第16話 納税者の側
九十五日目に王都を出た。二十日の行程を組んだ。
西の領で四つの村を回る。馬車で二日、そこから村と村のあいだを歩いてつなぐ。一村に三日、移動に一日。最後に領都で去年の納付の写しを見て、二日かけて戻る。
最初の村に着いたのは百日目だった。名前を三度聞いてやっと憶えた。四十戸ある。
同行はエリスとルカ。護衛はつけなかった。財務府の者が徴税の話を聞きに来た、と分かるようにすると、村が黙る。ギレスがそう言った。
出る前に、翔は自分がどこへ行こうとしているのかを確かめた。組合の記録は見られない。二十八領、十四年ぶんの帳面は、一年間こちらの手が届かないところにある。
見られないものを見る方法は、原理としては一つしかない。同じ取引の反対側に立っている者に聞くことだった。組合が徴収した額は、村が納めた額と同じはずだ。片方が見られないなら、もう片方から見る。
商いの帳面なら、これは当たり前の手だった。売った側の売上と買った側の仕入は同じ額になる。片方が出さないなら、もう片方に聞く。
村が、その反対側だった。
「では、何と名乗りますか」
「近隣の作柄を見て回っている、で通ります」長官は言った。「凶作の年に減免を願い出る領がございますので、毎年、誰かしら回っております」
嘘ではなかった。作柄は調べる。ただ、調べたい数字が別にあるだけだった。
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村長は六十くらいの男で、名をヘルトといった。
麦の出来を聞くと、よく答えた。去年より少し悪い、水が遅かった、東の畑は駄目だった。数もいくらか出てくる。
税の話に移ると、答えが短くなった。
「納めました」
「いくら納めましたか」
「決まった分でございます」
「決まった分というのは」
「請負の方が決めなさいます」
言い方を変えた。
「では、あなたの家はいくら納めましたか」
「決まった分でございます」
同じ答えだった。ヘルトは嘘をついていない。嘘をつくときの間の取り方をしていない。言いたくないのではなく、言うと困ることになるのだろうと思った。
「言うと、来年が上がりますか」
村長の手が止まった。
「そういうことは、ございません」
「ありますね」
ヘルトは答えなかった。
それ以上は押さなかった。押せば言うかもしれないが、言わせた結果は翔が引き受けられない。来年この村に来るのは請負人で、翔ではなかった。
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帳面はなかった。
村長の家に紙がない。書けないのだから、当たり前だった。読み書きができるのは村に一人、教区の書記が月に一度来る。その者が来たときに教区の帳面に書く。教区の帳面は教会にあり、教会は課税されない。課税されない場所に、課税の記録が置いてある。
翔はそのことを書き留めた。今日の用ではないが、いつか要る。
代わりに、棚に棒が並んでいた。
長さ一尺ほど、幅は指二本。表面に刻みが入っていて、縦に割れている。割れ目は真っ直ぐではなく、ぎざぎざしていた。
「これは」
「割符でございます」ヘルトが言った。「請負の方がお持ちの片方と、合わせると割れ目が合います」
棒を一本取った。刻みが十四ある。深いのが二つ、浅いのが十二。
「刻みが数ですか」
「深いのが銀貨十枚、浅いのが銀貨一枚でございます」
深いのが二つで二十、浅いのが十二で十二。合わせて三十二。
「この家は銀貨三十二を納めた」
「そうなります」
棚を見た。同じ棒が並んでいる。四十戸ぶん、ではなかった。
「これは、村長の家の分ですか」
「うちの分は、うちにございます」ヘルトが言った。「棚にあるのは、預かっているだけで」
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エリスが棚の前で数えていた。
「二十三本です」
「四十戸ですね」
「はい」
「残り十七本は、それぞれの家に」
「あると思います」
彼女は棒を一本ずつ手に取って、刻みを読んでいった。読み方はもう分かっている。深いのを十で、浅いのを一で数える。
「なぜ二十三本だけ預かっているのですか」
ヘルトは答えなかった。ルカが台所のほうから戻ってきて、小声で言った。
「置く場所がない家があるそうです。雨で濡れると刻みが分からなくなるので、村長さんに預けるのだと」
理由としては通っていた。通っていたが、二十三と十七に分かれる理由にはならない。
口に出さなかった。今日聞きたいのはそこではない。
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十七戸を回るのに、二日かかった。
エリスとルカが十軒ずつ、翔が七軒。
翔が回った家では、三軒が棒を出さなかった。無くしたと言われた。あとの四軒は出した。
二日目の夜にルカが言いにくそうにした。翔の話し方が、この辺りの者の話し方ではないらしい。訛りではなく、間の取り方だという。物を尋ねるときに、先に用件から入る。村では天気と作柄を三往復してから用件に入る。
「怪しまれていますか」
「役人だと思われています」ルカが言った。「役人だと思われるのは、ふつうのことです。ただ、どこの役人か分からないので」
三日目、翔は家を回らなかった。エリスとルカに任せた。
三軒とも、無くしたと言うときの言い方が同じだった。困った顔をせず、探すそぶりもせず、無くしましたと言う。三度同じものを見ると、それが答えではなく手順だと分かる。
村で決めた答えなのだろう。どの家が言うかも、決まっているのかもしれない。
三日目の朝、村長の家の卓に四十本のうち三十七本が並んだ。
エリスが読み上げ、ルカが書き、翔が足した。
銀貨 二千六百六十四
三十七戸で2,664。残る三軒は無くしたと言われた分だった。
「平均で割ると」
「一戸あたり銀貨七十二です」エリスが言った。
その数を三軒分に掛けた。二百十六。足すと2,880になる。
「四十戸で銀貨2,880。金貨に直すと」
エリスの指が止まらなかった。
「120です」
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その日の午後、翔は領の帳面の写しを出した。王都から持ってきたものだった。
この領が去年納めた額は13,400。名のある二十一領の一つで、請負人の名も書いてある。
村の数を、ヘルトに聞いた。
「二百ほどでございます」
「二百ですか」
「百九十いくつと、聞いたことがございます」
割った。13,400を二百で。
六十七
一村あたり、国庫には67が入っている。
この村からは120取られている。
差は53だった。
割ると、120のうち53。四割四分。
村の数を百九十で取れば四割一分、二百五で取れば四割五分になる。四割前後、としか言えない。
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羽根ペンを置いた。
四割四分。
王都で数えていたときに出した数字と近い。現地でいくら取られているかは分からないままだったが、納付420,000という数字だけは分かっていた。もし現地の徴収が750,000なら、差は330,000になる。それも四割四分だった。
一致している。
ただ、一村だった。
村の大きさは違う。作柄も違う。村長が正直な村と、そうでない村がある。棒を無くしたと言う家が三軒ある村と、一軒もない村がある。二百ある村のうち一つを数えて、二百倍していいことにはならない。
翔はその日、何も書かなかった。
書けば、四割四分という数字が紙の上に残る。残った数字は一人歩きする。一村から出した数字だと注をつけても、注のほうは残らない。
御前でそれをやったばかりだった。六・一か月と言って、根拠を確かめないまま人に渡した。あのときは目録を信じた。今度は一つの村を信じることになる。
信じる相手が変わっただけで、やることは同じだった。
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帰りの馬車で、エリスが割符を一本持っていた。
村長が一本くれたのだった。無くしたと言われた三軒のうち一軒の分で、実は無くしていなかった。エリスが最後の日に見つけた。納屋の梁に挟まっていた。
受け取っていいものかを、翔は一度断った。片方が村から出れば、請負人の持つ片方と合わせられなくなる。
ヘルトは合わせる機会はもうないと言った。納め終わった年の割符は、次の年には使わない。請負人の側も、新しい年の分を新しい棒で作る。古い棒は薪になるのだという。
「では、燃やす前のものをいただきます」
「深いのが三つ、浅いのが四つです」彼女は言った。「三十四です」
「平均より上ですね」
「はい」
「その家は、なぜ無くしたと言ったのでしょう」
エリスは棒を膝の上に置いた。
「私が聞きました」
エリスのほうを見た。
「多く納めた家は、言わないほうがいいそうです。多く納めたと知られると、来年もその額になるので」
馬車が石で揺れた。
「請負の方に知られると、ですね」
「いいえ」
エリスは棒の刻みを指でなぞった。
「村の方に、です」
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王都に着いたのは百十五日目だった。
翔は財務府の卓に、割符を一本置いた。刻みが七つ入っている。深いのが三つ、浅いのが四つ。銀貨三十四。
読み方を知らなければ、ただの棒だった。
四十戸で銀貨2,880。金貨120。国庫に入るのは六十五から七十のあいだ。
二百ほどある村のうち、一つ。
紙に、その数字だけを書いた。四割四分とは書かなかった。分母が確かめられていないものを比率にすると、比率のほうだけが残る。
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