第18話 七万
会所を出た翌日から、法務庫にいた。
請負の証書は、棚の反対側にあった。二日目にこの庫へ来たとき、出させたのは借入の証文だけだった。徴税請負の証書は、通路をはさんだ向かいに置いてある。二十八通。領ごとに一通だった。
一通目を開いた。四つに折った跡がついている。
第一条 地租として、年 金貨一万三千四百を、二度に分けて国庫に納む
第二条 徴収の方法は、請負人の定むるところによる
第三条 凶作の年といえども、第一条の額を減ぜず
第四条 請負料として、年 金貨千三百四十を財務府に納む
第一条の額に見覚えがあった。西の領だった。四十戸の村で割符を数え、二百ほどある村の数で掛けた領で、去年の納付が13,400になっている。
第三条を読み返した。凶作でも減らさない。倉庫街の会所で聞いたことが、そのまま書いてある。六年前に麦が三割減った年も、この条があったから436,000納めている。あれは組合の恩ではなく、条文だった。
第四条をもう一度読んだ。
千三百四十。13,400の十分の一だった。
---
二通目を出した。第四条がある。額が違う。第一条と並べると、やはり十分の一だった。
三通目も、四通目も同じだった。
エリスが読み上げ、ルカが書いた。名のある二十一領を順に並べていく。多い領で三万を超え、少ない領で八千を切る。第四条はそのつど動いて、いつも第一条の十分の一で止まった。
二十一通を足した。
納付 336,000
請負料 33,600
名のない七領の証書は、綴りの終わりにまとめてあった。
七通とも同じ文面だった。
第一条 地租として、年 金貨一万二千を、二度に分けて国庫に納む
第四条 請負料として、年 金貨五千二百を財務府に納む
十分の一なら千二百のはずだった。
五千二百を一万二千で割った。四割三分になる。
七通とも五千二百だった。掛けると36,400。33,600に足すと、70,000になった。
五日前に紙の裏へ書いた一行を出した。
七万は、どこへ行くのか
表に返した。表には750,000と420,000と330,000が並んでいて、その下に260,000と70,000がある。
裏の問いに、表の紙が答えていた。行き先には財務府と書いてある。ずっと書いてあった。読む者が、この庫と財務府を往復していなかっただけだった。
「納付では二割です」エリスが言った。「七領で84,000ですから」
「請負料では五割二分です」
36,400を70,000で割った数だった。七つの領は、地租では五分の一しか占めていない。請負料では半分を超える。
「なぜ七つだけ高いのでしょう」
「分かりません」
聞ける相手は一人しかいない。その相手には、九十日目に、記録を求めないと書いて署名している。
「財務府に納めるのでしたら」ルカが言った。「国庫に入るのと、同じことではないのですか」
「同じなら、歳入の帳面に載っています」
「載っていないのですか」
「明日、見ます」
---
歳入の帳面には八つの項目がある。
地租 420,000/塩税 180,000/関税・通行税 155,000/人頭税 130,000/
王領地 95,000/鉱山 70,000/官職の売却 60,000/貨幣鋳造の差益 40,000
請負料という項目はない。70,000という額は一つあった。鉱山だった。
内訳を出させた。坑が四つあり、それぞれの上がりが書いてある。合わせて70,000になる。額が同じなだけだった。
官職の売却を見た。内訳は十一件で、一件ごとに買った者の名と、日付と、額が入っている。徴税官職が七件、裁判官職が四件。額はばらばらで、合わせて60,000になる。
どれも一度きりの売り買いだった。年に納む、という形のものは一件もない。
出納方へ行った。請負料という名で入った金があるかを聞くと、主任は控えの綴りを持ってきて、その場で繰った。
「一件ございます」
「一件」
「十二年前に70,000。それきりでございます」
「何年ぶんを見ましたか」
「十二年ぶんでございます。それより古いものは、別の蔵でございます」
証書には、年70,000を財務府に納む、と書いてある。歳入の帳面にその項目がない。国庫に入ったのは十二年前の一度きりで、以後十一年、一度もない。
同じ形を一度見ていた。契約の上の利息が458,200で、帳簿の利払いが310,000で、差が148,200。あのときは、書いていないほうが少なかった。今度は丸ごとない。
十一年で770,000になる。傭兵32,000人の給与が月に40,000だから、19か月ぶんを超える。
もう一つ、同じ額を知っていた。一札の違約金が70,000だった。破りたるときは前納140,000を返還し、あわせて70,000を納む。あの日、値の出どころを聞かなかった。
---
宰相に上げる形を、二日かけて書いた。書きながら、順番を変えた。
先に本人へ聞けば、証を消される。ふつうはそうなる。ただ、消す先がなかった。証書は法務庫にあり、財務府の権が及ばない。帳面のほうは、はじめから記載がない。消せるものが残っていなかった。
宰相へ先に出せば、説明を作るのは長官になる。作らせる前に聞いておきたかった。
百四十五日目の朝、出納方の紙が来た。国庫は39,241とある。1,859で割ると、二十一日ぶんだった。
今年の請負料70,000は、三十七日ぶんにあたる。手元の残高より多い。
---
午後、長官の部屋へ行った。
卓に三枚置いた。証書の第四条を写したもの。歳入の八項目。出納方の返事を書きつけたもの。
ギレス・タウンは、置かれた順に読んだ。読むのに時間をかけなかった。
「受け取っております」
否定から始まると思っていた。始まらなかった。
「毎年ですか」
「毎年でございます」
「十一年で770,000になります」
「その条は十四年前の証書からございます」ギレスは言った。「私が長官になりましたのは十二年前でございます。私の前にも長官がおりました」
「あなたが作ったのではないと」
「作っておりません」
「十二年前に、一度だけ国庫に入っています」
「私が入れました」
先を待った。長官はそれきり言わなかった。
古い綴りのことを思い出した。十四年より前の証書は、別の綴りに入っていた。四日いて、そちらを開いていない。開けば分かったことを、ここで教わっている。
「どこへ行きましたか」
「申し上げません」
「私財ですか」
「お調べになればよろしい」ギレスは言った。「私の家と、土地と、私の名で買ったものをお数えください。三日あれば足ります」
三日で数えられるのは、彼の名で買ったものだけだった。
---
「一つ、申し上げてもよろしいですか」
「どうぞ」
「その七万を国庫に入れるのは、造作もございません」ギレスは言った。「明日から出納方に受けさせればよい。ただ、来年の証書は書き換えられます」
「なぜですか」
「レーグは490,000払っております。四十二万と七万に分けているのは、こちらの都合でございます」
紙に書いた。420,000と70,000。足すと490,000。現地の徴収750,000から引くと260,000が残る。
会所で即答された額だった。
「向こうから見れば、出る額は変わりません」ギレスは言った。「表にお出しになれば、合わせて490,000のまま、地租を350,000に書き換えろと言ってまいります。あの男は十四年、同じ値をつけております」
数を確かめた。350,000と70,000で420,000。国庫に入る額は今年と変わらない。
「七万は、何の代金ですか」
「何もしないことの代金でございます」ギレスは言った。「請負料を納めております限り、財務府は組合の徴収を調べません。十四年、調べておりません」
羽根ペンを置いた。
九十日目に、同じ買い物をしている。前納140,000を受け取り、記録を求めないと書いて署名した。値の立て方が違うだけで、買ったものは同じだった。
「九十日目に、あなたも同じものをお買いになりました」ギレスは言った。「値は140,000でございました」
返す言葉を探した。探しているあいだに、長官が次を言った。
「私のほうが安うございます」
---
「私が買ったものは、紙に書いてあります」翔は言った。「あなたが買ったものは、書いてありません」
「書けば止まるからでございます」
召喚された日に、同じ言葉を聞いている。百四十五日前だった。あのときは債務の話で、今日は自分の受け取った金の話になっている。言い方は変わっていない。
「歳入に70,000ふえたと書けば、宮廷費が70,000ふえます」ギレスは言った。「十二年、そうでございました。見えている金は、使われます」
「見えていない金は」
「使う先を、こちらが選べます」
「選んだ先は」
「申しません」
宮廷費185,000の頁を思い出した。御前で読み上げたとき、席を立った者が一人いた。それきり戻っていない。
長官の言い分の前半は、確かめられる。歳入がふえた年に宮廷費がふえたかどうかは、帳面に十二年ぶんある。後半は確かめられない。
確かめられる側だけを潰しても、金は戻らない。
「来年の証書から、第四条を書き換えます」翔は言った。「財務府ではなく、国庫に納む、とします」
「地租が350,000になります」
「なります」
「入る額は今年と同じでございます」
「同じです」
「私には、あなたを罷免する権がありません」
「ございませんな」
長官は三枚を、置かれた順に自分のほうへ寄せた。寄せてから、手を離した。
「それで、どうします」




