話ですな。訂正を受け付けてくれるかは分かりませんが、その件につきましてはしっかりとお伝え申しておきましょう。訂正されないほうが、我々としても助かりますからな。なにせ、貴方様のおかげで、騎士団の連中があまりこちらに口を出さなくなってきましてな。こちらとしても、あの噂は好都合なのですよ」


そして、盛大に笑われた後、ルーカス様はマリーヌと同じ色の瞳で私を見て、そして両手の指を自身の身体の前で組まれ、頭を下げられました。


「アルーシャ殿。これからも、ノッテ王国とアルデヒド王国は親密な交流を続けていくことでしょう。貴方様の借りはアルデヒド王国への借り。我らノッテはアルデヒドへの信頼をお誓いいたしましょう」


そして、彼は微笑むと、トントンっと机を三回ほど叩きました。すると、外から燕尾服の従者が入ってこられました。


「王に謁見を。デザール王国が革命軍と衝突したと言え」


「デザール王国がですか!? は、はい!!」


慌しく出て行く従者に、ルーカス様はおっしゃいました。


「また何かあれば貴殿に報告する。貴重な報告、感謝いたしますぞ」


そして、部屋から出て行こうとされるルーカス様に、私も慌ててその後に続きます。とうとう、私がギルド長から任を解かれたと言い出せず仕舞いでした。しかし、そういえば…と私は届いた文を見ました。その文の冒頭にはこう書かれてあったのです。『アルデヒド王国ギルド長アルーシャ・シャーロット様』と。


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