昨夜のことは昨夜だけ
早い話が、エロ漫画の導入部分だけみたいな小説です
〈side:Natsu〉
心地よい眠りから、目が覚めていく。
「ん……」
ゆっくりと浮上する意識。
……布団がなんだか、妙に温い。それで起きるのが億劫なのかな。薄暗いし、まだ時間も早そうだし……まあでも確認くらいはしておこう。
手探り。
けどあれ、いつものところに端末がない、と、
薄目を開けたら、見覚えのない部屋。
――いえ、覚えてる。
昨日の記憶が急速に蘇って――
「んー、起きた?」
背中から、柔らかく抱きすくめられる。
私にすっぽり覆いかぶされるくらい、大きくて逞しい体。
肌と肌の感触。
すなわち、裸。お互いに――
「――~~~~~~~~ッ!!!」
「うっご」
今度こそ現状を正しく認識した私、高根沢夏は、
背後の同級生、斎藤哉君に、思わず思い切り肘鉄を食らわせてしまって。
ぶってしまったことは、ひとまず平に謝って、
「その、違うのっ」
「うん」
「私はべつに尻軽とか、い、淫乱とかそーいうんじゃなくて、あ、お酒のせい! でもないんだった……~~とにかくそのっ、本当に違うんだから!」
それから自分でもよくわからないままに、そんなことを口にしていた。言いわけというか申し開きというか、とにかくなにかを誤魔化したいのだけど、まったくなんの釈明にもならない気しかしないでもなく。
けど、やっぱり、うん。
なにを言っても墓穴にしかならないような……
「べつにいいじゃない、尻軽でも淫乱でも」
「よくない! 他はどうあれそれだけはよくないわ!」
そんな私へ斎藤君、あまりにもな言葉。
ついむきになる。けど自分で言い出した単語だったわ、そもそも。
正面の彼は、しかしすこし居住まいを正して。
「うん、まあ言い過ぎというか、そこまで卑下するほどでもないよね実際。行きずりの相手と代わるがわるーとかならともかく、一応は顔見知りと、一晩一回だけなわけだし」
「そう、かな……いやそういう問題?」
「魔が差すことなんて誰にでもあるよ。乗った俺にも半分以上責任はあるし、なにより――」
「?」
「悪い子、だったんでしょ? 昨夜は」
「! ……」
かと思えば、へにゃ、と。
なんとも無害そうな表情を見せ、そんなことを言う。
またも自分で言い出したことを持ち出されて、思わず顔が熱くなるけど……
この男、
やっぱりどこか危うい。
私みたいな生娘の手にあま――いやもう生娘じゃないんだけど……!
「まあ腕ん中じゃ終始いい子ちゃんだったけどねー。ほんと素直に反応してくれるもんだから俺もつい興が乗って、」
「わーわー! 私はアレでほんとにそういうのとは違くてッ!!」
「どうどう、手ぇ上げるとめくれるよぺろんと」
「わーッ!!」
言われて、お互いベッドの上でシーツで体を隠してるだけなことにも思い至ったり。
というかほんとこの、慣れてる感じが……! 恨みがましく睨んでみても「そういうのも可愛いなあ」みたいに見つめ返しやがる。くう、いつか目にもの見せてやりたい。
「とりあえず服は着ようか。学校はどうする? 悪い子ついでにさぼる?」
「そういうわけにもいかないわ。一応優等生だもの、私。……うん、そう。昨日は例外。今日からはより気を引き締めていくわよ、夏……!」
「そっか。ああシャワー使うならどうぞ、そっちのドアね」
「あ、ありがと。……覗かないでよ?」
「鍵かければ覗けないよ」
ともあれ、そんな風に。
シャワーを借りて服を着なおした私はそのまま登校……はやめて、いったん家へ。
斎藤君の部屋をあとにして、まだ夜も明けきらない街中を歩いて、こっそり帰宅。
自室で下着とかを替えたあと、すこしぼーっとして、ふと昨夜のことが頭に浮かんだりして……
思わず頬を叩いて頭からそれを追い出し、身支度整えて朝食を摂って――
そんなこんなの数時間後、
私はいつもの時間に登校し、今教室に入った。
(……斎藤君、いる)
後ろのドアから入るとすぐに見える席。そこに彼は、何食わぬ顔で座っている。
(~~っ、いつもどおりいつもどおり)
素通りして自分の席へ向かう。昨夜あんなことがあったからといって、
いやむしろあったからこそ、私たちは今までどおり、お互い不干渉でということになった。
『変に意識してまわりに勘繰られるのも面白くないよね。昨夜のことは昨夜だけ。俺も一回したくらいで彼氏面なんかしないし』
帰り際の言葉。こちらが深刻になり過ぎないよう、あえて軽い感じに言ったのは彼の気づかいか。あまりさらりと流されても、それはそれで女の子の矜持に引っかかるけど。もうちょっとこう、ないの? 心残りとか未練とか……
――危うい。変な意識を振り払うため、軽く頭を振る。
(にしても彼、結構早い時間に来てるのね)
ちらと窺ってから席に着く。私の登校も早めだけど、思い返せばいつもすでに教室にいたような。
斎藤君。なんとなく印象の薄かったクラスメイト。
特別誰かと親しくしてる様子もなく、授業でもとくに目立ったりしない。
癖のある前髪で隠れていて、いまいちどこを見てるのかわからない目元。
それなりに長身なのに、そこが注目されるようなこともない。間近にすると印象以上に大きく、おまけに結構逞しくて……
(違う違う! 意識しない意識しない――!)
――ともかく、
なんとなく影が薄い。
バイト先での姿を知った今は、それこそ不思議に思えてくるけれど。髪形をキチッとセットし、隙なくバーテン服を着こなして背筋をしゃんと伸ばした、あの出で立ち。
あれを知れば学校の女子たちも目の色を変えるのではないか。セットのセの字もない野暮ったい髪形にどうにも猫背気味な姿勢。あれが今はああだと、あらためて目の当たりにするとちょっと信じられなくもなる。
ひょっとして昨夜のって、全部私の夢だったんじゃ……
「なーに見てるのー? なっちゃん」
「うひゃっ?!」
いきなり割り込んできたのは実乃里の顔。
思わず変な声が出ちゃった――いやそれより、また知らず知らず彼の席に目が行ってしまっていた。いつもどおりよ夏、いつもどおり……昨夜のことは昨夜だけ――うんよし!
「べつに、ちょっとぼーっとしちゃってただけ」
「ふーん? ま、とりあえずおはよー、なっちゃん」
「うん、おはよう。あ、千雪とあかりも、おはよ」
「ぐーもーろん」
「ふふ、おはようみんな」
千雪とあかりも実乃里と一緒に来たらしい。私も一緒することが多いけど、今朝はさすがになんか気まずくてつい早めに出てきたのだった。
それから四人で取り留めのない話。天気のこと今日の授業のこと……昨日なにしてたかに話が及んだときはすこし焦ったけど、表面上はなんとか取り繕えたと思う。
けど、うん。
やっぱりこの子たちといる時が一番楽しい。
気心知れた、気の置けない、
似た者同士ってわけでもないのに、なぜか気が合う幼馴染たち。
やがて始業間際になって、
「――っとと、どうやら遅刻は免れたか」
幼馴染のもう一人。
平公助が、いつもの重役出勤で教室にやって来る。
「またギリギリだね……っ」
「もー、公助くんおそーい」
「いいじゃねえか間に合ったんだから。とりあえずはよっすアカリ、ミノリ。チユキも」
「ん」
「あ、っと」
適当な挨拶とともに三人を順繰りに見やり、
それから視線は、私に向いたところでぎこちなく止まる。
こっちも目を合わせる。
「えーっとナツもその……おはようさん」
「ええ、おはよう公助」
しばし見つめ合うかたち。
向こうは戸惑っているようだけど、私もまた、ある種戸惑っていた。
昨日のこと。苛立ち。やるせなさ――そういうのにもっと心乱されると思っていたのに、
思いの外、平静。
拍子抜けするほど凪いだ心に、自分でも驚くほど。
「ナツ……?」
「とりあえず席ついたら? もうすぐ来るわよ、先生」
「あ、ああ、うん」
公助へそう促す口調も、我ながら意外なほどに穏やかなもので。
言われたほうも腑に落ちなさそうにしつつも、結局は素直に自席へ向かう。
どこか安堵した様子で。
とにかくその場を凌げるのがなにより、というか。
やっぱりそういうところなのよね、と、妙に納得する自分がいた。
それから一週間後。
「――いくらなんでも不干渉過ぎないっ?」
「え、っと?」
そう斎藤君に詰め寄っている、私がいて。




