居心地がいい
誤字報告ありがとうございます。
今回は大丈夫と思ってたんだけどなあ……
あ、もちろん感想、評価も、感謝。
●
翌日日曜、今日は高根沢夏嬢とのデートの日。
待ち合わせは日永嬢のときと同じ駅前。あの日は西口側だったけれど、今日は東口側。
(まだ来てないかな……?)
ベンチなども置かれた木陰。
まばらに立つ人のなかに彼女の姿はなさそう。
「――なにキョロキョロしてるの」
と思いきや、横合いからかかる声。
「わ、来てたんだ。ごめん、気づかなかった」
「しっかりしてね。……まあ、無理もないかもしれないけど」
そう言ってすこしそっぽを向く高根沢嬢。
トップスのオーバーサイズのトレーナは白に近いグレー。フロントに大きく“00”のプリント。
ボトムスは細身の紺のジーンズ。足元のスニーカーには、よく知られたメーカーのロゴが。
髪形はいつもどおり、かな? 黒いキャップを被っているのではっきりとは言えない。
肩口にはリュックの肩紐が見える。そこにもそれからキャップにも、カラフルな缶バッジがいくつか。
さらに目元はいつもの眼鏡ではなく、オレンジのサングラス。
「意外とやんちゃな私服なんだね」
「――あなたが、まわりにバレないようにって言いだしたんでしょっ。いつもはこんな格好じゃないわよ……!」
どうも気を遣ってくれたらしい。言いだしたのは彼女たちに変な噂が立たないように、という配慮からだったけど……つまりは気遣いへの気遣い?
なんにせよ、こちらを思ってのことに変わりなく。
「だったね、ありがと。……そういう格好も似あうね。カッコ可愛いというか」
「っ、ほんとそういうの、さらっと言うのね……なんか手馴れてて癪」
「そうかな? もっと気の利いたこと言えたらなって、自分では思うんだけど。本心から言ってるつもりでも、どうも軽く聞こえるらしいし」
「~~ッまたさらっと、ほんとにもう……っ」
また照れてそっぽを向く、そんな高根沢嬢もまた可愛いと思う。
けど、なるほど。今日は普段と違う装い。
それを拝めたことを喜ぶべきか、平素の彼女が見れなかったのを嘆くべきか……難しいところ。
「というか、そういうあなたもその格好……ちょっとヤカラっぽいわよ」
「あ、やっぱり? 俺もまあ一応変装ってほどじゃないけど……ちょっとやり過ぎた感は、たしかに」
バレないようにという配慮、こちらもじつはずっと続けていて。
これまでのデート、どれも装いをすこしずつ変えていたりする。けど四度目となるとさすがにネタ切れ気味なところもあり、今日は若干いかがわしい感じになってしまった。
まあお相手も今日はやんちゃ寄りなので、奇しくもバランスは取れたかもしれない。
アレ過ぎるかと思って胸ポケットに入れてたけど、これなら俺もかけても大丈夫だろうか。
「とにかく行こうか。まずはどっち?」
「あなたもかけるのね、それ……まあいいわ。うん、行きましょ」
グリーンのグラスをかけ、ある種お揃いとなった二人。
高根沢嬢がすこし先行するかたちで、俺たちは街へと踏み出す。
弾む息。
互いの体は至近距離。
目の前の一挙一動に、全神経を集中させ……
「――ッ、やた! また私の一点っ」
「あらら」
するりと脇を抜ける相手を、あえなく見送ってしまう。
小さくガッツポーズする彼女を見やりつつ、足元に転がってきたボールを拾う俺。
例によって、本日もまたプランは相手におまかせ。
高根沢嬢の選んだデートスポットは、全国展開する複合アミューズメント施設。
今いるのはその一角、室内コートのひとつ。
バスケのボールとゴールを使った1on1。
その何ゲーム目かを、ちょうど彼女に取られたところで。
「でも、ちょっと意外かな」
「?」
「高根沢さん、こういうスポーティなとこ来るんだね」
「見えない? 体動かすのは結構好きなのよ、私」
あらためてラインに着く彼女は、ちょっと好戦的な目つき。
なるほど、負けず嫌いっぽい感じはたしかに以前からしていた。
それに実際の動きもなかなかのもの。さらに現状こちらが劣勢なのも事実で。
「とはいえ、ここに来るのは結構久しぶりだけどね」
「そうなんだ?」
「んーまあ、誘う相手が、ね。あかりと実乃里は運動がちょっと……だし、千雪はそもそも興味ないから」
「あー」
言われて妙に納得。たしかにあのお二人は体つきからして……いやべつにだらしないとかは全然ないんだけど、筋力とか瞬発力とかとは縁遠そうというか。
小井嬢はわりと引き締まってる印象だけど、興味の問題なら仕方ない、か?
そんな納得のしかただったので、はっきりと頷けず曖昧な声でぼかしたり。
「ま、ほんとは私の都合なんだけどね。あの子たちのせいってわけじゃなく」
「高根沢さんの?」
「……その、この余分な成長がちょっと、ね。実乃里たちにも言えることなんだけど」
「あー……」
一瞬だけ腕組んで上げる動作。それを見て、思わずまた曖昧な声。
豊潤でいらっしゃるからね、お三方。というか運動得意でない大部分の理由がそこなのでは。
「もー、中学まではもっと動けたのに……部活入らなかったのもそのせい、ってのはちょっと言い過ぎか。――まあとにかく、たまにはこうやって体動かしたくなったりするわけ」
気を取りなおすように、一度ぐっと伸び。
それからこちらに視線を合わせて、
「だから、今日はありがと。つき合ってくれて」
飾らない、自然な笑顔。
それだけで、今日はもう十分元が取れた気分。
「けど、ふふ。このままいくと私の勝ち越しよ? いいのー女子相手に」
かと思えば今度は不敵に。
得意げな顔もまた魅力的だけど……
「……ま、ちょっとはいいとこ見せないとね、俺も」
「ふふっ、そうね。是非見せてもらわなきゃ」
それはそれとして、このまま負けっぱなしというのも少々不甲斐ない。
せめて満足してもらえるくらいには善戦しないと、取った元にも釣り合わないか――
そう思いつつ一歩踏み出し、何ゲーム目かの勝負はまた、始まる。
〈side:Natsu〉
(……勝ち越しちゃったわね)
化粧台の鏡の前、手を洗いながら私、高根沢夏はついさっきまでを振り返る。
思うに彼――斎藤哉君。
あまり球技が得意でないのでは?
運動神経はけっして鈍くないはず。体はそれなりに鍛えられてるし、足もたぶん遅くはない。
ただなんかこう……判断が甘い。
動きもいまいちキレがないというか、簡単なトラップに素直に引っかかっちゃうというか。
(勝負事向きじゃないのかもね、性格的にも)
そんな気もする。普段の彼の様子を思い浮かべつつ。
いつものほほんとしてるし。こっちの要望とか、わりと素直にほいほい受け入れちゃうし。
無理につきあわせているかな? ひょっとして、今日も。
……でもべつにつまらなそうとかキツそうとか、そういう様子はまったくないのよね。
むしろ終始楽しそう、
いや、幸せそう、か。
ずっと朗らかというか、
私といられて嬉しいというのが、仕草の端々から伝わってくるというか……
「……ぁぁ、もぅ」
つい呻く。
誰かいたら訝られたろうけど、今この場には私しかいない。
駄目なんだってば、絆されたら。
たしかに彼は……言うなればそう、“居心地がいい”
けどそれだって、私に対してだけってわけじゃない。
あかりにも、実乃里にも、千雪にも、
斎藤君は同じ態度で接している。
今までの、みんなから聞いたデートの様子。
なによりこれまで接してわかった彼の人となりからも、それは容易に想像できることで。
私一人が彼の特別ではない。
そしてそれは、他の三人もまた同じ。
『俺、恋人をつくる気はないから。お互い本気にはならないこと』
いつかの台詞が思い起こされる。
そう、ろくでもない男なのだ。そういうことを、平気で言う。
わかってる。そのはずだ。
わかってるのになんでまた、私は、こんな……
「……~~ああ、もうっ」
パシン、と、濡れた手のまま両頬を張る。
そうして無理矢理、気持ちを切り替える。
(――こうなったら徹底的に勝ち越してやろうかしら。図らずも“球技が苦手”って弱みは握れたんだし……)
ふっふっふ、とちょっと暗い笑み。
遊びだってのなら、思う存分遊び倒してやろうじゃないの。
そんな姑息な決意を胸に化粧室を出て、待っている彼のもとへと赴き――
そうして、私が目にしたのは、
「あっ、高根沢さんその……どうしよう? これ」
いつになくうろたえた様子で近くのベンチに座る姿と、
「……」
そのすぐ横にちょこんと、見知らぬ女児が座っている様で。
「……未成年者略取?」
「人聞き悪すぎる。いやどっちかっていうと……ほら」
さすがに過ぎた物言いだったか、斎藤君もさも心外そうな顔。
それから指し示した指の先、
女の子のちっちゃな手が、彼の上着の裾をしっかり握っていて。
「ずいぶん懐かれたのね……?」
「あの、本当にね? なんでかわかんなくて……このくらいの子にどう接していいのかも、全然経験ないから、その……」
ついじっと見つめてしまう。
いや、こんな子供にやきもち妬いたとかではなくて。
でも、思った以上にとまどってるわね、斎藤君。私たちはそつなくあしらえるくせに、こんな小さな子にはたじたじなんて。兄弟とか親戚とか、このくらいの子が身のまわりにいなかったってところ?
サングラスも外してポケットに入れている――一応最低限、威圧感を与えないようにはしているらしい彼に、またちょっと可笑しみを感じつつ。
さておき、いつまでも面白がってはいられない。
ベンチに座る女の子の前、私はしゃがみ込んで、
「こんにちは。私、なつっていうの。あなたのお名前は?」
「……まゆ」
「そっか。まゆちゃん、お母さんかお父さんは? 一緒じゃないの?」
「わかんない」
努めて優しく話しかける。
思ったより落ち着いてるのは助かるけど、返ってくるのはやはりというか、歳相応の短い応答。
それでも、ゆっくりと。けして焦らせないよう根気よく聞き出せば――
「――そっかじゃああっちの、自販機のほうから来たのね。あそこなら受付のほうが近いから、ひょっとしたらそろそろ迷子の放送とかかかるかも」
おおまかな事情は把握できた。ママと一緒に来て、突然いなくなったと思って急いで駆け出してしまった。おそらくそれこそがはぐれた原因だろうけれど……責められないわよね。子供の視野は狭く低い。お母さんも、子供の突拍子のない行動すべてに対応できるわけでもないし。
と、そこで折よく館内放送。
伝えられているのは間違いなく、この子のことで。
「まゆちゃん、ママがさがしてるって。行こ? お姉さんもついてってあげるから」
「……」
「……え? あ、俺も一緒?」
自分を指差す斎藤君を見て、まゆちゃんがこくりと。
しっかり握られたままの服の裾。加えて私に任せきって完全に油断していた彼にも可笑しさがこみ上げ、思わずちょっと吹き出してしまう。
この期に及んで「俺いるかな……?」などとぼやき立ち上がりつつも、まゆちゃんに手を差し伸べ服から手へ繋ぎなおさせている斎藤君。
クスリと笑って、私も反対側の小さな手を取る。
そうして三人で受付のほうへ。
「こういう絵あるよね。宇宙人捕まえてるやつ」
「なんなのその例え。せめて、」
「……せめて?」
「なんでもないっ」
親子とか夫婦とか、まっさきに浮かんでしまった自分が悔しい。
不思議そうに見上げるまゆちゃんには微笑みを返す。この子になんの罪があろうか。
罪深男の朗らかな横顔を精一杯、一瞬だけ睨みつつも。
ほどなく辿り着いた先。
受付前にいた優しそうな女性を認めるや否や、まゆちゃんがダッシュで駆けだし抱きつきに行く。
ありがとうございますいえいえどういたしましてと、ひとしきり互いに頭を下げあって。
「――けど高根沢さん、すごいね」
母子と別れたすこし後、唐突に斎藤君は、感慨深げに。
視線で「なにが?」と返せば、
「あんなちっちゃい子とすぐ打ち解けて。俺なんておろおろするばっかりで」
「大袈裟よ。私はたまたま慣れてただけ。妹いるし、親戚のなかでも上のほうだし。斎藤君は……」
「ああ、うん。ひとりっ子。いとことかもいないし」
「でしょうね」
いつになく神妙な彼が、すこし可笑しくて。
それからつい続けた言葉に、ちょっと失敗したかなとも思う。
これまでのことでなんとなく察せる、彼の家庭の事情。
けど事もなげな返答に、私もなるべくさらっと返すようにする。
「というか高根沢さん、妹いたんだ。でもなんとなく納得」
「どのへんに?」
「や、他意はなくて。お姉ちゃんっぽいなってこと」
「でしょ。いいわよー、妹。ちょっと歳は離れてるけど、だからこそ余計に可愛くて……」
「へえ」
「――だからあなたには絶対に会わせないわ」
「俺をなんだと思ってるの」
そんな風に話しながら案内板へ向かい、次はどうしようか、なんて相談したりして。
それからはクレーンゲームを冷やかしたり、カラオケとかにも寄ってみたり。
案外歌が上手い斎藤君に驚いたり、軽食をちょいちょい摘んでお昼代わりにしたり――
本当に、ごく普通のデート。
構えず気負わず、あくまで自然に過ごせたひと時が、
なんだか妙に不思議に思える、その日はそんな休日で。




