“聖地”
ぜんぜんわからない
俺たちは雰囲気で若い子のファッションを書いている
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「お、斎藤。へいへい」
翌週土曜。本日のお相手は小井千雪嬢。
待ち合わせ場所へ着けば、こちらを認めた彼女がすこし背伸びして手を振ってくる。
装いは全体的にシックな感じ。
パリッとした白のワイシャツに、上半身がコルセットベスト状の濃紺のジャンパースカートを合わせ、その上に黒のボレロを羽織る。
スカートの丈は膝上。そのすぐ下がフリルのついた白のハイソックス。さらに下、足元は黒の編み上げブーツ。
手元に携えているのは、ちょっと変わった意匠のクラッチバッグ。
髪はいつもどおり、丁寧に梳かれたストレートロング。
ただし頭頂には濃紺のベレー帽が、ちょこんと。
「今日はよろしく、小井さん。私服、いいね。可憐な感じで」
「うむ、お目が高い。本日わたし、“がくまぎ”のりりちゃん風コーデ。かわいいよね、りりちゃん」
よね、と言われてもおそらくアニメかなにかの話と思われる知識は、残念ながら俺にはない。
けどすこし得意げに、左右にヒラヒラと振り向いたりしてみせる彼女が、愛らしいのは間違いなく。
「まあ、あいにく元ネタは黒髪なので、わたしがやるとどうしても2Pカラーになるんだけど。……斎藤の、私服はそういえば初めて見るかも」
「そうだね。どうだろう、ご感想は?」
「うむ、ぱっと見は意外と好青年な――」
「お、高評価?」
「――女性作家の描くえっちな漫画のクズ竿役っぽい」
「褒め言葉ではないよねそれ」
流れで聞いてみたら、あまりにあんまりな評が。
あながち否定しがたいのが、またなんとも。むしろまあまあ図星というか。
「なんて、戯れだから気にしないで。……その、ちゃんとかっこいい、と思う」
「お、おお、ありがと?」
「うん。……あ、でも」
「?」
「これから行くとこだと斎藤、ちょっと浮くかも?」
「浮く? そういえば結局、今日はどこへ?」
デートコースは例によって先方の希望に沿うかたち。
けれど今回、具体的にどこへ行くのかは事前に知らされていない。
なんだろう、ドレスコードがあるとか、でもないだろうけれど。
「うむ、そうさな。あまりもったいぶるのもなんだし。――今から斎藤には、ここT町における、いわゆる“聖地”へと赴いてもらう」
「せい……なんて?」
先導するように一歩進み、それからこちらを振り返る小井嬢は、
今回の目的地を、短く告げる。
「そう、“聖地”。あるいは人呼んで、“ヲタロード”」
しばし歩いて。
現在俺は、彼女に連れられ雑然と込み合う店内にいる。
壁に張り巡らされた目に鮮やかなポスター。
陳列されるのも、やはり目に鮮やかな表紙や背表紙。
いわゆる本屋。というより、漫画屋?
とにかくそんなところで。
所在は街の一角、やや狭く短い一本の通り。その中の一軒。
通りの他のお店もなんというか、方向性の違いは多少あれど目に鮮やかというか、趣味全開という感じで。
これが“聖地”。つまり、小井嬢と同好の人たちにとっての。
ゆえに“ヲタロード”か。
……聖地という単語に、宗教的スピリチュアルな場所なんじゃないかと正直ちょっと危ぶんだりもしたけれど。
いやあながち間違ってもいないのか? 店内のお客さんもどこか求道的というか、巡礼者っぽい雰囲気があるような。
「うむ、今日も玉下駄書店は盛況。県内随一の品揃えは伊達じゃない」
「そうなんだ」
「実際地方にしては破格といっていい。加えて独自のイベントや特典なんかも……ネット全盛のご時世に孤軍奮闘する、まさに現代砂漠に残されたオタクのオアシス……」
語る小井嬢、表情はほとんど変わらないが目の輝きが違う。心なし肌もツヤツヤしてるし。
その小顔が、くりっとこちらを振り向いて、
「さあゆくぞ斎藤。ここでならきっと、まだ見ぬそなたの“沼”を開拓できるはず――」
「あ、俺? てか、沼……?」
小さな手でこちらの袖を引き、店内を進みだす。
ちょっと面食らう。てっきり彼女の買いものにつき合うものかと。
「俺が読むものを買うの? 小井さんでなく」
「いかにも。斎藤の部屋には、エンタメが足りない」
「エンタメ」
「うん。いつ買ったかわからない雑誌? が数冊くらいで、漫画とか全然ないし。――膨大な作品溢るるこのコンテンツ飽食時代、それらにひとつも触れないでいるのは、あまりにMOTTAINAI」
小井嬢なりの気遣い、なんだろうか。見かねるくらいには殺風景だしね、あの部屋。
これといった趣味がないのも確か。そのせいかわりと時間を持てあますこともあったんだけど……近頃は誰かさんたちが訪ねてくるのもあって、そうでもなかったりもしたり。
「わかってる。趣味の押しつけはオタクの御法度」
一度足を止め、手を離し、
「だからジャンルというか、“こんなのが好き”とかあったら、じゃんじゃん教えて? 斎藤の好みに沿えるよう、わたしも誠心誠意ナビゲートする所存」
向きなおり胸の前で両拳を握ったりしてみせる彼女。
かと思いきや、
「……それとも、やっぱり押しつけがましい? 無理につきあわせたり、してる?」
同じポーズのまま、しゅんと不安げにもしてみせたり。
ああもう、本当に。
「まさか。せっかくだしお願いするよ。こういうのも、たまにはいい」
「! うんっ、お願いされるね」
いちいち可愛いから、ついお気に召すままに、とか思えてしまう。
侮りがたい魅力の小井嬢に連れられ、しばし店内を巡る俺だった。
書店での物色は小一時間ほど。
その後は“ヲタロード”内もすこし散策し、ついでにお昼もそこにあるお店で済ませたりして。
すこし食休みをしよう、ということになった。
訪れたのは付近の公園。
原っぱの隅、木陰に敷いたレジャーシート(小井嬢の持参品。小さく畳めるもの)の上でしばし休息をとり――
「……」
「……」
そのまま流れで、
現在、二人して読書をしている。
黙々と、俺はシートの上に胡坐で。
小井嬢も黙々と……俺の脚を枕に仰向けに寝っ転がって。ベレー帽も今は脱いでお腹の上に乗っけている。ごく自然にソファ代わりにされたことに、文句はまったくないけれど。
自宅のようなくつろぎっぷり。
デートとしてこれは……いいんだろうか? そう思わなくもないけど、
「……ふふ」
面白いシーンにでも差しかかったのか、小井嬢が微笑む。
彼女が楽しそうなら、いいか。愛らしい笑みについそう思い直させられる。
実際俺も、面白いのだ。手元にある、小井嬢の勧めてくれた漫画。
事細かに聴きだされた俺の好みをもとに、彼女が選んだ一冊――
否、続きものの、とりあえず三巻の一巻目。
(表紙の女の子の格好が際どくて、最初はちょっと身構えたけど……)
そして実際お話にも際どいシーンがちょいちょい挟まるけども。
それでもたしかに、面白く。思わず入れ込んでしまう活き活きとしたキャラクター。人物同士のかけ合いも小気味よく、巡る展開は読み手を飽きさせない。
なによりここぞという時で発露する、熱い台詞や心のぶつかり合い。
こんな表紙なのに……と思ってしまうのは偏見か。
とにかく、今まで知りもしなかった分野に触れるのは、俺にとってもいい刺激なのは間違いなく。
「ふう……」
そうして、一気に三冊まで読み終えてしまった。
……まだ続きがあるんだよな。やばい。もう次が読みたくなっている。
ちらりと端末を見やれば、読みはじめから一時間とすこし経っている。
「あ、終わった?」
「うん。そっちは、まだ途中みたいだけど……」
「続きは家で読めばいい。それより――」
こちらに気づいて、自分の読みもの(ライトノベルというやつらしい)に栞を挟んでバッグへしまう小井嬢。
身を起こし、ぐっと顔を近づけ、
「どうだった?」
心なし輝いた目。
なにやら期待しているような。
「面白かった。うん、面白い。もう続きが気になってる」
「そう! よかった。むふ、わたしの目に狂いなし……!」
率直に答えれば、まるで我が事のような喜びよう。
同時に満足げで、得意げ。どやっとしていて可愛い。
「どのへんがよかった? シーンとか、キャラとか」
「そうだね……やっぱり一話の、主人公がこの子の前に飛び出すとこかな。なんだかっこいいじゃんって、いい意味で裏切られたというか」
「うむ、わかりみ。ベタだけど、だからこそ鉄板」
続く問いには、一巻の表紙を示しながら返答。ぱっとしない感じの少年が、目覚めた力にとまどいつつも、迷わず男気を見せるシーン。なんだかんだああいうのに弱いんだなあ、と再認識させられた。
小井嬢も同様なのか、深く頷いている。
「他っ、他には?」
「あとは、二巻のちょっと手強い相手との戦いとか、――あ、それと台詞回しが好みかも? 全体的に」
「! そこに目をつけますか……それ、まさにこの作者の本領だとわたしも思う」
「へえ、なるほど。なんか妙にテンポがいいよね。すらすら読めちゃうというか……あ! あとあれは笑った。スパゲティのくだり」
「っふ! や、やっぱり……? だめ、わたしも思い出したら笑いが……っ」
「『佃煮じゃんッ!』」
「~~~ッ、や、やめ……ッ」
読んだ感想を語り、小井嬢もまた自分の見解や感想を述べ、
そうしてしばし、二人語らう。
……こういうの、なんか楽しいな。なるほど、楽しみは読むだけに止まらないのか。
「――ふふっ」
会話の最中、ふと笑みをもらす小井嬢。
「?」
「いや、ひょっとしたら斎藤って、わたしと好みが近いのかも」
「そうなの?」
「うん、多分に希望的観測も含むけど。少なくともこの漫画に関しては、わたしときみの感想はかなり近いと言えよう」
シートに置かれた漫画を手に取りながら、彼女は言う。
心なし嬉しそうな表情。ついじっと見下ろしてしまう。
「同好の士とは意外と得難いもの……まあ、わたしの好みがわりとずれてるせいもあるんだけど。非主流派、とでも言おうか」
「そうなんだ。……ん? となると俺もずれてるってことにならない?」
「ふふふ」
笑って誤魔化さんと。
まあずれてる、と言われてすこし納得してしまうのがまたなんとも、言い得ているというか。
けど同好の士、か。以前ちょっと聞いたような。
「学校にもオタク仲間はいるんだよね? 漫研、だったっけ」
「ああ、彼女らとも話は合わないことはないんだが……あちらの本領は腐界だから。わたしもすこしはわかるんだけど」
「ふーん?」
畑違い、みたいな感じだろうか。専門用語にはさすがに明るくないもので。
ふと思い至って。
「そういえば、平くんは? 彼とも同好なんじゃ」
「あー……」
訊ねてみれば、そんないわく言い難い声と表情。
二人で盛り上がってるところ、教室ではしばしば見られたものだけど。
「たしかにあやつ、公助もそこそこ好みは近いほう、なんだけど……」
「なんだけど?」
「毎度、クリティカルに解釈違いなんだよね。だいたい肝心なとこで話が合わないという」
「あー……」
なんとも残念そうな表情に、思わずこちらも先の彼女と似たような声が。
でも言われてみれば、教室での二人は盛り上がるというより論争、って感じだったか。
「解釈はたしかに人それぞれ。わたしだって尊重したいとは思う。けどあっちがケンカ腰、ってほどでもなくて、――そう、レスバ腰。レスバ腰の相手に鷹揚でいられるほど、わたしも人間出来てないし」
(れすば……?)
「なによりあやつの、冷笑傾向。あれはさすがにどうかと思う。いいじゃない王道。そういうのがいいんだよ、わたしは……!」
むぷー。
小井嬢が例の表情に。
指摘すべきなのかな……これ。内心の憤りがまったく伝わってこない。
しかし失われるのは惜しい可愛さ。つついたら駄目かなこの赤くて柔らかそうなほっぺ。
「ぷすう」
空気の抜ける音。
つついてはいない。自発的な溜息だった。
脱力した彼女はそのままごろん、と、また俺の脚を枕に。
「ま、だからってわけでもないけど、今日は思わぬ収穫」
ふにゃっとした笑顔で見上げられる。
どういうこと? と思ったのが顔に出たのか、
「同士がこんな身近にいた。……あのさ、これからもこうやって、いろいろ語り合いたいなって思ったんだけど……」
にこやかに、
それからすこし不安げに、窺うような上目遣いで。
「……だめ?」
そんな風におねだりされたら、
返事はもう決まったようなもので。
「だめじゃないよ。今度また、時間ができた時にでも」
「! うんっ、約束」
小指まで差し出してくる小井嬢と、思わず指切り。
求められたから、というよりは、
俺もまた、こういうことに楽しみを見出しはじめていたから。
そういえば具体的に言及していませんでしたが、
一話時点でだいたい九月半ばくらいの季節感です(温暖化は考えない)
ほら、文化祭の話とかしてますし……




