降参だ
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「……」
自室のベッドに仰向けに寝転がっている。
斎藤哉、学校を早引け。
病欠でない早退は久々。それこそ、あの時以来か。
……丸々授業に出てないのを早退といっていいのか、ちょっと考えてしまう。
今朝、
あの貼り紙を見た俺は、その足で職員室に向かった。
無論、高根沢嬢たちとは別れて、一人で。
案じるような彼女たちの表情には、本当に申しわけなく思ったけれど。
貼り紙の件が届いていたのか、職員室もざわついていた。
そんな中で担任のところへ。
自分があの貼り紙に関係していると伝えると、場所を生徒指導室に移ることとなった。
担任と、学年主任と、それから俺。
自身の事情は、包み隠さず話した。
途中保護者、つまり伯母にも連絡が行き、ほどなく彼女もその場に現れる。
そうしてあらためて面談が行われ――
小一時間ののち、今日はもう帰ったほうがいいという話になった。
というわけで伯母、佐和さんの車での帰宅。
『面倒かけてごめん、佐和さん』
『謝らない。これくらい、面倒のうちに入らないわよ』
『ただ、そうね。ひとつ言わせてもらえるなら……』
『もっと上手くやんなさいな、いろいろと』
『恨みを買ったのはあなたの手抜かりよ。それがたとえ逆恨みだったとしても、ね』
『それこそ斉ならもっと上手く、――いえ、これは余計ね』
車中でそんなやりとりというか、ありがたいお小言なんかも頂戴したり。
ちなみに斉とは亡き父のこと。
(もうすこし詳しく聞きたかったような、聞かなくて正解だったような……)
普通の父親って感じだったけどなあ、父さん。
あまり深く考えると妙な気持ちになりそうだし、このへんでよしとくけど。
まあそんなわけで、自室でぼんやりしているのが、現状。
早退というより謹慎という感じなのか。当然遊びに出たりなんかする状況ではないし、かといって部屋で出来る娯楽なんかに手を出す気分にもなれない。自習かなんかでもしてればいいんだろうけど……それもすこし、億劫。
なにより、つい考えこんでしまう。
どうすればよかったのか。
それこそ伯母の言うように、もっと上手いやりかたとかがあったのか。
(そもそも初めから彼女たちに深入りしなければ――)
いや、そこは今更言っても詮無いことか。
彼女たちと仲を深めたこと自体は、悔いていない。
ただ、
今日のことで、あの子たちが傷ついていやしないか。
俺と関わったことで、周囲に白い目で見られたりしてやいないか。
そのへんが、目下の気がかり。
(俺だけが顰蹙を買うなら、べつに構いやしないけれど)
むしろ、そうか。
いっそそれが俺から離れるきっかけになってくれるのであれば――
ノックの音。
下で店の準備をしているだろう、佐和さんの叩きかたではない。
誰なのか、
なんて、考えるまでもないか。
気づけばとっくに放課後をまわっている、そんな時間に訪ねてくるのは、
「――こんにちは、斎藤君。大丈夫……そうではないわね、あんまり。顔色とか」
四人の美少女。
代表するような高根沢嬢の挨拶に、思わず苦笑してしまったり。
ひとまず顔でも洗ってきたらと言われたので、そのとおりにして。
飲みものでもお出ししよう、としたら気遣い無用と言われて、やっぱりそのとおりにして。
「……そっか、先生、そんなことを」
数分のち、
招き入れた彼女たちをそれぞれ座らせて、自分もベッドの縁に座って。
そうしてまず聞かされたのは始業前、やや遅れて行われたHRでの出来事。
『心ない誹謗が行われたこと、非常に残念に思います。ひいては皆さん、どうか不確かな情報でいたずらに騒ぎたてることのないように。まして決めつけで誰かを責めたてるなど、もっての外です』
教壇に立つ担任の表情はいつになく真剣で、厳しいものだったという。
あの先生が……ちょっと想像つかない。言ってはなんだけど、どちらかというと生徒に侮られがちなところのある人だから。
あきらかに俺を慮っての発言。
心の強張りがすこし解れるように感じる。
思ったより気遣われているんだな。俺の意向にも沿ってくれているようだし。
「ともかく学校は先生のおかげで、一限以降は静かなものだったわよ」
「友達に聞いたけど、他のクラスもだったって」
「どうやら通達は全クラスで行われた模様」
高根沢嬢に加え、桃枝嬢、小井嬢からも学校の様子を聞かされる。
ひとり、沈痛そうな日永嬢。
労しげな表情は、ここへ来てからずっとこちらへ向けられていて。
そこは他の子たちも大なり小なりなんだけど。
心を痛めてしまっていることこそ、心苦しい。
そんな風に気遣われる甲斐なんてないのが、俺だというのに。
「……じゃあ、今度は俺のことを話す番、かな」
「無理には、聞かないわよ?」
「いや、話すよ。というか事ここに至って知らないままってのも据わりが悪い、でしょ?」
一度みんなの顔を見まわす。
憂いをおびてなお絵になる彼女たちだけど、
そんな顔をさせ続けるのもまた、忍びないから。
「例の貼り紙、みんなもまずそこが気になってるだろうけど、」
「ええ」
「あれね、前半分は本当」
「それは知ってる」
とりあえずそんな風に切り出したら、満場一致で深く頷かれてしまった。
むべなるかな。
……なんだかんだ、みんな俺たちの現状に思うところはあるのね。
だいたい俺のせいだけになんにも言えないけれど。
そこでふと、桃枝嬢がなにかに気づいた様子で。
「あ、でも『前半分は』ってことは……」
「うん、そういうこと。幸い、っていうのもなんだけど、今のところ誰かを妊娠させたって経験はないよ、俺には」
応じるかたちでひとつ、答える。
みんな一様に安堵した様子。やはり気になるだろうからね、そこは。
このへんは先の面談の際、担任にもきちんと伝えてある。
その説明のために佐和さんが呼ばれたという面も。
しかし、あの貼り紙を仕組んだであろう彼。
どうやって知ったのかはともかく、掴んだ情報には偏りがあるらしい。
情報の取捨選択。大抵の人は、信じたいものを優先してしまう。
「なんだか安心してるけど、信じていいの?」
投げかける。虚を衝かれたような表情。
この子たちはどうしてそれを優先し、取捨選択したのか。
「ただの言い逃れかもしれない、とは思わなかった? 俺が女の敵だって、みんなが認めるところなのに」
気持ち、意地の悪い口調で。
なんだか試すような、褒められた言動ではないけれど。
火のないところに煙は立たない、とは考えないのか。
くすり、と。
四人ともそれぞれが、どこか呆れたように笑って。
「斎藤くんはー、そんな酷いことしません」
「ふ、わたしはみのりほど妄信的ではないけど」
「けど、ふふ、そうだよね」
「こんな場面で嘘をつくひとじゃない、でしょ? あなたは」
あっけらかんと、屈託もなく言う。
どうしてだろう。
ただの“遊び相手”――それ以上でもそれ以外でもないはずの、俺に対して。
近しくなった経緯だって、言ってみればただの流れで、
これほど信を置いてもらえる、そんな理由は到底思い当たらない。
それに、
「……そうだね。今さら嘘は、つかない」
「斎藤、君?」
これから話すこと。
出来れば話したくなかった、俺の過去。
「あの貼り紙、後半はたしかに事実とは違う。けど当たらずとも、遠からずでね」
「それって……」
それを聞いてもなお、この子たちは屈託ないままでいられるだろうか。
「白状するよ。かつて失敗したある男子の話。それで傷ついた子たちの、話を――」
まあ正直、特筆すべき物語はない。
中学進学、そして成長期を契機に、女子にちやほやされだした男子がひとりいて、
そいつもそいつで気をよくして、幾人もの女の子にいい顔して、
当時可愛いと評判だったその子たちも、皆一様に満更でもなさそうで……
そうこうするうち、その全員とそれなりに深い仲になってしまい、
――至当、持て余した。
彼女たちはいたく傷つき、
その過程で起きたある騒動はクラス、いや下手したら校内全体にまで飛び火し――
「――憐れ総すかんを食らった男子は居た堪れなさに住み慣れた町を逃げるようにあとにし……そうして今は、こんなことになっているのです、と」
語り終える。締めはすこしおどけた風に。
だからってわけじゃないけどなんとなく居た堪れず、視線を部屋の窓のほうへ。
誰もなにも、言わない。
軽蔑されたか、呆れられたか。
いっそ愛想でも尽かしてくれれば、
そうして俺から離れてくれるなら、かつてのように傷つけることも――
「なるほどね」
不意の、高根沢嬢の呟き。
呆れの混じった声音。
そうだ。見限ってくれていい。たぶんそれが君たちのためで、
「ようやく合点がいったわ。それでなにかと私たちを自分から遠ざけようとしてたのね」
思わず視線を室内に戻す。
呆れている。それも確かだけど、
そこに嫌悪や侮蔑の色はない。どころか……
「今だってそう。わざと嫌われるように話してない? なんだっけこういうの……ツンデレ?」
「なつ、ツンデレ違う」
「むしろなっちゃんだよねツンデレは」
「ねー。しかもあざとーい」
「あかり、実乃里、二人はあとでお話ね」
「あぅっ」
「むー」
高根沢嬢も、小井嬢も、桃枝嬢も、日永嬢も、
あくまで和やか。
屈託のない、ままで。
「……どうして」
無意識に、それだけがこぼれる。
どうしてみんな、そんな風に俺を受け入れられる?
今話したとおりだ。俺なんてけっして褒められた人間――男ではない。
“女の敵”
そう、まさにあの貼り紙に書かれたとおりに。
「はあ」
わざとらしいくらいの溜息。
高根沢嬢のものだった。
「どうして嫌わないの? ってとこかしら? そりゃもちろん、今の話をなんとも思わないとは言わない、言えないわ」
諭すような、目下の子に言って聞かせるような調子。
妹がいて、お姉ちゃんやってる。以前聞いた話さながらな印象で。
「でも、過去は過去。あなたがかつて傷つけたって子たちと、私たちは別の人間よ?」
「そもそも私たち、斎藤君に傷つけられた覚えないよ? むしろ、」
「――優しーよ! 斎藤くんはっ。初めからずーっと、ね?」
「うむ。こっちの趣味にも合わせてくれるし。や、合わせるっていうより、元から合う? 感じ?」
彼女に呼応し他の子たちからも声が上がる。
その言葉に裏や含むところはみられない。
本心で言っているのがわかる。
わかるからこそ余計に、困惑する。
どうしてそんなに穏やかに、和やかにいられるのか。
なぜこんな俺のことを、受け入れられるのか。
「結局のとこ、」
ふと、高根沢嬢。
その表情はどこか諦めを含むような。
「私たちみんな、あなたのこと気に入っちゃったのよ」
まあ、多かれ少なかれではあるけどね。
そう続ける彼女に、ちょっと冷やかすような目を向けるのは桃枝嬢と小井嬢。
それをちょっと横目で睨みかえして。
「ただまあさっきも言ったけど、やっぱり思うところはあるから。今は目立って不和はなくても、この先どうなるかなんてわからない。案外すぐにでも大揉めして、盛大にケンカ別れしたりもするかもしれないわね」
続けるのは見透かされたような台詞。
ずっと危惧していた。
今は楽しくても、はたしてそれがいつまでも続くものか。
どこかでまた致命的に間違えて、
また深く傷つけるんじゃないか。
どうせまた悲しませてしまうなら、いっそ、と。
「けど、それでいいじゃない」
事もなげに、
「私たちは望んでこうしてる。だからそれでたとえ傷ついたとしても、全部をあなたのせいにしたりなんかしない」
しかし高根沢嬢は、そんな風に続けてしまう。
ちょっと反則だと思えるような、どこか優しげな目で。
それから、
「そもそも、そんなヤワじゃないわよ? 私たち」
今度は挑むような目つきで。
見れば桃枝嬢も、日永嬢も、小井嬢も、
同意するかのように、似たような表情をしていて。
ああ、なんというか、
降参だ、とそんなことを思う。
べつに勝ち負けとかじゃないんだろうけど、それでも。
「あなたがどれだけ偽悪的に振る舞っても、そうそう嫌ってなんかあげられないわ」
極めつけにそう言われてしまっては、返す言葉もないじゃないか。




