こいつは、いったい
〈side:Taira〉
一日学校を休んだ。
親がなんか言っていたが、全部無視した。
昨日から風呂にも入らず、飯も食わず、ずーっとベッドの上に転がっている。
死体になった気分だ。
(俺は、俺は……恵まれてる)
声を出すのも億劫で、頭の中だけでぼやく。
恵まれている、恵まれていた――そのはずだ。
幼くして将来美人確定の女の子が四人も身近にいて、
みんなそれぞれタイプは違って、それなりに親しくやれていて……
(やれていた、やれていたんだ……なのに)
ナツがデートをしていた。知らない男と。
ミノリもチユキもそれぞれデートをしていたらしい。
それなら今度はと俺がアカリをデートに誘えば、
断られた。
やんわりと。だがはっきりと。
ドン!
くそ、壁殴っちまった。
……どうしてこうなった?
俺は、俺は、
俺に落ち度はない。そのはずだ。
今まで恋人未満の幼馴染に止めておいたのは、関係の急変でぎくしゃくするのを憂慮したため。
そう、慎重になったのは、あいつらを想ってこそだったんだ。
なのにそれを、俺の誠意を、気遣いを、あいつらは……
「――ッ」
上体を起こして頭を振る。
あいつらに当たってどうする。
今は……そう、
互いに一時、すれ違っているというだけ。いわばボタンのかけ違いってやつ。
悪いのは、
だから悪いのは――
(……こいつだ)
端末の画面を睨む。
ナツと一緒に写る男。
そうだ。こいつは、いったい誰なんだ?
なんで今までそこに思い至らなかった? いくら打ちのめされてたとはいえ……
だが、そうだよ。
思えば全部こいつのせいじゃねえか!
(スカした格好しやがって……微妙に俺より背ぇ高そうなのもむかつくな)
画面を睨めつけたまま、考える。
こいつの正体は? 学校は? 同じか? 他校か? 年上――大学生とかの可能性もある。
やや後ろからのアングルなため、微妙に顔が写っていないのが悔やまれる。
だがこれは間違いなく手がかり。
(ナツには……聞いても教えてくんねーだろうな)
やるべきことが定まる。
すると今まで感じなかった空腹を覚える。眠気もすごい。昨夜はよく眠れなかったからな。
現金なもんだ。現金なもんだが……
「生きてる証、ってか? ――っし」
踏んばるようにベッドから降りて、階下へ向かう。
そうして家族の出払ったリビングで冷蔵庫から漁ったもんを腹に収め、
軽くシャワーも浴びてから自室へ戻る。
同時に眠気にどっと襲われる。そのままベッドへと倒れ、
薄れる意識のなかひとつ、思う。
このまんまじゃ済まさねーぞ、と……
(――クソッ、芳しくねーな)
ナツに手を出した例のクソ野郎だが、捜索はなかなか思うようにいかない。
手がかりが顔の見えない画像ひとつってのは、やはり厳しい。警察でもない俺がこれだけでどこの誰ともわからん男を探すんだ、無謀とさえいえる。
おそらくは同校生、の可能性が一番高いんだよな。あいつら塾とか行ってないしバイトもやってない。異性と接点ができる場なんて、高校をおいて他にないんだ。
だがそれらしいやつが、見つからない。一応他の学年含めて全クラス回ったにもかかわらず。背格好からだいぶ絞れるはずなんだが……野郎の見分けとかかったるいのもあるとはいえ。
同校でないなら、他校。けどそれこそ雲を掴むような話だ。
(いっそナツに直接聞けりゃ手っ取り早いが……)
生憎あいつは口を割らない、
というかあれから会話らしい会話すらしてない。それこそ学校関係の事務的なやりとりくらいで、ダベったりなんだりが全然ない。登下校で一緒にすらならないし……
そればかりか、
アカリ、ミノリ、チユキの三人までもが最近どうにも、余所余所しい。
避けられてるってほどでもないが、少なくとも向こうから話しかけてきたりが、ない。
(つーか最近触ってねーなぁ、あいつらに)
俺たちの定番であるはずのスキンシップ――そのへんもだいぶご無沙汰だ。
そもそも触りに行けるとこまで近づいてこねーんだよなぁ。
おかげで近頃欲求不満気味。あの感触こそ独り自室で勤しむ際の、恰好のおともなのに……
まあそれもこれも、全部あのクソ野郎のせいか。
ヒトの幼馴染を誑かしやがって。
ナツもナツで、あんなスカしたヤツのどこがいいんだか。
俺の美少女幼馴染を惑わせた報いは、受けさせねばならない。
だからそのためにもヤツの捜索は急務なんだが……
――ああ、そういえば、
例の画像はゲンさんやフジワラにも見てもらっている。
その際の彼らが言うには、チユキやミノリと歩いていた男――
背格好がちょうど、画像のクソ野郎と同じくらいに見えたとか。
偶然、だろうか。
あれくらいの背丈が、あいつら共通の好みとか?
同一人物、
――は、さすがにないだろう。俺の幼馴染に三股かけるとか、そんな万死に値する存在が実在していいはずがない。あいつらだってそんな尻軽でもないだろうし……いや騙されてて知らないだけって可能性のが高いが。
とにかくありえない話だ。
ゲンさんやフジワラも――
『……いや、うーんどう、かな……?』
『似ては、ねーんじゃねーか? いやよォ、服の趣味がだいぶちげーし……』
こう言ってたしな。なんにせよこの画像みたいな具体的な手がかりがない以上、そっちのクソ男どもを探すのは後まわしになるが。……報いは必ず受けさせるにせよ。
(とにかく今はこっちの野郎、だよな)
端末の画面を睨めつける。
そうこうするうち、予鈴が休み時間の終わりを告げ――
(だりー……)
体育の授業だった。
種目はサッカー。視線の先では同級生数人が、ボールを巡る攻防を繰り広げている。
俺、平公助はディフェンスとして後方待機。
こういう場面では昔からほぼ定位置。
まぁ俺ってばどちらかというと一匹狼気質だしな。チームプレイはガラじゃないんだ。
前方では味方チームがゴールを目前に張り切っている。
サッカー部員を中心に運動得意なやつが数人。
ほんと、ようやるわ。
まーベンチ要員でも素人相手なら無双状態だろうし、気持ちはわからんでもない。
「しゃあっ!」
「ナイッシュー!」
お、一点。決めたサッカー部員が大袈裟にガッツポーズ。
ついでにコート外へ視線をチラリと。
その先はテニスコート。女子が授業受けてる場所。
やけに張り切ると思えば、そういうことか。おおかたナツとかへの自己アッピルだろう。クラスが同じだからワンチャン、などの勘違いは以前からも窺えた傾向で。
俺なんてどうとでもなる、とナメられてるのも癪だが、
今はもっと複雑な意味合いで、癪だ。
ナツが、ミノリが、チユキが、
誰とも知れない男とデートしていた事実をあいつらは知らない。
俺さえどうこう出来ればワンチャン、と思いこんでるのは滑稽だが、
そもそもハナからノーチャン、だとしたらそれは俺にも突き刺さることでもあり……
「――ッチ」
グラウンドの砂地を、軽く蹴散らす。
地面に当たってもしかたない。当たるなら元凶であるあのクソ野郎こそ相応しいが、
見つからないことにはどうにもならない。
募る苛立ち。
(幼馴染もあいつらだ。いったいどういうつもりで――)
自然と目がいったテニスコート。
そうして気づく。ちょうど休憩中だったのか、
ナツが、あきらかにこちらを意識した視線を向けていて……
(……なんだよ)
ささくれ立った気持ちが静まる。
素気無いフリして、なんだかんだ俺を気にかけてるんじゃねーか。
あいつだって現状に思うところがある。それがわかっただけでも充分。
思えば俺もすこし過敏になってたとこ、あるかもな。
歩み寄り、ってのも大事だ。ここはひとつ俺からもフランクに、手など振り返してみたり、
「ディフェンス! 止めろーっ」
――しようとしたところでサッカー部員の声が届く。そういや授業中だった。
思わず身構えるが、相手チームがドリブルで向かっているのは、こちらではなく逆サイド。
迎え撃つのは……なんかぼさっとしたやつ。
クラスメイト、だよな? たしか。
話したことは一度もない、いるかいないかさえ今まであやふやだったが。
案の定というか、あっさり相手に抜かれてしまっている。印象同様、動作もトロいな。あれなら俺のほうがよっぽど粘れる。半端にデカい図体してるクセに――
なんだ?
ふと覚える違和感。
いやこれは……既視感?
呆然と相手チームを見送るそいつ。
やや後方からの横顔が、背中が――不意に記憶と重なる。
端末の画面。
不快なシーン。
そうだ、さっきのナツの視線、
思えばあれは本当に俺に向けられたものだったか?
ナツと俺を結んだ延長線上、あの時ちょうどその先にいたのは――
「――お前かぁッ!!!」
気づけば駆け寄り詰め寄って、
俺はそいつの胸倉を掴み、全力で吊し上げていた。




