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揉めた


   ●


 体育の授業で平くんと揉めた。

 というより一方的に詰られた。


 当然授業は一時騒然。

 授業後も先生に事情を聞かれたが、そこはなあなあで誤魔化した。

 俺の不甲斐ないプレイに平くんが義憤に駆られた――適当な作り話だったけど、踏み込んだ追及はされなかった。というかそれ以上は面倒だったんだろう、先生にしても。

 ともあれその件はそれで終わり。


 ……というわけには、当然いかず。


「これ、お前で間違いはねぇな?」


 放課後、校舎裏。

 自身の端末の画面をこちらに示すのは、平くん。

 見るからに怒りに満ち満ちた目。


「そうだね、俺だ。一緒に写ってるのは、高根沢さん」

「ッ!!」


 事ここに至れば、素直に答える。

 元々隠し通せるとも思っていなかった。べつにひた隠し、ってほど徹底したわけでもなかったし。


 ただ聞かされる平くんはまあ、面白くはないだろう。

 今も、掴みかからんとする自分を必死で抑えている様子。

 右手を左手で押さえつけるようにし、「静まれ……まだだ、まだ我慢しろ……」などと呟いて。


「フーッ。……で、これはいったいどういうことなんだ? なんでお前はナツと一緒にいた? あの日、なにしてたんだよ、二人きりで……!」


 ドスを利かせている、のだろう声。

 全部包み隠さずに答える、わけにはいかないか。

 とくにお出かけの()に関しては吹聴するようなことでもないし、彼も聞きたくないだろうし。

 なにより高根沢嬢が嫌だろうし。


「えっと、1on1とか、カラオケとか?」

「……あ?」

「隣町のほら、あそこの施設。そこで二人で一日遊んだよ。包み隠さず言えば、まあデートだね」

「…………!」


 さておいて、答えられる範囲は正直に言う。

 画像からも想定される返答だろう。というかこうしてあらためて見るとデート以外のなにものにも見えないな、あの日の俺と高根沢嬢。バレるのも時間の問題だった感。

 一方でやはり面白くないのか、平くんの視線はますます不機嫌さを増していく。


「なんだってッ、んなことになってんだよ!? そもそもおめーとナツに接点なんかねーだろ? たかが同じクラスだからって、今までんなこといっぺんもなかったのに……!」

「あー……きっかけに関しては、俺の一存じゃ言えないかな」

「はぁっ?! んな、どういう……」


 馴れ初め、というと語弊があるか。とにかく最初のきっかけにあたるあの出来事は、俺が勝手に言っていいものでもないだろう。高根沢嬢からしたら忸怩たるものだろうし。


 けどお茶を濁すような物言いは、平くんに余計な困惑を与えてしまったらしい。なにかよからぬ想像が巡っているようで、顔色も思わしくなくなっていく。


 前髪で目元が窺えなくなるほど、俯き、

 ッスー……、フーッ……と、深呼吸の音。


「結局、なんなんだお前は? お前はナツのなんだ? ナニ(・・)のつもりなんだ?」


 ややあって、重苦しい声での、問い。

 ナニ。つまりは、関係か。

 俺と彼女、高根沢嬢との関係は――


「……友達、かな? たまに会って、一緒に遊んだりする」


 端的に言えば、そうなるだろう。

 恋人、ではないし、ならない。そこは最初に、そう決めたから。

 ……カタカナ三文字での表現も思いついたけど、さすがに自重して。

 はたして平くんからの反応は――


「――ッ図に乗んなよテメエ」


 いきなり詰めた距離。その勢いで胸倉を締め上げられる。

 校舎の壁に俺を押しつけながら、

 睨み、見上げる彼の目に満ちるのは、もはや憎悪といっていい気配。


高根沢夏(あいつ)平公助(おれ)のだ。友達(ダチ)だかなんだか知らねーがな、あいつの一番の男は俺だと決まってんだよ。弁えろ。こちとら十年以上あいつの幼馴染やってんだぜ……?」


 凄みを利かせている、のだろう低い声。

 ギリギリと締め上げる力には遠慮がない。暴力を振るい慣れてる、

 というよりは他人に、俺に対する思いやりがまったくない感じ、かな。


「弁えたか? 弁えたな? ならナツから手を引け。あいつだってつきまとわれんのは迷惑なんだよ。あの見た目だ。下種な男の視線やなんや、うんざりしてんだ。わかるよな?」


 言う最中で俺の制服から手を放す平くん。

 台詞だけならそれは、幼馴染への気遣い。

 けど、


「それって、平くんが決めることかな」

「なっ――」


 すこし、言い返したくなる。

 黙っていたほうが穏便に済むのだろうけれど。


「高根沢さんが本気で嫌がっているのなら、俺ももう関わらないようにする。けど少なくとも、俺は今まで彼女になにか無理強いをしたつもりはない。彼女だって、嫌々はつき合っていなかったはず」

「……っ! どうだかな。口に出さないだけで嫌だったかもしれねーぜ? 人が好いあいつの気遣いに、テメエが気づいてなかっただけなんじゃねーか?」

「かもね。本当の胸の内なんて、誰にもわからない」

「だったら、」

「ところで、」


 彼を遮るかたちで、続ける。

 ちょっと意地が悪いかな、と思いつつも。


「君はどうなの? 平くんは彼女に、高根沢さんに本音を聞いたことは?」


 一度唖然とし、

 それから目が泳ぐ平くん。


 実際詭弁ではある。俺だって彼女の――彼女たちの本音に踏み込んだことはないし。

 そもそも聞いてみたところで、素直に答えが返ってくるかは、また別だし。

 けど表情を見るに、目の前の彼はそこに思い至っていない。

 思い至る余裕を、失くしているようで。


「き……聞くまでもねーよ。俺はあいつの幼馴染だぜ? 聞くのはむしろ、ヤボっつーか」

「そう。ならそれでいいんじゃない? 俺はべつに強要しないし、そもそもそんな権利もない。――そしてそれは高根沢さんにも同じこと。俺は彼女になにも強要しない。むしろ俺なんかからは離れたほうがいいとさえ思ってる」

「お前、なにを……」


 気まずげに逸らされていた彼の目が、またこちらを捉える。

 意図を量りかねるような、それは困惑の視線。


「どうするかは高根沢さんが決めること。俺からどうこうするつもりはないし、その資格もないよ」


 立ち尽くす平くん。もう俺のことなど眼中にないかのような。

 ……これ帰っても大丈夫かな? とりあえず立ち去ってみよう。

 彼に背を向けその場を離れる。

 追ってくる気配は、なかった。



〈side:Taira〉



 ここ最近、俺のフラストレーションは限界を迎えつつある。


「斎藤君、昨日出てた課題見せてもらっていい? 翻訳のとこ、ちょっと自信なくて」

「あ、うん。いいけど……」


 廊下側、一番後ろの席。

 そこに座る男にナツが声をかけに行っている。

 男、斎藤(さいとう)(さい)とかいう、ふざけた名前の。


「……あーそっか。これってこっちにかかるのね。なーんか変な文になっちゃうと思ったら」

「うん。俺も一回躓いてさ。だから覚えてた」

「ふーん――あ、てかあなたも。ここの訳間違えてる」

「えっ。……あこれ、ほんとだ」


 互いのノートを机に置いて突き合わせている、それだけならまだいいが……

 ちょっと、いやかなりくっつき過ぎじゃねーか?

 なんで座ってる野郎のすぐそばに寄り添う? てか当たってるだろあれ、乳が……!


「なっちゃーん? くっつきすぎーっ」

「わっ、と、実乃里……」

「見んねあかり、卑しか女ばい」

「な、なんでゆきちゃん、方言?」


 見ればミノリ、チユキ、アカリまでもがあの席に集まっていく。

 ごく自然に。まるで以前からそうであったかのように。


「ふむ、英語の。わたしも見てもらおうかな」

「あ、じゃあ私も」

「――あのっ、私もお願いして、いい、かなー……?」

「構わないけど……みんなのが成績よくない?」


 ぱたぱたと、入れ代わり立ち代わり美少女たちがノートを持ち寄って。

 ふむふむなるほど、などと課題について談義。


 ……いやだから、おかしいだろ。

 そこは俺のポジションのはずだろ!


 ナツはまだいい。いや全然よくないが、あの野郎と関わっていたから、まだわかる。

 けど他の三人はなんだよ!

 なんなんだよ! なんでみんなしてあんな親しげなんだよッ!


 アカリたちはあの野郎になんら関わりもないはず……

 ……本当に? あの様子を見ているともはやそこから疑わしくなってくる。

 少なくとも昨日今日知り合った男女の距離感では、あきらかにない。

 いつから? いつのまに……?


 考えるほどに、もしや、と思えてきてしまう。

 不愉快過ぎて一度は否定した可能性。

 ミノリとチユキと、そしてナツ。

 あいつらがデートしていた相手は同一人物――つまり斎藤哉(あのやろう)ではないか。


 ありえないし、ありえてはならない。

 そもそもそうだとして、なんでアカリまでもが親しげなのか。

 わからない。それとも他になにか理由が?

 ……てかくっつき過ぎなんだよお前ら揃いも揃って!! なんで俺以外の男にあんな……ッ、あの野郎もあの野郎でスカした顔しやがって! 女に興味ありませんアピールか? 寒いんだよそういうのリアルで鈍感系主人公気取りかッ?!!


 精神を乱す光景に考えごとも上手くまとまらない。

 それだけじゃない。煩わしいのは教室のその他大勢(モブ)どもの雑音(ノイズ)


「ねえ、あれやっぱ」「フフ、やめなって」「ざまーねぇ」「うらやま……」


 思わず周囲にガンを飛ばす。

 それでいったんは静まる。

 クソが、モブの分際で。なんもねークセに他人を嘲るのだけは一丁前か。


 内心で毒づいても苛立ちは解消されない。

 ゆえに頭も上手く回らず、現状の把握もままならない。


 ……いや、こうしていたって埒は明かねーか。

 考えるよりまず行動、っつーことで――




「――おい!」


 放課後、ちょうど四人が揃って帰っていくのを認めた俺は、

 学校の敷地から出てしばらく行ったところで、そう呼び止めた。


「公助。どうしたのそんな大きい声で」

「どうしたのって、聞きてーのはこちらなんだがな……」


 振り返る四人。代表するように問うのはナツ。

 どこか暢気なその調子に、俺の返しもついぶっきらぼうなものに。

 ……おちつけ。こういう時こそ対話を冷静に……


「……ずいぶんと、仲良さそうだよなお前ら。あいつと」

「あいつ、ああ斎藤君。そうね、そう見えるなら、そうなのかもね」


 多少は揶揄も含んだ指摘。

 しかしナツの反応はどこか楽しげな、いっそ嬉しそうですらあるもので。

 またつい冷静さを欠きそうになる。


「――ッ、ナツだけじゃねえ。お前らまで、なんであいつにあんな気安いんだ……?」


 気を抜けば荒らぎそうになる感情と声。

 どうにか抑えて問う。


 はたしてアカリ、ミノリ、チユキの反応はというと、

 きょとん、と。


「なんでって……」

「まあそれはー、ねー?」


 それからどこかもじもじと、お互いを窺うようにするのはアカリとミノリ。

 一方チユキ、一度ナツのほうを見て。


「いいんじゃない? もう。言いたいなら言っちゃっても」

「ん。つまりそこはいろいろ――じゃなくてまあ、一度はデートした仲だし」


 ナツの反応を受け、あらためて俺を見て、告げる。

 内容に思考が停止する。

 は? いや、あ、え?


「その反応だと、やっぱり気づいてなかったんだ。デートの相手はみんな同じ、斎藤だってこと」

「変装は上手くいってたってことなのかしら。ああいうとこ如才ないわよね、彼も」

「あ、でも、斎藤君に確認取らないでよかったのかな? 話しちゃうの……」

「んー、大丈夫じゃない? もう今更な感じもするしー」

「私たちに悪い噂が立たないように、だものね。逆に言えば私たちが気にしなければ、問題はなくなる、と」


 なんでお前らそんな、平然と、

 俺を差し置いて、俺がこんだけ混乱してるってのに……!


「てか、待て。その感じだともしかして、アカリまで……」

「あ、やっぱり公助君、私たちのデートのことは知らなかったんだ」

「!?」

「ま、場所が場所だけに、誰かが偶然見かけるってことも起きにくいかもね」

「いいなー、遊園地……私もー、いつか……」


 ふと思い至って訊ねれば、なんて嫌な案の定だッ!


 つまり、あれか?

 結局、俺の美少女幼馴染全員に、手を出してたってことなのか?

 あの野郎。


「ふざけんなよ……」

「公助?」

「――あんなヤツのどこがいいんだよッ! っつーか俺は?! 俺がいるじゃねーかおまえらにはッ!!」


 限界まで来たフラストレーションが爆発した。

 あの野郎こそ元凶なのは間違いないだろうが、こいつらもこいつらだ。

 十年来の幼馴染の俺という男がありながら、他の男に入れ込むのはいったいどういう了見なんだ?

 久方ぶりに見せた俺の本気の怒りに、


 なんともいえない、変なものを食べたような顔のナツ。

 苦笑い気味に困惑顔のアカリ。

 なんとも仕方なさそうなハの字眉のミノリ。

 やれやれ、と言わんばかりに溜息などつくチユキ。


 ……なんだ、その、

 物怖じも反省の色も見えない、リアクションは……


「えっと、公助君?」

「もしかしたらーとは、薄々思ってたけどー……」

「うむ。もっと早くに、はっきり言っておくべきだった」


 それから順繰りに口を開くアカリ、ミノリ、チユキ。

 一度ナツのほうをチラリと見やり、


「私はいいわ。前にもう言ったから」

「そっか。じゃああらためて言うけれど――」


 短い返答を受け、再び視線をこちらに戻す。


 嫌な予感。

 この先を聞けばもう決定的に取り返しはつかないという。


「――私はべつに、公助君を男の子として好き、とかはないよ?」

「私もー。それはねー? 幼馴染のよしみ、くらいはまーあるけれどぉ……」

「同じく。というか、あらためて言うことでもない気もするけれど」


 残酷に告げられる。

 逃げる間も耳を塞ぐ間もなく。


 これまでにないほど揺らぐ視界。立っているのが不思議だ。

 いや本当に立てているのか? 俺? それすらわからない。


「ラブコめいた波動とか、正直オタクの感性で嗅ぎ分けられそうなものだけど……まあ現実(リアル)架空(フィクション)は勝手が違うか」

「結構露骨だったと思うけどねー、態度。公助くんよく触ってくるけど、好きな人に触られたらあんなおちついてられないよー」

「けど、きちんと言い出せなかったせいもあるよね。とくに私……もっとはっきり『イヤ』って言えてれば……」


 もはやこいつらのすべての言動が追い打ちにしかならない。


 俺は、類まれな立ち位置の、それこそラブコメ主人公とも、呼ぶべき存在で、


 それが、なんだ? これじゃ俺は主人公どころか、道化……


 ……当て馬?


「ま、総じてコミュニケーション不足ではあったかもね、私たち」


 事もなげな声は、ナツ。

 あいつも、そう。

 以前俺を、なんとも思ってないと……


「一応言っとくと、べつに嫌ってるわけじゃないのよ? 私も。長いつき合いだもの。あんたもいいとこのひとつやふたつ、あるってことくらいは知ってるんだし」


 こちらに向ける目。たしかにそれなりに親しみは感じる。

 だが、それ以上の感情は……

 わからない。視界がぐわんぐわん揺れているせいもあって。


「ただ惚れてるとかじゃないってだけ。って、これは前にも言ったことか」

「私も。だからこれからは、その、」

「いいお友達でいましょー、かなー? あ、もちろんお触りとかはもうだめー、ね?」

「それとわたしは同好の士としてなら、……いやでも実際趣味嗜好でいえば斎藤のが合うとこが、」


 耐えきれなかった。

 全力でその場から立ち去っていた。

 ナツたちの呼び止める声が聞こえた気がしたけど、正直よくわからない。

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― 新着の感想 ―
仲良し女子グループに混ざった幼馴染とか一番恋愛と程遠い存在だしね スペック平凡で俺はまだ本気を出してない精神のヲタとかナツから好意持たれてただけ奇跡
>「私はいいわ。前にもう言ったから」 4人の中で公助に好意を持っていたのはナツだけ。 公助にとって本当の意味で寝取られたのはナツだけ。
一人だけと真摯に向き合っていれば、ナツかアカリなら可能性はあったのかな? ナツは少なからず好意あったし、アカリは押しに弱かったし。 ミノリとチユキは元から無理だったと思うけど。 ただ、どちらかと付き合…
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