いよいよ直接手を下す
友軍前にALL甲、掘り完了は初めてです。
〈side:Taira〉
忌々しいあの野郎、斎藤にいよいよ直接手を下す。
ここで重要なのは、そこに至る過程。
ただ闇雲に暴力を振るい、ヤツが成す術なく一方的にやられてしまい、
それで後々通報などされてしまえば、最悪こちらだけが悪者になりかねない。
一対一の喧嘩――それこそが持ちこむべき状況。
誰の目にもつかない場所と時間なら、なお良し。
正々堂々、真っ向からやり合い、
それで負けた上で警察に泣きつくような真似は、男ならまずしない、っつーか出来ないだろう。
仮に通報されても構うか。それならそれで、ヤツがチキン野郎と確定するだけ。
俺もただでは済まないだろうが、溜飲が下げられるだけよし、だ。
で、問題はそのタイマンに持ちこむ方法だが……
ヤツの連絡先を知っていれば話は早かった。端末で呼び出せばいいだけだからな。
おそらく知っているだろうナツたちから聞きだすのは……厳しいか。ただでさえ俺を警戒しているフシのあるあいつらが、素直に教えてくれるとは思えない。
本人に聞きだす――これは本末転倒。その手間で直接用件を伝えればいいだけだからな。
そもそも学校であの野郎と接触するのもあまりよくない。雑魚モブが変に勘繰るだろうから煩わしいし、幼馴染らもピリピリするしで。
となれば、学外。
っつーことで現在、俺は下校中のヤツを尾行している。
ひと気がなくなったのを見計らい、タイマンの約束を取りつける――これだ。
場合によっちゃその場で仕掛けるのもアリかもな。
現に周囲もいい感じに閑散としてきたし、
……おい、
いや、なんでだよ。
視線の先、横合いの路地から現れたのは、
ナツ。
あの野郎も驚いた様子もなく、当然のように二人並んで歩いている。
あきらかに待ち合わせている。
……つまり、あれか?
教室で距離を置いてたぶん、こうやってコソコソ隠れて会ってたってことか……?
(……ふざけ、やがって――ッ!)
目の前が真っ赤になったかのように感じる。それくらいの怒り。
危うく駆けだして殴りかかるところだったが、すんでで踏み止まる。
今は、駄目だ。ケリを着けるなら、タイマン。
ナツがいる前ではとくに不味い。あいつは最悪、割って入って止めかねないからな。
歯を食いしばって尾行に徹する。
なにか話しながら並んで歩く二人。
楽しげに。
以前日曜に見た光景が重なり、余計に胸クソ悪くなる。
つーか、
なんて顔してやがんだ、ナツ。
やや紅潮気味の、見たこともない表情。
楽しさ? 喜び? 嬉しさ?
いやむしろあれは、
メスの顔とでも、呼ぶべき……
思いっきり頭を振る。
激発しそうな憤慨を強引に振り払う。
……オーケー、冷静に、冷静にだ平公助。
怒りを爆発させるのは今じゃない。
場を整えて、正々堂々真っ向から炸裂させる――
それでこそ最高に“スカッと”するってもんだ。そうだろう?
(……てか、あいつらどこに向かってんだ?)
ふとよぎる疑問。
今いるのは、入り組んだちょっと怪しげな路地。
このへんになんかあっただろうか。俺もナツも訪れたことはない、たぶんなかったはず。
どこか遊びに寄るならもうすこし向こうの表通りのほうだろうし……
俺やナツの家とは方向も違う。
そんなところにわざわざ遠まわりしてまで来る、その目的は?
なにか、こう、
あまり愉快でない、
否、圧倒的に不愉快な予感が、俺の中で急速に膨らんでくる。
やがて、行きつき、
二人が一度足を止めた、
その前にあるのは見るからに怪しげなビルの裏口で、
「だめだろそれは」
我慢の限界はあっさりと振り切れた。
気づけば俺は猛然と駆け出し、振りかぶった拳を全力でヤツの顔面に――
●
身をかわして、高根沢嬢を背に庇う位置に。
いきなり殴りかかってきた相手をあらためて捉えれば、
「公助!?」
平公助くん。
背後でも気づいたのだろう高根沢嬢の声があがる。
「うぅ……」
低い呻き。
背中を丸め肩で息をするような、彼のもの。
ややあって振り返った、その目は完全に血走っていて、
「うお゛おああああああああ――っ!!!」
また殴りかかってくる。
かわす。
また殴りかかられる。
またかわす。
「なん――なんっなんだよテメエはッ!!!」
勢いで一度離れた平くんが、叫ぶ。
「避けてんじゃねぇよ! なんで避けんだよ!? 素直に殴られろよクソ野郎がぁぁあっ!!!」
「ええ……」
思わず声が出る。
いや、うん。たしかに彼になら一発くらい殴られても仕方ないと思ってはいた。
でも実際に殴りかかられるとどうしてもこう、つい体が対処してしまうというか。
それにここ数日の間、たびたび高根沢嬢たちから聞かされていた平くんの話……
というかまあ、愚痴が、どうにもおとなしく殴られる気にさせてくれないというか。
「いい加減にしなさい公助!! あんた自分がなにやってるかわかってんの?!」
そこへ高根沢嬢の怒声。見れば彼女は建物のそばまで退避している。
すこし安堵。あそこなら巻き添えになる心配はない。
「るっせえ!! テメーこそなにやってんだよ!! いったいナニする気でこんなとこ来てんだよテメーこそよぉナツゥッ!!?」
怯むかに思えた平くんは、しかし躊躇なくより大きな声で怒鳴り返す。
「そ、……っ」
言葉に詰まる高根沢嬢。
けど真っ赤なその顔は、なによりも雄弁な返答になってしまっていて。
「……ころす」
ゆらり、幽鬼のようにこちらに向きなおる平くん。
「ぶち殺してやるぅお゛ぁああ゛あああ――っ!!!」
また猛然と向かってくる。
振りかぶられた拳は、
かわす。
振り向きざま振り抜こうとする腕も、
やっぱりかわす。
そうしてしばし続く攻防、いや防戦。
時間にして数分くらいだろうか。
「はっ……はっ゛……はぁ゛っ、ゲッホ……ッ」
平くんの足が止まる。
前傾姿勢で完全に肩で息をしている。あきらかなスタミナ切れ。
どうにか狙いどおり、か。こちらはあまり動いていないので身体的な疲れはない。
でも精神的にはわりと消耗。害意を持った人間に実際に襲いかかられるのは、稽古とは勝手が違うなあ、やっぱり。
「な、な゛んっ……なん、で……当たんねんだよ……くそ……っ」
汗を拭う平くんは、悔しげ。
まあ、うん。わかりやすかったからね、すごく。
全部が全部、全力の大振り。動き自体もなにかを習ってるって風でもなく。
ああでも躊躇いのなさだけは素直にすごい。他人に暴力を振るうなんて普通躊躇するし。
威力でいえば、当たったら無事で済まなかったに違いない。
だからこそ回避に徹したともいえる。あるいは武器なんか持たれてたら、身が竦んで動けなかったかも。そういう意味でもそこまで余裕はなかったんだけれども。
「ここは、スカッと、ぶっ飛ばす場面だろうが……。やられ役のクセして、ヘラヘラ避けやがって……ぶっ飛ばされろよ、おとなしくよぉ……っ」
彼の口から漏れる恨み節。
気持ちは……わからないが想像はできる。
でもまあ、こちらとしては正直なところ、
「そもそも、なんで俺は平くんに殴られなきゃいけないんだろう」
「……あ゛?」
そうなる。問いかけというより、単純な疑問として。
なに言ってやがる? そんな目をする彼に、応じるというでもなく。
「べつに俺は、高根沢さんを無理矢理ここまで連れてきたわけじゃない。というか来たがったのはむしろ彼女のほう、」
「斎藤君ッ」
「……とにかく、前も言った気がするけど、彼女が嫌がることをするつもりは、俺にはない。もしさっきのが義憤にかられてのことだったら、それは見当違いってことをまずはっきりさせておく」
「……ッ」
ひとまず彼の誤解、かもしれない点を挙げてみる。
けど歯噛みする表情を見るに、そこはやはり彼もわかっていたのかも。
「で、高根沢さんは自ら進んでここまで来たわけだけども」
「だから……っ」
ちらりと見やる、彼女の恥じらう様はいいものだけれど、
そこはひとまず置いて。
「俺が平くんに殴られる理由って、なに?」
理由があっても他人を殴ってはいけない、そこもとりあえず置くとして。
「ん、んなもんっ、テメエが、ナツに手を出しやがるからで、」
「そう、そこ」
「あ……?」
「俺が高根沢さんに手を出すのを、君が咎める理由がわからない。君が、平くんが、高根沢さんの恋人だっていうなら、まだわかるけれど」
ずっと抱いていた違和感。
これまでの平くんの、あたかも高根沢嬢がすでに自分の恋人であるかのような振る舞い。
けど実際、そうではない。
彼は彼女に一度も告白等をしていないし、
彼女もまたそれを受け入れたり、あるいは自分から告白したこともない。
ああでも、今のこの関係の、きっかけの出来事――
そのへんはっきりさせようと、高根沢嬢から平くんへ問い詰めたことはあったんだったか。
もちろんそれも含め、彼女から聞いた限りのことではあるけれども。
「そ、ん……なんっ、――わかるだろ?! テメエも同じクラスで見てたんならよォッ、オ、俺はそいつの幼馴染でッ、お互いなんかイイ感じで……、ッ――空気読めよォ!! 手ェ出していい空気じゃねーのくらいわかるだろォ?! 寒ィー野郎だなァッ!!!」
平くんの喚き。
えっと、うん。ちょっと唖然としてつっこむにもつっこめないというか……
そもそも手を出す出さないの話をしてしまうとむしろ高根沢嬢からってことになっちゃうけど、
ちら、と窺う。
気まずげに目を逸らし顔も赤らめている彼女。
まあ、うん。でも、
「どう言われようと、やっぱり責められる理由も謝る理由もないかな」
「開き直んじゃねえ!!」
「……開き直るって、だからべつに君に申し開きをする理由がないんだって。あえてまた言うことでもないけど、べつに君は高根沢さんの恋人ではない。なら俺の行動を咎めようがないし、なにより彼女を束縛する権利もない、よね?」
詰まるところはそう。
というか、あえて確認することでもないような……
思わず最後ちょっと疑問形になってしまうほど。
「…………ッ!!」
だからか、やはり平くんも言い返せないようだけど……
めちゃめちゃ睨んでくるな。
暴行(未遂)を悔いる様子はない。
どころか隙あらば必ず目にもの見せてやる、と言わんばかり。
これはもう、仕方ないかな。
あんまり意地の悪いことは言いたくなかったけれど。
「そもそも平くんはさ、」
「……?」
一度わざとらしく区切って、
「なんで高根沢さんとつきあってなかったの?」
指摘。
じつはこれも、以前から抱いていた違和感でもあり。
「小さいころからずっと一緒だったんだよね? 憎からず思ってもいた。だったら告白する機会なんていくらでもあったんじゃない? それこそ極端な話、異性として意識するようになった瞬間からでも」
純粋に疑問でもあり、一度直接訊ねてみたかったことでもある。
押し黙る平くん。顔には脂汗も浮かんでいる。
「ああでも君のことだから、誰とつきあうか決めかねてたってのはあるか。桃枝さんに日永さんに小井さん。そりゃ迷うよね、こんな魅力的な子たちが四人も身近にいたら」
「……あ、ああ、だから、」
「それでも、とりあえず告白してみよう、という気にもならなかった? 今の関係が壊れるのを怖れて? うーんでも、そんな致命的に破綻するとかはないと思うけど。高根沢さんたち優しいし、心も広いし。……いや本当に」
すこしの間ぎくしゃくする、くらいはあるだろう。
それでも険悪になるとか、果ては絶交だーみたいになることは、まずないんじゃないか。
今の俺と彼女たちの関係を思えば、余計にそう思える。
「……テメエになにが、わかるッ。ナツたちの、なにが――ッ」
「それなりには、わかるつもり。たしかに君みたいな時間の積み重ねはないけど、それでもずっと見てたからね。ここ最近は、とくに」
見てたというなら、それこそ直接関わりを持つようになる前から。
“2‐Aのハーレムグループ”――かつては見ものにしていただけだけれど、
あるいはそのころから、すでに俺は、彼女たちに惹かれて――
「ハッ! 見てただけか? そんなんでなにがわかる! テメエが言ったようにこっちには時間の積み重ねがあるッ! こちとらガキのころ一緒に風呂まで入ってる仲だっての!」
「ちょっ、公助今それ言うとこ?!」
「あ、それはちょっと羨ましいかも」
「斎藤君までッ!?」
挑発めいた平くんの暴露。ちょっと効いた。
顔を赤くする高根沢嬢にも、べつの意味合いで効いてそうだけど。
「どーだこれが積み重ねってヤツだ! こっちはこいつらの生まれたまんまの姿だって知ってんだ! それも知らねー外野が好き勝手なことぶちぶちと、」
「~~っ」
「あー……」
なおも白熱する彼に、
しかし先程とはまた毛色の違う赤面を見せるのは、高根沢嬢。
なにかに思い至ったその様子に、俺もまた、思い当たってつい曖昧な声を。
「――」
ぎしり、と停止する平くん。
彼もまた自身の台詞を思い返し、思い至ったのだろう。
生まれたままの姿なら、俺も見てるしなんなら見られてもいる。
それも幼少のころとかでなく、今この時のを。
「……おま、まさかおま、おまえら、すでに?」
「――ッ」
「訊くのは野暮じゃない? 平くん」
あえて返答はしない。
彼女の場合は返答できない、という風ではあるけど。
まあ恥ずかしいし、気まずいよね。
昔馴染にそういう事情を知られるのは。
というか、今もってなにもしていないと思われていたのが意外だ。薄々察せそうなものなのに。
さておいて、
「あえて言っておくけど、」
愕然とする平くんへ、一度そう前置きして。
「君が彼女の恋人だったなら、さすがに俺だってなにもしなかったよ」
告げる。
おそらくは彼への止めとなる台詞を。
「う゛、ご、お」
激痛に堪えかねるように、頭を抱えて項垂れた平くんは、
「ご、ぅ、――うああああああああ!?!」
一転、踵を返して猛然とこの場から駆け出し、逃げ去っていった。




