第十話:悲劇のヒロインどころか破砕機だった件
白骨の粉末が舞い散る地下通路を通り抜け、アルティナたちは最深部の巨扉を蹴り開けた。
そこに広がっていたのは、ドーム状の巨大な古代の儀式の間だった。 紫黒色の不気味な魔導陣が床一面に描かれ、その中央にはどす黒い魔力を放つ巨大な結晶体が鎮座している。
「くくく……よくぞここまで辿り着いたな、王国の羽虫ども」
祭壇の前に立っていたのは、漆黒の法衣を身に纏い、顔を不気味な仮面で覆った男——教団幹部のヴェルガだった。 男が骨ばった手を掲げると、部屋全体に冷たい狂気が満ちあふれる。
「第二王子レオンに、公爵家の令嬢、そして……シルフィード家の銀髪の娘か。素晴らしい生け贄だ。お前たちの命と絶望の悲鳴を捧げ、古代の魔王を蘇らせる器となってもらう!」
「無駄な悪あがきはやめろ、教団の残党!」
レオンが白銀の剣を構え、毅然とした声で叫ぶ。 その背後で、エレノアはガタガタと震えながらアルティナの背中に隠れていた。
「見なさいなアルティナさん……! あからさまに怪しくて強そうな黒幕ですわ! 邪悪な魔力で縛り上げられて、屈辱の言葉を強要される典型的なバッドエンドのパターンですわぁぁっ!」
「静かにしなさい、縦ロール」
アルティナは冷ややかに言い放ち、両手の指先をかるく曲げて関節を鳴らした。
(なるほどな……。学園の結界を破り、生徒を危険に晒した犯人はコイツか)
前世の記憶と乙女ゲームの知識が不快に疼く。 力を持たぬ者が、身勝手な悪意によって理不尽に理性を踏みにじられる構図。 もし自分が、前世のままのひ弱な男、あるいはただの華奢な令嬢のままだったなら——今頃は恐怖に震え上がり、男の思い通りに絶望の悲鳴をあげさせられていたことだろう。
(だが……生憎だったな)
アルティナが前へ一歩踏み出した。
ズシン……ッ!
百キロの重りを仕込んだ制服が、地面の石畳を重々しく踏み鳴らす。 その翡翠色の瞳には、一切の動揺も恐怖もなく、ただ獲物を解体する冷徹な肉食獣の光だけが宿っていた。
「くははは! 幼い娘が強がりを! 我が絶対防御の障壁『アビス・シールド』の前にひれ伏すがいい! どんな物理攻撃も、魔導の炎も届きはせん!」
ヴェルガが手を振りかざすと、幾重もの不気味な紫色の魔法陣が、アルティナと男の間に難攻不落の壁として立ち塞がった。 王立騎士団の集中砲火すら耐え抜くと言われる、古代の絶対防護魔法。
「アルティナ、危険だ! 一旦下がって体制を整え——」
レオンの制止の声すら、アルティナの耳には届いていなかった。
(呼吸を整える。丹田から発した動力を、大腿四頭筋、大臀筋、そして広背筋へと連動させる……)
スッと、アルティナの身体から余計な力が抜け落ちた。 可憐な白磁の肌に、濃密なエメラルドグリーンの魔力が極限まで圧縮されてゆく。
(前世の惨めな自分に、告げてやる。俺は二度と——誰にも屈しない!!)
「言ってたまるかぁぁぁッ! 『くっころ』なんて言葉、死んでも口にしてやるものかぁぁぁッッ!!!!」
解き放たれたのは、音速を超えた正拳突き。
ドガァァァァァァンッッ!!!!
それは、魔法の衝突音などではなかった。 まるで巨大な隕石が至近距離で地表に激突したかのような、暴風と大地の震動。
無敵を誇るはずだった紫色の絶対障壁『アビス・シールド』が、アルティナの華奢な右拳が接触したコンマ一秒後に、まるで薄いガラス細工のようにパリィンと甲高い音を立てて木っ端微塵に粉砕された。
「な……っ!? 我が絶対障壁が……素手でぇぇぇっ!?」
仮面の男が目玉を飛び出させて絶句する。 だが、衝撃波の連鎖はそれだけでは終わらなかった。
破られた障壁の破片を突き抜け、アルティナの拳から生み出された【圧縮空気の砲身(衝撃波)】が、そのまま直線状にヴェルガの鳩尾へと叩き込まれたのだ。
「がっはぁぁぁぁッッ!?」
衝撃波に飲み込まれた教団幹部の身体が、弓なりに折れ曲がり、音速のスピードで後方へと吹き飛んだ。 そのまま巨大な魔導結晶と祭壇の壁をぶち抜き、深さ数メートルに及ぶ巨大な蜘蛛の巣状の陥没痕を作って叩きつけられる。
ガラガラと音を立てて瓦礫が崩れ落ち、黒幕はピクリとも動かなくなった。 一撃。 言葉通りのワンパン即死(戦闘不能)だった。
「…………え?」
静まり返った儀式の間。 エレノアが口を半開きのまま呆然と固まり、レオン王子ですら構えた剣を下ろすのを忘れて石化していた。
「ふぅ……。インパクトの瞬間に手首の旋回速度が僅かに遅れたな。まだ重りに身体が振られている証拠だ」
何事もなかったかのように、右手の汚れをパパッと払うアルティナ。 天女のように美しい姿でポツリと呟くその言葉は、相変わらずストイックな筋トレの反省文だった。
「あ、アルティナ……君は、一体……」
「教官たちへ連絡を、殿下。黒幕の身柄は確保しましたので、後処理をお願いします」
凛とした鈴の音のような美声で告げ、アルティナは優雅にカーテシー(お辞儀)をしてみせた。
こうして、学園を揺るがすはずだった惨劇の陰謀は、可憐なTS美少女騎士の【規格外の物理破壊力】によって、未然に、そして完璧に粉砕されたのであった。




