勘違いしていた
今日から投稿ちょっと遅れるかもです。
とはいえ、あとすこしでこのお話も終わりますが。
〈side:Taira〉
勘違いしていた。
身の程知らずの小物を成敗し、
気の毒にも誑かされているあいつらの曇った目を覚まさせ、取り戻す――
今回の一連のいざこざはそういった、
俺とあいつらの仲がより深まるための、いわゆるイベントの一環だと、そう捉えていた。
だが違った。
ハナから手遅れだった。
あいつらはすでに汚されていた。否、
汚れていた。
騙されたのでなく、
奪われたのでなく、
あいつらは自ら体を、あの野郎に差し出していた。
自らの、意思で。
なんのことはない。
あいつらの目は曇っているどころか、
はじめから濁っていたのだ。
裏切られた。
信じていたのに。
然るべき時まで――そう、つまり俺と添い遂げるまで、
あいつらはいつまでも純真で、純潔だと。
頭も股もゆるいそこらのくだらない女とは一線を画した存在だと、
そう、信じていたというのに……!
「――結局、ヒロインっつー器じゃなかったのかもな、あいつら。しょーもない場面で、しょーもない野郎相手にして、中古女に成り下がっちまいやがった」
嘆きの声は灰色の空に、溶けて消えるように。
座りこんだ俺の呟き。
現在昼休み。いつもの中庭のベンチでなく、人目につかない体育倉庫裏。
「そっか食われちまったかー。しっかしあのコらがねぇ……」
「う、うぅ、うそだ……ゆきたん、ちゆきたんがひ、ひしょ、――っ」
意外そうに、そして残念そうにぼやくフジワラと、さめざめと男泣きするゲンさん。
友人同士並んで座りこむ。
いつもの面子で集まったのは、愚痴らずにいられなかったってのもあるが。
あの、ナツとあの野郎との、最低のクソイベがあった後。
俺は他の幼馴染三人も、個別に呼び出して問い詰めていた。
三人ともが、はっきり肯定も否定もしなかったが――
『――えっ?! そ、れは、その……っ』
『なーんでそんなことー、公助君に教えなきゃいけないのかなー……?』
『野暮。普通聞く? そういうこと』
態度で丸わかりだった。何年つき合いがあると思ってやがる。
腹立たしいのはあいつらの様子。それはナツにも通じることだが、
ほんのり赤面。恥じらい、けど満更でもなさそうな表情。
あのメスまる出しの反応が、
俺でなくあのクソ野郎に向けられた感情だと、思い返すたびハラワタが煮え繰り返る。
「んで? どーすんのよ平ちゃん。いっちょ奮起して取り返しちゃう? 奪われたら奪い返す、奪いバイ返しだーッ! なんつって」
「いや、」
気を遣ってか、あえておどけた風にそんなことを言うフジワラ。
だが俺は一度首を振って、
「もういいよ、幼馴染は。なんつーかもう、冷めたわ。つーか他の野郎が突っこんだ穴なんて気持ち悪ーし」
断じる。自分でも驚くほど白けた声だった。
あー、楽しみにしてたんだけどなあ。
昔からよく知る幼馴染。しかもとびきりの美少女の、初物。
金を積んでも徳を積んでも、得ようと思って得られるもんじゃないSSR級の秘宝――
頂くに至るまでのシチュエーションを何十通りもシミュレートし、夢想してきただろう。
だがそれらもすべて水の泡。
然るべきイベント、最高のタイミング――待ち構えていたその瞬間が来る前に、
なんの縁も伏線もないぽっと出の間男が、すべてを掻っ攫っていった。
掻っ攫われるほうも掻っ攫われるほうだ。
俺という、縁も深くつき合いも長い幼馴染がありながら、
あんな軽そうな、イケメンっぽい雰囲気だけの男に、あっさりと股を開くのだから。
だが、
いやだからこそ、か。
今更奪い返す気になどさらさらなれない。
なんつーか、もしかしたらこれが“もう遅い”っつー気分なのかもな。
百年の恋も冷めるってやつ。口にも出たが、“中古”ってのがなにより痛い。俺はあらゆるコンテンツには新品で触れたいタイプのオタクなんだ。他人が使ったってだけでぞわぞわと怖気が走る。
まあ、しかし、
“中古”も“中古”で需要があること自体、否定する気はないが。
「……だから、あいつらはもうお前に、いや、お前らにやるよ、フジワラ」
「お?」
投げやりに、そう決めた。
話を振られた当のフジワラは意外そうな顔で。
「いいのん?」
「不満か?」
「いやいや、まさかまさか。オレはべつに平ちゃんほどこだわりないし。先輩とかは『むしろ処女はめんどくせー』って言ってたしな。泣くわ痛がるわでうぜーとかなんとか」
我ながらわりと鬼畜な提案を、しかし平然と受け入れてしまうフジワラもフジワラだ。
見た目はいかにも三下のチンピラめいているが、
これでじつはかなりヤバい側に属する不良なのだ、こいつは。
「けどしっかし、うはー! おこぼれに与れりゃ儲けもんくれーのつもりだったが、まさか丸ごとねェ……よっ! 平ちゃん太っ腹!」
「べつに。俺はただもう、なにもしねーってだけだ。あいつらがヤカラに襲われようが、守ってやる義理はもう、ねえ」
いや、ヤバいのは正確にはこいつの所属が、か。
そいつらがじつは以前からナツたちに目をつけていて、
けど俺とフジワラが防波堤になってたからこそ、今まで手を出されずに済んでいたのだ、など、
それこそあいつらは知りもしないんだろうが。
「ぐふふ、図らずも四人からよりどりみどり……迷うなーいややっぱたわわちゃん一択か? あ! なんならゲンさんちゃんも交ざる?」
「えっ!? お、おお俺氏?! ……よろしいので?」
「おーモチのロン! オレが口利きゃ先輩らも無下にゃしねーし。……気になってんだろー? あのちびぺったんの子がよォー?」
「ち、ちゆき、ちゆきたんと、せっっっっ……っ」
見ればフジワラ、ゲンさんまで肩組んで巻き込もうとしている。
そしてまんざらでもなさそう過ぎるゲンさん。まあこの期を逃せば一生異性とは無縁だろうしなぁ……
「つか平ちゃんは? ホントに交ざんなくていーの?」
「ハッ、冗談。言ったろ? 中古穴に突っこむ気なんざねーよ」
さらには俺にまで変な気を遣ってくる。
こいつのそういうとこ嫌いじゃねーが、今に限っちゃ完全にありがた迷惑だ。
ただ、まあ、
そのお節介さに免じるでもないが、
ちょっとばかし、事がスムーズに運ぶアシストくらいはしてやろうか。
「……オイオイいーのかよ平ちゃんそんな至れり尽くせりで。や、たしかにそのほうがオレも先輩らも助かっけどさ」
「盛大に恩に着てくれよ? つってもまあ、俺自身のためって面もあるしな」
俺の提案を聞いたフジワラは呆れたようなちょっと訝るような顔。
こちらに利のなさそうな無償の手助け。怪しむのも無理はないが……
なに、得られるモノはある。
裏切られて、冷めた。そうは言ったが、
俺はべつに許したわけではない。
ナツも、アカリも、ミノリもチユキも、
そしてあの野郎――斎藤哉も、
徹底的に陥れて、貶めてやる。
覚悟しろ。
〈side:Natsu〉
学校を終えて帰宅中、というかほとんど家のそばまで来たところ。
後ろから走って追いかけてきた公助が、そのまま追い越し前にまわって、
「――済まなかった! このとおりだ!」
両手を合わせて深く頭を下げて、その一言。
「……一応聞くけど、なにに対しての謝罪?」
「それはっ、……このあいだ跡をつけたみたいにしたこととか、っつーかここ数日の言動っつーか……」
私、高根沢夏がひとまずそう聞けば、下げた頭のまま公助はそう答えて。
「……あとそれからあいつ、斎藤のこと」
「!」
続いた一言。
つい反応してしまう自分が憎い。
「あいつにも絡んだりとか、まあ悪かったと思ってる。けどあの、面と向かって本人に謝るのはまだその、心の準備というかなんというか……」
さらに言いながら、すこし頭を上げチラ、と視線をくれる。
こいつは本当に……調子がいいのかへたれなのか。
(けどまあ、意外といえば意外か)
自分から非を認めて謝るなんて、滅多にあることじゃない。
変にプライドが高いとこがあるのもそうだけど、そもそも自分に非があるという自覚がない場合のほうが圧倒的に多かったから。
進歩、というか。
こいつもこいつで成長したのかも。
まったく。
「時間がかかってもいいから、」
「……?」
「いずれ必ず、斎藤君本人にも謝っておくのよ? そもそも例の件に関しては、私がとやかく言えることでもないし、ね」
「――っ」
ともあれ、謝る気がある人間をいつまでも邪険にするのも気が引ける。
彼にやったことは最低だし、正直許す気にはなれないけれども……
それでも本人、当の斎藤君があまり怒ってないのを思えば、目くじら立て続けるのもなにか大人げない感じはするし。
本音を言うなら斎藤君にはもっと怒って欲しいところだけど。
ほんと、へんに人が好いんだから、彼も。
「わかった。あいつには必ず、俺なりに筋は通す。――で、とりあえずさ、詫び代わりでもないんだけど……」
頭を上げた公助。
その真剣な目に、やっぱりなんだかんだ悪いやつじゃないのよね、とか思ったり。
続けて言いつつ自身の制服のポケットをごそごそあさりだして、
「これ、使ってくれよ。お袋がどっかからもらったヤツで悪いけどさ」
「サービス券……カラオケ?」
ほどなくつき出した一枚の紙切れ。
受け取って、印刷された文字をそのまま読む私。
「ほんと珍しく殊勝ね……なんか悪いものでも食べた?」
「あ、ひっでーな! 誠意はカタチにすべきって言うから俺だってこうしてだなー」
つい出た軽口。
公助もまた、それに軽い抗議の声。
なんだか少しだけ、以前の幼馴染同士に戻ったようで。
悪い気持ちはしない。こういうのも、たまには、ね。
「冗談よ。ま、もらえるっていうならもらっておくわ。……あ、でもこれ四人までなのね」
「ちょうどいいだろ? アカリ、ミノリ、チユキで四人。女子水入らずで楽しんでこいって! じゃあな!」
なにげなく券の裏面も確認しているうち、公助はそそくさと家のほうへ去っていってしまう。
……まったく。
謝る気はあっても、斎藤君が私たちに交じるのはまだ気に食わないってとこ?
ほんとに、しょうがないやつ。と、
以前の気持ちをすこし懐かしむような、そんな心地になる私がいた。
そしてその日の夕食後。
先の出来事をチャットの話題に上げたところ、
『――怪しい。怪しくない?』
最初に反応した千雪が、こんな文面を。
『うーん……まー、ねー?』
『私も正直ちょっと、ううん、だいぶ?』
『そう、かしら』
続けて実乃里、あかりもまた懐疑的な反応。
思わず否定しようとしたけれど、
私も私で、言われてみれば……なんて気になってきてしまって。
『そんな神妙にするタマかな? 公助』
『なっちゃんが庇いたくなるのもわかるけれど……』
『反省するにしてもー、ちょーっと早い気がするんだよねー。公助くん、結構根に持つしー』
ますます否定しづらい。
ここ最近の振る舞い。昔から知る、あいつの性格。
それらを考慮し思い返せば、たしかにあの時のあいつは若干白々しかったような。
『仮にその、怪しいとしてさ』
そこへ、おずおずという感じで、
『彼はなんのつもりで、そのサービス券を? いち高校生に、どんな仕掛けができるんだろう』
斎藤君がそんな問いを。
たしかに、それもそう。私たちになにか仕出かすとしても、なんでこんなものを?
そもそもあいつがなにか仕出かすとしたら、まず斎藤君へのような気もする。
『うーん……私たちが遊んでるうちに、斎藤君を襲撃するとか?』
『それが一番気が楽かな、俺としては』
『だ、ダメッ、斎藤くんが危ないの、だめ……』
『君たちが危なくないのがなによりだよ』
あ、実乃里のスタンプ。だいぶ効いたみたいね今の。
『はいはいどさくさ紛れに口説かない』
『と、みのり並みに効いてる子が申しております』
『ねぇ?』
『このっ』
千雪もあかりも、なんだかんだ満更でもないくせして……!
――いえ、落ち着きましょう。話を戻さないと。
『とりあえず、怪しいっていうなら使わないのが一番無難なのかしら』
『逆にあえて使ってみるのも手かもね。なにか企んでるとしたら、思わぬ次の手より予測のつくうちのほうが対処しやすい』
『……というか、券はおばさんからもらったって言ったんだよね? なら裏取りは簡単じゃ?』
『あ』
千雪の言うことはもっともだった。
親同士も交流がある幼馴染同士。公助のお母さんとも当然顔見知り……
いやむしろかなり好かれてる。自分の息子が私たちのうちの誰かとゆくゆくは……と思っているから、あの人。
いったんチャットを離れてメッセージを送ってみる。
ほどなく返信。すると券の出処はたしかに彼女らしく。だいぶ前に知り合いから譲られたものだとか。
『ということは、券自体に仕込みはない……?』
『仕込むとしてもなにをって話だけどね。まあ、行ってきたらいいんじゃない? 全部考えすぎって可能性もあるわけだし』
あかり、そして斎藤君の反応を受け、ひとまず考えこむスタンプだけ送る。
考えすぎ。それもそうなんだけど、
あまり考えたくない、というのが私の本音かもしれない。
純粋にお詫びってだけなら、それがなにより。
ただもしこれがあいつの企みかなにかだとしたのなら、
あまりに手が込み過ぎている。
悪意と害意に塗れ過ぎている。執着にしても、醜悪すぎる。
昔から知る幼馴染がそれほどのものだとしたら、
正直それは、受け入れがたくて。
『行ってみましょう』
一言。
決断。それをみんなに示す。
『いいの……?』
『スルーもひとつの手だよー?』
『いえ、ここはあえて。斎藤君の言葉を借りるじゃないけれど』
あるいはこれは必要なことなのかもしれない。
あいつを、幼馴染を、
平公助という人間を見定める、見極めるための。
もしかしたら、最後の――
『取り越し苦労ってだけかもしれないし。それならみんなでカラオケ、久しぶりに楽しめるってだけなわけだし』
『……そういえばなつだけ、前のデートでカラオケったんだよね斎藤と』
『ぬーけーがーけー!』
『ゆきちゃんが言ってた、なんだっけ……卑しか?』
『あなたたちは~~~~~っ!』
友達のイジり。あ、斎藤君までスカした笑顔のスタンプを……っ。
でも悔しいけど、ちょっと気が楽になった。気負い過ぎてたかな。
ともかくそんなわけで、今週末の予定は決まる。
斎藤君だけ一緒せず、しかしなにかあったらすぐ駆けつける準備はしておくということで。
彼の気遣いは正直心強い。
それもあるけど、
あいつに、公助にそこまで大それたことは出来ないだろうと、
そういうある種の信頼もなくはなかったり。




