お前の幼馴染、最高だよ
ややあって、ガチャ、と。
開いたのは俺も入ってきたドアとは反対、壁のほうに隠されていたらしい扉。
前に倒れていた男を押し退けるようにして、
「……斎藤、哉ィ――!」
現れたのは案の定、平公助くん。
いやもう“くん”付けはいらないか。
俺の名を呼ぶ平は、声も表情もこれでもかというほど忌々しげに。
「よかった。安い挑発だったけど、ちゃんと乗ってくれたみたいだね」
「ッ、テメ、」
「そのままこっそり逃げるんじゃないか、とも思ってたけど。女の子を襲うのに他人を使って、自分は安全圏から覗き見するようなやつだし」
「……ッ……!」
そんな平をさらに煽る。その顔はますます真っ赤に。
怒り心頭、ってところだろうが、
生憎、憤りならこちらだって負けていない。
顔に出さないよう、平静を装うのに難儀するほどだ。
こちらの怒りを悟らせないのは、この手合いにはそのほうが効きそうだから。
「……言わせておきゃあ、いい加減に、」
「いい加減にするのはお前だよ、平」
顔には出さない。
その代わり怒りは精一杯に、視線に込める。
射竦めるように。
好き勝手喋らせないためにも。
「いい加減に、謝れ平」
「誰がッ――」
「俺に、じゃない。彼女たちに、だ。自分がどれだけ酷いことしようとしてたか、わかってないのか? お前」
正直こんなやつの顔など、彼女たちだって見たくないだろう。
それでもわざわざわかりやすく煽ってまでこの場に出て来させた理由。
けじめは、つけさせるべきだと思ったから。
一度見やった彼女たちは、すこし複雑そうな顔。
余計なお世話、だったかな、やっぱり。
「……酷い、ときたか」
不意に、せせら笑うような呟き。
「く、くくっ、酷えのはどっちだ、っつー話だよなあ……? テメエらこそ、テメエがなにしたかちゃんとわかってんのか? わかってねーだろぉなあ、ククッ、ククク……」
否、実際笑いながら平は言葉を続ける。
俯きがちだった顔を上げ、くわっと両目を見開き、
「――そもそもテメエらが! 俺を裏切ったんだろぉが! 俺の気持ちを知ってるくせに、それを踏み躙ってンなビミョーな男に靡きやがってッ!」
「なっ――!」
がなり立てる。
声を上げたのは高根沢嬢だけど、見れば四人ともちょっと気色ばんでいる。
……ひょっとして『ビミョーな男』に反感を? だとしたら満更でもない、けど。
「テメエらは“俺の”ヒロインだろお?! 俺のモンになるのが必然だろーがッ! そんなどーでもいいモブに引っかかってんじゃ、」
「――いい加減にしてっ!!!」
キィン、と。
耳鳴りがするほどの、悲鳴に近い叫び。
「…………っ!」
日永嬢のものだった。
いつも朗らかな彼女にはおよそ似つかわしくない、怒りもあらわな目つき。
俺もさすがに度肝を抜かれる。
「斎藤くんを悪く言わないでっ! 私の大切な、初恋のひとをっ、――なんできみなんかに悪く言われなくちゃならないの……っ……!」
怒りだけじゃない。
叫んだときから滲ませていた涙が、いまやぽろぽろとこぼれ続けている。
俺のために怒り、そして傷ついてくれている。
正直今すぐ抱きしめに行きたいけど、どう動くかわからない平を牽制していなければならず。
代わりにでもないだろうけど、傍らの桃枝嬢と小井嬢が彼女を気遣ってくれている。
「……前にも言ったわよね、公助」
一人、一歩前に出ていた高根沢嬢が静かに告げる。
「私はもう、あんたに特別な感情なんかない。実乃里たちに至っては始めからそう。なによりどんな想いがあろうと、なかろうと――
――私たちは、あんたのモノなんかじゃない。
物語とか、あんたが好きなのは知ってるけど……現実とは切り離して楽しみなさいよ。あんたの妄想に、私たちを巻きこまないで」
淡々と、
しかし噛んで含めるように。
クールに見えて感情豊かな彼女が、それを押し殺し丁寧に忠告してあげている。
律義さと誠実さ。心を打つに余りある、彼女の魅力。
「妄想も、悪いばかりじゃない」
日永嬢から一度離れ、平のほうに向きなおったのは小井嬢。
「オタクが愛する創作だって、素晴らしい作者様方の妄想から生まれる。けどなつの言うとおり、現実との混同は論外。現実と無関係だからこそ創作は素晴らしい、とも言えるのだから」
彼女には芯がある。自分の好きなものへの真摯さという芯が。
だからこそ惹かれるのだろうか。
俺にはない、確たるものを持つその姿勢に。
「――さておき、仮に現実との混同をよしとしても、」
こてり、と首を傾げる小井嬢は、
「わたしたちがおまえのヒロインなんて、どこをどう解釈してそうなったの? オタクのくせに、ちょっと読み込みが足りないんじゃない?」
一方で容赦はない。それは芯の強さにも由来するのだろうけれど。
「えっと、その」
おずおずと、桃枝嬢もまた平のほうへと向きなおり。
「公助君の気持ち、気づいてなかったとは言わないよ。私だけじゃなくてたぶん、みんなも……」
気弱で控えめ――かつて彼女に抱いていたのはそんな印象。
けど案外行動力があって、とくにここ最近は積極性も増している。
自分の影響もすこしはあると、そう考えるのは自惚れだろうか。
「でも気づいたからには応えなきゃ――って話でもない、よね? その、それとなくアピールもしてたのも知ってたよ? でも具体的な行動はなにも……あっ、セクハラとかは結構頻繁にあったけど、あれはやめて欲しかったな。あまり気持ちのいいものでもないし……」
ついでに彼女、ある意味小井嬢より容赦がない。
逢瀬の最中も思うけど……じつはわりと、いやかなりS寄りなんじゃなかろうか。
「…………」
俯きがちに押し黙る平。
さすがに応えた、ってところだろうか。俺がとやかく言うより、彼女たちの言葉のほうがよほど効き目があるということか。
今度こそ一件落着かな? これで彼もようやく自身の行いを省みて――
「ごちゃごちゃうるっせえな……ッ!」
――どうやら、
俺はまだこの男を、ある意味で見くびっていたようだった。
「なにを言おうが結局おまえら全員ヤリチンにほいほい股開いた尻軽じゃねーか!! くどくどエラそうに俺に説教垂れてんじゃねーぞ中古どもがぁ!!」
聞くに堪えない、罵詈雑言。
浴びせられた彼女たちの絶句する気配。
その反応を、表情を、見やって確認するのさえ辛い。
「ぎゃあぎゃあ吠えてんじゃねえよ、新品」
だから俺から罵倒を返した。
いや、本当は理由なんて二の次で、
俺が、言い返さずにはいられなかっただけ。
「あ゛っ……?!」
「あれ、違ったか? 違わないよな一挙一動に至るまで童貞臭いし、お前」
顔どころか目まで充血で赤い平へ、
さらに挑発を重ねる。反応を見るにこれも図星か、やはり。
「長いつき合い、チャンスはいくらでもあっただろうに。いざ手遅れになった途端、全部他人のせいか。なんの行動も起こさずに、チャンスをことごとくふいにしたのは他でもないお前だろうが」
一度口をついて出れば、すらすらと。
見下げ果てるような目で、馬鹿にしきったような声で。
それほど意識せずとも自然と、思ったままの振る舞いでもあったけど。
半分ちょっとは、わざと。
案の定、平も殴りかからんばかりに身震いしはじめ、
「テッ、メエ、てめえがっ、」
「また他人のせいか。それでこの前みたいに当たり散らすか? もっとも結果は同じだぞ? お前のヘボい拳なんざ、一発たりとも当たってやる気なんかない」
駄目押しのように煽れば、
「……――ッ!!」
とうとう平が殴りかかってくる。
先程までのここでの展開を見ていたのなら、あるいはびびって二の足を踏むかとも思ったが、
「ああ、同じじゃないな」
なんであれ、単純で助かる。
「今度こそ俺も、容赦しない」
以前のように避けたりはしない。
馬鹿正直に繰り出された拳をいなし、
がら空きになった胴体へ、軽く拳を三発。
「ごっ、ぉ゛……っ?!」
膝を折り、蹲って呻く平。
たいして力は入れていない。怪我させるのが目的ではないから。
ただし的確に急所(金的ではない)を突かせてもらったし、苦痛でしばらくは立ち上がれないだろう。
先の男たちは無力化優先。全員一発で伸させてもらったけど、
こいつの場合は別。痛みも苦しみも感じないままに、気を失わせなんかしない。
「弱いなあ、お前」
「……!」
「なんか勘違いしてるみたいだからあえて言うけど、お前、そんなケンカ強くないよ。俺のとこに来た男らのほうがずっと手強かった。そこに倒れてるやつらで……まあどっこいどっこい?」
「っ……ッ」
しゃがみ込んで視線を合わせ、神経を逆なでるように。
意地の悪い言いかただなあ、と普段なら思うしわざわざすることもないけど、
やはり今は別。それだけ辟易したってことで。
「さっきの、ここでのこと覗き見してたくせに、のこのこ出てきて返り討ち……自分の身のほど、よっぽど客観視できないみたいだなお前は。もっともそれが出来てたら、」
一度外した視線を、彼女たちのほうに。
一様に微妙な表情。なにを思うのか、あえて深くは考えずまた視線を戻して。
「彼女たちとも、もっと上手くやれてただろうけど。結局お前は、お前自身の行いのせいで愛想尽かされたんだよ。俺のせいでも、彼女たちのせいでもなく、な」
本当は俺も原因のひとつだという自覚あるけど。
それでも断じる。万にひとつでも、こいつに他責の隙を与えないためにも。
さて、さすがにこれだけ言えばへし折れる、
「……ちゃ、ごちゃとッ」
と、思ったんだけど。
「るせんだよ、だから。モブのぶんざいで、おれに、たてついて……っ」
顔を苦悶に歪めながらも、いまだにこんなことを言う平。
ううん……ここまで来ると逆に天晴れ、なのか? たんにあっぱらぱーかもしれないけど。
(あんまり気が進まないけど……)
かくなる上は最後の手段か。
本当は許可を求めたほうがいいんだろうけど、その暇もないし――
「――小井さんはさ、」
「……?」
顔を近づけ、すこし声を潜めるようにして、
告げる。
「結構甘えたがりだよね。だっことか膝に乗ったりとか、わりと好きみたいで」
ビシッ、と、
罅でも入ったかのような、これまでで一番の平の変化。
「ッ?!?」
ついでにちらりと見やった小井嬢の様子も激変。
色素の薄い顔がたちまち真っ赤に。表情そのものの変化が乏しいのは気質からか、あるいはあまりに唐突な話題の転換に反応しきれていないからか。
「体位もそういうのが好きなんだろうね。まああのとおり軽いから負担とか全然ないんだけど……そのせいでやり過ぎちゃうのはちょっと反省かな。でも求められたら応えないわけにもいかないし……」
「あ……ぁ゛?」
痙攣でもするかのように、平の手足が震えはじめる。
それに構うことなく、
「日永さんは、普段はあまり自分からは近づいてこないね。恥ずかしがり、なんだろうけど」
「~~~っ!!?」
平から視線を外して、一瞬で茹で上がったような日永嬢を見やる。
彼女にも「ごめんね」と視線で謝罪しつつ。
「けどそういう空気になった時、一番くっついてくるのは彼女だね。まるで触れてないところがちょっとでもあるのを嫌がるみたいに。まあ気持ちいいし不満はない、どころかむしろ嬉しいし大歓迎なんだけど」
「ぁ、が……っ」
言い聞かせるように告げるのは、俺しか知らない彼女たちのこと。
頭を抱えだす平。もちろんこれだけで容赦するつもりもなく。
「桃枝さんは……なんというか、好奇心旺盛だよね意外と」
「ふあっ?!」
「結構いろんなことに挑戦したがるというか。今のとこ、そこまで倒錯的な要求がないのは救いかな。もちろん俺も、出来る限りは応えようと思ってるけど」
「や゛、めろっ……」
可愛い悲鳴みたいな声が桃枝嬢のほうから上がる。
一方で平、まるで助けを求めるかのように伸ばしかけた手を戦慄かせている。
ここで一度、視線を外して。
「……はぁ」
顔を赤らめつつも、諦めたように溜息ひとつつく高根沢嬢を見やる。
思うところはあるけれど、今は黙っていてあげる――そう受け取って、あらためて続ける。
「高根沢さんは、なんだかんだ乙女だよね」
「ぶっ!」
「いつまでも初々しい反応で、普段のしっかりした印象とのギャップがいい。ついつい興が乗って俺からも歯が浮くようなこと言い聞かせちゃうんだけど……思い返すと恥ずかしいねわりと」
「恥ずかしいのはこっち……っ」
乙女らしからぬ吹き出し音が聞こえる。
黙認してくれたとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。
赤面のまま睨むような目つきの高根沢嬢。
羞恥に打ち震える他の子たちも合わせて、後で必ずなにかお詫びをしようと心に決めつつ。
「まあ、なにが言いたいのかというとな、平」
「が、ぁが……?」
「――お前の幼馴染、最高だよ。今までぐずぐずしててくれてありがとうな、甲斐性なし」
ぼそりと、言い放つ。
それが止めとなったかのように、
「あ゛っ!?!」
奇声を上げ、平が突っ伏す。
尻だけ突き上げたような姿勢で床にうつ伏せ……気絶した?
かすかに痙攣しているようにも見えるけど。
「さすがにこれで一件落着、か」
立ち上がってひとつ呟く。
なんともいえない徒労感。見れば彼女たちも似たような、若干白けた顔をしていて。
ふとそこで、部屋の外から複数人が近づいてくる物音が届き――




