第12話 三十八日目
十九日、何も起きなかった。
荷は毎日届いた。四十二のままだった。要塞の蔵は七日ぶんまで戻り、それ以上は増えなかった。増やすには買う量を増やすことになり、買えば掛けが積み上がる。
そのあいだに翔がやったのは、三つだった。
一つ。門を出る荷車の台数と行き先を、毎日書き取らせた。エリスが十日目から始めて、書記課の三人で回している。受け取った側の記録はまだ来ない。片側だけの数だが、片側だけでも半年たてば、合わない日が浮く。
二つ。王領地の麦を調べさせた。歳入の95,000グルデのうち、いくらが去年売った分かを確かめる作業で、まだ終わっていない。売った契約の写しが王領地の役所にあり、そこから取り寄せるのに日数がかかる。
三つ。書く準備だった。
歳出の帳面の利払いの行に、もう一行足す。契約上の利息458,200と、実際に払った310,000。差の148,200。それを来年の元金に組み入れる条項の写しも添える。
書く日は決めてあった。三十八日目を過ぎてからだ。
壁の炭の字はまだ残っていた。38の下に45、その下に7。その下の線は空のままだった。
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三十八日目の朝、組合から使いが来た。
更新の証書を持ってくるので、財務府で待つように、という口上だった。前は翔が出向いた。今度は向こうから来る。
クレメンス・ロートは昼前に着いた。書類箱を一つ持った男を連れている。
「更新でございます」
卓に証書が置かれた。翔は日付と金額を確かめた。530,000。前と同じ元金だった。
利率の欄で指が止まった。
二割六分
「二割二分でしたが」
「二割二分でした」ロートは言った。
「上がっています」
「上がりました」
頭の中に数を置いた。530,000の二割二分で116,600。二割六分なら137,800。差は21,200。
一年で21,200。要塞の壁の修繕が三年止まっている、その予算が年に80,000だった。
「理由を伺えますか」
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「兵糧の組合と、話をつけられましたな」
翔は動かなかった。
「32,000。書き損じの分と、荷車が出ていない日の分だと伺っております」
「馬のことは」
「伺っておりません」ロートは言った。「あの男は、自分の帳面で言えることしか言いません」
「どこからですか」
「ベルガーからです」ロートは言った。「あの男は、うちから借りております。年二割で」
九話でベルガーが言ったことを、翔は思い出した。借りている先に今日のことを申し上げます、と彼は言った。翔はそのとき、その先がどこかを聞かなかった。
「あの男は正直に申し上げに来ました。取り立てる先の105,000が凍った、と。それから戻ってきて、32,000は帳消しになった、と」
「では」
「うちが貸している相手の帳簿から、32,000が消えました」ロートは言った。「あなたが取り戻した32,000は、うちが貸した金の一部です」
倉ではなく財務府なので、静かだった。誰も荷を担いでいない。
「私は、過大に請求された分を戻させただけです」
「そうでしょう。うちも、ベルガーが悪いとは思っておりません」
「では、うちの利率が上がる理由になりません」翔は言った。「請求が過大だったのは事実です。事実を正した相手の利率を上げるなら、次から誰も正さなくなります」
ロートは書類箱に手を置いたまま、少し首を傾けた。
「正されると困る、とは申しておりません」
「では」
「正すのに三十八日かかりました」
翔は言葉を止めた。
「それだけの日数をかけて数え直さなければ分からない帳面を、王国はお持ちだということです」ロートは言った。「うちが値をつけているのは、あなたの正しさではありません。三十八日かかる帳面のほうです」
「帳面は直します」
「直ったら、また量ります」
組合長は書類箱を開けた。
「ただ、量り直しました」
「何をですか」
「王国が、払える相手かどうかをです」
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「一つ、先に申し上げます」
翔は自分から言った。
「国庫の中身を数えました。目録には310,000と書いてあります。実際は254,500でした」
ロートの手が止まった。それから、書類箱を開けかけていた手を戻した。
「ご自分から」
「はい」
「なぜです」
「そちらが後で知るからです」翔は言った。「後で知られると、私が隠したことになります。隠す人間には、いくらでも上乗せできる」
組合長はしばらく黙っていた。
「三割にするつもりでおりました」
計算した。530,000の三割で159,000。二割六分なら137,800。差は21,200。
上がった額と、上がらずに済んだ額が、同じだった。
「二割六分で結構です」ロートは言った。「もっとも、戻ったわけではありません。二割二分には戻りません」
「戻す方法はありますか」
「払っていただくことです」
「今は払えません」
「ですから、二割六分です」
ロートは証書に指を置いた。
「佐藤様。うちは罰しておりません。値をつけ直しただけです。前の値が正しくなかったと分かったので、直しました」
羽根ペンを取った。証書の下に署名する欄がある。名を書く欄が、この国にもあるのだと思った。
書いた。
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ロートは証書の写しを置いて出ていった。連れの男が書類箱を抱えて後に続く。
扉が閉まってから、翔は写しの利率の欄をもう一度見た。二割六分。数字そのものは小さい。四分だけ動いた。
四分で21,200になる。元金が530,000あるからだった。元金が積み上がっているところでは、小さく見える数字がそのまま額になる。逆に言えば、元金を減らさない限り、わずかな上げ下げも同じ倍率で効き続ける。
来年も再来年も、この530,000は残る。減らす当てがないからだ。
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歳出の帳面を開いた。
用意しておいた行を、利払いの下に書き足す。
契約上の利息 458,200
実際に払った額 310.000
差 148,200
右の差は、翌年の元金に組み入れられる
書き終えて、羽根ペンを置いた。
三十八日待った。書けば組合が読む、読めば止まる、とギレスが初日に言った。だから待った。待って、更新が済んでから書いた。
その三十八日のあいだに、組合はもう知っていた。帳面からではない。市から来た。ベルガーが自分の貸し手に説明し、貸し手が値を直した。
翔が守ったのは紙だった。紙の外に、同じ話が流れていた。
ギレスが卓のそばに立っていた。いつからいたのか分からなかった。
「書かれましたか」
「書きました」
長官は帳面の頁を見た。長く見ていた。
「私は、書かなければ止まらないと思っておりました」
「止まりました」翔は言った。「書かなくても」
ギレスは頁から目を上げなかった。
「十二年、書かずにおりました」
「はい」
「その十二年は、何を守っていたのでしょうな」
翔は答えなかった。答えは持っていた。何も守っていなかった、というのがそれだった。だがそれを言うと、この人の十二年を一言で片づけることになる。
片づけられる話ではなかった。翔自身が、三十八日それをやったばかりだった。
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その夜、壁の前に立った。
38の下に45。その下に7。
炭を取って、38の横に短い線を引いた。済んだ、という印にした。
45まであと七日ある。三十八日目から給与の日まで七日。二十日ほど前に引き算をして出した数だった。あのとき、この七日に何ができるかは分からないと書いた。
今も分からない。
分かったのは、七日で用意しなければならない額が120,000で、国庫には254,500から三十八日ぶん目減りした分しか残っていないことだった。
そして、今日から利払いが年に21,200増えた。日で割れば五十八ほどになる。七日で四百。四百なら、この七日には響かない。響かない額が、来年も再来年も出ていく。
翔はそこまで数えて、数えるのをやめた。数えたところで、今日は変わらない。
翔は炭を置いた。
線の下は、まだ空のままだった。
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