関わるべきじゃない
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ある日の昼休み、いつもの空き教室にて。
「いくらなんでも不干渉過ぎないっ?」
「え、っと?」
俺、斎藤哉はクラスメイトの高根沢夏嬢に、そう詰め寄られていた。
「その、あれ? そういうことで話がついたんじゃなかったっけ」
「そうだけど! でもこの一週間会話のひとつもないなんて寂、……その、徹底しすぎなんじゃないの? いくらなんでもっ」
詰め過ぎた距離から彼女は半歩引き、気まずげに顔を伏せ、視線を逸らす。
俺はというと、いきなりやって来られたのにまだちょっと面食らっている。この憩いの場のことは誰にも話していない。なのにここに来れたのはつまり、つけてきたのだろう。わざわざ。
にしても、そうか。あの出来事から一週間経つのか。
「いやでも、まるっきり接点なかったんだから、いきなり雑談とかし始めたら不自然じゃない?」
「クラスメイトなんだもの、一言二言会話があっても自然よ。今日までみたいな、まるでお互いいないかのような振る舞いのほうが変だと思うわ」
「そう、かな」
「そうよ! この前だって――」
『お、おはよっ』
『あ、うん』
「――『あ、うん』ってなに!? せめて『おはよう』くらい返したら?!」
「あー、あれはうん、ごめん」
そういえば一度、高根沢嬢から挨拶されたんだった。たまたま誰もいない廊下ですれ違った時に。
じつはその時もちょっと面食らっていた。
そもそもの話、彼女が俺に関わりたいなど、思ってもみなかったわけで。
「わかればいいの。挨拶にはきちんと挨拶で返す! 教室で顔合わせたときにも今後は、」
「あの、なんでそんな俺に関わりたいの? 言っちゃなんだけど、わりと退屈でしょ学校での俺って」
なので実際に訊ねてみた。
話を遮るかたちになってしまったからか高根沢嬢、一度きょとんとした顔。
「同じクラスに友達いないし、昼飯も、こんなところで一人で食うやつだしね。そっちはそっちで仲良しもいるんだし、今いる友達を大事にしたほうが、」
「――だって!」
このままそれっぽい理由を並べて話を流してしまおう。
そんな目論見が、今度は遮られ返される。
思いの外大きな声が出たからか、自分にすこし驚いているような彼女は、
「気にしないなんて、無理よ。あ、あんなことした相手なんだから……」
「……それ出されると弱いなあ」
恥じらいからか、また伏せられた顔。
見下ろし、思わず頭をかく。きっかけはどうあれ受け入れたのは自分。そうでなくても、こういう事柄は男の側の責任と相場が決まっている。
美少女と近しくなるのだってやぶさかでない。むしろ気乗りさえする。
……とまあ、心境としては、そうなんだけど。
「いや、やっぱやめたほうがいい。関わるべきじゃないよ、俺なんかには」
あえて突き放す。
「どうしてっ、」
「遊び慣れてるって、高根沢さんの指摘どおりだから。結構ろくでもないんだよ、俺。少なくとも、優等生が関わっていい人間じゃない」
「でも、べつに不良ってわけでもないでしょう? 学校で問題起こしたりもしてないし……すごく普通じゃない、教室でのあなた」
「そりゃおとなしくしてるから。たんに気力に乏しいだけってのもあるけど」
変に自分に関わって、むざむざ学校での評判を落とすこともない。
そういった高根沢嬢への気づかいが、表向きの理由。
まあ裏の理由だって、本当にたいしたことじゃないけど。
ごく個人的な事情であって。
ともあれ、これ以上話が長引くとさすがに断りづらくなってしまう。
多少強引にでも話を打ち切ったほうがいい――
「とりあえず、高根沢さんの学生生活を邪魔する気はないってことで。それより、そろそろお昼にしないと時間が――」
「ッ!」
そんな目論見は、あえなく破綻。
いきなり胸に飛びこんできた高根沢嬢によって。
「……そんな、拒絶されるみたいなほうが、傷つく」
「いや拒絶っていうか、ね? お互い立場的な、適切な距離感というか……」
「この距離感が、適切?」
結構な勢いを、怪我させないよう柔らかく殺して、受け止める。
受け止めてしまう。
腕の中の彼女のほうは、上目遣いで。
「揚げ足取らない。あのさ、一応は君のためを思って、俺も、」
「私の都合を勝手に決めないで。どうしてそう、勝手なの? あなたも、公助も」
「……」
あ、今一緒にされたの、結構効いた。
なんでだろな。俺は彼のこと、わりと一目置いて気に入ってるつもりなんだけど。
「べつにちょっと親しくしようってだけよ? あくまでクラスメイトとして」
「こうみえて結構臆病なもんで。波風立つ可能性は、わずかでも排除しときたいかなって。てかまさに、いちクラスメイト同士のふれあいじゃないでしょう、今」
「揚げ足とらないで。べつにいいじゃない。誰も見てないし」
「誰も……いや、うん」
言いかけて、やめた。あるいは都合がいいかもしれないから。
彼女の頭越しに空き教室を眺めながら、思う。
女子特有の甘い匂い。よくない。これは。
「誰かに理由聞かれたって、いくらでもごまかせる。たとえば帰りにたまたま一緒になって、思ったより話が弾んだ、とか。ほら、嘘は言ってない」
「いやまあ、まわりのことは正直建前、……なんかまさぐってない? 手」
「! そんなべつに――ッ」
接触がきっかけか、徐々に雲行きあやしい感じ。
見下ろせば高根沢嬢、
あ、これ、もうほとんどその気の顔。
てか、薄々そんな気はしてたけど……
「もしかしなくても高根沢さん、たんに欲求不満?」
「!? ――な、なんのことかしらわ、私はだから、淫乱とか尻軽とかそういうあれじゃ」
「自分で解消したりしないの? 恥ずかしいかもしれないけど、我慢は体によくないし、」
「あなたのっ!」
ばっ! と、俺の胸を突き放すかたちで一旦離れる彼女。
「――あなたのせいでしょうッ! じ、自分でもしたことなんか全然なかったのよ? 私ッ」
「え? 嘘。そんな高校生いる?」
「しょうがないじゃない実際そうなんだから! ……そりゃ試したことくらいあるわよっ。けど恐いし痛いし、なんか虚しいしで、全然……」
「あー、そういう」
思わぬ告白に思わず天井を仰ぐ。
さすがに責任を感じざるをえない。新雪を汚すどころかペンキぶちまけて春画でも描いてしまった、みたいな? 感じ?
でもまあ、そういうことなら、
「!?」
今度はこちらから抱き寄せてみる。
驚きはすれど抵抗はなし。どころか寄りかかり身を預けるような素振りまで。
そんな彼女に軽く応じつつも、言う。
「手伝う? 解消」
「っ! だから私は、」
「この期に及んで意地張らなくても。いや俺もそこまで初心とは思わなかったし、わかってれば多少手心も、……いやどうかな、久々だったし結局加減できなかったかも。――まあとにかく、初心者相手に刺激強くしすぎた責任くらいは、ね」
「ちょ、ちょっと、あれ? 今ってそういう話だっけ……?」
「先に抱きついてきたのはそっちだけど」
「~~~ッ」
俺のせいというのであれば、そこだけは責任を取ろう。すること自体はもとより歓迎だし。
互いの体の密着度合いが深まる。高根沢嬢からはかすかな抵抗の素振り。それも振りほどくには到底足りない、弱々しい力でしかないけれど。
ただ、うん。
その前に確認すべきことは、二つ。
「あらかじめ言っとくね」
「な、なにを」
「俺、恋人をつくる気はないから。お互い本気にはならないこと」
「! なに、それ……」
「変に情が湧かないように、教室でも親しくしたりしない。欲求が溜まったら、会って解消する。そういう関係なら、喜んで受け入れるよ」
「…………」
まずひとつ。この時点で高根沢嬢、絶句。
嫌ってくれたら御の字、という狙いもあるにせよ、個人的には譲れないとこでもあるので。
「……すごい、最低なこと言ってる自覚、ある?」
「ある。幻滅した? ろくでもないんだよ俺。そっちも最初からある程度わかってたと思うけど」
「そうね。そうなのよ。今更だけど、とんでもないやつに引っかかったわね、私も……」
「はは。今更だけど、ごめんなさい」
案の定呆れ果てた様子の彼女。
それでも俺の腕から逃れようとしないのが……まあ、現時点でも結構危ういところはあるよね。わかってたけど。
で、もうひとつ。
じつはこっちのほうが喫緊で。
「でね? 仮に高根沢さんがそれでも構わないってなったとして……でも今からここでっていうのは、ちょっと遠慮したいなって」
「それは、そうでしょう。学校だし、昼休みも長くはないし」
「うん。それ以前に、ね……」
「?」
抱き合ったまま俺は、それとなくそちらを見る。
彼女も気づき、視線を追うように空き教室のドアへと振り向き、
「へ?」
気の抜けた声。
ガタッ、という物音も、同時に。
よくよく見ればすこし開いたドア、隙間からちらりと覗くのは――
「あかり?!」
「ひゃいっ」
今度こそバッと体ごと振り返る高根沢嬢。
動きを邪魔しないよう両手をホールドアップする俺。
ややあって、おずおずという感じでドアは開いていき……
「ご、ごめんねなっちゃん。覗くつもりは、なかったんだけど……」
恐縮しきりに現れた姿は“ハーレムグループ”の一員。
桃枝あかり嬢。
可憐な顔に、後ろめたさとほんのり混じった好奇心という、いわく言い難い表情を浮かべて。




