第17話 七十五万
三つの領を回るのに、十五日かかった。
一領につき四つの村。村ごとに割符を集めて足し、村の数で掛ける。同じことを三度やった。
やり方は最初の領で決めた。四つの村は、大きいのと小さいの、街道沿いと山際を一つずつ選ぶ。四つの平均を取って、その領の村の数で掛ける。
平均の取り方に自信はなかった。四つで足りるかどうかは、四つでは分からない。
「五つにしますか」
十二日目の夜、エリスがそう言った。三つ目の領に入る前だった。
「五つにすると、もう一領回れません」
「四つでいいという理由はありますか」
「ありません」翔は言った。「日数で決めています」
彼女は書き取る手を止めなかった。
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三領ぶんの数が出た。
第一の領 納付13,400グルデ 村およそ200 四村の平均112 推定22,400
第二の領 納付18,000 村およそ240 四村の平均128 推定30,720
第三の領 納付 9,500 村およそ150 四村の平均 98 推定14,700
三つとも、徴収したうちの六割前後が国庫に入っている。差は四割前後だった。
三つを合わせた。納付40,900グルデに対し、推定の徴収は67,820。納付の割合は六割ちょうどに近い。
これを二十八領ぜんぶに当てはめる。
420,000 ÷ 0.603 = 696,000ほど
現地では696,000ほど徴収されていて、国庫には420,000が入る。差は276,000。
紙にそう書いて、その下に線を三本引いた。
一本目。村の数がヘルトの記憶と役所の記録で違う領があった。
二本目。四村の平均が、その領の二百村を代表しているという保証がない。
三本目。三領は名のある二十一領の中から選んだ。地図に線を引いた七つの領には、まだ一度も行っていない。
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三本目を書いてから、四日かけて七つの領を調べた。
王領地の目録にも、地租の帳面にも、請負人の名がない。名がないと書いてあるのでもない。書く欄そのものがなかった。二十一領の頁には名を入れる罫が引いてあり、七領の頁には引いていない。
様式が違う。作った者が、はじめから書かせる気でいなかった。
四日目の夕方に、会いに行くことを決めた。
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バルドウィン・レーグに会いに行ったのは、百三十五日目だった。
王都の東、倉庫街の手前に組合の会所がある。二階建てで、下が帳場、上が住まいらしかった。手代が二人、荷札を書いていた。
「三領を回られたと伺いました」
座る前に言われた。
「ご存じですか」
「村が話します」バルドウィンは言った。「王都の方が割符を数えて回った、と。うちの請負人が聞いてまいります」
「止めに来ますか」
「一札には、記録を求めないと書いてございます。村へ行くなとは書いておりません」
翔は紙を出した。696,000と書いてある。
「これが、現地で徴収されている額の見込みです」
バルドウィンは紙を見た。見ただけで、手に取らなかった。
「七十五万でございます」
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動かずにいた。
「七十五万」
「750,000グルデ。去年の徴収額でございます」
「なぜ、お答えになるのですか」
「一札には、記録を求めないと書いてございます」バルドウィンは言った。「私が申し上げることまでは、書いておりません」
「では、書いた紙は出さないが、口では言うと」
「言います。そのほうがよろしいでしょう」
696,000の横に750,000と書いた。差は54,000ある。
「私の見込みが、五万四千足りません」
「二十一領はお回りになった。あとの七つは」
羽根ペンを止めた。
地図に炭で囲った七つ。名のない、納付が全部12,000グルデで揃っていた七つ。あの七領を回らなかった。回れない理由があったのではない。選ぶときに、名のある領のほうが調べやすかった。
「あの七つは、違うのですね」
「違います」
「どう違いますか」
「そこは申し上げません」
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「では、七十五万で伺います」翔は言った。「国庫に入るのは420,000です。差の330,000は、どこにありますか」
「うちの取り分が260,000でございます」
即答だった。
「二十六万」
「はい」
その数を書いた。書いてから、次の数も書いた。330,000から260,000を引くと、70,000残る。
「残りの七万は」
バルドウィンは答えなかった。
すぐには続けなかった。今日はまだ、聞きたいことが先にある。
「二十六万は、何の代金ですか」
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「三つございます」
組合長は指を折らなかった。折る癖のない人らしかった。
「一つ。運び賃でございます。二十八領から王都まで、銀貨で運びます。七十五万グルデを銀貨に直すと千八百万枚。目方にして七十二トンでございます」
数を確かめた。750,000に24を掛けると18,000,000。銀貨一枚を四グラムとすれば七十二トン。
「荷車一台に半トン積むとして、延べ百四十四台」バルドウィンは言った。「一度に運ぶのではございませんが、道中の宿と護衛と、荷車を直す者が要ります」
「二つ目は」
「知っていることでございます。どの村に何があるかを、十四年書いてまいりました」
「三つ目は」
「凶作の年でも、420,000納めることでございます」
手が止まった。
「六年前、麦が三割減りました」バルドウィンは言った。「あの年も納めております。436,000納めました。前納がございませんでしたので、その分が乗っております」
「三割減った年に、いつもより多く納めた」
「そうなります」
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しばらく黙っていた。
これは保険だった。王国は毎年420,000を受け取る。作柄が良かろうが悪かろうが同じ額を受け取る。変動を引き受けているのは組合のほうだ。
その代金が330,000のうちのいくらかになる。
「豊作の年は」
「多く残ります」バルドウィンは言った。「それが商いでございます」
「では、六年のうち何年が豊作でしたか」
「四年でございます」
「四年で、いくら残りましたか」
組合長は初めて、少し間を置いた。
「それは、記録でございます」
羽根ペンを置いた。
四年ぶんの残りが分かれば、260,000が保険の代金として高いか安いかを計算できる。凶作の年に組合が被った損と、豊作の年に得た益を並べれば出る。
その二つとも、帳面の中にある。九十日目に、翔は見ないと書いて署名した。
確かめる材料を、確かめる前に手放していた。
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「佐藤様」
バルドウィンが言った。
「うちを外されますと、420,000ではなくゼロになります」
「そう伺いました」
「今日は、なぜかを申し上げます」
組合長は卓の上で手を組んだ。
「王国が自分で集めるとして、まず村へ行く者が要ります。次に、集めた銀貨を運ぶ荷車が要ります。それから、村が嘘をついたときに見抜く者が要ります」
「人と、荷車と、記録ですね」
「人はお雇いになれます。二年もあれば、読み書きのできる者を集められましょう」
「荷車は」
「作れます。金があれば」
「では、何が足りませんか」
「道中でございます」バルドウィンは言った。「宿と、通る道と、その道の途中で誰に話を通しておくか。十四年かけて作ったものは、金では買えません。買えるなら、うちも買っております」
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会所を出たのは日が落ちてからだった。
エリスが横を歩いていた。今日は書き取っていない。記録の話になると分かっていたので、蝋板を持ってこなかった。
「七十五万でした」
「はい」
「私の見込みは六十九万六千でした」
「五万四千足りませんでした」
「七つの領です」翔は言った。「回らなかったところに、足りない分が全部あります」
坂の途中で、エリスが立ち止まった。
「四つの村で足りるかどうかは、四つでは分からないとおっしゃいました」
「言いました」
「二十一の領で足りるかどうかも、二十一では分かりませんでした」
返事をしなかった。
同じ間違いを、大きいほうで繰り返している。村を四つ選ぶときは大きいのと小さいのを混ぜた。領を選ぶときは、調べやすいほうから選んだ。
「次は七つに行きます」
「行けますか」
「行けます。記録は見ないと書いただけです」
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その夜、数字を三つ並べた。
現地の徴収 750,000グルデ
国庫への納付 420,000
差 330,000
その下に、二つ書いた。
組合の取り分 260,000
残り 70,000
七万。バルドウィンは答えなかった。答えなかったのは、記録だからではない。記録なら記録だと言う人だった。
答えなかったのは、別の理由だ。
紙を裏返して、そこに一つだけ書いた。
七万は、どこへ行くのか
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