第十四話:悪役令嬢の秘密と筋肉の同盟
四大騎士アカデミー合同武闘大会は、王立騎士学園の歴史に永久に刻まれるであろう大圧勝をもって幕を閉じた。
大闘技場の中央、光り輝く表彰台の頂点に立つのは、アルティナ・シルフィード。
純白の銀髪を春風に揺らし、透き通るような翡翠色の瞳を静かに伏せたその佇まいは、数万人の観客から溢れ出す割れんばかりの歓声と拍手を一身に浴びていた。
「見事だ、アルティナ・シルフィード選手ッ! 全試合無傷、それも剣すら抜かぬ素手での完勝! 諸君、新たなる伝説の誕生を称えようではないかッ!」
実況の叫び声に合わせ、歓声のボルテージが最高潮に達する。
表彰状と金色の優勝トロフィーを授与するプレゼンターとして前に進み出たのは、第二王子レオンだった。 相変わらず後光が差すような眩い笑顔を浮かべ、熱烈な眼差しでアルティナを見つめている。
「おめでとう、アルティナ嬢! 君の打撃のキレ、そして寸頸の踏み込み……言葉を失うほど美しかった! 我が学園の誇りとして、心からの祝福を捧げさせてくれ!」
「感謝いたします、レオン殿下」
可憐なカーテシー(お辞儀)を披露するアルティナ。 しかし、彼女の内心の反省ノートは相変わらずストイックそのものだった。
(ふむ……決勝戦での合気の伝達速度が、コンマ零一秒ほど理想から遅れたな。原因はやはり、百五十キロの重りにまだ身体が完璧に追いついていないからか。明日からはウェイトを二百キロに増量し、大腿四頭筋の負荷を底上げせねば)
観客たちが「なんて奥ゆかしく可憐なお姫様なんだ……」と感動に涙を拭う中、そのお姫様の脳内は完全な筋肉トレーニングのスケジュールで埋め尽くされていたのだった。
* * *
熱狂の武闘大会が終わり、陽が茜色に沈んだ放課後。
学園の静かな特別サロンの一室に、アルティナは呼び出されていた。 豪奢なビロードのソファに座るアルティナの目の前で、黄金の縦ロールを激しく揺らしながら、ガタガタと震えている人物がいた。
公爵令嬢、エレノア・フォン・クロイツァーである。
「……それで、クロイツァー様。私に何の御用でしょうか? そろそろ大胸筋のアイソメトリック運動の時間なのですが」
「あ、あの……! お時間を取らせて大変申し訳ありませんわ、アルティナ様……!」
かつて高圧的にマウントを取ってきた面影は微塵もなく、エレノアはペコペコと深々と頭を下げていた。 周囲に誰もおらず、完全に二人きりであることを確かめると、エレノアは固く目を閉じ、悲壮感漂う顔でバッと口を開いた。
「わ、私……白状いたしますわ! 実は……私には【前世の記憶】がありますのぉぉぉッッ!!」
「…………は?」
アルティナは思わず素の声を漏らした。 翡翠色の瞳を瞬かせ、目の前の縦ロール令嬢を見つめ返す。
「前世の……記憶……?」
「はい! はいそうですの! 私は前世、日本の女子高生で……放課後は部屋で乙女ゲームばかり遊んでいたオタクでしたの!」
涙目になりながら、早口でまくし立てるエレノア。
「そしてこの世界は、私が前世で狂ったように周回していた乙女ゲーム『王立聖樹学園の乙女たち』の世界そのものですのよ! そして私は……主人公を苛め抜いた末に、処刑されたり暗殺されたりして悲惨に死ぬ『悪役令嬢』なんですのぉぉぉッ!」
(なんだ……と……?)
アルティナの脳内に、猛烈な衝撃が走った。
自分以外にも、前世の記憶を持つ転生者がいたとは。 しかも、よりによってあの高飛車な悪役令嬢エレノアがそうだったとは。
「ですが……ですが聞いてくださいまし!」
エレノアが鼻水をすする勢いでアルティナの手を両手でギュッと握りしめてきた。 その体温は冷たく、本気で死の恐怖に怯えているのが伝わってくる。
「原作ゲームの知識では、私は学園に入学した頃から嫉妬に狂い、主人公に嫌がらせをして、最終的に攻略対象の王子たちに全否定されてバッドエンドを迎えるはずでしたの……! だから私、入学した時から必死でフラグを回避しようと立ち回っていたんですのよ!?」
「……にしては、随分と私に挑発的な態度を取っていたように記憶していますが」
「それは……その……!」
エレノアは気まずそうに目を泳がせた。
「原作の『アルティナ・シルフィード』は、病弱で大人しくて、学園の背景にいるただのモブ令嬢でしたの! だから『ちょっと高圧的な態度を取って、原作通りの悪役っぽい雰囲気を出しつつ、大事にならない程度に嫌味を言って退散しよう』って思っていたんですの……!」
「……」
「そしたら! そしたら何ですのあの腕力はぁぁぁッ!?」
エレノアが叫んだ。
「机を握力で粉砕し! 魔法の測定器を正拳突きで爆破し! 盗賊や魔獣を素手で引き千切り! 武闘大会で他校の精鋭を全員ワンパンで天頂まで吹き飛ばすなんて……! そんな隠しボスみたいな課金ゴリラキャラ、原作のどこを探しても存在しませんでしたわぁぁぁッッ!!」
「ゴリラと言うのはやめなさい。私はただのストイックな筋肉愛好家です」
「怪物ですわ!!」
はぁはぁと肩で息を吐きながら、エレノアは床に膝をつき、アルティナを見上げて両手を合わせた。
「でも……でも気づいたんですの! アルティナ様……あなた様の側にいれば、私のバッドエンドフラグも、学園を襲う教団の陰謀も、全部あなたの物理破壊力で粉砕していただけるということに……ッ!」
「私を破砕機か何かだと思って言っていませんか?」
「お願いですわアルティナ様! 私をあなた様の舎弟……いえ、お付きの知恵袋として側に置いてくださいまし! 原作のゲーム知識なら、すべてあなた様に提供いたしますわ! だから私を……私のバッドエンドを一緒に粉砕してくださいませぇぇっ!」
必死の形相で縋り付いてくる悪役令嬢。
アルティナは腕を組み、静かに思考を巡らせた。
(なるほどな……。エレノアが原作知識を持つ転生者なら、これから起こる『くっころイベント』や教団の襲撃のタイミングを、事前にすべて予知できるということか)
前世のいじめのトラウマから、絶対に弱者になりたくないと誓ったアルティナ。 不意打ちや陰謀による悲劇のフラグを事前に察知できる知識役の存在は、自分の自衛にとっても極めて有益であった。
(それに……悪役令嬢のバッドエンド回避、か)
前世で理不尽に踏みにじられ続けた自分と、決められた運命のバッドエンドに怯えるエレノアの姿が、少しだけ重なって見えた。
「分かりました、エレノア」
アルティナは優雅に立ち上がり、すっと細い右手を差し出した。
「条件があります。
一つ、私の日々の筋トレメニューの計測とプロテインの準備を手伝うこと。
二つ、今後どんなフラグが立とうとも、二度と『くっ殺せ』などという情けないセリフを口にしないこと。……守れますか?」
「はいっ! はい喜んでッ! プロテインでも生卵でも何でもご用意いたしますわぁぁッ!」
エレノアが感涙にむせびながら、アルティナの手を両手で固く握りしめた。
こうして—— 前世のトラウマを筋肉でねじ伏せる【チート筋肉美少女】アルティナと、 破滅フラグ回避に必死な【原作知識持ちの悪役令嬢】エレノアによる、 最強の【フラグ粉砕凹凸同盟】がここに結成されたのだった!




