第10話 三万二千
早馬の男は、二日眠って起きてきた。
話を聞いたのは十八日目の朝だった。第三要塞を出たときの様子を、順に聞いていく。何を積んで出たか。門を出たとき蔵に何が残っていたか。
「二日ぶんでございました」
男は数を憶えていた。書いてきたのではなく、憶えていた。要塞の蔵役が三度繰り返して言ったからだという。
前の夜にブラントから受け取った紙を出した。第三要塞、二日。
合っていた。
「昨日、要塞は数え直したはずだと申し上げました」
ブラントは廊下に立ったままだった。呼び出したのは翔のほうで、長官は用件を聞く前から来ていた。
「その男が門を出たのは、五日前です。数え直しの前です」
「はい」
「同じ数字が出ております」
「疑ったのは、私の落ち度です」
ブラントは何も言わなかった。それから、紙を返してほしいという仕草をした。翔が渡すと、長官はそれを畳んで上着に入れた。
「佐藤殿。疑うのは仕事です」
「はい」
「ただ、疑ったと口に出すのは、仕事ではありません」
長官は東棟のほうへ歩いていった。
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倉庫街に着いたのは、まだ午前のうちだった。
ベルガーは帳場ではなく倉の中にいて、荷車のそばで木箱を数えていた。翔を見て、数えるのをやめた。
「三百袋は昨日出しました」
「届いています」
「その先は、申し上げたとおりです」
紙を出した。前と同じ三行のものではない。今日は四行あった。
塩・干し肉 三千五百
小麦 三千百八十五
馬糧 三万四千七百
計 四万千三百八十五
「上の二行は、そちらも認められると思います」
ベルガーは紙を見た。
「認めます」ずいぶん早かった。「塩の二枚は、うちの書き損じです。麦のほうも、数えていただいたのなら合っているのでしょう」
「三行目は」
「認めません」
返事を待った。
「うちは六千頭と書かれた紙のとおりに納めました。二千頭しかいなかったのなら、四千頭ぶんの乾草はどこかにあります。うちの倉にはありません」
「では、どこにありますか」
「知りません」
倉の奥で、担ぎ手が荷を下ろす音がした。
「ただ」ベルガーは言った。「うちが出した荷の数は、うちの帳面にございます」
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荷車の帳面だった。
日ごとに、何台出したか、どこへ行ったか、誰が引いたかが書いてある。名前まで書いてあった。最初の頁でそれを見て、指が止まった。
「引いた者の名が書いてあります」
「荷車は減ります」ベルガーは言った。「引いた者が分からないと、探せません」
自分の持ってきた214枚を思い出した。あちらには誰の名もない。こちらには、荷車を引いた男の名がある。
半日かけて、二人で照らした。
組合の帳面で、乾草を積んだ荷車が出た日と台数。伝票で、乾草が届いたことになっている日と量。
合わない日があった。伝票では届いていることになっているのに、その日、組合の倉から荷車が一台も出ていない日。
数えると、六か月で二十九日あった。
「この二十九日ぶんは、うちから出ておりません」ベルガーは言った。「出ていない荷の代金は、いただけません」
「いくらになりますか」
エリスが数えた。時間はかからなかった。
「25,315グルデです」
三行目の34,700を見た。25,315を引くと、9,385が残る。
「残りは」
「うちの帳面では、出ております」ベルガーは言った。「荷車が出て、引いた者の名も書いてあります。どこへ行ったかも書いてあります」
「では、届いていないという証拠が要りますね」
「そうなります」
伝票の束のほうを見た。
受領の枠は空だった。214枚のうち、名があるのは31枚。あれは六か月前の二十日間だけで、そのあとは一枚もない。
届いていないことを示す紙が、王国にはない。
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「32,000で結構です」
言ったのは翔だった。
ベルガーは顔を上げた。
「三行目の残りは」
「引きません」
「よろしいので」
「よくはありません」翔は言った。「ですが、こちらには反証する紙がない。ないものを、あるように扱うことはできません」
組合長は木箱に片手を置いた。
「9,385です」
「はい」
「その額を、どこかに書かれますか」
翔は少し考えた。
「書きます。諦めた額として」
「諦めたと書くのですか」
「事実です」
ベルガーは翔をしばらく見ていた。それから、荷車の帳面を閉じた。
「明日から、これまでどおり納めます。四十二で」
「三十にはなりませんか」
「なりません」ベルガーは言った。「32,000は帳消しになりますが、現金は一枚も動いておりません。うちが借りている先には、そう説明することになります」
倉の外の空を見た。まだ昼だった。
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荷車が門を出たのは、その日の午後だった。
十二台。第一から第七まで、順に割り当てられている。エリスが門のところで台数と行き先を書き取っていた。誰に言われたのでもなく、そうしていた。
「書いておきます」彼女は言った。「向こうで受け取った者の名が来なくても、こちらから出た数は分かります」
翔はそれを見ていた。
受領の枠を埋める方法を、まだ思いついていない。要塞から報せが来るのに五日かかる。五日を待てば荷が止まる。ギレスの言ったとおりだった。
だが出た数だけなら、こちらで数えられる。片側だけでも数えておけば、次に合わないときに、合わない場所が半分に絞れる。
「助かります」
エリスは書き取りを続けていた。
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出納方の主任が来たのは、日が落ちてからだった。
小柄な男は財務府の扉のところで一礼して、それから紙の束を差し出した。厚かった。
「終わりました」
「十二日でしたね」
「十二日でございます」
束を受け取って、いちばん上を見た。箱ごとの数が並んでいる。大箱、中箱、小箱。目録の順にそろえてある。
いちばん下に合計があった。
二十五万四千五百
読んでから、もう一度上へ戻った。
目録は310,000だった。
「五万五千五百、足りません」
「足りません」
主任は姿勢を変えなかった。
「どこが減っていますか」
「大箱が三つ、中箱ほどの量しか入っておりませんでした。それから小箱が七つ、空でございます」
頭の中に数を置いた。大箱と中箱の差は15,000。三つで45,000。小箱は1,500で七つ、10,500。合わせて55,500。
合っていた。
「盗まれたのですか」
「そうは思いません」
主任は初めて紙のほうへ手を伸ばして、下から二枚目を出した。
「目録は、箱で書かれております」
その頁を見た。箱の番号と、その箱に入っているはずの額。それだけだった。何枚入っているかは書いていない。
「出金のとき、箱ごと持っていかれます」主任は言った。「大箱から出して、余った分をまた大箱に戻す。目録は箱の数を書いておりますので、動きません」
「十二年、誰も開けていない」
「開ける決まりがございません」
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その夜、翔は五日前の紙を出した。
六・一と書いてある。その横に、印が一つ。あとで確かめる印だった。
割り直した。
254,500 ÷ 50,683 = 5.0
国庫が空になるまで、五か月。
朝、32,000を取り戻した。夕方、55,500がなかったと分かった。差し引きで23,500減っている。
翔は六・一の上に線を引いて、その下に五・〇と書いた。
書いてから、紙をもう一度見た。
六・一と書いたとき、この数字を確かめる方法を自分は持っていなかった。目録に310,000と書いてあったから、310,000で割った。そう書いてあるものを、そう扱った。
ギレスが十二年やってきたことと、どこが違うのかを考えた。
考えているうちに、鐘が鳴った。数えると四つだった。
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