継ぎ接ぎ風の文面
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静かな日々が、しばらく続いていた。
平くんがなんらかの動きを見せるかもしれない、と高根沢嬢たちは言っていたけれど。
とくにそういったこともなく。
あれからの彼はいっそ無視しているのかと思うくらい、俺に見向きもしていない。
ただそこは教室等で彼女たちとの接触を控えているから、というのもあるかもしれない。一応顔を合わせれば挨拶くらいは交わすけれど、傍目に仲良く見えるようなつき合いなどは、あのチャットでのやりとり以降はない。
(そのぶん隠れて会う時は若干過熱しがちだけど……)
オンオフの切り替え?
……節度はまあまあ保ててるし、問題ない、とは思う。
さておき、平くんだ。
表面上は穏やか。無風と言っていい。
静かすぎる。そう思えてしまうほどに。
以前見せた俺への態度。それと彼女たちに聞いた彼の激昂ぶり。
それらから考えると、今の様子はあまりにおとなし過ぎやしないか。
もちろん俺だって進んで突っかかられたり揉めたりしたいわけではない。
かといってこうもなにもなしというのは……どうにも気になる。
嵐の前の静けさ、なんて言葉が浮かぶほどに。
「ほっとけば? むしろ相手にするほどつけ上がるわよあいつ」
高根沢嬢にはそんな風にも言われた。
他の子たちも、概ね同じような見解らしい。
長年つき合いのある彼女たちの見立てが、そう外れることもないのだろうけど。
(かといって、どう対処したものかというと……)
ちょっと思いつかないのが実際のところで。
下手なことをすると藪蛇になりかねないような気もするし、と。
結局、思うところはあれど、手はこまねいたままで。
それがいけなかったのか。
なにか出来ることも、あるいはあったのか。
なんであれ、しばらく続いた平穏も、終わる時が来る。
その日、いつもどおりの早めの登校。
いつもどおり、始業が近づくにつれ校内に喧騒は満ちていき、
その喧噪に、いつもと異なる不穏な色が混じる。
どこか浮ついたような……好奇の色?
ふと、教室に近づいてくるのは急ぎがちな足音、複数。
何事か、と思う間もなく、
高根沢夏嬢が、
桃枝あかり嬢が、
日永実乃里嬢が、
小井千雪嬢が、
背後のドアからなだれ込むように教室に入ってくる。
「斎藤君……!」
俺を呼ぶ高根沢嬢も、それから他の三人も、
端正な顔立ちに浮かぶのは、しかし悲痛そうな表情で。
彼女たちに連れられ教室を出る。
向かう先は昇降口のすぐそば、諸々の連絡事項が貼り出される掲示板前。
辿り着いたそこは、妙な人だかりでいつになく混みあっていて――
『A組のS.S.は女の敵
同級生を孕ませて棄てたクソ野郎』
――目に留まる、他とはあきらかに質の異なる一枚の貼り紙。
ドラマ等で見る犯行声明のような継ぎ接ぎ風の文面。
やや凝った作りだけど、読んでしまえばただ二行だけの、短い文章。
「ああ」
知らず知らず、
「そう、来たか」
思ったままに、口からこぼれる。
驚きに見開かれた視線が四人分、こちらに注がれているのを感じたけれど、
それになにを返すでもなく俺は、ただ立ち尽くしてしまっていて。
〈side:Taira〉
今朝、始業前の2‐Aの教室は騒がしい。
概ね俺、平公助の狙いどおりに。
喧噪の理由は当然、例の貼り紙。
文面では名指しというわけでもなかったが――
どうもA組でイニシャルS.S.になる男子は、全学年で一人しかいなかったらしく。
せめてもの情けは奇しくも裏目に出ちまったようだ。
天網恢々疎にして漏らさず、ってか?
(あるいは因果応報、か)
ひそかにほくそ笑む。
そう。あの貼り紙は他でもない、俺の仕業だ。
然るべき手続きを踏まない勝手な掲示はもちろん校則違反だが……まあバレはすまい。部活の朝練も始まらない早朝、事前に調べた誰にも見つかることのない侵入経路――
貼り紙にもその周辺にも指紋ひとつ残していない。警察が介入しても発覚しない自信がある。……まあ警察だってこんなチンケな件、相手にしてられないだろうが。
教室内の騒がしさは、耳障りなほど。
渦中の生徒が所属しているとなれば、それも当然かもしれないが。
「あれマジ?」「ありえなくない……?」「いやでもさすがに、」「エグ……」
口さがない囁き声。授業の開始時間が遅れると決まったせいもあるだろうが……
しかし、こいつらもこいつらで大概しょうもねえな。言っちゃなんだがあんなペラ紙、真偽もクソもねぇだろうに。こうも容易く踊らされちゃってまあ……つって、やったのは俺なんだがな。
ふと、俺の席に近づく人の気配、複数。
「公助、あんた……」
声を聞くまでもなく、わかる。
相も変らぬいい匂いを漂わせているのは、俺の美少女幼馴染たち四人。
思えば久しぶりの接近についつい昂りそうになるが、
「ああ、ナツか。まったくとんだ騒ぎだよな」
落ち着き払って応対する。顔を上げて視線を合わせ、
固まる。
なんつー、冷めきった目をしてんだよお前ら……
今まで見たこともない表情に思わず怯みそうになっていると、
「……ずいぶんと、他人事みたいに言うのね」
冷たい目のまま、呆れたようにナツは言う。
見下すような、いや向こうが立っててこっちが座ってる以上実際見下してるんだが、
勘弁してほしいぜ。その手の趣味ならご褒美だろうが、あいにく俺にMっ気はねーんだ。
「実際、他人事だろ? いやぁいったいどこの誰なんだろうなービラ貼ったのも、書かれてるA組のSS何某も」
「ふざけないでッ!!」
ビビッた。
怒声はなんとミノリのもの。
普段のゆるふわさの欠片もない、憎しみさえこもった目つき。
つか、あっぶね……頭の後ろで両腕組んでたからそのまま仰向けに倒れるとこだったぜ。
「そうやってしらばっくれて! 誰がやったかなんて――」
「実乃里」
今にも掴みかからんとするミノリを、片手で制したのはナツ。
そこへアカリも、労るようにミノリに寄り添う。
「……あの貼り紙を誰がやったかも、書かれてるのが誰のことなのかも、今あんたには問わないでおくわ」
静かなナツの口調。
思えばこういう場面で激昂するのってこいつのイメージあるけど、妙に落ち着いてるな。
落ち着いてるっつーか……いっそ冷めてる?
「代わりにひとつ、聞いていい?」
「あ、ああ」
「あの貼り紙、どう思う? たんに悪質なデタラメなのか、それとも」
しかも妙なことを聞く。
あの情報はゲンさんがネットであの野郎のことを調べる過程で入手したものだ。
ヤツの中学時代、当時の同級生のコミュニティに書きこまれていた情報。
真偽はともかく、ヤツがそれなりに恨みつらみを買っていたのは間違いない。あの場の書きこみにはそういう雰囲気があったし、フジワラの知り合いからも同様の話は出てきたという。
しかし、ナツが聞いてるのは事の真偽とは、すこし違う。
俺が、どう思うか?
やったに決まってる。そう確信してるが……
「さぁな。気になるならそれこそ、当人に直接聞きゃいーんじゃね?」
質問の意図がわからない以上、ここははぐらかすが吉。
ナツは静かにこちらを見下ろしたまま。
参ったな。まさかちゃんと答えるまで粘るつもりじゃねえだろーな。
「あー、そうか。誰だかは確定してねーんだっけ? だがよ、仮に聞けたとして、そいつが正直に答えると思うか?」
「……なにが言いたいの」
「や、事実だとしたらシャレになんねーじゃん。だったらどっちにしろ『違う』っつー答え以外返ってこねえんじゃねーのって」
事実でないのなら、そのまま「違う」と答えるだろう。
事実であれば醜聞だ。外聞を気にしてやはり「違う」と否定するしかない。
こんな簡単な論法なのに、なんでナツはわざわざ聞き返したりしたんだ?
「そう、かもね」
ややあって、さらっとした頷きが返ってくる。
これではぐらかせた、のか? なんかへんな手間をとったな。
なんともいえない気分でいると、
「あんたの言うとおりかもね。そう、本人に直接聞けば……
たぶんその時は、私たちに正直に答えてくれるわ。ええ、“彼”なら――」
言いながら、話は終わりとばかりに自席のほうを向くナツ。
ミノリと、それからアカリも同様にするが……
いや、待て。
その言い草は? 前半は俺に同意しているが、後半は――
「ひとつ」
不意に、
今の今まで、この場にあって黙って腕組んだままだったチユキが、
姿勢はそのままに口を開いて。
「同好のよしみで、最後の忠告。――いいかげん偏執は捨てて、現実見たほうがいい」
それだけ言って、すたすたと去っていく。
……なんだっつうんだ? いったい。
(てかそもそも、なんか思ってた反応と違うんだが……)
思わず頭を掻く。
あんな貼り紙見りゃ、女子ならあの野郎に嫌悪なり軽蔑なり、確実に抱くはずだろ。
なのにあいつらそんな素振りも見せず、どころか……
つい視線を向けた先。廊下側、一番後ろの席。
そこには今、誰も着いていない。
そしてそれは、今日一日そのままだった。




