第四話:救助に来た王子が一番ドン引きしている件
突風が森の木々を揺らし、立ち込める土煙がゆっくりと晴れていく。 そこには、およそ王都へ続く風光明媚な街道とは思えない、凄惨極まりない光景が広がっていた。
「ぎゃあああっ!? う、腕がァァッ!?」
「ひっ、化け物……! 助け、助けてくれぇぇぇッ!!」
地面に転がり、涙と鼻水を垂れ流して這い蹲る男たち。 先ほどまで下卑た笑みを浮かべてアルティナを取り囲んでいた十数名の盗賊団は、ものの二分と経たないうちに、全員が戦闘不能へと叩き落とされていた。
ある者は鳩尾を抉られて白目を剥き、ある者はカウンターの下段蹴りで膝関節を逆方向に曲げられ、ある者は投げ飛ばされて街道の岩盤に頭から突き刺さっている。 全員が一撃、それも一切の無駄を削ぎ落とした【必滅の拳打】によって、完全に叩きのめされていた。
「ふぅ……」
その阿鼻叫喚の中心に、ただ一人凛として佇むアルティナ。 雪のような銀髪は乱れ一つなく、仕立ての良い学園の制服には埃一つ付いていない。 可憐な翡翠色の瞳をすがめ、アルティナは手袋のシワを優雅に整えながら、足元で震える盗賊を冷ややかに見下ろした。
「おい、立てよ。お前らが言わせたかったセリフがあるんだろ? ほら、どうした? 『くっ……殺せ!』って言ってみろよ」
「ひぃぃぃぃっ! ご、ごめんなさい! 殺さないで! 命だけはぁぁぁっ!!」
命乞いをして額を地面に擦り付ける盗賊。 アルティナは心底つまらなそうに鼻を鳴らした。
(情けない……。自分から襲いかかってきたくせに、いざ形勢が逆転したらこれか。前世で俺をいじめていた連中と全く同じだな)
前世のトラウマが、冷たい確信へと変わっていく。 暴力に屈する者は、いつだって弱者だ。力のない者がどれだけ正義を叫ぼうと、踏みにじられる現実は変わらない。 だからこそ——自分は強くなり続けなければならないのだ。この華奢な身体の内側に、誰もがひれ伏す絶対的な力を宿し続けるために。
その時だった。
ドガガガガッ! と、凄まじい地鳴りのような蹄の音が街道の彼方から響いてきた。 土煙を巻き上げながら疾走してくるのは、純白の軍馬に跨った一団。先頭を走る青年は、陽光に輝く黄金の短髪に、王家の紋章が刻まれた豪奢な白銀の甲冑を纏っていた。
「待たせた、そこまでだ悪党どもッ! 我が名はレオン・ヴァン・グランヴェル! 騎士の名にかけて、そのか弱き令嬢に指一本触れさせはしな——」
風を切り裂き、抜剣しながら颯爽と馬から飛び降りる美丈夫。 まさに絵本から飛び出してきたような完璧な白馬の騎士様——王立騎士学園の生徒会長にして、この国の第二王子、レオンその人であった。
……が。
「——い……?」
ビシッと剣を突きつけたポーズのまま、レオン王子の身体が完全に静止した。 彼の背後に控えていた近衛騎士たちも、馬の轡を引き絞ったまま、一斉にアゴを外れんばかりに落下させる。
彼らが想像していたのは、凶悪な盗賊たちに馬車を取り囲まれ、恐怖に涙を浮かべて震える可憐な令嬢の姿だった。 しかし、目の前に広がっている現実は——。
道端に積み上げられた、モザイクが必要なレベルで叩きのめされた十数人の筋骨隆々な大男たち。 そしてその山の上に、涼しい顔で片足を乗せ、優雅に制服の袖口を払っている絶世の美少女。
「…………え?」
王子の口から、間抜け極まりない声が漏れた。 レオンは何度も瞬きをし、血反吐を吐いて気絶している盗賊の頭領と、天使のように美しい銀髪の少女を交互に見比べる。
「あ、あの……ご無事、ですか……? いや、その……これは、一体……?」
「ごきげんよう、騎士様。御覧の通り、害虫駆除が終わったところです」
アルティナは淑女の完璧なカーテシー(お辞儀)を披露した。 鈴を転がすような美声。陶器のような美肌。伏せられた長い睫毛。 どこからどう見ても、深窓の令嬢そのものだ。足元でうめき声をあげている大男さえ視界から消せば。
(出たな……攻略対象筆頭、第二王子レオン。原作ゲームの知識通りなら、ここで俺を助けて好感度を上げるはずの重要キャラだが……)
アルティナは心の中で冷静に分析していた。 金髪碧眼の正統派イケメン。確かに女子受けは抜群だろう。 だが、今のアルティナにとっては「救援に来るのが遅すぎる軟弱者」にしか見えなかった。
(助けが来るのを待ってたら、とっくに身包み剥がされて『くっころ』言わされてるっつーの。やっぱり他人の力なんてアテにしちゃいけない。信じられるのは、己の筋肉と体幹だけだ)
「き、君が……一人でやったのか……? 魔法も使わずに、素手で……?」 「ええ。少しばかり、護身の心得がありましたので」
護身(物理粉砕)。 レオン王子の頬が引きつる。 百戦錬磨の近衛騎士たちですら、盗賊たちの負傷具合を見て青ざめているのだ。打撃の角度、踏み込みの深さ、どれをとっても軍隊の格闘術の最高峰、あるいはそれ以上の凶悪な破壊力が叩き込まれていた。
「す、素晴らしい……! なんという気高き武勇……!」
戦慄のあまり沈黙が支配する中、レオン王子がカッと目を見開いた。 その瞳には、恐怖ではなく、信じられないほどの熱烈な敬意と輝きが宿っていた。
「暴徒に囲まれながらも決して屈せず、自らの力で運命を切り拓くその気高さ……! まさに真の騎士の鑑だ! 美しき令嬢よ、君の名を聞かせてもらえないだろうか!?」
(……は?)
予想外の食いつきに、アルティナは思わず眉をひそめた。 ドン引きされて距離を置かれるかと思いきや、なぜか王子の好感度ゲージが天元突破している。
「シルフィード男爵家が長女、アルティナ・シルフィードと申します」
「シルフィード家の……! なるほど、あの『赤髭の猛虎』のご息女か! 道理でただ者ではないはずだ!」
レオンは感激したように自分の胸に手を当て、芝居がかった礼を返してきた。
「王立騎士学園で君のような素晴らしい逸材を迎えられることを、心から誇りに思う! さあ、我が馬車をお使いなさい、アルティナ嬢! 私自ら、学園までエスコートしよう!」
「いえ、結構です。」
にべもなく即答で断られ、王子がその場で石化した。 アルティナはひれ伏す近衛騎士たちに「このゴミ(盗賊)の後処理をお願いしますね」と優雅に告げると、倒れていた御者を起こし、そそくさと馬車へと戻っていった。
(やれやれ……。イケメン王子の護衛フラグなんて真っ平御免だ。他人に守られる女になんてなったら、いつか足元をすくわれる)
馬車が再び王都へ向けて走り出す中、アルティナは重りの感触を確かめながら、不敵に笑みを浮かべた。
(さあ、待ってろよ王立騎士学園。どんな悪辣なイベントが仕掛けられていようが——全員、この拳で返り討ちにしてやる!)
こうして、前世のトラウマを筋肉でねじ伏せるTS美少女騎士の、波乱に満ちた学園生活の扉が今、開かれようとしていた。




