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警察はここに来ない

 口調は、あくまで穏やか。

 だけど表情には普段の、私たちに向けるような甘さが一切ない。

 それこそ学校での斎藤君しか知らない人からしたら、まるで別人に見えるはず。


「……来ていきなりご挨拶だね、斎藤君? だっけ。『うん構わないよ』と素直に了承すると思う? というか……」


 けどそれすら知らない、この場のリーダー? らしき男からしたら思うところなどないようで。

 若干面食らってはいるようだけど、次第に落ち着きを取り戻すかのように。


「僕の友達を殴り倒した、よね? それ。あーあーさすがにそれはないんじゃない? キミも言うように、僕ら彼女たちにはまだなにもしてないんだけど?」


 いけしゃあしゃあと宣う男。


「なにもしない男は、女の子が入ってるカラオケ部屋にわざわざ押しかけたりしない」


 しかし斎藤君は淡々とそう言い返して。

 ほんとそのとおりだと思う。男のほうも図星だったからか、ぐ、と言葉に詰まっている。


「それに、俺のとこに来たあんたらのお友達(・・・)。言ってたよ? 自分からべらべらと。彼女たちを好き放題いたぶるのを、どれだけ楽しみにしているかを」


 斎藤君のところにも、やはりこいつらの仲間が来たようだった。

 自分を狙いやすいように、あるいは私たちになにかあった時すぐ駆けつけられるように。

 彼は今日、ここに近い人通りのあるところをそれとなくうろついてみると言っていた。

 その目論見は上手くいった、といえるのだろうけど……


(……あれ?)


 ふと気づく。

 斎藤君のところに来たというこいつらの仲間は、今どこに?

 逃げて、振り切ってきた?

 それとも……


「ところであんたら、悠長にしてていいの? 俺が無策で、一人で来たと思ってる?」

「……と、いうと?」

「警察にはすでに連絡済み。まあ捕まってくれたほうがありがたいから、こちらとしてはそのまま逃げずにのんびりしてて欲しいところだけども」


 しれっと、斎藤君はまたつけ加えるように。

 やけに落ち着いてると思ったら、こういうところはそつがない……


 ――安堵しかけたところで、


「く、クク……ッ」


 愉快そうな笑いが、


「クッ、クハハハハ! アハハ、アハハハハハハハッ――!」


 不愉快に響く。

 見れば室内の他の男たちも、同じような笑い声を上げていて。


「ハハッ、ハ……クク、そっかそっか。ずいぶん自信満々に乗りこんできたと思ったら、そうか警察にねぇ……どうしよー、捕まっちゃうのかなぁ僕たちー! アハハ」


 男の言い草に、仲間がさらに馬鹿笑いを深める。

 虚を衝かれたような斎藤君も、これにはさすがに徐々に訝る様子を見せて。


「残念だけど、これでも僕ら警察の覚え(・・)がよくてねぇ……ククッ、ちょっとしたお茶目(・・・)くらいならお目こぼししてもらえるのさ。いやぁなんというかさ、結局人間って生まれがすべてだよねやっぱり。いや、ある意味自然界と同じなのかな? ……食う側と食われる側。立場が逆転することは一生、ない」


 得意気に語る男。

 悍ましいとか、腹が立つとか、そういう気持ちもあるけれど、

 なんだか憐れね、ともふと思う。

 顔立ちはそれなりに整っていて、服装にもたしかに高級感はある。

 けれども男として、いえ、

 人として、たかが知れてるというか。

 こんなかたちでなければ、間違いなく関わろうとすら思わなかった。


「つまるところ、通報は無駄だと?」


 ふと、

 いやに冷静な声は、斎藤君のもの。


「ま、そういうこと。理解した? 自分のマヌケさを」

「警察はここに来ない、ということでいい?」

「クドいねキミも。そうだよ残念だった、」


 ぞんざいな態度で男が答えかけた、

 その瞬間。


 轟、と。

 獣じみた勢いで、


「が……っ」


 斎藤君が動いた。


 かと思った時にはすでに、私たちの座るソファの脇に立っていた男が、ひっくり返っている。

 どすん、と床に打ち据えられ、

 それきり動かなくなる。


 ……ていうか、なに? 今の。

 投げた……?


 そばで見ていたはずなのに、

 斎藤君がなにをしたのか、よくわからなかった。

 というか理解が及ぶ間もなく、展開は瞬く間、かつ一方的で――


「な、な……?」


 気づけば室内で立っているのは斎藤君だけ。

 戦慄き声をかすかにもらすリーダーの男。


「さて、」

「ヒッ……!」


 ソファの脇、退路を塞ぐように斎藤君が立つ。

 見下ろされた男もさすがに身震い。今の彼、私からしてもちょっと迫力あるし……


「警察が来ないってことは、いざって時に助けも呼べない。そういうことだよね」

「あ、う……っ」

「もっとも、大方これまでその必要もなかったんだろうけど。ケンカ自慢を集めてたみたいだし、やり返されるなんて想像もしてなかった、ってとこかな?」


 というか彼、運動苦手だったんじゃ? 女子に、私に負けるくらいだし。

 演技? ……には、見えなかったけど。

 スポーツ――球技だけが苦手とか? そんなことある?


「ぼっ、ぼくらにこんなことして、た、タダで済むと、」

「思わない。あんたらが訴え出れば、立場が危ういのは俺のほうだろうね。で、だ――どのみち実刑食らうなら、いっそ徹底的にやって(・・・・・・・)しまおうか、と……」

「!?」

「……もし俺がそう考えていたら、どうする?」


 これまでのやりとりでもほのめかしていた、男が持つのだろうなんらかのコネ。

 それをまたチラつかせてくるが、

 ものともしないどころか、斎藤君は笑みすら見せる。

 あたかも脅し返すかのような、余裕。

 いや、むしろこれは――


「馬鹿なことしてる自覚くらいあるよ。べつに暴れたりしなくても、無理矢理みんなだけ逃がすことだってできた。それでもそうしなかったのは、」

「……っ」


「さすがに俺も、むかついたから」


 狂気。

 今初めて、斎藤君を本当に恐いと思った。


 あかりか、実乃里か、隣で震える気配も伝わる。

 あるいは震えているのは……私?


 傍から見ている私たちでさえ恐いのだ。

 間近に、真正面から彼の怒気を受けている、男の恐怖は如何ばかりか……


「俺に痛い目見せるだけだってのならね。適当に相手してなあなあで済ますくらいにしておいたのに……女の子をさあ、無理矢理にとか。やっていいこと、悪いこと。それくらい分別つくと思ってたんだけどねえ、彼も(・・)


 一度顔を上げ、最後のほうは独り言のように呟く斎藤君。

 その間、どうにか逃げ出そうというのか、ソファの上でじりじりと尻込みしていく男。


「まあ、つまりは」

「ッ?!」


 逃がすまい、と。

 再び猛然と動いた斎藤君は、いつのまにか男の胸倉を掴んで締め上げている。

 相変わらず、どうしてそんなことが一瞬で出来るのか、まったくわからないけど……


「あんたも直接、思いっきりぶっ飛ばしたいんだよ、俺は」

「ぐ、や、めっ」

「その様子じゃ他人にぶたれたことなんてないだろう、あんた。いい記念なんじゃない? ――まあうっかり勢い余って、これが一生一度(・・・・)になっちゃうかもだけど――」

「ちょっと!?」


 思わず立ち上がって手を伸ばす。

 もしかして斎藤君、本当に見境ついてない?

 それだけは駄目! 彼にそんな、取り返しのつかないことさせるわけには――


「なんてね」

「ガッハ! ――……」


 くるりと投げ飛ばされ、男は床に強かに打ちつけられる。

 それきり、動かない。

 白目を剥いて……虫の息。

 つまりかろうじてだけど、呼吸はあるようで……



   ●



「ふう……あらためて、みんな無事? ごめんね、怖がらせちゃったよね」


 軽く息を吐き服装を整えて、

 なるべくいつもの調子で、俺は彼女たちへと声をかける。


 反応はない。というか、言葉もない様子。

 まあ、引かれて当然か。いくら腹に据えかねたからって、目の前で暴力を振るわれるのはやはりいい気分しないだろう。女の子なら、なおさら。

 嫌われても仕方ない、けど、

 さすがにすこし、いやかなり寂しくはある、かな。


「いや、恐いっていうか……」


 などと思っているところへ、高根沢嬢の声。

 友達同士、お互い顔を見合わせてから、


「びっくり、だよ。ただただ……」

「てかずるい。さすがにそれはずるいよ、さいとー」

「…………」


 まず言葉を引き継ぐように桃枝嬢。小井嬢の『ずるい』はよくわからないけど……

 日永嬢は引き続き無反応。視線がこちらに固定されたままで。


 というか、あんまり不評な感じはない……?

 むしろ好印象――はさすがに言い過ぎかな。


「なんにせよ助けてくれた、そうよね? 斎藤君。ならまずなによりお礼、言わなくちゃね。――ありがとう」

「お礼なんてそんな……そもそもが避けられた事態だったわけだし」


 ここばかりは本当に反省すべき点。

 怪しいと感じた時点でカラオケ店(こんなとこ)になんか行かせるべきじゃなかった。

 ここまで露骨かついかにもな輩が出てくるとまでは思っていなかったにせよ……

 無視こそ最善手だった。間違いなく。

 それでもあえて危険を冒させた、冒させてしまったのは、

 先程言ったとおりだ。直にぶっ飛ばしたかった。ぶっ飛ばしたいと、思ってしまった。

 後顧の憂いを断つ、みたいな言い訳も立つにはせよ、

 こちらの勝手で危ない目に遭わせた事実は変わりようもなく。


「それでもありがとうだよ、斎藤君っ」

「ん。良いものが見れたという意味でも」

「……」


 にもかかわらず、

 こんな俺に、桃枝嬢も小井嬢も感謝してくれる。

 日永嬢は相変わらず静かだけど、やや遅れてぺこりと。……大丈夫かな。

 とりあえず、思ったよりショック受けたりはしてなさそうで、そこは安心していいのかも。


「ならえっと、どういたしましてってことで。あとはこのままおとなしく帰れば、それでこの場は一件落着――」


 ――なんだけれど、


「ごめん。もうひとつだけいいかな? どうもやっぱり捨て置けないというか」

「……?」


 足を止め、ある場所へ目を向ける。

 それに訝る四人も、俺の視線の先を認めて思い至った様子に。

 室内にひとつだけある、監視カメラ。


「――見てるんだろう? ビビッてないで出て来いよ、腰抜け」


 普段ならまず言わない、露骨な挑発。

 効果があるのか。そもそも()は本当にカメラの向こうにいるのか。

 確証はないけど、おそらく――

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― 新着の感想 ―
普通に考えたらビビって逃げ出しそうなもんだけど >平 何か、半グレどもぐらいなら勝てるとか言ってたからな…… 本気なのか勘違いなのか知らんけど、小心者のイキリでなければノコノコ出てきそう。
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