揉めた
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体育の授業で平くんと揉めた。
というより一方的に詰られた。
当然授業は一時騒然。
授業後も先生に事情を聞かれたが、そこはなあなあで誤魔化した。
俺の不甲斐ないプレイに平くんが義憤に駆られた――適当な作り話だったけど、踏み込んだ追及はされなかった。というかそれ以上は面倒だったんだろう、先生にしても。
ともあれその件はそれで終わり。
……というわけには、当然いかず。
「これ、お前で間違いはねぇな?」
放課後、校舎裏。
自身の端末の画面をこちらに示すのは、平くん。
見るからに怒りに満ち満ちた目。
「そうだね、俺だ。一緒に写ってるのは、高根沢さん」
「ッ!!」
事ここに至れば、素直に答える。
元々隠し通せるとも思っていなかった。べつにひた隠し、ってほど徹底したわけでもなかったし。
ただ聞かされる平くんはまあ、面白くはないだろう。
今も、掴みかからんとする自分を必死で抑えている様子。
右手を左手で押さえつけるようにし、「静まれ……まだだ、まだ我慢しろ……」などと呟いて。
「フーッ。……で、これはいったいどういうことなんだ? なんでお前はナツと一緒にいた? あの日、なにしてたんだよ、二人きりで……!」
ドスを利かせている、のだろう声。
全部包み隠さずに答える、わけにはいかないか。
とくにお出かけの後に関しては吹聴するようなことでもないし、彼も聞きたくないだろうし。
なにより高根沢嬢が嫌だろうし。
「えっと、1on1とか、カラオケとか?」
「……あ?」
「隣町のほら、あそこの施設。そこで二人で一日遊んだよ。包み隠さず言えば、まあデートだね」
「…………!」
さておいて、答えられる範囲は正直に言う。
画像からも想定される返答だろう。というかこうしてあらためて見るとデート以外のなにものにも見えないな、あの日の俺と高根沢嬢。バレるのも時間の問題だった感。
一方でやはり面白くないのか、平くんの視線はますます不機嫌さを増していく。
「なんだってッ、んなことになってんだよ!? そもそもおめーとナツに接点なんかねーだろ? たかが同じクラスだからって、今までんなこといっぺんもなかったのに……!」
「あー……きっかけに関しては、俺の一存じゃ言えないかな」
「はぁっ?! んな、どういう……」
馴れ初め、というと語弊があるか。とにかく最初のきっかけにあたるあの出来事は、俺が勝手に言っていいものでもないだろう。高根沢嬢からしたら忸怩たるものだろうし。
けどお茶を濁すような物言いは、平くんに余計な困惑を与えてしまったらしい。なにかよからぬ想像が巡っているようで、顔色も思わしくなくなっていく。
前髪で目元が窺えなくなるほど、俯き、
ッスー……、フーッ……と、深呼吸の音。
「結局、なんなんだお前は? お前はナツのなんだ? ナニのつもりなんだ?」
ややあって、重苦しい声での、問い。
ナニ。つまりは、関係か。
俺と彼女、高根沢嬢との関係は――
「……友達、かな? たまに会って、一緒に遊んだりする」
端的に言えば、そうなるだろう。
恋人、ではないし、ならない。そこは最初に、そう決めたから。
……カタカナ三文字での表現も思いついたけど、さすがに自重して。
はたして平くんからの反応は――
「――ッ図に乗んなよテメエ」
いきなり詰めた距離。その勢いで胸倉を締め上げられる。
校舎の壁に俺を押しつけながら、
睨み、見上げる彼の目に満ちるのは、もはや憎悪といっていい気配。
「高根沢夏は平公助のだ。友達だかなんだか知らねーがな、あいつの一番の男は俺だと決まってんだよ。弁えろ。こちとら十年以上あいつの幼馴染やってんだぜ……?」
凄みを利かせている、のだろう低い声。
ギリギリと締め上げる力には遠慮がない。暴力を振るい慣れてる、
というよりは他人に、俺に対する思いやりがまったくない感じ、かな。
「弁えたか? 弁えたな? ならナツから手を引け。あいつだってつきまとわれんのは迷惑なんだよ。あの見た目だ。下種な男の視線やなんや、うんざりしてんだ。わかるよな?」
言う最中で俺の制服から手を放す平くん。
台詞だけならそれは、幼馴染への気遣い。
けど、
「それって、平くんが決めることかな」
「なっ――」
すこし、言い返したくなる。
黙っていたほうが穏便に済むのだろうけれど。
「高根沢さんが本気で嫌がっているのなら、俺ももう関わらないようにする。けど少なくとも、俺は今まで彼女になにか無理強いをしたつもりはない。彼女だって、嫌々はつき合っていなかったはず」
「……っ! どうだかな。口に出さないだけで嫌だったかもしれねーぜ? 人が好いあいつの気遣いに、テメエが気づいてなかっただけなんじゃねーか?」
「かもね。本当の胸の内なんて、誰にもわからない」
「だったら、」
「ところで、」
彼を遮るかたちで、続ける。
ちょっと意地が悪いかな、と思いつつも。
「君はどうなの? 平くんは彼女に、高根沢さんに本音を聞いたことは?」
一度唖然とし、
それから目が泳ぐ平くん。
実際詭弁ではある。俺だって彼女の――彼女たちの本音に踏み込んだことはないし。
そもそも聞いてみたところで、素直に答えが返ってくるかは、また別だし。
けど表情を見るに、目の前の彼はそこに思い至っていない。
思い至る余裕を、失くしているようで。
「き……聞くまでもねーよ。俺はあいつの幼馴染だぜ? 聞くのはむしろ、ヤボっつーか」
「そう。ならそれでいいんじゃない? 俺はべつに強要しないし、そもそもそんな権利もない。――そしてそれは高根沢さんにも同じこと。俺は彼女になにも強要しない。むしろ俺なんかからは離れたほうがいいとさえ思ってる」
「お前、なにを……」
気まずげに逸らされていた彼の目が、またこちらを捉える。
意図を量りかねるような、それは困惑の視線。
「どうするかは高根沢さんが決めること。俺からどうこうするつもりはないし、その資格もないよ」
立ち尽くす平くん。もう俺のことなど眼中にないかのような。
……これ帰っても大丈夫かな? とりあえず立ち去ってみよう。
彼に背を向けその場を離れる。
追ってくる気配は、なかった。
〈side:Taira〉
ここ最近、俺のフラストレーションは限界を迎えつつある。
「斎藤君、昨日出てた課題見せてもらっていい? 翻訳のとこ、ちょっと自信なくて」
「あ、うん。いいけど……」
廊下側、一番後ろの席。
そこに座る男にナツが声をかけに行っている。
男、斎藤哉とかいう、ふざけた名前の。
「……あーそっか。これってこっちにかかるのね。なーんか変な文になっちゃうと思ったら」
「うん。俺も一回躓いてさ。だから覚えてた」
「ふーん――あ、てかあなたも。ここの訳間違えてる」
「えっ。……あこれ、ほんとだ」
互いのノートを机に置いて突き合わせている、それだけならまだいいが……
ちょっと、いやかなりくっつき過ぎじゃねーか?
なんで座ってる野郎のすぐそばに寄り添う? てか当たってるだろあれ、乳が……!
「なっちゃーん? くっつきすぎーっ」
「わっ、と、実乃里……」
「見んねあかり、卑しか女ばい」
「な、なんでゆきちゃん、方言?」
見ればミノリ、チユキ、アカリまでもがあの席に集まっていく。
ごく自然に。まるで以前からそうであったかのように。
「ふむ、英語の。わたしも見てもらおうかな」
「あ、じゃあ私も」
「――あのっ、私もお願いして、いい、かなー……?」
「構わないけど……みんなのが成績よくない?」
ぱたぱたと、入れ代わり立ち代わり美少女たちがノートを持ち寄って。
ふむふむなるほど、などと課題について談義。
……いやだから、おかしいだろ。
そこは俺のポジションのはずだろ!
ナツはまだいい。いや全然よくないが、あの野郎と関わっていたから、まだわかる。
けど他の三人はなんだよ!
なんなんだよ! なんでみんなしてあんな親しげなんだよッ!
アカリたちはあの野郎になんら関わりもないはず……
……本当に? あの様子を見ているともはやそこから疑わしくなってくる。
少なくとも昨日今日知り合った男女の距離感では、あきらかにない。
いつから? いつのまに……?
考えるほどに、もしや、と思えてきてしまう。
不愉快過ぎて一度は否定した可能性。
ミノリとチユキと、そしてナツ。
あいつらがデートしていた相手は同一人物――つまり斎藤哉ではないか。
ありえないし、ありえてはならない。
そもそもそうだとして、なんでアカリまでもが親しげなのか。
わからない。それとも他になにか理由が?
……てかくっつき過ぎなんだよお前ら揃いも揃って!! なんで俺以外の男にあんな……ッ、あの野郎もあの野郎でスカした顔しやがって! 女に興味ありませんアピールか? 寒いんだよそういうのリアルで鈍感系主人公気取りかッ?!!
精神を乱す光景に考えごとも上手くまとまらない。
それだけじゃない。煩わしいのは教室のその他大勢どもの雑音。
「ねえ、あれやっぱ」「フフ、やめなって」「ざまーねぇ」「うらやま……」
思わず周囲にガンを飛ばす。
それでいったんは静まる。
クソが、モブの分際で。なんもねークセに他人を嘲るのだけは一丁前か。
内心で毒づいても苛立ちは解消されない。
ゆえに頭も上手く回らず、現状の把握もままならない。
……いや、こうしていたって埒は明かねーか。
考えるよりまず行動、っつーことで――
「――おい!」
放課後、ちょうど四人が揃って帰っていくのを認めた俺は、
学校の敷地から出てしばらく行ったところで、そう呼び止めた。
「公助。どうしたのそんな大きい声で」
「どうしたのって、聞きてーのはこちらなんだがな……」
振り返る四人。代表するように問うのはナツ。
どこか暢気なその調子に、俺の返しもついぶっきらぼうなものに。
……おちつけ。こういう時こそ対話を冷静に……
「……ずいぶんと、仲良さそうだよなお前ら。あいつと」
「あいつ、ああ斎藤君。そうね、そう見えるなら、そうなのかもね」
多少は揶揄も含んだ指摘。
しかしナツの反応はどこか楽しげな、いっそ嬉しそうですらあるもので。
またつい冷静さを欠きそうになる。
「――ッ、ナツだけじゃねえ。お前らまで、なんであいつにあんな気安いんだ……?」
気を抜けば荒らぎそうになる感情と声。
どうにか抑えて問う。
はたしてアカリ、ミノリ、チユキの反応はというと、
きょとん、と。
「なんでって……」
「まあそれはー、ねー?」
それからどこかもじもじと、お互いを窺うようにするのはアカリとミノリ。
一方チユキ、一度ナツのほうを見て。
「いいんじゃない? もう。言いたいなら言っちゃっても」
「ん。つまりそこはいろいろ――じゃなくてまあ、一度はデートした仲だし」
ナツの反応を受け、あらためて俺を見て、告げる。
内容に思考が停止する。
は? いや、あ、え?
「その反応だと、やっぱり気づいてなかったんだ。デートの相手はみんな同じ、斎藤だってこと」
「変装は上手くいってたってことなのかしら。ああいうとこ如才ないわよね、彼も」
「あ、でも、斎藤君に確認取らないでよかったのかな? 話しちゃうの……」
「んー、大丈夫じゃない? もう今更な感じもするしー」
「私たちに悪い噂が立たないように、だものね。逆に言えば私たちが気にしなければ、問題はなくなる、と」
なんでお前らそんな、平然と、
俺を差し置いて、俺がこんだけ混乱してるってのに……!
「てか、待て。その感じだともしかして、アカリまで……」
「あ、やっぱり公助君、私たちのデートのことは知らなかったんだ」
「!?」
「ま、場所が場所だけに、誰かが偶然見かけるってことも起きにくいかもね」
「いいなー、遊園地……私もー、いつか……」
ふと思い至って訊ねれば、なんて嫌な案の定だッ!
つまり、あれか?
結局、俺の美少女幼馴染全員に、手を出してたってことなのか?
あの野郎。
「ふざけんなよ……」
「公助?」
「――あんなヤツのどこがいいんだよッ! っつーか俺は?! 俺がいるじゃねーかおまえらにはッ!!」
限界まで来たフラストレーションが爆発した。
あの野郎こそ元凶なのは間違いないだろうが、こいつらもこいつらだ。
十年来の幼馴染の俺という男がありながら、他の男に入れ込むのはいったいどういう了見なんだ?
久方ぶりに見せた俺の本気の怒りに、
なんともいえない、変なものを食べたような顔のナツ。
苦笑い気味に困惑顔のアカリ。
なんとも仕方なさそうなハの字眉のミノリ。
やれやれ、と言わんばかりに溜息などつくチユキ。
……なんだ、その、
物怖じも反省の色も見えない、リアクションは……
「えっと、公助君?」
「もしかしたらーとは、薄々思ってたけどー……」
「うむ。もっと早くに、はっきり言っておくべきだった」
それから順繰りに口を開くアカリ、ミノリ、チユキ。
一度ナツのほうをチラリと見やり、
「私はいいわ。前にもう言ったから」
「そっか。じゃああらためて言うけれど――」
短い返答を受け、再び視線をこちらに戻す。
嫌な予感。
この先を聞けばもう決定的に取り返しはつかないという。
「――私はべつに、公助君を男の子として好き、とかはないよ?」
「私もー。それはねー? 幼馴染のよしみ、くらいはまーあるけれどぉ……」
「同じく。というか、あらためて言うことでもない気もするけれど」
残酷に告げられる。
逃げる間も耳を塞ぐ間もなく。
これまでにないほど揺らぐ視界。立っているのが不思議だ。
いや本当に立てているのか? 俺? それすらわからない。
「ラブコめいた波動とか、正直オタクの感性で嗅ぎ分けられそうなものだけど……まあ現実と架空は勝手が違うか」
「結構露骨だったと思うけどねー、態度。公助くんよく触ってくるけど、好きな人に触られたらあんなおちついてられないよー」
「けど、きちんと言い出せなかったせいもあるよね。とくに私……もっとはっきり『イヤ』って言えてれば……」
もはやこいつらのすべての言動が追い打ちにしかならない。
俺は、類まれな立ち位置の、それこそラブコメ主人公とも、呼ぶべき存在で、
それが、なんだ? これじゃ俺は主人公どころか、道化……
……当て馬?
「ま、総じてコミュニケーション不足ではあったかもね、私たち」
事もなげな声は、ナツ。
あいつも、そう。
以前俺を、なんとも思ってないと……
「一応言っとくと、べつに嫌ってるわけじゃないのよ? 私も。長いつき合いだもの。あんたもいいとこのひとつやふたつ、あるってことくらいは知ってるんだし」
こちらに向ける目。たしかにそれなりに親しみは感じる。
だが、それ以上の感情は……
わからない。視界がぐわんぐわん揺れているせいもあって。
「ただ惚れてるとかじゃないってだけ。って、これは前にも言ったことか」
「私も。だからこれからは、その、」
「いいお友達でいましょー、かなー? あ、もちろんお触りとかはもうだめー、ね?」
「それとわたしは同好の士としてなら、……いやでも実際趣味嗜好でいえば斎藤のが合うとこが、」
耐えきれなかった。
全力でその場から立ち去っていた。
ナツたちの呼び止める声が聞こえた気がしたけど、正直よくわからない。




