第8話 六ヶ月分
必要なものは三つだった。
伝票の束。要塞ごとの穀倉の広さを書いた目録。それから、どの日にどれだけ届いたかを要塞の側で記録したもの。
三つ目がなかった。
「要塞に受取の帳面はありますか」
「あると思います」ギレスが言った。「取り寄せれば、早馬で五日」
「往復で十日ですね」
残りは十二日だった。十日なら収まる。だが、要塞へ帳面を出せと言えば、王都が数え直していることが伝わる。伝われば、要塞の側にも組合の側にも、五日の猶予ができる。
数え直される前提で作られた帳面を、あとから受け取っても意味がない。
「出しません」翔は言った。「こちらで出せる結論を先に作ります。それから取り寄せます」
目録と伝票だけで始めることにした。要塞の側の紙がなくても、この二つを並べれば言えることはある。穀倉に入らない量が届いたことになっているなら、届いていないか、どこかへ行ったかのどちらかだ。
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卓を二つ並べた。
左に伝票、右に目録。真ん中にエリスが座って、翔が向かいに座った。
やり方を決めるのに半刻かかった。前の会社なら、ここは決まっていた。誰かが十年前に決めた手順があって、それに従えばよかった。従っているうちは、なぜその手順なのかを考えなくて済む。
ここには手順がない。作るところから始まる。作った手順が間違っていれば、四日が無駄になる。
「要塞ごとに分けます」翔は言った。「第一から第七まで、七つの山を作る。それぞれ日付順に並べて、届いた袋数を日ごとに足していく」
「足すだけでよろしいですか」
「そこは違います」
紙に線を引いて、簡単な表を作った。
日付 / 届いた袋 / その日までの残り / 穀倉の限り
「三列目が要ります。届いた分から、その要塞が食べる分を引く。残りが穀倉に入る量を超えていたら、そこがおかしい」
エリスが表を見た。
「食べる分は、どこに書いてありますか」
「書いてありません」
「では」
「計算します。第三要塞に何人いますか」
彼女は軍務府の写しを繰った。
「四千五百です。守備の兵が千二百、あとは傭兵が二隊入っています」
「一人が一日に食べる麦を、一キロとします」翔は言った。「一袋が二百五十。ということは、一袋で二百五十人が一日食べる」
エリスの指が動いた。
「四千五百なら、十八袋です」
「一日十八袋。十日で百八十袋」
彼女の手が止まった。
「穀倉と、同じです」
翔も同じところで止まっていた。第三要塞の穀倉は百八十袋で満ちる。そして四千五百人が十日で食べるのが百八十袋。
偶然ではないだろう。十日ぶんを置ける蔵を建てた、というだけの話だ。だがそれが分かると、伝票の読み方が変わる。
「二百八十袋が一度に届いています」翔は言った。「十五日ぶんです。蔵は十日ぶんしか入らない」
「五日ぶんが、外に出ます」
「あるいは、来ていない」
エリスは書き取った。それから顔を上げた。
「一キロというのは、合っていますか」
「合っていません」翔は言った。「馬がいます。病人は食べません。冬は多く食べます。どれも入れていない」
「では、意味がありませんが」
「桁は合います」
彼女はしばらくその言葉を見ていた。
「桁だけ合っていれば、いいのですか」
「今は」翔は言った。「二百八十と百八十の差を見るのに、一キロが一キロ二百でも変わりません。細かくするのは、どこがおかしいか分かってからです」
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四日かかった。
初日は三十枚も進まなかった。伝票の日付と目録の記載を照らすたびに、要塞の呼び方が揃っていないことが分かったからだ。第三要塞、ノルデン砦、南の三番。同じ場所を指す言い方が三つあって、伝票によって使い分けられている。誰かが決めたのではなく、書いた者がそれぞれの流儀で書いた結果だった。
エリスが対応表を作った。半刻で作って、それから速くなった。
二日目の夜、彼女は書記課の同僚を一人連れてきた。ルカという若い男で、字は速いが数は遅かった。三人で分担を決め直し、エリスが読み上げ、ルカが書き、翔が引き算をした。
窓の外が暗くなっても、誰も帰るとは言わなかった。翔が言わないからだろう、と気づいたのは三日目の夜だった。それから、四つ鐘で切ることにした。切ってからのほうが、翌朝が速い。
要塞ごとの山ができていくにつれて、高さが揃っていないことが目についた。第三が一番高く、第六が一番低い。人数を見ると、第六は千二百しかいない。荷の数が人数についていることは分かった。
分からないのは、なぜ第三だけが二百八十袋という切りの悪い数で届き続けるのかだった。ほかの要塞は二百四十、二百六十、百六十と、ばらついている。第三だけが六か月ずっと二百八十で揃っている。
三日目の昼に、第五要塞の山でつまずいた。
「日付が二つあります」
エリスが二枚を並べた。同じ日、同じ第五要塞、同じ二百四十袋。金額も同じ。
「写しですか」
「筆が違います」
二枚を光にかざした。紙の質も違った。片方は端が波打っていて、もう片方は真新しい。
「日付が同じで、荷が二つ来たということは」
「ありえます」エリスが言った。「二台の荷車で運べば、二枚になります」
「では、これは正しい伝票かもしれない」
「はい」
翔は二枚を並べたまま、しばらく動かなかった。
同じ日に二台来ることはある。だから一組だけでは何も言えない。
ただ、筆と紙が違うことは覚えておくことにした。荷車が二台なら、書くのは同じ倉の同じ書き手のはずだった。
「同じ日に二枚あるものを、全部抜き出しましょう」
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五日目の朝に、数が出た。
同じ日に二枚ある組み合わせが、六か月で十九組。合わせて三十八枚。
そのうち十四組は、穀倉の限りを超えていなかった。荷車が二台来たと考えれば説明がつく。
残る五組が、超えていた。
第三要塞に三組、第五要塞に一組、第七要塞に一組。
その五組を別の紙に写した。
三月十一日 第三 二百八十袋 二枚
三月二十六日 第三 二百八十袋 二枚
四月九日 第三 二百八十袋 二枚
四月十九日 第五 二百四十袋 二枚
五月二日 第七 二百六十袋 二枚
第三要塞の穀倉は百八十袋で満ちる。そこへ一日で五百六十袋が届いたことになっている。前日までの残りを引いても、四百近くが余る。置く場所がない。
「五組で、いくらになりますか」
エリスが数えた。
「重なっているほうの五枚で、千三百四十袋。金額は――」
彼女の指が止まった。
「2,345グルデです」
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翔はその数を見て、それから伝票の山を見た。
二千三百四十五。半年で。
一年なら4,690。壁の修繕には足りない。傭兵の給与にすれば二日ぶんもない。
「少ないですね」
言ったのはルカだった。若い書記は自分の書いた紙を見ながら、言ってから慌てて口を押さえた。
「少ないです」翔は言った。「四日かけて、これだけです」
「申し訳ありません」
「合っています。二千三百四十五は少ない」
羽根ペンを置いた。
穀倉に入らない量が請求されている。それは分かった。だが金額にすると2,345で、45日後に要る120,000には遠く及ばない。
やり方が間違っている。
同じ日に二枚あるものだけを見ていた。それは見つけやすいからだ。日付が並んでいれば目に入る。目に入るものを拾って、四日使った。
見つけやすいものだけを探すと、見つけやすい額しか出ない。六か月かけて誰かが何かをしていたなら、その誰かは目に入る形では置かない。二百八十袋が六か月ずっと二百八十のままなのは、目に入らないからだ。
「エリス」
「はい」
「穀倉の限りを超えていない日も、全部見ます」
「十四組のほうですか」
「十四組も、それ以外も。二百十四枚全部です」
「四日かかりました」
「今度は違う数え方をします」翔は言った。「日ごとではなく、要塞ごとに半年の合計を出します。届いたことになっている総量と、その要塞が半年で食べる量を比べる」
エリスは書き取る手を止めた。
「食べる量は、さっきの当てずっぽうですね」
「そうです」
「桁は合いますか」
翔は少し黙った。
「合わなかったら、そこが答えです」
エリスは対応表のほうへ手を伸ばした。三日前に作ったものだった。
「要塞ごとに半年ぶんを足すなら、ルカさんも要ります」
「呼んでください」
「もう一人、呼んでもいいですか」
翔は顔を上げた。彼女が人を増やそうと言ったのは初めてだった。
「計算のできる方ですか」
「いいえ。字が読める方です」エリスは言った。「読めれば、足せるようになります。私がそうでした」
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三日で出た。
小麦は、合っていた。
半年で請求された23,520袋。傭兵は32,000人。一人が一日に一キロ、一袋で二百五十人ぶん。百八十日で23,040袋。
差は480袋。金額にして840グルデ。
二つの数を並べたまま、しばらく動かなかった。
四日と三日、合わせて七日かけて出たのは、小麦の総量に問題がないという答えだった。第三要塞に入りきらない量が届いていたのは本当だ。だが王国全体で見れば、買った麦と食べた麦は釣り合っている。
つまり麦は、余分に買われたのではない。どこかの要塞から、どこかの要塞へ動いていた。
「盗むなら、蔵に入る量までしか盗めません」エリスが言った。「入らない分は、外に置くことになります」
「見えますね」
「見えます」
麦には限りがあった。二百五十キロの袋があり、百八十袋で満ちる蔵がある。数えようと思えば数えられる。だから大きくは動かせない。
伝票の残りの山を見た。小麦の伝票は84枚。残りは130枚。
「馬糧はいくらですか」
エリスが集計の紙を繰った。
「52,050です」
小麦の41,160より多い。伝票を一枚取った。乾草と燕麦の数量が書いてあり、その横に頭数が書いてある。
馬 六千頭
「六千頭ぶんで計算されています」
「軍務府の名簿は」
彼女は別の束を取りに行った。戻ってくるまでに、52,050を六千で割っていた。一頭あたり半年で八・六七。
「二千頭です」エリスが言った。
「二千」
「軍馬の名簿です。去年の秋に作られています」
翔は羽根ペンを置いた。
蔵に入るのは麦だけだ。乾草は野に積む。燕麦は袋で運ぶが、蔵の広さは書かれていない。そして馬は、要塞の外にいる。放牧に出ていることもあれば、遠征に出ていることもある。
誰も数えていない。
「四千頭ぶんです」翔は言った。「52,050のうち、三分の二」
「34,700です」
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塩と干し肉の重複が3,500出たのは、その日の夜だった。同じ荷が二枚に分かれ、片方は倉の書き手、もう片方は別の筆で書かれていた。第五要塞の二枚と同じ形だった。
小麦のほうは、二つしか出なかった。四日目に見つけた重なりの5組で2,345。総量の差480袋で840。合わせて3,185。
これで全部だった。麦は蔵に入る量までしか動かせない。動かせない以上、この額より大きくはならない。
三つを足した。
馬糧 34,700
小麦 3,185
塩・干し肉 3,500
41,385。
窓の外が白くなっていた。ルカは卓に伏せて眠っている。エリスは最後の一枚を山の上に置いて、それから両手を膝に下ろした。
「数えました」翔は言った。
41,385。45日後に要るのは120,000。まだ足りない。
だが、これは払っていない金だった。掛けで買って、まだ一枚も払っていない105,000のうちの41,385。
払わずに済むかもしれない、ということだ。
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