美少女の相手をするだけのお仕事
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「あ、……っ」
目が合い、それから気まずげに視線を逸らす彼女。
しかしふとなにかに気づいたようにまたこちらを見る。
じっと訝るような凝視から、ややあって、
「えと、もしかして斎藤君……?」
「あ、気づいてなかったんだ」
高根沢嬢から恐る恐るの確認。
でもまあ、無理もないか。着ているのは給仕服だし、髪もきちんと整えている。ついでに手には花束。学校では気を抜いて超適当な格好をしているから、印象はだいぶ違うだろう。
というかむしろ、彼女が自分の苗字を認識していたことが驚きか。同じクラスとはいえ接点のない相手。実際俺も、何人か名前の曖昧なクラスメイトいるし。
「ぉいナツ待てって――こっちだったか?」
ふと路地の向こうから声。もちろん平くんのもの。
先の口論めいた様子から高根沢嬢、十中八九彼とケンカにでもなったのだろうけど……
「! 来て!」
「っと?」
その彼女が不意に、俺の袖を掴んで走り出す。
なぜ俺まで? そんな困惑も相まって、引っぱられるままついて行ってしまう。
いやこれはちょっとまずいか。このまま行くと店から遠ざかってしまう。
「見つかりたくない?」
「え? う、うん」
「じゃ、こっちに」
「! ひゃっ」
手を取り返して、今度は自分が先導。
ここいらの路地は狭く入り組んでいる。平くんのいるだろう位置を迂回しつつ、店に戻るほうへ。
かつ高根沢嬢のペースに合わせて、急ぎ過ぎないように。
「あれ? こっちに入ったと思ったんだが――」
途中、平くんの声なんかを路地の向こうにやり過ごしつつ。
事情もよく知らないだけに、ちょっと彼には申しわけない気もしてくるけど。
ともかく、ほどなく。
「――っはぁ、はぁ、はあ……」
「ごめんね引っぱりまわして。そこ座って休んだらいい」
「……ここは?」
「店の裏口。用のない人は、まず入ってこないよ」
裏通りの行き当たり、バイト先の裏口へ。
扉の手前で一段上がるところを指し示す。さすがに疲れたのか、素直に座りこむ高根沢嬢。
そうして息を整える時間が、しばし過ぎ、
「……っていうか、ウチってたしかバイト禁止じゃ?」
「黙っててくれるとこれ幸い。まあチクられても、最悪家の手伝いで誤魔化し通すけど」
「家、って」
「この上に住んでんの。ほら、そこに見える窓、俺の部屋」
そういえばというか、案の定の指摘。
バイトは学校に黙ってやっている。けど家の手伝いもまったくの方便でもなく、ここの家主の世話になってる礼みたいな面もある。そもそも切羽詰まって金が必要というわけでもないので、辞めさせられるならそれはそれで、というところ。だからこそかなり薄給でもあったり。
……なにか胡乱げな目を向けられている気がする。けどこんなとこに住んでると言われたら、怪しむのも無理はないか。どう見ても商用の雑居ビルという、住居らしからぬ外観だし。
「ところでなんで逃げたの? しかも俺を引っぱって」
「う、それはその……ごめんなさい、たしかにあなたは無関係よね。自分で思うより動転してた、のかも」
とりあえず話題を変える。見れば気まずげですこし恥じ入るような表情。本当にとくに意図はなく、とっさの成り行きで俺を道連れにしたらしい。
クールで落ち着いた眼鏡女子。教室ではそんな印象だけれど、こういうのも意外な一面というのだろうか。
ついじっと見ていると、高根沢嬢はなにか迷うような素振り。
逃げた理由。それを話すよう促されていると思ったのだろうか。
「言いたくないなら言わなくていいよ」
「え? でも」
「無理に聞き出すつもりはない。てか同じクラスってだけで関わりのない相手に、つっこんだ話もしたくないよね」
「……いえ、変な巻き込みかたしちゃったし、聞く権利があなたにはあると思う」
気を遣ったつもりはないけど、逆に気を遣わせてしまったか。
「というか愚痴らせて? 思い出したらなんかむかむかしてきたわ……!」
いやそうでもないのか。本人が話したいなら好きにさせようか。
と思ったところで、ガチャリ、と。
出し抜けに開く裏口。扉に背を向けていた彼女が、ちょっとびくっとなる。
「なんだ戻ってたの。なんでこんなとこで油売って――あら」
バイト先の、雇い主のご登場。
まず俺を見咎め、やや遅れて扉の陰になっていた高根沢嬢にも気づく。
「なるほど女の子か。さぼって連れこもうなんて、あんたもなかなかやるようになったわね」
「人聞きの悪い。てかさぼっちゃいないからね、ほら」
なぜか楽しげな彼女に花束を示して寄越す。
受け取る間も目が笑っていらっしゃる。相も変わらず意地の悪い御人である。
俺はわかってるから気にしないけど、初対面ゆえに変に気にしてしまう人もいるだろう。
「あのっ、違うんです! 私が押しかけて引き留めてしまって……というか斎藤君もごめんなさい、バイト中に愚痴なんか聞かせようとして」
「あらいいのよ。愚痴を聞くのも仕事みたいなもんだから、ウチは。――あ、なんならお店入ったら? こんなところじゃ落ち着かないでしょ」
「え? え?」
「店主もこう言ってるし、そうする? すぐ帰って彼と鉢合わせになるのも気まずいだろうし」
「う、それは、そうね……」
案の定高根沢嬢が俺を庇いだてするが、そこから雇い主がふと提案。
俺もとくに止める理由も思いつかず。まだ困惑気味な彼女を伴い、いったん通りの表に出る。どうせならきちんと表口から入店してもらおう、ということで。
そんなわけで、店内。
「あ、あの、ここってお酒を出すお店なんじゃ……」
「まあ、基本は? そんなそわそわしなくても、未成年お断りってわけでもないし。――ないよね?」
「そうねー。……いやあれ、どーだったかな条例的に」
「おい店主」
「あはは、まー駄目でも大丈夫よ黙ってれば」
カウンターの隅の席、恐縮しきりといった様子の高根沢嬢。
俺はカウンターの中に。返事も適当な雇い主は活けた花を店の奥から持ってきて、あちこちいい感じに店内を飾りつけている。
この飲食店、というかはっきり言ってしまえばバーが、俺のバイト先。
基本的にお酒を供するお店だが、頼めばわりとなんでも出てくる。材料のストックと店主の気分による、という但し書きはつくにせよ。
時間もまだ早いせいか、店内のお客は高根沢嬢を除けば二人。……というかあの隅の人いつもいるな。ほぼ毎日一番に店に来るけど、いったいなんの仕事してる人なんだろう……
飾りつけを終えた雇い主――店主が、カウンターに入るなり一言。
「――さて甥っ子、今日はその子の相手がキミの業務ね」
「また藪から棒に。いいのそんなんで。手は足りる?」
「あら、私を誰だと思ってるの?」
「……そうでしたね」
そういうことになるらしい。
無茶を言う、と思い、べつに無茶でもなんでもなかったと思いなおす。もともとタダで住まわせてもらうのもなんだしと、手伝いは俺から買って出たもの。それ以前も彼女は一人で問題なく店を回していたわけで。そも雇い主の意向に、バイトが逆らえる道理もなし。
「ということになったので、よろしく」
「あの、私お邪魔なんじゃあ……」
「いいのよそんな気を遣わないで。生憎お酒は出せないけど、なんでも遠慮なく頼んでいいわよ。お代はそこの給料から天引きしとくし」
「やりたい放題やね雇い主」
言ってる間も手は休めず、出来上がった品をお客のもとへ運んでいく。颯爽と。
「……格好いいひとね。えと、マスター、さん?」
「ほんとにねえ。実際ほんとに“出来る人”だし」
「その、さっき『甥っ子』って……」
「そ、伯母にあたる人。今の俺の保護者でもある」
「え? それって、」
「まあ俺の話は置いといて、高根沢さんの話を聞こうじゃない。今日はそういう業務らしいし」
カウンターを挟んであらためて向かい合う。当たり前だが、口頭で『高根沢嬢』などと呼んだりはしない。あれは件の“グループ”へのある種の敬意の表れ、あくまで脳内だけの呼びかたなので。
「なんか飲む? とりあえずビール?」
「お酒じゃない!? 出せないんじゃないのっ?」
「お客様に『出せ』と言われたらね? 立場上強く断れないの」
「言わないわよ! 私なんだと思われてるのッ?!」
「傷心の女の子。つい自棄を起こしてもまあ仕方ないかなってくらいには」
「! …………」
おっと調子に乗り過ぎたか。美少女と面と向かって話すのなんて久々だし、ちょっと舞い上がってるかもしれない。
やや俯きがちの、ばつが悪そうな高根沢嬢。
どうしようか、ここはひとまず……
「――どうぞ」
飲みものの用意を。
「だからお酒はッ、」
「入ってないよ。ノンアル」
「あ、そう。いや、でも頼んでないし」
「そこはほら、サービスってことで。――と格好つけたいところだけど、実際のところ、まだお客さんに出せる出来じゃないんだよね。練習中」
「ふ……なに、私を練習台にする気?」
「まあ、そんなとこ? これも人助けと思って」
差し出したグラス。
いくらかためらう素振りもみせたが、結局観念するように高根沢嬢は一口。
「……おいしい」
「よかった。まあよっぽどでなきゃ不味くなりようがないんだけどね。言ったらジュース混ぜただけだし」
「そうなの? でもなんか、違うね。私甘すぎるのってダメで、市販のジュースとかもあんまり飲めないんだけど……」
それがきっかけとなったか。
ややあってから訥々と、先の出来事について彼女は語りだす。
掻い摘めば、
高根沢嬢は一歩踏み込んだのだという。平くんとの関係について。
「私なりに、かなり思い切って聞いたんだけどね。実乃里と千雪と、公助とそれから私――幼馴染、曲がりなりにも上手くやってきた関係、変わっちゃうのは避けられない行動だから。……なのにあいつ……!」
「平くん?」
「――思いっきりはぐらかされた。全力でうやむやにしようとしてきやがったわ」
「それは、ええ……?」
「『今でなくてもこの先つきあう気はあるのか』『そもそも私のこと本当に好きなのか』『でなかったらあかりとか、他の子が好きなのか』……どう聞いても“はい”とも“いいえ”とも取れない返事。あんまりのらくらするもんだから、さすがにだんだん頭に来ちゃって」
「それで最終的に言い争いに?」
「……私も正直思わなかったわ。まさかあんなにも無駄に口が回るやつなんて……っ」
手にしたグラスがぎりぎり握りしめられていく。女の子の力で割れる代物でないにせよ、ちょっとひやひや。
にしても、平くん……さすがにちょっと、どうかと思うぞ。実際のやりとりを見たわけじゃないから断じるべきでもないかもしれない。それでも聞いた範囲では、やはりどうにも擁護はできかねる。
だん! と、
「斎藤君はどう思う?! あいつ絶対私のこと好きよね!?」
「や、その……」
「少なくともやらしい目では見てる! 最近はほんと露骨に――いやむしろ実乃里のほうが、それにあかりも、なんなら千雪もわりとそういう目で……節操ないの!? ひょっとしてあいつ性欲だけ?!」
「とりあえず落ち着いて、もう一杯どうです」
「あ、ご、ごめんなさい……っ」
カウンターを叩いて身を乗り出す高根沢嬢。
どうどう、とジェスチャ。それから手前に置いたグラスを手で示せば、幾分我を取り戻した彼女は恥じ入るよう店内を気にする素振り。
「まあその、そういう目云々は勘弁してあげてくださいと、同性としては思ってしまったり」
「なに、仕方がないってこと?」
「どうしたって目が行くもんだと思ってあげて。高根沢さんらみたいに魅力的なら、それはなおさらね」
「……もしかして口説かれてる? 今」
「ごめんそういうつもりは。いや本当に」
つい自分のまずいところが出そうになった。
空いたグラスでも洗っておこう。ついでに気を紛らすために当たり障りのない話題を振る。
学校のこと、家族のこと、その他身のまわりのこと。
基本こちらは聞き手で、話すのはもっぱらあちらになったけれど。雇い主の指示に忠実な状況に、図らずもなった感じがして、なんとも。
いやまあ、とくに不満はないか。
美少女の相手をするだけのお仕事。不満を言ったらばちが当たるくらいの待遇。
そう、不満はなかった。
なかったんだけど……
「――そぉもそもあいつ、わらひのこと便利に使ってらい?! やれ課題らテストら、事あるごとにわらひを頼っへ……都合のいい女と思われれらいっ? わらひっ!!」
「どういうこと?」
小一時間のち、
カウンターにはなぜかすっかりできあがった高根沢嬢が。




