第十一話:他校のイケメン騎士がナメてきたので重りを増やした
学園地下監獄での『事件』が収束してから数日。 王立騎士学園の平穏(?)な日常が戻ってきていた。
教団の企みを素手で打ち砕いたアルティナの名声は、いまや生徒や教官の間で伝説と化している。 学園の廊下を歩くだけで、大柄な上級生騎士たちがバッと壁際に張り付いて敬礼を捧げ、女子生徒からは黄色い悲鳴と憧れの眼差しが送られる。
しかし、当の本人の日常は何も変わっていなかった。
「ふぅ……。大胸筋下部への刺激がやや物足りないな。明日は斜め腕立て伏せを千回追加するか」
特別選抜クラスの教室で、アルティナは姿勢一つ崩さずに窓の外を眺めていた。 制服の裏地に仕込まれた百キロの鉛ウェイトは、彼女にとって呼吸と同じくらい当然の日常となっている。
その隣の席で、怯えたような視線を向けているのは公爵令嬢のエレノアだった。 すっかりおとなしくなった黄金の縦ロールを揺らし、恐る恐るアルティナへと声をかける。
「あ、あの……アルティナさん。本日の放課後なのですが、もしよろしければサロンで紅茶でも……」
「申し訳ありませんが、放課後は大腿四頭筋の追い込みとプロテイン(赤身肉)の摂取がありますので、辞退させていただきます」
「き、筋肉の都合で即答で断られましたわ……!」
エレノアが涙目になりながら肩を落とす。 以前のように嫌がらせをしてくる気配は微塵もない。いまや「アルティナの機嫌を損ねて爆発されないための立ち回り」を極めようとしている哀しき悪役令嬢であった。
その時、ガラリと教室の重厚な扉が開いた。
「皆、席につきなさい!」
教壇に現れたのは、熊のような巨漢の教官クラウスと、生徒会長の第二王子レオンだった。 クラス全体に緊張感が走る。
「本日は、諸君に重大な発表がある!」
クラウス教官が羊皮紙の巻物を広げ、太い声で宣言した。
「来月、我が王立騎士学園を含めた『四大騎士アカデミー』による、年に一度の【合同武闘大会】が開催される! 各校から選抜された代表選手による、実戦形式の大規模なトーナメントだ!」
教室が一気にざわめいた。 各校の誇りと名誉を賭けた、若い騎士たちの最大の晴れ舞台である。
「そして本日は、隣国の名門『聖ガルディナ騎士士官学校』から、我が校にやってきた交換留学チームの代表を紹介する!」
クラウスの呼びかけに応じ、教室に入ってきたのは数名の生徒たちだった。 先頭を歩くのは、肩幅の広い重厚な鎧を纏った大柄な青年である。 金髪をオールバックにし、鷹のように鋭い眼光でクラス全体を見下ろす男——バルト・フォン・ゼーベルクであった。
「フン……ここが王国最高峰の学園か。随分となよなよした坊ちゃんや、おままごと気取りの令嬢が多いようだな」
開口一番、バルトの口から吐き出されたのは不快な挑発だった。 クラスの男子生徒たちが怒りに顔をしかめる。
バルトは腕を組み、高圧的な笑みを浮かべながら教室を見渡した。
「ガルディナ士官学校では、男たるもの戦場で盾となり剣となるべく徹底的に叩き上げられる。女子供がへらへらと剣を握るような生ぬるい環境とは違うのだよ」
男尊女卑の気風が強いガルディナのスタイル。 バルトの視線が、窓際に座るアルティナの姿でピタリと止まった。
透き通るような銀髪に、吸い込まれそうな翡翠色の瞳。 華奢な肩口と、お人形のように儚げな美貌。
「ハッ! 呆れたな。噂で『破壊神』などと恐れられている生徒がいると聞いてみれば……こんな細腕の、風が吹けば吹き飛びそうな女か」
バルトが鼻で笑い、アルティナの机の前に大股で歩み寄ってきた。
「おい、お前がアルティナ・シルフィードだな? 盗賊や雑魚モンスター相手に少しばかり目立ったからと、調子に乗っているのではないか?」
ドオン、とバルトが自慢の太い腕をアルティナの机に叩きつける。 教室中の生徒たちが息を呑んだ。
しかし、エレノアだけは顔面蒼白で「あ、あの方……自分から棺桶の蓋を開けておられますわ……!」とガタガタ震えていた。
アルティナは、ゆっくりと顔を上げた。 その翡翠色の瞳には、怒りも動揺も一切存在しなかった。 前世で数知れないいじめっ子たちから投げかけられてきた、お決まりの【見た目での侮辱】。
(ふむ……他校の代表か。体格は悪くないが、体幹の軸が右に偏っているな。右ストレートに頼りすぎている証拠だ)
アルティナの脳内では、すでに相手の骨格と筋肉配置の分析が完了していた。
「何かご用でしょうか、留学生様」
鈴を転がすような静かな美声。 バルトはそのあどけない声と美貌に一瞬気を呑まれそうになりつつも、高圧的な笑みを深めた。
「助言をしてやろうと思ってな! 来月の武闘大会、お前のような女が出場すれば大怪我をするぞ。『助けてください』と泣いて惨めに男の足元に縋り付くのがオチだ。大人しく辞退して、観客席で手巾でも振っていることだな!」
まさに、乙女ゲームやファンタジーにおける『女と見下してナメてかかる噛ませ犬』のテンプレ発言。 本来なら、ここで悔しさに震えるか、悲劇のヒロインのように絶望する場面。
だが、アルティナは静かに立ち上がった。
「アドバイス、感謝いたします」
「フン、分かればいいのだ、分かれば——」
「ですが、先ほどのお言葉を聞いて理解いたしました。他校の選手層は、私が考えている以上に手強いようです」
アルティナは制服の袖口をゆっくりと捲り上げた。
「今の百キロの負荷のままでは、試合中に相手を壊さずに手加減する調整が難しそうですね」
「……は? 百キロ……?」
バルトが眉をひそめた、その時だった。
アルティナがポケットから取り出したのは、さらに高密度に圧縮された黒銀色の【特注魔鋼重り】だった。 それを、両手首と両足首の裏地へと、カチリ、カチリと手際よく追加装着していく。
「よし……これでプラス五十キロ。合計百五十キロか」
「な、何を言っている……? くだらんハタリを——」
ズドォォォォォンッッ!!!!
アルティナが軽く一歩、足を前に踏み出した瞬間。 教室全体の床板が悲鳴をあげ、バルトの足元の石畳に放射状のヒビが入った。 強烈な質量と風圧が室内を駆け抜け、バルトの金髪が激しく煽られる。
「ひっ……!?」
「バルト様とおっしゃいましたね」
アルティナは天使のような無垢な微笑みを浮かべた。 しかし、その翡翠色の瞳の奥には、前世のトラウマを全否定し叩き潰すための、底知れない修羅の光が宿っていた。
「武闘大会、楽しみにしております。どうか一撃で砕け散らないよう、しっかりとお体を鍛えておいてくださいね」
「あ……あ……」
百五十キロの重圧を纏った銀髪の美少女を前に、大柄な騎士バルトの顔から一瞬で血の気が引き、言葉を失ってその場に石化した。
「ははは! さすがアルティナ嬢だ、志が高い!」
空気を読まないレオン王子が嬉しそうに拍手を送る中、エレノアは「だから言ったではありませんのぉぉっ!」と心の中で絶叫するのだった。




