第14話 書簡
返事は出さなかった。
二通目が来ると思っていた。条件を書いていない手紙を出した者は、こちらが尋ねてくるのを待っている。尋ねなければ、向こうから書いてくる。
翌朝、考え方を変えた。待っているのはこちらではない。向こうは、こちらが尋ねざるを得なくなる日を知っている。
その日がいつなのかを、まず調べることにした。
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「地租は、いつ入りますか」
「収穫のあとです」ギレスが答えた。
「今年の収穫は」
「百六十四日後でございます」
国庫の数字を出した。四十五日目に85,185あった。月に55,783ずつ減るので、日に直すと1,859。昨日一日で、もう1,859減っている。
残りを1,859で割ると、四十五日たらずだった。
今日から四十五日で、国庫は空になる。九十一日目にあたる。収穫はその百十九日あとになる。
百十九日、何も入らない。
「毎年、この百十九日をどうしていますか」
長官は答えるのに時間をかけなかった。かけなかったが、答える前に一度、卓の上を片づける仕草をした。
「前納がございます」
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前納の記録は、歳入の帳面の一冊目にあった。
十九日目にその冊を読んでいる。地租の頁も見た。村の名と、納めた量と、納めた日。読み落としてはいない。
読み落としていたのは、日付のほうだった。
地租の記載は二度に分かれている。一度目が春、二度目が秋。秋のほうが収穫後で、額が大きい。春のほうは額が小さく、村の名がない。組合、とだけ書いてある。
「これですか」
「それです」ギレスが言った。「収穫の四か月前に、請負人組合が一部を先に納めます。去年は140,000でした」
「四か月前というと」
「今年で申しますと、九十日目にあたります」
羽根ペンを止めた。
国庫が空になるのが九十一日目。前納が来るのが九十日目。
一日。
「毎年、こうですか」
「毎年こうです」
「偶然ではありませんね」
「偶然ではございません」ギレスは言った。「請負人は、王国の帳面を見ておりません。ですが、いつ苦しくなるかは知っております。十年も納めていれば分かります」
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「前納には値段がありますか」
「ございます」
長官は帳面の頁をめくって、別の欄を出した。
「前納がない年の納付額は434,000でした。前納がある年は、春に140,000、秋に280,000。合わせて420,000でございます」
その二つを書いた。434,000と420,000。差は14,000。
140,000を四か月早く受け取る代わりに、14,000を引かれている。
割った。14,000を140,000で割ると一割。四か月で一割なら、一年で三割になる。
「三割です」
「そうなりますな」
「両替商組合が二割六分です」
「そうでございます」
羽根ペンを置いた。
この国でいちばん安い借入先はどこか、という問いを立てたことがなかった。立ててみると、答えが出ない。教会の四分が最も低いが、あれは追加で貸してくれるものではない。実際に金が動くところで比べると、兵糧商人組合が半年で四割、両替商組合が二割六分、そして請負人が三割。
金を貸してくれる相手のほうが、貸してくれない相手より高い。
当たり前だった。貸してくれる相手は、返ってこないかもしれないと思いながら貸している。思っていない相手は、そもそも貸さない。
兵糧の組合長が言ったことと同じだった。四割のうち、一割が利息で、三割が「いつ払っていただけるか分からない、という分」。あれは兵糧の話だったが、地租でも同じことが起きている。ただし地租のほうは、内訳が書かれていない。420,000という一つの数字に、全部畳んである。
「長官。この三割は、歳入のどこに書いてありますか」
「書いてございません」
「地租420,000の中に、埋まっています」
「埋まっております」
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三日かけて、過去六年分の前納を洗った。
エリスとルカが帳面を繰り、翔が並べた。
六年前 前納なし 納付436,000
五年前 前納120,000 納付418,000
四年前 前納130,000 納付419,000
三年前 前納なし 納付434,000
二年前 前納140,000 納付421,000
去年 前納140,000 納付420,000
前納がある四年の納付は、418,000から421,000のあいだにある。ない二年は434,000と436,000。
差はいつも14,000から18,000だった。値は動いていない。十年やっている相手が、毎年同じ値をつけている。
前納がない年が二回ある。六年前と三年前。
「この二年は、どうやって百十九日を越えましたか」
ギレスは六年前の頁を見た。
「六年前は、王領地の羊を売っております」
「三年前は」
「両替商組合から借りました」長官は言った。「あの530,000の、始まりの年でございます」
数字を確かめた。三年前ではない。組合の証書の一番古いものは十二年前で、180,000だった。
「十二年前が始まりでは」
「借り足した年でございます」ギレスは言った。「三年前に180,000を足しております。そのときから530,000になりました」
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書簡が二通目に来たのは、その日の夕方だった。
前と同じ封蝋。前と同じ厚さ。開くと、今度は一行だった。
九十日目に伺います。
日付だけだった。条件はやはり書いていない。
紙を裏返した。裏も白かった。
エリスが横から見て、それから何も言わずに卓の端に立っていた。
「同じ日ですね」
「同じ日です」翔は言った。
九十日目。前納が来る日で、国庫が空になる前の日で、バルドウィン・レーグが来る日だった。
条件を書かない理由が分かった。書けば、こちらが四十四日かけて考える。四十四日あれば、翔は数え直す。書かなければ、当日その場で答えることになる。
そしてその日、王国の手元に残っているのは一日分だった。
翔は一通目をもう一度読んだ。地租四十二万は、今年も納めます。ただし、条件がございます。
納めますと書いてある。納めるかどうかを人質に取っているのではない。納めるが、条件をつけると言っている。だから断れば納付が止まるのではなく、断れば前納が止まる。
止まれば九十一日目に国庫が空になる。空になっても、収穫まで待てば420,000は入る。ただし収穫はその百十九日あとだ。
百十九日、何も払わずにいられる国はない。傭兵の給与は月に40,000で、待ってはくれない。四十五日目に払ったばかりで、次は七十五日目に来る。
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その夜、翔は地図を出した。
王国の全図で、領の境が引いてある。二十八ある。
エリスに帳面を読ませて、領ごとに三つ書き込んでいった。請け負っている者の名。去年納めた額。前納に加わったかどうか。
二十八のうち、名が書けたのは二十一だった。
「残りの七つは」
「請負人の名が、記録にありません」エリスが言った。「組合として一括で納めております」
地図を見た。名のある二十一と、名のない七つ。
名のない七つは、地図の上で固まっていた。北の三つと、東の四つ。境を接している。
去年の納付額を見た。名のある二十一領は、領ごとに額がばらついている。多い領で三万、少ない領で八千。作柄と広さで動くのだから、そうなるはずだった。
名のない七つは、七つとも同じ額だった。一万二千ずつ。合わせて八万四千。
作柄が七つとも同じになる年はない。
ただ、組合が七領をまとめて均している、という説明はつく。名を出さないのは一括して請け負っているからで、額が同じなのは均した結果かもしれない。それなら不正ではない。ただの様式だ。
均しているのか、均したことにしているのか。二つを分ける材料が、この地図にはなかった。
翔は炭で、その七つを線で囲った。
囲ってから、まだ何も分かっていないことに気づいた。名がないのが問題なのか、固まっているのが問題なのか、どちらでもないのか。分けるだけの材料が、今日はまだない。
分けられないものに線を引くのは早い。
炭を置いた。置いてから、また取った。取ってから、置いた。
三度目に取ったところで、エリスが燭台を一本足した。
「今夜は、遅くなりますか」
「いえ」翔は言った。「明日にします」
彼女は燭台をそのままにして、卓の反対側に座った。帰る様子ではなかった。
「一万二千が、七つです」
「明日にします」
「はい」
そう言って、動かなかった。
しばらくして、翔は帳面を引き寄せた。エリスが読み上げる側に回った。決めたのではない。二人ともそうしたので、そうなった。
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北の三領を読み終えたころ、彼女が頁に指を置いたまま止まった。
「佐藤様」
「はい」
「一つ、伺ってもいいですか」
「どうぞ」
「合わない数字を見つけたあと、次に何を見ればいいのかが、私には出てきません」
翔は顔を上げた。
「三日前も、そうでした。前納の値が三割だと分かったところで、私はそこで終わりました。佐藤様は、六年前の帳面を出せとおっしゃいました。あれが、どこから出てくるのか分かりません」
「経験です」
「何年ですか」
「七年です」
エリスは指を頁から離さなかった。
「では、私は四年足りません」
そう言って、次の頁をめくった。翔は返す言葉を探して、探しているあいだに彼女が次の領の名を読み上げた。四年で足りるという話ではない、と言おうとして、やめた。
言えば、彼女は数えるのをやめない。数え方を変えるだけだ。
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窓の外が薄くなっていた。
翔は自分が一度も立っていないことに気づいた。足が冷えていた。膝の下から先が、椅子の形に固まっている。
一万二千が七つ。八万四千。作柄が七つとも同じになる年はない。
明日にします、と自分で言った。言ってから、九時間座っていた。
前の会社でもそうだった。合わないまま帰ると眠れないので、帰らない。帰らなければ眠らずに済む。理屈になっていないことは、七年前から分かっている。
エリスが燭台の芯を切った。まだ切る芯が残っていた。
「もう一本、持ってきます」
「頼みます」
地図は卓の上に広げたままだった。炭の線は消さなかった。
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