まったく心当たりがない
●
流されるまま、なんだかすごいことしてしまったなあ、と。
昨日の余韻もすこし引きずり気味に、学校の廊下を歩いていると、
ふと、前方からふらりと日永嬢、日永実乃里嬢が歩いてくるのが目に留まる。
「……」
てか、あれ?
なにやらこちらを見ていらっしゃるような。
それも目つきが尋常でいらっしゃらないような……?
「……」
「お、おう?」
手前でぴたりと、立ち止まられる。
……これは、俺に用があるってことでいいんだよ、ね?
でも、なんだろう? 彼女と俺に接点なんて――
――いや、
彼女と俺の接点など、高根沢嬢か桃枝嬢か、あるいはその両方に関してしかありえない。
それを示すかのように目の前の日永嬢の視線も、じっとこちらを捉え続けている。
「…………」
言い知れぬ、圧。
ゴゴゴゴゴ……と擬態語が背後に浮かばんばかりの、そこはかとない迫力。
これは、間違いない。
怒っていらっしゃる。
親友を毒牙にかけた不届き千万な、俺に。
つーか高根沢さんら、話したのか? いや違う、昨日こっそり跡をつけられた可能性もあるか。教室での彼女らの様子になにかを察して、とか。
もっと慎重になるべきだったか? いやそもそも流されたからって手ぇ出すなっつー話なんだけども……
「………………」
しかし日永嬢、無言だ。
怒り、あるいは軽蔑しすぎて言葉も出ないとか。
無理もないか。
一人ならまだしも二人も手を出して、そのくせ素知らぬ顔で平然と登校してきた俺だもの。
しかしあちらが切り出してくれないと、こちらもどう出たものか。
いや、まずこちらから謝るべきか。
謝って済む問題じゃもちろんないだろうし、事ここに至って誠意もへったくれもないだろうけど。
とにかく覚悟を決め、頭を下げようとした――
「……」
「あ、あれ?」
――んだけど。
日永嬢、またふらりと歩きだして、すれ違っていってしまう。
思わず振り返れど、彼女の足は止まらず。
そのまま悠然と去っていく背中に、俺のほうも呼び止めたものか判断がつかず……
そうしてその日はそれっきり。
何事もなく授業が終わる放課後、あれからなんの接触もない日永嬢にどうにも釈然としないものを覚えつつも、すまし顔の彼女にあらためて声をかけるのもためらわれ、結局そのまま帰るより他ない俺、斎藤哉であった。
〈side:Natsu〉
「声かけられなかったよぅ! 頭まっしろになっちゃって……っ」
学校終わり。
自室の床に蹲る実乃里を眺め、いわく言い難い表情の私とあかり。
ちなみに話が話だけに、千雪にはまた席を外してもらっている。仲間外れみたいで気が咎めたけど、あの子もあの子で趣味に使う時間がまだ欲しかったようで「気にしないで」と逆に気を遣われてしまった。今度埋め合わせとか考えないと……
さておき、
「読み違えたわ。まさかこれほどまでにどピュアだったとは……」
「の、のんちゃんはがんばったよ! とりあえず面と向かうことはできたんだから、そこは大きな進歩だよねっ?」
「うぅ~、あかりちゃぁん……!」
母親にすがる幼児のようによろよろとすがる実乃里。
それを抱きとめてあやすあかり。
私はというと、予想以上の親友の奥手っぷりにあらためて驚くばかり。
校内でも評判の高い先輩同輩後輩からの告白にも靡かず、「困っちゃうよねー」なんてのほほんと苦笑するだけ――それがいつもの実乃里。
あの余裕はどこへやら。いっそ男子に興味すらないんじゃ、なんて思ったこともあったけど……想い人相手ではわけが違う、ということなのか。
(そしてその想い人が、よりによって斎藤君、か……)
ある意味実乃里以上に異性相手に泰然としている、あの男子。
実際のところ、見込みはあるんだろうか。
それこそその、そういうことの相手であれば、たぶん彼も拒まないだろう。
けどこの子の想いが通じるか。
それを彼が受け入れるかどうかは……
やっぱり、うん。なさそうな。
(私にもあんなこと言うひとだしね……)
はあ、とひとつ溜息が出て、
つい眉根が寄る。微かに安堵を覚えた自分に。
彼が実乃里と、他の女子とつきあう可能性の薄さに、思い至ったからで――
「~~~ッ!」
「へ? どしたのなっちゃん」
「怒ったー……? 私がいくじなしだから……」
「ち、違う! 気にしないで、こっちのこと」
急に頭をぶんぶんやりだした私にきょとんとする二人。
それをごまかすついででもないけれど、
「それよりほんとにし、してもらうつもりなの? その、彼にそういう……」
「それはする! してもらう! そこはもう決めたものっ!」
「お、おう」
あらためて確認すれば、思いの外勢い込まれた。
間近に迫る実乃里の顔に、ちょっと後退。
「だってなっちゃんもあかりちゃんもして貰ったんでしょ? ~んずるいずるいっ!」
「ずるいって、そう言われちゃうとほんとに返す言葉もないんだけど……」
「……っ」
唸りにも似た謎の発声とともに腕をぶんぶん。
気まずさに目を逸らす。見ればあかりも顔を赤くして俯いている。
この件だけで一生この子に頭が上がらないかもしれない、私たち。
軽く咳払い。
「――でも、それにはまず彼に話しかけなきゃならないわよね」
「うっ……!」
「大丈夫? 話そうってだけでその有り様なのに……してくださいって言わなきゃならないのよ? 彼に」
それから、あえての確認。
しかしあらためて、親友同士でなんて会話なの……いや、もう考えまい。
「…………っ」
あんまりといえばあんまりな問い。
それを受けた実乃里、どうも実際にそうする自分を想像しているようで……
「……きゅぅ」
「わーっ!? のんちゃんしっかり!!」
ぷしゅう、と沸騰したみたいに真っ赤になって、くずおれる。
慌てて抱きとめるのはあかり。私も加わって支えつつ、思う。
(本当の本当に、ピュアなのね、この子……)
……これはもう致しかたなし、かもね。
●
「というわけで、この子にもお願いしたいのだけど」
「……はい?」
あくる日、放課後。
学校を出てしばし、借り住まいまであとすこしといったところで現れた三人の美少女。
そのうちの一人、高根沢夏嬢が一歩前に出て言う。
傍ら、というかほぼ背後の一人の袖を引くようにしながら。
「……~~っ」
一方、引っぱられてなお高根沢嬢の後ろに隠れようとしている彼女の名は、日永実乃里。
途方もないプレッシャーを浴びせられたのも記憶に新しい、学校きっての美人さんである。
それでいったい、なにが、どういうわけなのか。
「――そっか。じゃあ昨日のもそういう……でもえっと、うん。とりあえず、驚いた」
聞けば高根沢嬢、それと桃枝嬢からもすこし、事の次第が語られる。
しかしまさか、日永嬢が、俺に……?
正直意外すぎて上手く言葉にならない。
これでもそれなりに彼女には注目していたはずだけど、そんな素振りはまったく……いやまあ実際見てたのはあくまでグループのほうで、彼女個人を注視してたわけでもないから気づかなくても無理もない……いや本当にないか?
目線は自然と日永嬢のほうへ。
「ッ! ……っ」
目が合った途端、縮こまって親友を盾にする彼女。
……これまでの印象はなんだったのかというくらい、わかりやす過ぎるほどこちらを意識していらっしゃる。大丈夫かってくらい赤い顔で、もじもじ、いじいじ。
ひとまず、彼女の想いについては十二分に納得させられたけど……
「けどこう、飛躍しすぎてない? そもそもそれでいいの? その、お互いに」
訊ねずにはいられない。友人の恋路の応援にしては、いろいろ段階をぶっ飛ばしすぎだ。そもそもここは高根沢嬢か桃枝嬢が「あんな男はやめとけ」と止めるところではないのか。
いやその二人にしたって、ここは俺から離れるいい機会なんじゃないか。にもかかわらずそういった素振りはなく、あまつさえ新たに友人――しかもこちらを憎からず思っている子を、この爛れた関係に巻き込もうとすらしている。
大丈夫か? この子ら。
俺に言われたかないだろうが。
「まあ、いいか悪いかで言えば当然悪いんだけど……私としては負い目もあるから。この子もどうしてもって言うし」
「どうしてもなんて、そんな……っ」
返答がひとまず、高根沢嬢から。義理堅そうな彼女らしいといえばらしいけれど。
しかしどうしても、ね。言われた日永嬢めちゃめちゃ恥ずかしそうにしてるけど、だからこそ本望だとわかってしまうのがまた、なんとも。
「わ、私は、のんちゃんのしたいようにさせたいなって」
「あ、あかりちゃんまでぇ……!」
「あとはその、今回はさすがに控えるけど、でもそのっ……できたらそのうち、二人がするとこも見せてもらえたらなー、とか」
「あかりちゃぁん?!」
「この子……」
桃枝嬢は桃枝嬢でまたはっちゃけてんな。ある意味友情と趣味を両立させてるのか。両立させんな。
(……本当に、なんだろうねこの状況)
これ本来、もっとギスギスするところなんじゃないか? 友情も恋慕も罅だらけになって険悪さがドロドロと……みたいな。
三人とも、いや桃枝嬢はどうかわからないけど、もっと怒っていいところなのでは。
その矛先が、主に俺に向く場面では。
もしかしたら“ハーレムグループ”
――いや“彼女ら”は、
俺が思っている以上に、特異な関係なんじゃないか。
咳払いがひとつ。
「とにかく、どうするの? 斎藤君」
高根沢嬢のものだった。そうしてあたらめて問われる。
「まああなたならどうするか、なんとなく予想はつくけど」
「そう、だね。とくに断る理由はないかな、たしかに」
「――!」
溜息混じりの言い添えに、ほとんど同意するように頷き返す。
はっと顔を上げたのは、日永嬢。
願ってもない、と言ったっていい。本来なら。容貌もスタイルも抜群で、しかも自分を好いてくれている女子。こちらから頼みこまなければばちが当たるくらいだろう、むしろ。
「ただ、本当に申しわけないけど、つきあうとかは出来ないよ? それでいいなら、」
「いい! ……ですっ。よ、よろしくおねがいしま、す」
我ながら最低だと思える確認にも、食い気味に頷かれる。
同時に日永嬢、一度は詰め寄ったけれど、やはり恥ずかしいのかおずおずと下がってしまう。
いじらしすぎて罪悪感は湧く、けど。
「じゃ、私たちはここまでね」
「のんちゃん、がんばっ」
高根沢嬢と桃枝嬢、見届けたと言わんばかりに帰っていく。
そうして去っていく二人を、すこしの間見送って、
「行こうか。もうちょっと歩くけど」
「! ――は、はいっ!」
右手を差し出しながら言う。
驚いたように、それから嬉しそうに、
俺の手をとった日永嬢を連れて、家路に。
思った以上に好かれてるな、と感じつつ、
(……いやでも、この子がここまで俺に惚れる理由って、なんだ?)
まったく心当たりがない。そう気づいたけど、
このあと聞けたら聞くでいいか、と、今のところは保留にするのであった。




