ようやくこれで終わったんだな
〈side:Natsu〉
部屋に入ってきた人たちを見て私、高根沢夏は安堵する。
一目で警察とわかる格好だったから。
こちらを気遣う声をかける彼ら。
それから少し遅れて、
「佐和さん、来たんだ」
「来たんだって、連絡くれたのはあなたでしょうが」
斎藤君の保護者であり雇い主、バーのマスターさん。
私服姿も格好いい彼女は、暢気そうな斎藤君の声を聞いてちょっと呆れた風に。
「マスター佐和にも連絡してたんだ、さいとー」
「まあね。俺だけでどうにかできるなんて、もともと思ってなかったし……」
千雪の声に応えながら、室内の様子に目を向けている彼。
そこでは気絶していた男たちが、わりと強引に引き起こされながらひっ捕らえられてもいて。
「ん、だよっ、オレらまだなんもしてねー――!」
「はいはい。そのへんも併せて詳しい事情は署で聴くから」
起き抜けのせいもあるのか、ろくな抵抗もできずに次々部屋から連れ出されていく男たち。
……けど、変ね。あいつらなにか警察にコネがあるとか言ってたはずだけど。
「こんな、無理矢理っ、――おまえんトコの署長が黙ってないぞっ?!」
「残念だろうがそのさらに上からのお達しなんでな。ついでにアレは近々署長じゃなくなるぞ? あーあまーた不祥事云々で世間様から叩かれる……まぁ今までアレの言いなりだった俺らに言えたことじゃねぇか……」
リーダーっぽい男の恫喝も聞き流すかのように、警察の人が。
えっとつまり、あいつのコネじゃどうにもならないレベルに話が大きくなったってこと?
「手、まわしてくれたんだね。正直一か八かなとこあったけど」
「それ、こっちの台詞。……はぁ、あとでどんな見返り要求されるか、今から恐いわ」
「あの、」
「うん?」
「要はその、マスターさんがなんとかしてくれた? みたいな……」
「私というか、古い友人にね。とはいえそう分の悪い賭けでもなかったわよ。哉のこと気に入ってるしねーあの子……」
聞けばなんだかすごい話が出てきたような。
出来る女はご友人まで出来る、かあ。こんな人になれたら素敵だけど……駄目だわ。たとえ彼女の歳まで年齢を重ねたとしても、こんな風になれるなんて到底思えない……。
(……ん? 待って、斎藤君がここに来て終始余裕そうだったのって)
ふと気づいて、つい睨むような視線を向ければ、
へらり、と。「ごめんねー」みたいな気の抜けた表情を。
……むかつく。黙ってたのもそうだけど、
今の顔見てちょっとかわいいと思ってしまった自分にこそ――!
「くっ、この――ってゆーか捕まえるんならアイツもだろ?! 僕たちを殴り倒したんだぞそこのソイツは!!」
部屋から連れ出される直前、リーダーの男が指さして声を荒げる。
指す先は当然というか、斎藤君。
「……」
またそんな、あなたは。
諦めたような、覚悟決めたような顔を――
思わず彼に詰め寄ろうとした、
「――あー、ほれ、そこも含めて、あらためて署のほうで聴くから」
「は、はぁっ!? ちょ、待てって――!」
その寸前。
しれっとそう言いつつ警察の人、再度男を引っぱっていく。
リーダーの男はなおも食い下がろうとするが、
「今から言うのはただの独り言なんだかな……」
ふと足を止めた警察の人。
「――さんざ法を犯してそれを好き勝手揉み消して、んでいざ手前ェの時だけ被害者ヅラで法に守ってもらおうなんざ、偉ぇ虫のいいハナシじゃねぇか。あ?」
「ひっ――」
男の胸倉を掴んで、凄む。
こわい。普通のおじさんっぽかった人が、急にヤクザものの絵面になっちゃって。
「第一、こんだけ集ってたった一人に全員伸された? ちと話が出来過ぎだろ。見ろそこの兄ちゃん、怪我ひとつねえ。ろくに抵抗もしなかったのか? まさかそっちのお嬢ちゃんたちが加勢したわけでもあるまいに」
「そっ、れは……!」
続く台詞は、言われてみればつい頷けてしまえそうな。
たしかに実際見た私にもいまだ信じられないところはある。1on1ではちょっとどんくさい印象すらあった彼が、あんなにあっさりと男たちを制圧できる? しかもここへ来る前にもあいつらの仲間を返り討ちにしたみたいなことも言ってたし。
なんとなく武術っぽい動きではあったけど。や、詳しくないから違うかもだけど……
「それでも手前らがやられたってなら、そう主張し続けりゃいい」
「だからっ、そう言って、」
「けど主張は双方から聴かにゃ、フェアじゃねえよな? 女の子を無理矢理手籠めにしてきた連中と、その被害に遭いそうだった子たちと助けに来た少年――さあてどっちの主張が聴くに値するもんやら……」
「あ……う……」
さらに続いた警察の人の言葉。リーダーの男もさすがに顔色を変える。
自分が仕出かしたことを再認識し、後悔する顔。
けどそれは反省というか、
「なんでもっと上手くやれなかったんだ?」みたいな。
そういう無念さに見えて、同情は湧かない。
まあもともとそんなものこれっぽっちもなかったとはいえ。
(なんだか偽証を促されているようにも聞こえるけど……)
(お言葉に甘えたら? あなただってすき好んで捕まりたいわけじゃないでしょう?)
小声でのやりとりが斎藤君とマスターさんのほうから聞こえてくる。
いいのかなあ、なんて顔の彼。
私もそう思うけど、気持ち的にはマスターさん寄りかな?
「ほら、君もしっかり立って」
「ぁ、う……?」
ふと見れば、
男たち同様連れ出されようとしているのは、公助。
……なんとも言えない気分。
もはや本当に腐れ縁とはいえ、昔からよく知るやつがまさか警察のご厄介にまでなるなんて。
ご両親――平のおじさんとおばさんが不憫でならない。いずれは家族に、なんて思いもあったろうから、私たちにも本当によくしてくれた人たちだったし。
あかりたちもまた、なんとも言えない複雑な表情。
きっと私も、みんなからはそう見えてるに違いない。
「あ……警察? 俺が、なんで……」
「連れてった男の仲間だろう? 君も。通報で事のあらましは聞いてるけど、詳しいとこはこれから詰めていかないとな」
「う、あ……」
呆然と声をもらす公助。
同情は、湧かないけど……
まったくなにも思うところがない、とはさすがに言えなくて。
なにがどうして、ここまで拗れてしまったのだろう。
あるいは、私がもっとなにかしてやれたのなら、あいつもこんなことには――
――考えても、詮無いことか。
賽はすでに投げられてしまっている。
そしてどんな理由があれど、投げたのは他でもない、公助で。
「う……」
横を通り過ぎる公助と、目が合う。
怯えたような目。仕出かしたことを思えば「いい気味だ」と感じてもいいはずだけど、
今、覚えたこの感情は、憐れみ。
視線を通じて、それが伝わったのかはわからないけど、
「……ぉ」
公助の、その形相が、
「まえ、が――ッ」
変わる。
「え?」
一瞬の出来事。
恨みがましい目つきの公助。
右手が懐、上着のポケットに突っこまれていて。
警官へとタックル。よろめかせて、
その隙に猛然と私のほうへ。
突き出した右手に、鈍い刃物の光。
「夏ッ!!」
けど次の瞬間、ドン、という衝撃で、よろめいて――
「――ッ」
「は、はは……っ」
それから目にしたのは、
公助の体当たりを受け止める姿勢の、斎藤君……?
見間違いで、ないのなら、
公助の突き出された右手は、彼の腹部に、深々と……
「いやあああああああああああッ!!!」
今まで聞いたことのない悲痛な悲鳴。実乃里の声。
出来ることなら私もそうした。
けど喉が引きつって、かすれた音しか出てこない。
刺された?
彼が?
怪我は? あるいは、
死――
「――往生際が、」
ふと、
「悪い!!」
「げえっ!?!」
やはりそれも一瞬のこと。
気づけばくるりと反転し、背中から床に強かに打ちつけられる公助。
やったのは他でもない、斎藤君。
あいつを両手で掴んだかと思えば、ああなってた。
相変わらず、なにをどうしているのかまるでわからなかったけど……
「――って、大丈夫なの斎藤君?! 怪我は、」
「あ、ああ、平気。ほら」
思わず彼に縋りつく。ほとんど食ってかかるみたいに。
それで面食らったような斎藤君だったけど、すぐに応じて上着をめくって、ってなにして――!
逸らそうとして逸らしきれなかった私の目が捉えたのは、
上着の下、お腹のあたりに仕込まれていた、雑誌……?
「万一にって思ってね。一応ほら、背中側にも」
「…………」
「とはいえ本当に刺しに来るとまでは思ってなかったけど。結果的に正解だったのは、いいことなのか悪い、」
「うわあああああああああああんっ!!!」
言いかけの台詞は、やはり今まで聞いたことない号泣で遮られた。実乃里だ。
思いっきり彼の背中に抱きついて、思いっきり顔をうずめている。
たぶんベッタベタね、あれ。涙とかその他とかで。
「ばかぁー、さいとうくん、ばかぁー! っ……あぶないの、だめぇー……!」
「無茶、しすぎ。もっと自分を、大事にすべき」
「ほんとだよっ! 心臓、止まるかと思った。こういうスリルは、まっぴらだよ……」
見れば千雪とあかりも斎藤君へと近づいて、縋るように寄り添っている。
出遅れた……なんて思うような場面じゃないけれど。
思えば彼が動いてくれなかったら私、刺されてたのよね。
公助に。
「……え゛っほ、ごっほッ」
床を見下ろせば、蛙みたいにひっくり返って咳きこむあいつ。
気絶は、しなかったみたいね。あるいは彼がさせなかったのかしら。
嫌気から嫌悪、無関心を通じて、軽蔑。
……そして今は、正直ちょっと気味が悪い。いくらなんでもここまでする? 他人を刺そうとするほど恨みを募らせる人間が、ごく身近にいたという事実に、今更ながらに身が竦むような思い。
「高根沢さんは、大丈夫?」
ふと、
体の深いところに沁み入るような、低い声。
「俺も見込みが甘かった。ここまで危ない目に遭わせるのなら、本当にはじめから全部無視してれば……」
「いい、わよ。平気……でもないけど、そもそもみんなで同意したことなんだし、だから、言いっこなし。ね?」
応じるうちに、心のさざ波が凪いでいくような感覚。
本当にあなたはどこまでも……私たちに、甘い。
甘すぎて、どろどろの、ぐずぐずに、溶けるように。
「そっか。それでも、ごめん。ちゃんと守れなくて」
「いいえ、守ってくれました。だからね――ありがとう。格好よかったわよ」
「……うん。どういたしまして」
努めて、しっかり者の高根沢夏として、まっさきに言うべきだったことを言う。
すこし目を逸らす彼。……ひょっとして、照れてる? かなりレアな表情。
ここは、もう少し突っこんでみようかしら。
「ところで、」
「?」
「また『高根沢さん』なの? さっきは『夏』って呼んでくれたのに」
「あ、あー……」
悪戯っぽい表情を作って、訊ねれば。
今度は反対方向へ目を逸らして。
思えば気になっていたことでもある。
この男、女の子を下の名前で呼ぶことに抵抗を覚えるような性質じゃないはず。
思うに、あえてそうして距離を取っていたのではないか。
おそらくは過去の出来事に起因して。
「……」
じっと、見つめる。
戸惑うような顔を、そうしているのは楽しいというのもあるけど、
有無なんて、言わせない。
それを視線にこめるように。
「……あー」
やがてひとつ、根負けしたように声を上げた彼は、
「わかった、夏。今からそう呼ぶ」
困ったように、そう微笑んだ。
「よろしい。私も、哉でいいかしら」
「いいけど……名前っぽくないんだよねえ、我ながら。あまりにも奇蹄目というか」
「あ、やっぱり自分でもそういう認識なんだ」
こちらもそう言って笑みを返す。
平然を装ってるけど、全然鼓動が鎮まらない。
たかだか名前呼び。しかも苗字の前半と同じ音だというのに。
我ながら、というなら、
ちょっと初心すぎないだろうか、私。でもだからこそこんな男に引っかかったとも、
「むう~~~~~っ!」
唸り声。
背中から哉を見上げる実乃里のもの。
ぷくーっ! と、思いっきり頬を膨らませて。ともすれば不細工になりかねないのに、むしろ可愛さが増しているのが、我が幼馴染ながら恐ろしいというか。
「なっちゃんだけずるいー! 私もー、その、苗字じゃなくてー、ね……?」
言ってるうちに気恥ずかしくなったのか、だんだん小声になり俯いてしまう実乃里。
それでもしっかり抱きついたままなのがまた……
「わたしも、わたしも。この際だから、遠慮せずに」
「私も、『あかり』でいいよ? ……あれ? でも前から時々呼ばれてたような、――っ!」
千雪も便乗してせがむように。
そしてあかり。ひとつ思い至ったようにしてから、咄嗟に口をつぐむ。
……じつのところ私も、哉に名前で呼ばれるのはこれが初めてというわけでもなかったり。
いつ? それはもう、他人には言えない秘め事の時に。
(いよいよ、って時に不意打ち気味に耳元でぼそっとね……ほんとタチが悪いわ……)
べつに嫌じゃなくてむしろ真逆も真逆なんだけど、だからこそ本当に……という。
見れば実乃里も千雪も顔が赤い。やっぱり全員にやってやがったなこの男。
「えっと、まあ、気を取り直して」
ごほん、と哉。どの口が、とも思うけど。
「あかり」
「! はいっ」
「千雪」
「っ……ん」
「……実乃里」
「~~♡♡♡」
黙って彼が名前を呼ぶのを、見守る。
あーもう、みんな乙女の顔になっちゃってまあ……
私もああだったかも、と思うとこの場で身悶えしてしまいそうだけど。
ふと見れば警察の人、なんともいえない表情をしている。
なんなんだこの子たち、とか、なんなんだこの野郎、とかそんな感じだろうか。
正直私が聞きたいくらいではある。
私たちってなんなんだろう。
恋人同士では間違いなく、ない。
友達……? が結局一番近いのかな。
もうひとつ、ある略称も思いついたけど……あまり口にしたくはないなあ。本当に、そのものズバリなんだけど。
およそ深く考えだすとド壺にはまりそうなので、意識するのも、ほどほどに。
「…………」
その警察の人に引き起こされて、連れられようとしている公助も目に入る。
土気色の顔。ドン底にいるような目。
私たちを見ているようで、その目にはなにも映していないようにも見える。
これまでの騒ぎが嘘だったかのように、だんまりと、無抵抗で連れ出されていって。
(なんというか……)
ようやくこれで終わったんだな、と。
この時の私には、ただそんな気持ちだけがあった。




