極端から極端
前話タイトルを変えてみました
こう、なんとなくね
〈side:Minori〉
なっちゃんとあかりちゃんの様子がおかしい。
私、日永実乃里がそれに気づいたのは、午後の授業が始まるすこし前。
(んー……?)
二人して、お昼休みの前半分くらいどこかへ行っていたのもそうだけど、
戻ってきてからが明らかにおかしい。顔色赤くて、ちょっと挙動不審。
「ねー、なーんかおかしくない? あの二人」
「ん……言われてみれば」
「なんだ? なんの話?」
授業ひとつ終えた休み時間、親友のゆきちゃん――小井千雪に訊ねてみれば、彼女もまた気づいたようで。
ちなみに寄ってきた公助くんには確認しなおしたりしない。たぶん気づいてないだろうし。
他のクラスメイトとかも同じだろう。長らく幼馴染かつ親友やってる私たちだからこそ気づける――それくらいには、傍から見たら些細な変化のはず。
ともかく、午後中ずっとおかしかったなっちゃんとあかりちゃん。
でも体調が優れないとか心配事とか、そういうよくない感じではなくて。
いえ、気がかりはあるんだろうと思う。
悪い意味でない、気がかり。未知の物事への期待、というか。
そわそわ、ちょっとどきどき、的な?
やがて、放課後。
「ごめん、ちょっと用事あるからお先するねっ」
「また明日――っ」
いそいそと帰っていく二人。
「うん、またねー」と返しつつ、ひとまずそれを見送る私。
「さて、わたしも往かねば。今日は新刊の発売ラッシュ」
「あ、俺もついてっていいか?」
「好きにしたら」
ゆきちゃんもまた用事らしく意気揚々と帰っていく。
それに続く公助くんも一緒に「またねー」とお見送り。
(そーれーでー……)
すこし待って、視線を窓の向こうへ。
ちょうど校門を出ていく、なっちゃんとあかりちゃんの後ろ姿が見える。
そこでようやく席を立つ。
(さてさてー、二人でいったいなにしに行くのかなー? 私たちに内緒でー)
やや急ぎ足で校舎を出て、二人のあとを追う。ほんとはあんまり走ったりしたくないんだけどねー、胸が揺れるし目を引くし。
あんまり揺らさないように、でもなるべく急いで道を進めば、
ほどなく二人を発見。近づき過ぎないよう、跡をつける。
(べつに今声をかけてもいいんだけどー……)
どうせなら目的地に着いたところでびっくりさせよう、という悪戯心。二人だけで内緒でどこかへ行こうっていうんだから、それくらいは許されるよね?
うふふー、なんていう私のひそかな笑みは、
しかし次の瞬間ぽかん、と真顔に。
(斎藤くん――!?)
脇の路地からふらりと現れた長身。
まぎれもなくクラスメイトの男子、斎藤哉くん。
その彼があろうことか、ごく自然に二人に合流し、連れ立ってまた歩きだしているではないか。
「え? え……なん、で……?」
思ったまま、知らず知らずに呟いてしまう。
ややあって慌てて口を両手で押さえる。
こんな小声でこの距離ならまず気づかれないのに、それでも。
角を折れ、三人の姿がいったん見えなくなる。
それに気づいて、慌てて私も小走りに。
(――追いかけていいの? このまま)
一瞬生じる迷い。
三人がただ遊びに行くだけならいい。
でもきっと、そうじゃない。
普通のお出かけなら教室から一緒したっていいはず。
なのにわざわざ、こんな学校から離れたところで落ち合っている。
つまり、やっぱり内緒なんだ。教室のみんな、
いや、幼馴染に……?
湧き起こる不安。
それでも結局、追いかけるのをやめられなかった。
だって私は、私の……
進むうち、周囲は徐々に裏路地といった様相に。
入り組んだ狭い道が続く。ちょっと怯んだけど、今更回れ右なんてできず。
そうして、いよいよ辿り着いたようだった。
さほど大きくないビルの裏口っぽいドア。
そこに三人は消えていく。先導した斎藤くんが、招き入れるみたいなかたちで。
(なに? どうなって……)
とまどい。いやな感じに高鳴る動悸。
いったいなんの建物? 斎藤くんの家、じゃないよね……?
だって明らかになんらかのお店、それもお世辞にも健全とはいえない感じの、外観で……
そんなところで、三人はなにをするつもり?
「!」
ややあって、二階の窓。
ちらりとだけど姿が見えた。斎藤君になっちゃん、あかりちゃん。
ビルの中にいるのは間違いないみたい。部屋の様子もどうにか窺えるけど……居室? というか、生活感がある。ということはやっぱりあれは、斎藤君の部屋? こんなところに住んでるの? 彼は――
と、そこまで考えたところで、
「――」
窓際に来た斎藤君が、
そのままカーテンを、閉める。
(え……)
一瞬、頭が真っ白に。
自分の部屋に、女の子を招き入れて、カーテンを閉める。
日暮れにはまだ早い、こんな時間に? なんのために?
なにをするつもりで……?
「――ッ!」
気づけばその場から、駆けだしていた。
動揺、後悔、失意――ぐちゃぐちゃに綯い交ぜの情動が、私に足を止めることを許さない。
そうして恥も外聞もなく全力で走って家まで帰った私は、
「…………っ」
自室にこもって、しばらくそのまま塞ぎこんで――
〈side:Natsu〉
凄まじく恥ずかしいことをしてしまった、翌日。
どんな顔して学校行ったらいいんだろう……と懊悩しつつも結局いつもどおり登校してしまった私、高根沢夏は朝の教室にて、
「なっちゃん、あかりちゃん……」
そびえ立つ双子山――じゃなかった、
机の前に立つ親友、日永実乃里の異様な雰囲気に気圧されていた。
見れば隣にいるあかりもまた、軽く慄いている。昨日の今日で顔を合わせづらいと思ってたら、むしろ昨日の今日だからこそいち早く寄ってきたっぽい彼女にはちょっと思うところもあるけれど……
それより、今そこにある圧。
私たちよりちょっと背が高いうえにとても立派なものをお持ちだから、やはり、迫力が……
「おはなしがあります」
「は、はい」
「っ」
「込み入ったおはなしになるから放課後、私のおうちで」
「わかり、」
「ました……っ」
いつものぽやっとしたしゃべりかたはどこへやら。
感情が振り切っているときの実乃里だった。怒りか、悲しみか、そのへんはわからないけど……
いずれにせよ私も、同様に察したらしいあかりも、共々頷くより他ない。
反応を見届けるや、席に戻る実乃里。そうして自席に着けばいつもと変わらない、おっとりほやほやした雰囲気の彼女に戻っている。
少なくとも見た目のうえでは。
「いったいなにごと?」
「あ、ゆきちゃん……」
「わからない。わからないけど……覚悟しておいたほうがよさそうね」
「うむ、がんば。わたしはあいにく御一緒できないけど。昨日の戦利品、まだ消化しきれてないゆえ」
「こ、こっちは大丈夫だから」
「気持ちだけ受け取っておくわね」
ただならぬ様子を察したか、千雪もそばにやってくる。
応じつつとにかく、うん、備えよう。
待ち受けているのは、はたしてどんなおはなしか――
「――私が先に好きだったのにぃ~~~っ!!」
実乃里の部屋に招き入れられるや否や、昨日起きたことをおおまかに白状させられた私たち。
そうして幾許かの沈黙ののちの、実乃里の叫び、
いや、嘆きだった。
ぐーにした両手を胸の前でぶんぶん。頬を赤らめ涙目の、駄々こねるような子供っぽい有り様。
いつもとのギャップについ和んでしまいそうだけど、
……えと、実乃里が? 好き?
なに、誰を? なぜそんなことを、今――
「!?」
思い至る。
昨日の今日で誰を、なんて、そんなの一人しかいない。
というかバレた!? どうして? どうやって……つけられてた?!
いっぱいいっぱいで後ろなんか気にしてられ、いえ今はそれどころじゃなくっ!
「のんちゃん、好きって、もしかして……っ」
「斎藤くん! 斎藤哉くん! ぅう~ずっと好きだったのにぃ……ようやく今年、同じクラスになれたのにぃ~……!」
私同様、思い至ったらしいあかりの口からこぼれた呟き。
間髪を入れず声を上げ、それからよよよとその場に崩れ落ちる実乃里。
「…………ッ?!?」
しばらく、言葉が出ない。
驚いた、なんてもんじゃない。
あまりにその、思いがけなさ過ぎて……
「……だ、だって、そんな素振り、まったく」
「隠してたもん! 気づかれないようずっと気をつけてたもんッ!」
ようやくそれだけ絞り出せば、
顔を上げた実乃里、ガチ泣きだった。
いやこれ、
ものすごく、胸が痛い……!
……でも、うん。ひとつ納得。
本音を見せない――有り体にいえば嘘が一番上手いのが実乃里。
そんな彼女に本気で隠しごとをされたら、いくらつき合いの長い私たちでも気づくことなんか、まず出来ない。
「で、でものんちゃん、どうしてそんなにその、ひた隠しに……?」
「そうよ! 相談してくれたら、って今更白々しすぎるけど……それにこ、告白とか、考えなかったの? 同じクラスっていっても、もう結構経ってるわけだし」
おずおずとあかりが訊ねたのは、私もまた気になったこと。
それに乗じるでもないけれど、この際思いついたことは全部聞いてしまおう。
「……だって、」
女の子座り。ちょっと俯いて視線を逸らした実乃里は、
「は、恥ずかしいし。友達にす、好きになったひとのこと話すなんて……」
小声でそう、ぽつりと。左右の人差し指を合わせて、いじいじしながら。
「…………っ」
「…………!」
さっきと同じか、それ以上の衝撃。
あかり共々また、しばし言葉が出ない。
「告白なんてムリだよぅ、面と向かって話すことすらできないのにぃ……っ」
漫画だったらたぶん背景に電撃が走っている私たちを余所に、
実乃里、真っ赤になった顔を両手で覆ってきゃあきゃあ。
幼馴染十ン年目にしての驚愕の事実。
まさかこの子が、こんなにも初心で奥手だったなんて――!
私たち、いえおそらく学校でも最も告白を受けているだろう実乃里。
異性のあしらいなんてお手のもの。そんなイメージを勝手に持ってたけど……
でも、うん。考えてみればこれまでこの子に彼氏なんていたことなかったし。だからって見つめ合うとおしゃべりできないレベルでピュアだとは、やっぱり予想外でこう、ギャップが……
ふと思い至る。彼女に比べて私たちの穢れっぷりよ。
どうやらあかりも気づいたようね。うっ、疚しさと罪悪感と羞恥心と……とにかくいろいろごっちゃになって私たち二人に圧しかかるよう……
でも、そう。
実際ここから、どうしたらいいのか。
知らなかったとはいえ、親友の惚れた相手を奪ってしまったかたちになる私たち。
きっちり関係を清算して、斎藤君をフリーにする? ――間違いなくそれが最適解。
けれど彼、そもそもなさそうなのよね、恋人をつくる気が。
いえ、それ以前に危ういのよ彼。
少なくとも、べつに惚れてもいない女の子を平然と抱くくらいには。
どうする? そのことまで実乃里に話すの……?
幻滅するだけならいい。
最悪ショックで寝込むかも。
判明したこの子のピュアっぷりなら、十分ありえるだろう可能性。
迷いにとまどい、動けない私。
同様におろおろするあかり。
けどいつまでもそうしてはいられない。
……というか、まず謝るのが先よね。
思いがけない激白の連続とはいえ、そんなことにも今まで思い至らなかったなんて。
視線を送る。うん、と頷くあかり。
これくらいの呼応はお手のもの。さあ、いざ覚悟を決めて誠心誠意――
「……決めた」
そこで、不意に。
実乃里の顔が上がる。
なんだか据わったような目が、異様に、圧を……
「私も斎藤君にえ、――えっちなことしてもらうッ!!」
がばっ! と立ち上がり、ずいっ! と詰め寄って。
「ええええええええっ?!」
「ええええええええっ!?」
宣言する彼女に思わず上げる声。
いきなり!? 極端から極端すぎるっ!!




