言いようもなく、ドキドキ
感想をいただきました。ありがたい……
〈side:Akari〉
なっちゃんの様子がおかしい。
私がそれに気づいたのは、ちょうど一週間前のこと。
「……」
休み時間にちょっとおしゃべりしようと思ってなっちゃん――高根沢夏の席へと向かった私、桃枝あかりが見たものは、
彼女らしからぬ、ぽけーっとした顔。
「なっちゃん?」
「――あっ、あかり? なに、どうしたの?」
声をかけても、気づいたのはワンテンポ遅れてから。
ほんのり赤い顔色。居心地悪そうにもぞもぞ座りなおす仕草。
でもすぐにいつもの凛々しさを取り戻して。だから気のせいかな? ってその時は思った。
けどその後も、なっちゃんはあの「ぽけーっ」になることがちょこちょこあって。
かと思えば急に頭をぶんぶん振ったり、
なにか反省しているような顔になったり、
あるいはそれを振り払うように、いつも以上にキリッと顔を引き締めたり……
ようするに挙動不審。
一応は気をつけているのか、そうなるのは誰も見ていないちょっとの間だけ。
だからつきあいの長い私とかにしか、たぶん気づかれない程度の変化ではあるけれども。
変わったことといえば、もうひとつ。
「すまんナツ! 課題のことすっかり忘れちまっててさ、だから」
「そう。今から頑張ればまだ終わるんじゃない?」
「……」
両手を合わせて拝む格好の男の子――平公助君が、
あっさりそう返されて、しばし固まってしまっていた。
なっちゃんのもうひとつの変化。それは公助君への接しかた。
でも冷たくなったとか、いつもよりケンカ腰とか、そういう不穏な感じじゃなくて、
むしろ以前より柔らかくなったといってもいい。穏やか? というか。
この場合もそう。これまでなら一言二言のお小言に始まり、時にはすこし揉めたりなんかもして、
けど最終的になんだかんだなっちゃんが折れて、仕方なく公助君の面倒をみることになる……
それがいつもの、あの二人の流れ。
「あ、あの、できれば助言や助力なんか頂ければ……」
「必要かしら。きちんと授業受けてれば無理なくできるくらいのものよ? あんたの学力でも十分に、ね」
「でもほら、時間が、なあ? 差し迫ってる感じなわけで」
「なおさら今すぐ取りかかればいいじゃない。ほら、ぼさっとしてる暇ないわよ」
「…………」
そのいつものが、変わった。
揉めないし、お小言が過熱してつい感情的になったりもしない。
指摘自体が真っ当なのは以前からだけど、この時はあくまで淡々と。
なにより折れる素振りがない。面倒をみるつもりはないと暗に言っているような。
でも雰囲気はどこまでも穏やか。怒ったり嘆いたり、そういう感情の波風が窺えないからか、この時の公助君もしぶしぶ引き下がり自分で頑張ることにしたようだ。……間に合わなかったみたいだけど。
あるいは公助君とケンカにでもなったのか。
そう思いもしたけれど――
「? どうかした? あかり」
「……ううんっ、なんでもないよ」
どうもそういう感じでもない。クールそうで結構機嫌が顔に出やすいなっちゃんだから、公助君となにかあったのなら、見ればわかる。
いや、なにかはあったんだろうとは思う。
けどそれも、あたかももう済んだことのような。
イライラしてるとか、くよくよしてるとか、そういうのはなくて。
代わりに、そう。
やっぱり時々「ぽけーっ」としている。
「……」
それで気づいた。
その「ぽけーっ」の時、しばしば彼女は明後日の方向を向いていた。
はじめは教室の後ろのドア、つまり廊下のほうでも気にしてるのかな、とも思った。
けど、違う。
気にしてたのは、その手前。
廊下側一番後ろの席の、男子生徒――
「……」
斎藤哉君。なんとも珍しいから名前だけは覚えていたけど、
それ以外はなにも知らないクラスメイト。男子としてもちょっと背が高くて、私としてはなんとなく近寄りがたい感じ……印象といえばそのくらい。
クラスの誰かと仲良くしている様子もない。
だからもちろんなっちゃんともなんの接点もない――はずなんだけど。
「はぁ」
やっぱり見てる。
こっそり溜息までついちゃってる。
あやしい。
なにかあったとしか思えない。
様子がおかしい理由もそこにあるのでは……そう思い始めてから数日、
つまり今、昼休み。
「ごめん、ちょっと用事。先に食べてて」
お昼を一緒しようと誘いにいったところ、そう言ってなっちゃんは教室をあとにする。
「まーた先生に頼まれごとかな?」
「かも。感心。どこぞのちゃらんぽらんも見習うべき」
「ごまかす意味ないよな俺を見ながら言ったら……!」
みんないつものことと気にしてない。
気づいたのは私だけみたい。
彼女が席を立つすこし前、ふらりと教室を出ていった人がいたことに。
斎藤君。彼を追ったに違いない。
「――わ、わたしもごめんっ、ちょっと用事!」
「アカリ?」
気づけば体は動いていた。お弁当をしまいなおすのももどかしく教室を出る。
廊下になっちゃんの後ろ姿を認め、私もそれにこっそり続く。
こちらに気づく様子はない。誰かを追いかけるとき、自分も追いかけられてるとは思わないものなのかも。
階段を上って三階まで。音楽室とか以外は空き教室で、わざわざ昼休みに来る人もいない場所。
ちょっと、よくない感じにドキドキしてきた。
ひと気のない場所ってまさか……でもでもそんな、なっちゃんに限って……?
そのなっちゃんが、空き教室のひとつに入ったのが見える。
近づいていくと、かすかに二人の声。なっちゃんのものと、
男子のもの。
会話が弾むくらいの間柄……ってこと?
ゆっくりゆっくり、足音を立てないよう慎重に近づいて、
ドアの前まで来てしまった。
後ろめたさはある。もちろんあるんだけど、でも……
そろりと、気づかれないようゆっくり戸をすこし引いて、隙間を覗く。覗いてしまう。
部屋の中では、
「っ?!」
今まさになっちゃんが、斎藤君の胸に飛びこんでいるところで。
っていうかなっちゃんからっ? 斎藤君が迫るんじゃなくて……っ?
「……、――」
「――……」
なにか話してる二人。声は小さくてここまで届かない。
言い争い、っていうより、拗ねるなっちゃんを斎藤君がなだめるような……
二人はつきあっていた?
ううん、そういう雰囲気でもない。
(けど、なんだろう、私……)
初めての感覚。
これ、私、なぜか、
なんだか言いようもなく、ドキドキして……?
「――」
不意に、
今間違いなく目が合った。斎藤君と。
痛いくらいに鼓動が跳ねる。
なかば混乱している私の視線の先、二人の間にもいくらかの動き。
バッと離れるなっちゃん。
それを今度は斎藤君が抱き寄せ、
対するなっちゃんは抵抗の素振り……って手つきが弱々しすぎて甘えてるようにしか見えないっ。
なんて、
知らず知らず、食い入るように見つめてしまっていたら、
再び斎藤君の視線が、こちらへ。
そればかりか、
「へ?」
なっちゃんにまで、気づかれて。
「!!!」
ごめんなさい! 逃げよう! その前にドア閉めて――
いっぺんにやろうとしすぎて体がパニック。結果大きな物音を立ててしまって。
「あかり?!」
「ひゃいっ」
名前を呼ばれて返事までしちゃって。
こっちを向くなっちゃん。なぜか降参の姿勢の斎藤君。
でもこれはもう、こっちも観念するしかないよね……?
「ご、ごめんねなっちゃん。覗くつもりは、なかったんだけど……」
ゆっくりドアを開けて、二人の前に姿をさらす私。
どうにも由来のわからない、いわく言い難い興奮を覚えながら――




