第十三話:秘術だろうが筋肉の前には等しく紙屑
大闘技場を包む熱狂と歓声は、大会が進むにつれて狂熱の域へと達していた。
一回戦で巨漢騎士ガロンをワンパンで壁の奥深くに埋め込んだアルティナの勢いは、留まるどころか加速する一方だった。
「二回戦——試合開始ッ!」の合図と同時に、相手の槍術士が構える間もなく風圧だけでリング外へ吹き飛び、所要時間一秒。 続く準決勝でも、他校の誇る魔法剣士が展開した三重の強化結界ごと、アルティナの手刀が一閃して木っ端微塵に粉砕され、所要時間二秒。
誰が呼んだか、いまや彼女についた異名は『銀髪の天災』。 お人形のように可憐な美少女が、制服姿のまま素手で対戦相手を次々と解体していく様に、観客たちは悲鳴混じりの大歓声を送り続けていた。
「すごい……! アルティナ様、二回戦も準決勝も一切剣を抜かずに全勝ですわ……!」
観客席の最前列で、エレノアが半ば引きつった笑みを浮かべながら呟く。
「当たり前だ! アルティナ嬢の研ぎ澄まされた拳の前に、生半可な剣技など意味をなさない! さあ、次はいよいよ決勝戦だぞッ!」
第二王子レオンが熱血溢れる瞳で身を乗り出す。
その頃、反対側の選手控室では——。
「ハッ……ハッ……ハッ……!」
ガルディナ士官学校の筆頭バルトが、滝のような冷や汗を流しながら自分の両手を激しく震わせていた。
(バ、化け物だ……! あの女、手加減すらしていない……! ガロンだけじゃなく、我が校のエリートたちが全員一撃で沈められただと……!?)
自慢の金髪を乱し、血走った目でモニターを見つめるバルト。 最初に見下していた「華奢な女」「おままごと」という認識は一瞬で吹き飛んでいた。 だが、ここで敵前逃亡などすれば、ガルディナの威信は地に落ち、己の騎士としての未来も絶たれる。
「クソッ……! 認めん、認めるものかッ! ガルディナの歴史において、女の細腕に敗れ去った騎士など存在しない!」
バルトは懐から、禍々しい紫色の秘導薬を取り出し、一気に飲み干した。 全身の血管が浮き上がり、肉体がミキミキと不気味な音を立てて膨張していく。
「秘術【限界突破の禁薬】……! 筋肉のリミッターを解除し、魔力を血中に直接爆発させるガルディナ禁断の奥義! これなら……これならあの化け物にも勝てるッ!!」
狂気に満ちた歪んだ笑みを浮かべ、バルトは大剣を握りしめた。
そして——ついに決勝戦のコールが闘技場に響き渡った。
「お待たせいたしましたッ! 四大騎士アカデミー合同武闘大会、ついに決勝戦ッ!!」
実況の叫び声に、数万人の観客が一斉に総立ちとなる。
「西側、王立騎士学園代表——不敗の銀髪美少女、アルティナ・シルフィードッ!!」
静かな足取りでリングへと上がるアルティナ。 陽光に輝く純白の銀髪と、澄み渡る翡翠色の瞳。 百五十キロの鉛ウェイトを仕込んだ制服姿のまま、手首の関節をかるく回す動作すら絵画のように優雅だ。
「対する東側、聖ガルディナ騎士士官学校代表——筆頭、バルト・フォン・ゼーベルクッ!!」
東側のゲートから現れたバルトの姿に、観客席からどよめきが起こった。 全身の皮膚が赤黒く変色し、目を見開いたバルトの身体からは、狂暴なまでに膨れ上がった漆黒の魔力が凄まじい風圧となって吹き荒れていた。
「オオオオオオッッ!! アルティナ・シルフィードぉぉっ!」
バルトが大剣を地面に叩きつけると、石造りのリングに激しい亀裂が走る。
「見よ、これがガルディナの真の力だ! お前のような女の細腕など、この一撃で骨ごと粉砕してやるわぁぁぁッ!」
凄まじい威圧感と、地鳴りのような咆哮。 普通の生徒であれば、その佇まいだけで恐怖に足をすくませる場面だろう。
だが、対峙するアルティナは、心底呆れたように小さく息を吐いた。
(ふむ……。薬物による筋繊維の強制拡張と、血中魔力濃度の過剰上昇か。筋肉の可動域が制限され、心拍数と血圧が危険域に達しているな。トレーニングの基礎すらなっていない愚行だ)
前世の近代知識とストイックな筋肉理論を持つアルティナにとって、バルトの暴走は「無謀なドーピングによる身体の自滅行為」にしか見えていなかった。
「準備はよろしくて?」
静かな美声。 審判がゴクリと唾を飲み込み、高々と手を振り上げた。
「両者、構え……試合、開始ッッ!!!!」
「死ねぇぇぇぁぁッッ!!!!」
ドガァァァンッ! とリングの石畳を破壊しながら、バルトが音速を超える踏み込みで肉薄する。 狂暴な魔力を纏った大剣が、アルティナの脳天を目掛けて振り下ろされた。 空気が爆ぜ、真空の刃がリングを縦に切り裂く。
まさに、可憐な少女が一刀両断される絶体絶命の瞬間——。
「フォームが崩れているわよ」
アルティナの身体が、紙一枚の差で大剣の軌道から滑り出た。
振り下ろされた大剣が激突し、爆風と土砂が舞い散る。 しかし、その暴風の渦中で、アルティナは脱力した右手の二本の指——人差し指と中指——を、バルトの大剣の側面へと軽く添えた。
「な……っ!?」
バルトが目を見開く。 どれだけ腕力に任せて押し込もうとしても、大剣がまるで岩盤に挟まったかのようにピタリと制止して動かない。 アルティナの指先から伝わる、完璧な体幹の軸による【合気】の制御。
「力を任せに振り回すのは、筋肉に対する冒涜よ」
「が……な、なにぃぃぃっ!?」
「そして——己の鍛錬を怠り、安易な薬物に頼った罰だ」
アルティナが指先で大剣の刀身を軽く弾いた。
キーーンッ!
甲高い衝撃音が響いた瞬間、バルトの握っていた特注の魔導大剣が、根元から綺麗な断面を描いて木っ端微塵に砕け散った。
「ひっ……!?」
「ハッ!」
武器を失い硬直したバルトの鳩尾へ、アルティナの踏み込みとともに、寸頸の掌底が吸い込まれるように叩き込まれた。
ドガァァァァァァンッッ!!!!
「ごふぁぁぁぁぁッッ!?」
ドーピングで膨張していたバルトの巨大な肉体が、ボールのようにくの字に折れ曲がり、空中高く射出された。 そのまま大闘技場の天頂近くまで垂直打ち上げられ、数秒後にリングの中央へとドスンと垂直落下。 バルトは白目を剥き、完全に泡を吹いてピクリとも動かなくなった。
「勝者ぁぁぁぁッ!! 王立騎士学園代表、アルティナ・シルフィード選手ぇぇぇぇッッ!!!!」
静寂ののち、コロシアム全体が壊れるほどの歓声と大喝采が爆発した。 四大騎士アカデミー合同武闘大会、アルティナの【完全無傷・全試合ワンパン優勝】が達成された瞬間であった。




