第11話 歳入の帳面
歳入の帳面は、四冊あった。
歳出の七冊より薄い。入ってくる金のほうが、出ていく金より記録が少ない。そのことを最初に思った。
十九日目の朝から、その四冊を読んだ。
一冊目は地租。村の名と、納めた量と、納めた日。二冊目が塩と関税。三冊目が人頭税と王領地。四冊目が鉱山と、そのほかだった。
四冊目の最後のほうに、二行だけの頁があった。
官職の売却 六万
貨幣鋳造の差益 四万
それだけだった。日付がない。誰から入ったかも書いていない。
五日前の紙を出した。市から戻った日に書いたもので、六・一という数字の横に印が一つついている。あとで確かめる印だった。
確かめる日が来た。
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「鋳造の差益は、去年いくら入りましたか」
ギレスは四冊目を見た。翔が開いておいた頁だった。
「四万です」
「一昨年は」
「四万です」
「その前は」
長官は答えなかった。
「三度しか鋳直していない、と組合の者が申しておりました」翔は言った。「三度で得た分を、毎年に均して並べているのではありませんか」
「均しております」
即答だった。
「では、今年入る四万はありません」
「ございません」
羽根ペンを置いた。
「なぜ書いてあるのですか」
「歳入とは、入る見込みを書くものです」ギレスは言った。「入った金だけを書くのなら、それは去年の記録であって、今年の帳面ではありません」
「見込みなら、根拠が要ります」
「根拠は、去年も一昨年も四万入っていたことです」
「入っていません。均した数字です」
「均した数字が、去年も一昨年も四万でした」
長官の顔を見た。ふざけているのではなかった。
「均さなければ、どうなりますか」
「鋳直した年だけ十二万入って、あとの年はゼロになります」ギレスは言った。「そういう帳面を出すと、宮廷は十二万入った年に十二万使います。使ってしまえば、次の二年が回りません」
「均せば、四万は使われずに済むと」
「済みませんでした」長官は言った。「毎年四万使われました。三年で十二万です。均そうが均すまいが、同じでした」
窓の外で荷馬車が通る音がした。
「ですが、均しておけば、宮廷は毎年四万しか使いません。均さなければ、十二万の年に十二万使って、次の年に借ります」
書き取った。それから、ギレスがこの十二年、そういう考え方で帳面を作ってきたことに気づいた。
嘘をついていたのではない。予算が壊れないように、数字のほうを直していた。
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「官職の売却はどうですか」
「六万です」
徴税官の職を、金で買わせる。買った者はその領で税を集め、集めた分の一部を自分の取り分にする。王国は将来入る税を、今まとめて現金に換えていることになる。
「今年も六万入りますか」
「売る官職があれば」
「いくつ残っていますか」
ギレスは答えるのに少し時間をかけた。
「徴税官の職が、十一」
「去年はいくつ売りましたか」
「二十二です」
頭の中に数を置いた。二十二売って六万なら、一つあたり二千七百ほど。十一しか残っていないなら、今年売り切っても三万に届かない。
「来年は」
「ございません」
「では、六万は今年で終わりですね」
「終わります」
「終わることは、この帳面のどこかに書いてありますか」
長官は四冊目を閉じた。
「書く欄がございません」
翔はその答えを、しばらく置いておいた。
売官収入というのは、要するに持っているものを売った金だ。売れば減る。減れば来年は売れない。それは収入ではなく、蔵の中身を金に替えているだけになる。
麦と同じだった。去年の暮れに、王領地の麦を売って62,000グルデにした。あれも歳入の欄に載る。載って、使われて、今年は買い戻している。
「長官。売って得た金と、毎年入る金は、同じ欄に書きますか」
「同じ欄に書きます」
「分けたことはありませんか」
「分ける様式がございません」ギレスは言った。「先代からこの様式です」
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エリスが呼ばれてきたのは昼過ぎだった。
歳入の八行を紙に書き出して、その横に二列作った。一列目は「今年入る」、二列目は「入らない」。
「地租420,000」
「入ります」エリスが言った。「収穫のあとです」
「塩税180,000、関税155,000、人頭税130,000」
「入ります」
「王領地95,000」
彼女の指が止まった。
「麦を売っております」
同じところで止まっていた。去年の暮れに62,000で売った。売ったのは今年収穫する分だ。
「95,000のうち、いくらが麦ですか」
「調べます」
「頼みます。ただ、今日は保留にしておきます」
一つ確かめられないものが残ることを、紙の上に書いた。保留、と書いた欄が一つできた。
「鉱山70,000」
「入ると思います」
「官職60,000」
「今年は三万に届かないと伺いました」
「鋳造差益40,000」
エリスは羽根ペンを持ち直した。
「入りません」
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紙の上に残ったものを足した。
地租 420,000
塩税 180,000
関税 155,000
人頭税 130,000
王領地 95,000(保留)
鉱山 70,000
官職 60,000(今年で終わり)
鋳造 0
1,110,000。
御前で読み上げた1,150,000から、四万を引いた数だった。
歳出の1,610,000を書いた。引いた。
500,000
赤字が460,000ではなく、500,000になる。そこへ帳簿に載っていない利息148,200を足す。
648,200
十二で割る。
54,017
そして、十八日目に出た数で割る。
254,500 ÷ 54,017 = 4.7
四・七か月。国庫が尽きるまでの月数だった。
五日目に六・一と書いた。十八日目に五・〇にした。今日、四・七になった。
減っているのは残り時間ではない。この国が保つ月数は、最初から四・七だった。 六・一と五・〇は、確かめていないものを確かめたつもりで割った結果でしかない。
同じ日に減っているのではない。最初からこの数だったものを、二十日かけて見つけているだけだった。
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「四・七ですね」
エリスが横から数を確かめていた。
「はい」
「五日目の六・一は、間違いだったのですか」
羽根ペンの先を紙に当てた。
「間違いではありません。あのとき私が持っていた紙には、310,000と書いてありました。鋳造の差益は毎年四万と書いてありました。そう書いてあるものを、そう扱いました」
「では、何が違いますか」
「書いてあるとおりに扱ったこと自体は、間違いではありません」翔は言った。「ただ、書いてあるとおりだと確かめないまま、人に言いました。御前で」
窓の外は明るかった。まだ午後だった。
「四・七も、確かめていない数字が入っていますか」
「王領地の95,000です」
「保留の欄ですね」
「あれが入らなければ、四・七ではありません」
エリスは紙のほうを見た。それから、自分の蝋板に何か書いた。翔からは見えなかった。
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その夜、翔は帳面の四冊を返しに行った。
書棚に戻すときに、歳出の七冊と並べた。歳出が七冊で、歳入が四冊。
出ていく金は、誰かが要求して出る。要求した者がいるから、紙が残る。
入ってくる金は、誰も要求しない。ただ入ってくるものとして扱われて、入らなかった年のことは書かれない。
翔は棚の前に立って、十一冊を眺めた。
明日から十九日ある。三十八日目に組合の更新が来る。それまでに、148,200を帳面に書くかどうかを決めなければならない。
書くと決めるのは、たぶん難しくない。難しいのは、書いたあとに何が来るかを数えることだった。組合が更新しなければ530,000が一度に来る。国庫は254,500しかない。足りない分をどこから出すかを、まだ一つも思いついていない。
書けば、組合が読む。読めば、更新しない。ギレスは初日にそう言った。
書かなければ、この四・七も、また誰かが二十日かけて見つけ直すことになる。
翔は棚の扉を閉めた。鍵は掛けなかった。掛ける習慣が、この部屋にはなかった。
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