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悪い子ちゃん

「らいたい、わらひ他人の面倒見るほろ余裕ないもん! らんかそつのらい優等生みたいに思われへるけど、地道にコツコツ積み重ねるタイプらろっ。なんれもパパッとれきる天才じゃらいろぉ……!」


 回らない呂律。据わった目に紅潮ぎみの頬。

 見事な酔っ払いと感心しそうになる、けど……入れてないよね? アルコール。

 俺も手元に置かないよう、そのへんあらかじめ注意してたし。


「あらら、ときどきいるのよね雰囲気に酔っちゃう子。……ここまでのは珍しいけど」

「佐和さんこれどうしらいいの? てか俺の手に負える?」

「まー、雰囲気で酔ったんなら、雰囲気で醒ますしかないんじゃない? うろたえるな甥っ子。そんなんじゃまだまだ店は継がせられないぞ」

「いや継ぐ気はないけど。端から」


 なんでもパパッと出来る天才タイプの雇い主が、カウンターに入り様子を見に来る。ここがこの人でなきゃ回らない店であることくらいとっくに承知している。どうしても働き口が見つからなかったら、本腰入れて修行するしかないけど……いや、今はそれより。


「あいつもらんらろよ、みんらに気のある素振りしへ、そのくへいざ問い詰めればろらりくらりほ……うぅ~キープとかほーゆーつもりっ!? こーすけの分際れ……っ!」


 高根沢嬢、カウンターに突っ伏してぐずぐず。

 本当に、今まで見たことないくらい見事な飲んだくれ。ここでの手伝いは一年くらいしてるけど、そもそも悪酔いする人自体滅多にいないからね。弁えたお客さんばかりでありがたい。


「ひとまず今日のところは家に帰したら? 学生さんにはもういい時間だし、外歩いてればいろいろ醒めるでしょ」

「だね。ってわけだから、もう看板ですよーお客さん」


 雇い主の提案にもっともだと頷き、

 カウンターの向こう、弁えてないお客さんに声をかける。


「やら」

「は?」

「やらぁっ、帰りたくらい」

「……」


 が、駄目。

 高根沢嬢、輪をかけてぐずる。

 普段しっかりしてる子が園児みたいなわがまま言うの、可愛いっちゃ可愛いけど。

 いや困りますよ他のお客さんにもご迷惑になりますし――と店内を見まわせば、なんだか微笑ましげな視線がちらほら。若いっていいなあ、みたいな。皆さん大人の余裕だ。


「なつはもういい子ちゃん疲れたろ! ……ころまま朝帰りしてやるぅ。悪い子ちゃんにらってやるぅ……っ!」

「帰るつもりはあるとこが、まだまだなりきれてないわねえ」


 雇い主の感慨は聞こえていないのか、うーうーやってる高根沢嬢。

 まあ、気持ちはわからないでもない。彼女と平くん、というか例のグループ全員はご近所同士。このまま帰れば、下手したらすぐにでも顔を合わせることにもなりかねない。

 一大決心のつもりで告白した彼女と、それをとにかくうやむやにした彼。

 気まずいことこの上ない。

 どのみち明日学校で顔を合わせるだろうことは、この際置くとしても。

 などと考えていると、


「ならもう甥っ子、とりあえずあなたの部屋に上げちゃいましょう、この子」


 唐突にとんでもねえ提案しやがる我が保護者。


「それは、……駄目でしょ。曲がりなりにも独り暮らしの男のとこに」

「緊急避難よ。お店としてもこれ以上未成年置いとくのは、ちょっとね。べつに泊めてあげなさい、ってんじゃないわ。店の雰囲気に当てられてる以上、まず場所を変えないと。そうやってほとぼり冷まして、それからあらためて送ってあげなさいな」

「そっか……まあそれが妥当、かな?」

「さいとーくんの部屋っ? 見たい見たい! ヘンなとこ住んでるわよねーあなた!」


 けれども詳しく聞けば、案外穏便な選択だとも思える。

 それはそれとしてはしゃぐなお嬢さん。酔ってる(誤認)とはいえ、もうちょい危機感を持ちなさい。

 まあ、ともかく。


「らいじょぶ、ひとりれ歩けるっれ、うぅ」

「いいから掴まる。その足じゃ階段上らせらんない」


 肩を貸しつつ店のある地階から、階段を上っていく。エレベータないんだよねこのビル。

 そうして二階の一室、俺の居室へ。


「ほへー……」


 靴を脱いで上がるなり、じっくり部屋を見まわす高根沢嬢。

 そこで立ち止まられると俺が上がれない。


「なんか意外と、ふつう? 中ももっとヘンらと思ってた」

「そのへん座ってて。……とりあえず水かな?」


 彼女を奥へやってから、冷蔵庫のほうへ向かう。言われたとおり、ここの内装は普通のワンルームと大差ない。必要最低限の文化的住居。これでも俺が住むのにあわせてここだけリフォームしたというのだから、ビル所有者である伯母様もなかなかに豪儀なお方である。


「ほら、これでも飲んで落ちついたら――って」


 冷蔵庫を閉め顔を上げ、声をかければ、


「ぐう」


 部屋の中ほど、ベッドを背にローテーブルに突っ伏して、

 高根沢嬢、寝息を立ててらっしゃった。


「ちょ、寝ない。寝るのはほんと洒落んなんない」

「んんー、やー」


 慌てて肩を揺するも、彼女はゆるく抵抗の素振り。

 ほんとに危機感ねえのかこのお嬢さん。自室で無防備さらす美少女相手に、我慢が利くほど聖人でもねえぞこちとら。


「……」


 あまり触り続けるのもまずい。揺するのはやめ、すこし離れて座る。ベッド側面の彼女に対し、俺はベッドの足側の辺にもたれて。

 まあ、このまま、すこし待つか。店の手伝いは……もういらないか。客もそこまで多くなかったし、なにより今日はこの子の相手を仰せつかっているわけだし。


 しかし、妙な感じ。

 関わる気などなく、ただ眺めていれば十分だった同級生の美少女が、自分の部屋にいる。


(まあでも、ここまで、だよな)


 こんなのはたまたま、今日限りの出来事。

 落ちついた彼女を家まで送り届ければ、明日からはまた、通う教室が同じだけのクラスメイト同士。

 ちょっともったいないな、くらいは思うけど。

 でもまあやっぱり、傍から眺めるくらいがちょうどいいか。

 ここから親しくなろうとか、ましてそれ以上を求めたりなんかしたら、

 また俺は――


「ねえ」

「!」


 声がかかる。

 見れば体育座りの高根沢嬢が、伏せがちの顔だけ、こちらに向けて。


「あ……っと、落ちついた? ああ、とりあえずこれ、水、」


 そう言ったけど、こちらこそどうにも落ち着かなくなる。

 ひとまずテーブルに置いたままの水のペットボトルを示してみせるも、


「斎藤君てさ、けっこー遊び慣れてる?」


 問いかけというより、確認。

 妙に確信的な視線に、ますます居心地が悪くなる。


「や、べつにそんな……ねえ?」

「ごまかしかたへた。それとも、そういうのも駆け引き? みたいなやつらろ?」


 まだ呂律が回ってない彼女。

 じりじり、と、四つん這いで寄ってくる。

 負けじと同じだけ、後ずさる。だけどこっちはすぐ後ろが壁で。


「らんかぁ、いけないふいんき? あるよれ斎藤君。バーテン服でキメちゃってさぁ……もっとひゃんとひてたら学校でもモテるんじゃらい?」

「べつにこれは、曲がりなりにも仕事だし、――あ! 酔いはどう? 店出たらマシになったんじゃ、」

「酔ってません」


 追い詰められる。

 間近に据わった、目。


「お酒のんでらい。飲まへてない、れしょ? ……あいつが、公助がさ、わらひかあかりか実乃里か千雪か決められらい、決めたくらいってんらら……」

「高根沢、さん?」

「――わらひらって、ちょっとの気の迷いくらいあっても、いいと思わらい?」


 膝立ちになった彼女が、

 ひとつ、ふたつと自身の制服のボタンに、手をかけ始める。


「とにかく、落ちつこう? ほら、優等生? コツコツ積み重ねたあれを、こんな衝動的に……」

「言ったれしょ」


 精一杯、ぎりぎりまでは抵抗を試みる。

 けど、正直なところ、

 こんなことになる可能性――期待も、まったくなかったわけでもないけど。


「私、今日、悪い子なの」


 不思議と落ちついたようにも見える、高根沢夏の、猫のような笑み。

 ああ、そうかい。

 そっちから来たんだ。あとで泣き言は聞かないからな……?

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