なにかがおかしい
「――さて、ようやく斎藤君に一矢報いたってところで、」
どこか晴れやかにそんなことを言う高根沢嬢。
いや、まるで俺が毎度彼女をやりこめてるかのように言うけど……
……やりこめてるかもしれない。おもに今座ってるベッドとかで。
「目下の問題は、あいつをどうするかってことよね」
さておいて、切り替わるように引き締まった表情。
他の子の目も真剣味を増す。
あいつ。それはつまるところ――
「平くん、か」
「ええ、まさに」
「……一応言うけど、彼の仕業とは限らないよ? あの貼り紙」
この場にただ一人いない、彼女たちの幼馴染。
思わず念のため、そんな指摘もしてみるけれど。
「限るわ」
「……うん」
「だねー」
「うむ」
満場一致であった。
むべなるかな。まあ証拠はともかく動機は、彼以外考えられないからね。
「……でもどうするって、どうするの? べつに俺は、あれを誰がやったか暴きたいわけじゃないし、糾弾したいわけでもないよ」
軽く居住まいを正してから、俺は言う。
あの一件で変に注目を浴びてしまっているのは確か。
被害をこうむっている、と言ってもいい。しかも事実とは異なる風評で。
かといって平くんを責めるのは、ちょっと気が引けるというか。
彼の行いはたしかに褒められたものではない。
ただ気持ちはわかる、というか汲み取ることはできる。
彼からしたら現状は面白くないだろう。自分の立場をごっそり俺に奪われたようなものだし。
(犯人探しをする気はないって、先生にも言ったしね)
そう、面談でもその意向は伝えた。
先に聞いたHRでの担任の言動も、そこに配慮してのものだったのだろう。
平くんを責める気にはならない。
かといってこちらから謝るというのも、なにか違うように思える。
だから彼をどうするかというか、
俺からなにかするとか、出来ることもとくにないような気がするのが正直なところ。
今のところは、だけど。
「甘いわね」
そう伝えたところ、
高根沢嬢、どこか厳しい目つきで。
「近いうちほぼ確実にあなたに突っかかってくるわよ、あいつ」
断定。そんな口調で。
他の子たちもうんうんと頷いていて。
「……なんとなく想像つくけど、その心は?」
「あの貼り紙を誰がやったか、まわりも薄々気づていると思う」
「少なくともー、クラスメイトは? ちょっと大きい声出しちゃったしねー、教室で」
「要はあなたが暴こうと暴くまいと関係ないってことね」
「ひょっとしたら今一番悪目立ちしてるのって、斎藤君よりも公助君かも。で、そのイライラが向かう先はっていうと……ね?」
どういうことか聞けば、なるほど。
こちらがなにをする気がなくとも、向こうはその限りでない、か。
「突っかかる、ってことはこう……ケンカとか吹っかけられる感じなのかな」
「どう、かしら。あいつもそこまで安直ではないと思うけど……」
「そう? わたしは十分ありえると思う、あやつなら」
「たしかに公助君、そんなに堪え性はない、よね」
「あ、あのっ、私たちからなにか言っておく……? それとなく釘を刺すー、的な」
四人からの気づかわしげな視線。
こう不安にさせてしまうのが、なにより心苦しい。
やっぱり俺の手抜かりなのかな、この状況。伯母の言葉が思い起こされる。
ひとまずはなるべく表情を和らげて、一言。
「まあ、なんとか、上手くやってみるよ」
今度こそは。
〈side:Taira〉
イライラする。
俺こと平公助を取り巻く状況は、劣悪といっていい。
ザワザワ……
ヒソヒソ……と。
今日も耳障りな雑音が飛び交う。
俺に対する嘲弄、せせら笑いを含む、不快な雑音が。
どういうわけか、例の貼り紙が俺の仕業だとすっかり周知されてしまっている。
いや周知もなにも俺がやったのは事実なんだが……
っつーか、なぜバレる?! 証拠は一切残してないってのに。
(てか証拠もないのに俺だと決めつけてんだよなモブども……クソか?)
なんにせよ、おかげで今の俺の校内での評判はガタ落ち。
いやもともとたいして好評だったわけでもないが。おもに男どものやっかみで。
ただ、以前は美少女幼馴染に囲まれてるってことで、なんだかんだ一目置かれてる空気はあった。
ところが今では下に見られてるフシすらある。
不当な悪評で他人を貶めた、嫉妬に狂った卑怯者として。
ふざけやがって。
不当もなにもあの野郎に悪評が立ってたのは事実だろうが。どうせ調べてもいないんだろ。
嫉妬? お門違いも甚だしい。
奪ったのは、あの野郎のほうだ。
美少女幼馴染を奪われた俺はむしろ、被害者。正当な権利はそもそもこちらにある。
そうだ、不当というならあの野郎の存在こそが、不当だろ……!
たいして事情を知りもしないで、勝手なことを言いたい放題。
まさしく衆愚。腹が立つのは確かだが、それ以上に呆れのほうがデカい。
こんなクソ雑魚モブども、相手にするだけ時間の無駄。
そう、俺が取り合わなければならないのはモブどもじゃない。
まずなにより、美少女幼馴染たち。
本来なら、
例の貼り紙こそが、あいつらとヨリを戻すきっかけとなるはずだったのだ。ドン引き必至のあの内容に、あいつらも自然とあの野郎と距離を取りたがるだろう、と。
だがどういうわけか、そうはならず。
あいつらがあの野郎を嫌悪している様子は、いまだ見られない。
いや教室で親しげに話すようなこともなくなったから、一定の効果はあったかもしれないが……
それよりも、だ。
今のあいつらは、むしろ俺をこそ毛嫌いしているフシすらある。
向こうから話しかけてくることはなく、こちらから話しかけてもつれない。
もちろん長いつき合いだ。これまでだって、ケンカとかで空気が悪くなるとかがなかったわけじゃない。……まあケンカっつーか、俺の何気ない一言であいつらがヘソを曲げるってのが大体お決まりのパターンだったが……
現状はしかし、そういうのとはまたどこか、違う。
毎回よくわからんところで機嫌を損ねるあいつらだが、少なくとも不機嫌かどうかは見ればわかる。わかりやすいっつーかまあ、そこは幼馴染のなせるわざっつーか?
けど今のあいつら、機嫌は損ねていない。
少なくとも俺に対する苛立ちとか不満とか、そういう感情はみえない。
あるいは、俺でもぱっと見わからないほどに、薄い?
悪感情だけじゃない。
好意とか喜色とか、そういう良感情さえどこか希薄にみえる。
どころか、興味も関心も薄く、
――無関心?
そんな風でさえあるようで……
(……なんでだ?)
なにかがおかしい。
特大の“ざまぁ”を喰らわせてあの野郎を打ちのめし、あいつらとの仲も元通り――
今はそうあるべき場面だろうが。
それがなんで、あいつらは俺を顧みず、
雑魚モブどもは俺を見下し、
なにより、あの野郎はのうのうと学校に顔を出し続けている?
これじゃまるで俺のほうこそが貶められて、
――“ざまぁ”されてるみたいじゃないか。
そうだ。あの野郎――
ふざけきった名前の男、斎藤哉。
あの野郎こそ、俺が本当に取り合わなければならない、
対処しなければならない相手なんじゃないか。
(だが、どうする? あいつの過去をもっと掘り返して他の悪評を探すか……?)
どうだろう。正直微妙な気がする。
あの野郎のことだ、もっとえげつない所業をやっていても不思議はない。
ただそれを広めたとして、どうなる?
また俺の仕業と思われて不当な評価を受けるだけじゃないか?
一度しくじった手だ。二度も使うのは悪手だろう。
搦め手が駄目なら、
もはや直接手を下すしか、残された方法はない、か。
(直接やらねえのは、手心のつもりもあったんだがな……)
机の下で握り拳をもう一方の手で掴みつつ、俺はひそかに嗤う。
可哀相にな。
甘んじて“ざまぁ”を受け入れていれば、痛い目にだけは遭わずに済んだものを。




