花のような四つの笑顔を
夢を見ている。
公園の片隅で、子供たちが遊んでいる。
男の子一人、女の子四人という、ちょっとアンバランスな組み合わせ。
やっているのはおままごと、だろうか。女の子たちは楽しそうにしている。
けれどもそこで、男の子が飽き飽きしたように、その場を放り出してどこかへ行ってしまう。
残された女の子たちも、ちょっと呆れた空気。
しばしそのまま、手持ち無沙汰な子供たちだったけれど、
ふとそのうちの一人――一番活発そうな子が、なにかに気づいた様子で駆けだしていく。
その子はほどなく戻ってくる。
一人の男の子の手を引いて。
先の男の子とは別の子だ。公園にふらりと一人で現れ、しかし所在なげにしていたその子を、活発そうな子が見つけて引っぱってきた、というかたち。
みんなで遊ぼう、と誘う活発そうな子。
引かれるままに戸惑い気味な男の子だったけれど、
やがておずおずと、女の子の輪のなかに加わる。
そうして五人で、また遊び始める。
内容は引き続きおままごとのようだけれど、
傍から見るに、先程より和やかな空気。
一番背の高い女の子は、時折男の子をじっと見つめて顔を赤くしている。
一番小さな色素の薄い子は、同じアニメを見ていたと知りしきりに男の子に話しかけている。
お人形のような格好の子は、おっかなびっくりながらも男の子への興味を隠せていない。
そしてこの場のきっかけを作った、活発そうな子。
とても楽しそうに、屈託なく笑っている。
男の子もまた、それに穏やかな笑みを返していて。
(……すっかり、忘れてたな。そっか、あの子たちに興味を引かれていたのも、だから――)
その場にあってその場にいない、
幽霊のように子供たちを傍観していた俺も、
しかし気づいたその時には、急速に意識が浮上しはじめていて――
●
「……ん」
目を覚ました。
自室。わりと久しぶりの、一人寝。
ベッドの上で半身を起こし、
はて、なんか夢を見ていたような気がするんだけど……
「……覚えてない、な」
独りごちてベッドから降りる。
夢の内容を忘れるなんて、さほど珍しいことでもないけれど、
どうにも惜しいな、という気持ちがなんとなくある。
なにか大事なことだったような、
けど現状を大きく変えるほどの影響は、おそらくない気がするような。
ひとつ確かなのは、
悪い夢ではなかったのだろう――
いや、間違いなくいい夢だったのだろう、ということくらいか。
「さいとー」
ぼす。
腰のあたりに軽い衝撃。
「ぐーもーろん、さいとー」
「……ああ、おはよう、千雪」
朝、登校し教室に向かう途中の廊下で、小井千雪に後ろから抱きつかれたのだった。
ぎゅ、としながら上目で挨拶。
体をひねってどうにか目を合わせ、こちらも挨拶を返す。
「こーら千雪。学校ではもうすこし慎みなさい」
「なっちゃんに賛成ー。はーい離れるー」
「…強いな♠ ピッ」
高根沢夏と日永実乃里の声も。
夏が千雪に苦言を呈し、実乃里は実力行使で千雪を引きはがしにかかる。
千雪も千雪でそんなに抵抗はせず。ちょっと寂しい、とも思ったり。
「斎藤君おはよっ。今日も早いねー」
「みんなこそ。無理に俺に合わせなくてもいいんだよ? 大変じゃない? 距離も違うんだし」
さりげなく傍へ寄って挨拶してくるのは、桃枝あかり。
微笑み返しながらも、俺は前から気になっていたことを指摘する。
その反対側の隣に、すっと並んだ夏が言う。
「べつに、たいしたことないわよ。朝は早いに越したことないんだし」
「――と、そっけなく答えるなっちゃんだけど、」
「ここのところは毎朝機嫌よく早起きに勤しんでおり……」
「あかり、千雪。へんなモノローグ入れない」
きゃー、と。
手を上げるフリをする夏に、あかりと千雪が頭を庇いつつ逃げるフリですこし早足に。
そうして空いた隣にすっと実乃里が並ぶ気配。見れば彼女は恥ずかしげに俯いて。
……とまあ、このように。
先の騒動以来、学校でも誰に憚ることなく俺と接するようになった彼女たち。
おかげで今や以前とは比べものにならないほど、俺は校内で注目を集めている。
注目の的というか、噂のタネというか。とくに男子からはいい顔をされていないけれど、
それらすべてをひっくるめて、俺ももはやとやかく言うつもりもない。
言いたいやつには言わせておけ、みたいな豪儀さよりも、
もうなるようになれ、というやけっぱちさのほうが若干大きいとはいえ。
(とはいえ、謂れのない中傷はきっぱり否定するつもりはあるけど)
幸いか、今のところそこまでの話は聞こえてこない。
あるいは俺が知らないだけかもしれないけれど……いやでも顔の広い相戸がなにも言ってこないんなら大丈夫か、たぶん。
その相戸と、あともうひとりつるんでる友達にも現状をいじられてるけれど。
さておき、教室に入ってすぐ自分の机へ。
四人もまたそれぞれいったん自席へと向かっていく。
「……」
座る前に、ついある席へと目がいく。今日も一日空席だろう机。
平公助の席。
あれからやつは一度も登校してきていない。
捕まったのだから当然ではある。対策が上手く嵌まって無傷だったにせよ、警察の目の前で刃物を振るったのだ。身柄の拘束は免れようもなく。今も警察で取り調べを受けている、のだと思う。
ちなみに俺も聴取のための警察署通いがぽつぽつ続いている。それもまた噂の尾ひれの一因なんだけれど。
最終的に平の処遇がどうなるかは、まだ決まっていないが、
俺のほうは平への正当防衛ということで落ち着きそう、とのこと。
つまりはその前、輩への暴行云々については不問、らしい。
……いいのかなあ、という思いは拭えない。いや、聴取の合間の雑談であの連中がどれだけ非道な行いをし続けていたかは、すこし聞いてるんだけれども。
けどそれと俺への贔屓は、やっぱり関係ないんじゃないかと――
(……思ったところで、じゃあ逮捕されたいのかと言われたら遠慮したいのも本心で)
結局、まわりのお言葉に甘えるままにしている自分に、思うところもないでもないけど。
あるいはお咎めなしでラッキー! くらいに構えられたら楽なのかもしれないなー、とか。
「そういえば、」
お昼。
俺のと前と左斜め前の机を借りて、五人で囲む昼食。
「今までずっと聞きそびれてたけど、なんでさいとーってあんな強いの?」
その最中、ふとそう投げかけたのは千雪。
ブロッコリーの刺さったフォークをこちらに向けながら。
「お行儀悪いわよ」とそれを窘めつつ、夏も。
「けどたしかに謎よね。球技だと妙にどんくさいのに」
「そこは俺自身も疑問。……なんでか上手く動かないんだよね、体が」
「わかるっ」
「わかるー」
なぜかあかりと実乃里に深く頷かれる。どうもこの二人、運動全般あまり得意でないようで。
……抱えているウェイトのせいじゃないかなあ、とは言うまい。セクハラだもの。
「やはり幻の古武術の使い手として、お墨付きを?」
「お墨付き……? はないけど、まあちょっと。古武術でもないけど」
話すべきか、ちょっとためらう。とくに女の子が聞いて面白い話でもないだろうし。
けれど千雪をはじめ、みんなが続きを促す表情。
こっそり溜息。それから観念して話し始める。
「俺の中学時代のやらかしについては話したよね。その更生というか性根を叩き直すためというか……まあ、山籠もりなどをさせられて」
「山籠もり……また時代錯誤な単語が出てきたわね」
「うん、まあ。山奥で仙人みたいな生活してる爺さん――大叔父、かな? その人のとこで徹底的に扱かれて。中学の夏休み丸々使っていろいろ教わったよ。おもにその、物騒なことを」
体に覚え込まされたけど、出来れば進んで思い出したくない思い出。
大概無茶苦茶だったよなあ、あの爺さん……ほとんど趣味に生きてるような感じなのに、なぜか警察官や自衛官までもが時々教えを請いにくるという。おかげでその道のプロと一対多数の組手までやらされる始末。
『おれの弟子ン中じゃ哉、おめぇが一番筋がいい。どうだ? 正式におれの跡継いで、』
『いやです……』
目がマジだったけど、存外あっさり引いてくれたのは助かったのかなんなのか。
まあ第一に自由人だからなあ、あの人。他の人生に無理に干渉するのも信条に反するのかも。
「あとはアウトドア、というかほぼサバイバルな技術なんかも仕込まれたかな」
「あ、それじゃボート漕ぐのが上手かったのも?」
「そ。そのへんの賜物。こうして振り返ると、身になる教えではあったんだけど……」
「けど?」
「……つくづく、過酷な日々だった。少なくとも二度はごめんかな」
遠い目。
まさに修行の日々。漫画みたいな体験をまさか自分がするとは、あの日までは思いもよらず。
でもプロのアスリートとか軍属の人とかも、あれくらいの訓練はしているのかも……いやしてるかなあ? さすがに滝行とかはしないよな。意味あったのかな、あれ。
「うーん……」
「どしたのー? なっちゃん」
「いえ、ちょっと思ったんだけど」
なにか思い至った様子の夏。
首を傾げた実乃里が問いかける。
「過酷な訓練を受けた、と。あれだけ強かったのは、それで頷けるんだけど……」
「うん」
「……出来てるのかしら? 更生。この現状で」
手を軽く広げてまわりを示す夏を見て、
固まる。
あかり、実乃里、千雪から苦笑い気味の生温かい視線が注がれて。
ついでに夏からも、呆れたような目を向けられても、
俺、斎藤哉はなにひとつ言い返すことも出来なかったのでした。
「実際のところ……」
授業を終えて放課後、帰り道。
「みんなは現状をどう思ってる? 現状、というか、この関係、というか」
昼間のことが今更気になって、思わず出た問いかけ。
前を行く四人が振り返る。唐突な切り出しにやや戸惑いはみえるけど、応じてはくれるようだ。
「あなたこそ、どうなの? 言いだした以上、思うところはあるのでしょう?」
「そう……だね」
まず口を開いたのは夏。というか逆に問い返された。
口調は淡々としているが、怒っている感じはない。あくまで確認みたいな。
あらためて、俺はすこし考えてから、
「いいか悪いかで言えば、よくはないよね。傍から見ても変だろうし、実際それで噂にもなってるし」
最初に浮かんだことをそのまま口にする。
一番の懸念、でもあった。べつに俺一人がどう言われようが構わないが、もしみんなが居心地の悪い思いをしているのなら、やっぱり離れたほうが……
「それって客観的というか、他の誰かがどう思うかでしょ? あなたの意見――じゃないわね、あなたの想いは? どうなの?」
そんなことを思っていたら、夏がすこし呆れた様子で。
もっともだった。現状、ということで知らず知らず周囲に意識が向いてしまったらしい。
答えるべきは、俺自身の想い。
それを話さなければ始まらない。
では、それは? 俺の想いは、どこにある……?
「……誰か一人とつきあって、他の関係は清算する。それが一番誠意ある、常識的な対応だと思う」
言うまでもないこと。
誠意、常識――けれどこれもまた、他人が見てどう思うか、という評価で。
「本音は?」
「誰か一人なんて選べない。みんな大切で、比べられるものじゃないから」
素直な答え。
決断こそ誠意であり、人として取るべき行動なのだろう。
けれど選ばなかった子は、どうなる? どんな思いをするだろう。
しかしそれだって、思い遣っているつもりの、身勝手な考え。
なにより最低だ。間違いなく。
結局のところ平となにが違うのか。
こんな答えを出す俺が。
(いや平より酷いな。全員に手を出してるんだし)
微妙な沈黙。
皆が皆、どこか困ったような顔をしていて。
やがて、
「はあー……」
大きな、深い溜息。
「どうかしてるわ」
やや吐き捨てるような夏の言い草が刺さる。
まったくもってそのとおりで――
「こんなこと言われても、あなたのこと憎み切れない私が、ね」
――否、
彼女が呆れていたのは、どうやら自分自身にらしく。
「他の女ならいざ知らず、あかりと実乃里と千雪だしね……むしろバラバラになるほうがなんか、今更って感じで」
とくに実乃里に対しては負い目もあるしね……
そんな風に溜息をつく夏。
それを受けてか実乃里、すこしだけ俺に近づくようにしてから。
「本音を言えばー、私だけで独り占めしたいよ……?」
拗ねるような、甘えるような上目遣い。
本心だとわかるからか、正直胸が痛むけれど。
「でもなっちゃんたちなら……まあしょうがないかなー? って。……そ、それとー、ね? 実際にずーっと二人っきりだと、いっぱいいっぱいになっちゃいそーな気もするし……っ」
今まさに、向き合っているうちに真っ赤になっていく実乃里。
独占欲を示しつつも、友達の存在も許容するという。
変な子だと思う。
あるいは俺が、変にしてしまったのか。
「わたしは、そもそも恋人同士になりたいという欲求そのものが薄い」
すすっと、近寄って言うのは千雪。
言葉どおり、顔色を変えず薄い色素のままの肌で。
「ただ、時々は遊んでほしいかなって。さいとーとは意外と趣味も合うようだし」
ねだるように見上げられる。
同い年なのにまるで年下のような、庇護欲そそる視線で、彼女は。
「それに――さいとー、お前はキャラ的においしすぎる。学校では地味メン、夜はバーテン、おまけに喧嘩もあっちも強いとか、それなんてオタクの妄想の権化?」
かと思えば、今度はやや興奮気味に。
なんかこれこそが本音のような。たぶん褒められているのだけど、あんまりそんな気がしないのは、なんなのか。
「見ていて興味が尽きない。だから、コンゴトモヨロシク……」
ともかく千雪も、現状を許容するのに否やはないらしい。
それから次は自分の番という感じで、あかりがこちらに。
「私も、斎藤君とどうしてもつきあいたい、って感じでもないかな」
あっ、嫌いってわけじゃないよ? むしろ今まで会った男子のなかでは一番……
言いかけて、わざとらしい咳払いでごまかす。
実際、彼女が一番俺に対してフラットではあると思う。
けどこの様子をみるにまるで興味なしというわけでも、存外ないのだろうか。
「――そ、そうじゃなくて、私はむしろみんなでがいいというかっ! 幼馴染の私でも見たことない、なっちゃんゆきちゃんのんちゃんの痴――じゃないや新たな一面! それを間近で見れる現状に、むしろ不満なんかないといいますか……!」
続く言葉に思いなおす。そういえばこの子が一番なんか危ういんだった。
見た目はただ普通に可愛らしいだけなんだけどなあ……ある意味俺よりも、規制も倫理もなんのそのというか。
「ともかく、大丈夫! です。まわりのことなんて気にしなくていい、と思いますっ」
胸の前で両拳を握って、言い切るあかり。
それからちょっと目を逸らして、
「私はその、たまに構ってもらえればはい、それで充分で……」
そんな風にもつけ加える。
夏たちの視線が集まっていた。ほんとこの子は……みたいな。
そうして、
「――と、まあこんな感じ。いろいろ思うところはあるし、正直どうなの? っていうのも本音ではあるんだけれど、私たちは現状を、あなたを受け入れるわ」
ひとつ咳払いをしてから、代表するように夏がそう締めくくる。
ついでにふと、悪戯っぽい表情を作って。
「というか今更離れようったって、そうはいかないんだから」
俺のほうを指差して、ウィンク。
……本当に、まったく。
この子たち仲が良すぎないだろうか。あと人が好すぎる。
愛想尽かされたって仕方ないことを俺はしているし、なかばそう振る舞っていたところもある。
そうして本当に愛想を尽かされ、責められ、詰られることで、
あるいは俺は、たんに許されようとしてたかもしれない。
かつて犯した過ちで、傷つけてしまった子たちの代わりに、今。
浅ましい願いだ。本当にそう思う。
そんな代償行為は彼女たちにも、そしてかつてのあの子たちにも失礼極まるというのに。
みんなは、あの子たちじゃない。
同時に思う。
どうやら思った以上に、俺はみんなに入れ込んでいるらしい。
あるいは俺のほうこそが、みんなのことを必要としていて――
参った。降参だ。
この子たちには、敵わない。
そう思った。
そもそも勝ち負けの話でもないんだろうけど。
「わかった。腹は括った」
だから俺は、諦めて諸手を挙げて言う。
「そういうことなら、もうこれ以上は言わない」
それでも、今だけなのだろう。
頭の中の冷静な部分では、そうも思う。
俺たちは学生で、まだ子供で。
これから待ち受けるだろう厳しい現実は、しかしいまだ実感を伴っては、よく知らなくて。
だからこんな、嘘のような、創作のような、
歪な関係でいてもいいかな、なんて思えてしまうのだろう。
それでも今のところは、俺たちはこのままで。
いつか終わるかもしれない、その時までは。
「あかり」
「はいっ」
「実乃里」
「はーい!」
「千雪」
「うむ」
「夏」
「……ええ」
あくまで俺にとっての、真心こめて、
一人ひとり、きちんと目を見てそれぞれの名を呼んで。
「――よろしく、これからも」
心からの笑顔とともに、俺はそう告げる。
花のような四つの笑顔を、その身に返されながら。
ここまでたくさんの評価、感想ありがとうございます。
あとは短いエピローグ、それといつものおまけで本作は完結となります。




