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この国は、あと六・一ヶ月で潰れます ── 異世界に召喚された経理担当者の財政再建記  作者: 桜野結
第2部 請負人

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19/19

第19話 記録に残せない金

三日あれば足ります、と言われた。四日かかった。


百四十五日目の夕方から、ギレス・タウンの持ち物を数えた。


  年俸 1,800(月150)

  王都の東の家 買値3,600(九年前)

  馬 一頭

  使用人 二人

  嫁いだ娘への持参金 1,200(六年前)


十二年ぶんの俸給を足すと21,600になる。家と持参金を引くと16,800。使用人の給金と馬の飼料を年に400として、十二年で4,800。残りは12,000ほどだった。


説明のつく額だった。840,000のどこにも触れていない。


家は自分で見に行った。二階建てで、通りに面していない。扉の蝶番が下がっていて、開けるときに石を擦る。九年、直していない。


私財がないことは、取っていないことの証明にはならない。名を移せばいい。娘の嫁ぎ先を調べた。夫は書記課の下役で、家も土地も持たない。妻の親の名で買ったものもない。


そこまで調べて、まだ足りないことは分かっていた。四日で数えられるのは、名の分かる者が名で買ったものだけだった。


---


出納方の綴りを繰っているときに、俸給の欄に一行あった。


  長官 俸給百五十 うち四十四 王都両替商組合へ


主任に聞いた。


「いつからですか」


「三年前でございます」


「毎月ですか」


「毎月でございます。三年、欠けたことがございません」


44を十二倍すると528になる。528を二割二分で割ると2,400。


元本2,400。利だけを払っている。三年払って、元本は一グルデも減っていない。


国がやっていることと同じだった。三年前の王国と、利率まで同じだった。


840,000を受け取った男が、2,400を年に二割二分で借りている。


---


四日目の朝、その一行を長官の卓に置いた。百四十九日目だった。


ギレスはそれを見て、しばらく手を動かさなかった。それから立って、棚の下段から綴りを一冊出した。


表紙に何も書いていない。糸が切れかけていて、背を押さえないと開かない。


「十一年ぶんでございます」


「これは」


「受け取ったものと、出したものでございます」


開いた。左の欄に受取、右の欄に支出がある。


受取は年に三度。二十八の領から集まった請負料が、春と夏と秋に分けて入っている。年ごとに足すと、どの年も70,000だった。


いちばん古い年は、十一年前だった。十二年前の頁がない。


「十二年前は」


「国庫に入れております」ギレスは言った。「一度だけでございます」


十一年で770,000。


支出は日付と額だけだった。何に使ったかが書いていない。誰に渡したかも書いていない。


「名前がありません」


「書けません」


エリスとルカに読み上げさせて、翔が足した。その晩のうちに終わらなかったので、蝋燭を足した。


「筆は、全部長官のものです」エリスが言った。「十一年、書き手が変わっておりません」


書記課の者なら、そこを見る。十一年、誰にも書かせなかったということだった。


支出は二十九件あった。合計772,400。


受取770,000。支出772,400。


差は2,400だった。


---


羽根ペンを置いた。


その額を、この四日で一度見ている。両替商組合の元本と同じだった。


「足りない分を、あなたが借りていますね」


「借りております」


「三年前に」


「三年前に借りております」


三年前は、王国が両替商組合から180,000を借り足した年だった。前納のない年で、百十九日を借入で越えている。


同じ年に、この男も借りている。


金額の桁が違う。ただ、やっていることは同じだった。足りない分を、年に二割二分で埋めている。


「十一年で、あなたは770,000を受け取って、772,400を出しました」


「そのとおりでございます」


「取ったのではなく、通しただけだと」


「そうは申しません」ギレスは言った。「国庫に入るべき金を、国庫に入れませんでした。それは取ったのと同じでございます。ただ、私の家には残っておりません」


---


出府の簿を出させた。


財務府の役人が王都を離れるときは、日数と行き先を書いて置いていく決まりになっている。十二年ぶんが残っていた。


二十九件の支出の日付を、その簿と突き合わせた。


二十九件とも、彼が王都にいない日だった。一件の例外もない。


出府の理由は簿に書いてある。徴税の巡察。長官の職務のうちで、誰も不審に思う欄ではなかった。年に二度か三度、二十日ほど王都を空ける。十一年、そうしていた。


往復の日数は六日から十二日のあいだにある。片道にすると三日から六日だった。


「三日から六日で行けるところですね」


「そうなります」


「どこですか」


「申し上げません」


三日から六日で着く場所は、この国にいくらでもある。要塞は七か所あり、領は二十八ある。町の数は数えていない。


日数だけでは絞れなかった。金額でも絞れない。二十九件の額はばらばらで、最も多いのが38,000、最も少ないのが400だった。規則が見えない。


二十九件を歳出の帳面と並べてみた。軍事費の支払日、宮廷費の請求、道路と橋の工事。どれとも重ならなかった。


重なるものを探しているあいだは、探している側が答えを決めている。並べる相手を、こちらが持っていなかった。


見えないように書いたのではない。書けないから、こうなっている。


---


「一つ、伺います」翔は言った。「十二年前に、あなたは何を見ましたか」


ギレスは綴りを閉じた。


「同じものでございます」


「請負料ですか」


「法務庫の証書と、歳入の帳面を並べました。長官になった年でございます。70,000が入っていないことが分かりました」


「どうしましたか」


「前の長官に尋ねました。答えは、では書いてごらんなさい、でございました」


「書いたのですね」


「書きました」ギレスは言った。「あの年の歳入は70,000ふえております。翌年から、宮廷費が185,000になりました」


歳出の帳面を十二年ぶん出させた。


十二年前まで、宮廷費は115,000だった。十一年前から185,000になっている。以後、動いていない。


70,000ふえて、そのままになっていた。


---


紙に二つ書いた。


  十一年で流した額     770,000

  十一年で宮廷費がふえた額 770,000


同じ額だった。


「あなたが防いだのは、二度目です」


ギレスは何も言わなかった。


「一度目は防げていません。十一年、毎年70,000ふえたままです。あなたが隠したのは、そのあとの70,000でした」


「左様でございます」


「隠したほうは、あなたが選んだ先へ行きました。ふえたほうは、宮廷へ行きました。国庫にはどちらも入っていません」


「入っておりません」


二つが同じ額なのは、同じ70,000に同じ十一を掛けたからだった。並べると釣り合って見えるが、釣り合っているのではない。同じ数を二度書いただけだった。


書けば止まる、という言い方をこの男は二度した。召喚された日と、四日前と。


止まったのは一度だけだった。一度止まってから、彼は十一年、同じ理由を使い続けている。理由のほうが古くなっていることを、彼は数えていない。


「来年の証書から、請負料は国庫に入ります」翔は言った。「あなたの支出は、来年から止まります」


「止まります」


「止まると、何が起きますか」


「そのときに分かります」ギレスは言った。「私はもう、止めるほうにも回れません」


---


百五十日目の午後、宰相府へ出した。


証書の第四条。十二年の綴り。出府の簿との突合。私財の一覧と、その一覧が何を証明しないか。


フリーデリケは四枚目を長く見ていた。


「罷免はしません」


「理由を伺えますか」


「罷免すれば、理由を書きます」彼女は言った。「書けば、請負料が表に出ます。表に出れば、来年から地租が350,000になります」


四日前に同じことを言われている。同じ結論に、別の道から着いていた。


「降格にします。理由は職務上の不備。財務府次席とします」


「次席は」


「あなたの下です」


「私は罷免に反対です」翔は言った。「理由は宰相と違います」


「伺います」


「十二年ぶんの記憶が、あの人の中にしかありません。追い出すと、それも出ていきます」


フリーデリケは書きかけの手を止めなかった。


「二人とも、あの男を使うほうが安いと言っています」


「そうです」


「では、そうします」


---


翌朝、財務府へ行くと、卓に紙が一枚あった。


  国庫 28,084

  日に1,859 十五日ぶん


その下に、次の支払日が三つ書いてある。筆跡は長官のものだった。


うしろで扉が開いた。


「次席のギレスでございます」


「はい」


「今日から、朝いちばんにこれをお出しします」


紙を取った。


「二百十日目までに、いくら足りませんか」


「81,796でございます、佐藤殿」


「同じ数を、九十日目に出しています」


「では、二度目でございますな」



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