思わぬ脆弱性
感想、評価、毎度どうもです。
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翌日、日曜。
今日のデートのお相手は、桃枝あかり嬢。
待ち合わせは現地ということで、ひとり電車を経由してそこへ向かう。
そこは県内の、そこそこ知名度のある遊園地。
「あ、斎藤君っ」
入り口前に佇んでいた桃枝嬢、こちらに気づいて手を振る。
トップスはフリルと刺繍のあしらわれたオフホワイトのブラウスの上に、ニットのケーブル編み、淡いピンクのカーディガンを羽織っている。
ボトムスは淡い緑を基調としたレイヤードのロングスカート。ソックスは見えないが足元はスニーカー。白地に薄紫のラインが入っている。
肩から提げているのは薄紫のポシェット。
髪はいつもと違ってアップにまとめている。けど特徴的な髪飾りは、やはり定位置にあって。
全体的に春色の装い。
でも彼女の雰囲気には似つかわしいし、天気もちょうど小春日和。
「今日はよろしく、桃枝さん。私服、可愛いね。雰囲気どおりっていうか」
「あ、ありがとっ。……斎藤君も、かっこいいね。普段はいつもそんな感じ?」
「んーまあ、だいたい?」
そんなやりとりをしつつ入場門へ歩きだす。
手を繋いだりとかはない。そうしたい感じでもなさそうだし。
けど距離は、いつもより近いかな?
いや、そもそもいつもというほど彼女とは連れ立って行動する機会がないのだけど。
桃枝嬢。
四人のなかではおそらく一番、俺個人には特別な思い入れがないだろう子。
まあそれはそれとして、デートはさせて頂きますが。
彼女も嫌というわけではなさそうだし。むしろ隣の横顔は、それなりに楽しみにしてくれてはいたんじゃないか、という風に見える。
「それじゃあどうする? まずどこから回ろうか」
チケットを買って、ゲートから入場。
歩きながら隣に問う。最初はやはりおとなしめなアトラクションだろうか。それこそ、桃枝嬢の雰囲気に似つかわしいような。
「わ、私が決めてもいいの?」
「もちろん。桃枝さんの要望で来たわけだしね」
「! そ、それなら――」
頷き返せば、ぱっと表情を輝かせ先導するように足早に。
ウキウキとした歩調を微笑ましく思いつつ、彼女に続いて歩いていき――
「前からずっと乗ってみたかったの! 楽しみっ」
「……のっけから飛ばすんだね」
たどり着き、チケットを提示して並んだ列。
開園間もないのに結構な込み具合のそこは、いわゆる絶叫マシーンの発着場で。
この遊園地の目玉のひとつ。国内何位だかの速度だかGだかを誇るコースター。
……いや、知ってはいたのだ。マスコット含め全体的にゆるい雰囲気だけど、案外絶叫系が売りだと、メディアでもしばしば取り上げられる施設だし。
けど桃枝嬢が、まず最初に、迷いなくここを選んだというのが……
や、でも、思えば近しくなったきっかけからして意外性の子だったか。
それなら印象どおりと言えなくもない、のか?
「? あ、もしかして斎藤君、こういうの苦手だったりする……?」
「え? そこはべつに平気、だと思うよ?」
「ほんと? よかった~、無理強いはよくないもんね、こういうの」
つい見つめていたら余計な心配をさせてしまった。
大丈夫……だよな? ジェットコースターとか久しく乗ってないけど、とくに苦手意識とかはない。絶叫といえど、なんだかんだ人が乗れるものなわけだし。
そうしてほどなく順番は巡り、
乗りこみ、物々しいガードで座席に固定され、
わくわく顔の桃枝嬢を横目にコースターは動き出して……
そして、堪能後。
「大丈夫? 斎藤君……」
「……まあ、ぼちぼち」
近くのベンチにはぐったり伸びる俺と、
その傍らに立ち、気づかわしげに覗きこむ桃枝嬢の姿が。
俺、絶叫マシン、そこまで得意ではないらしかった。
なんだろう……べつにそこまで恐いとかはなかったはずだけど、降りてから思った以上に足元がおぼつかず。
結果、ここに座るまでも彼女にちょっと支えられて来たような始末。面目次第もない。
「ごめんね、私が無理につきあわせたから……」
「桃枝さんのせいじゃないよ。俺が身のほどを知らなかったってだけ……と、よし。だいぶ落ち着いたか、なっ」
えいやっ、と、ちょっと踏ん張るように立ち上がってみる。
ふらつきは、ない。つまるところは、慣れの問題か。
「もう立って平気なの?」
「たぶん、ね。いやお騒がせしました」
「こ、こちらこそっ。はじめからちょっとはしゃぎ過ぎちゃって……っ」
向き合って互いにぺこぺこ。
それが可笑しくて、どちらともなくクスリと吹き出す。
ひとしきり笑いあって、
「それじゃ、次はゆっくり回れるところにしよ? って、また私が決めちゃってよかった?」
「それはもう。というかガイドお願いしていい? 俺はここ、あんまり詳しくはないから」
「なら、任されましたっ。んと……すこし歩いたほうがいいかな、気分転換も兼ねて」
「だね」
それから次の指針を立てる。
案内のためか、彼女は自然とこちらに手を差し伸べ、
けどその途中、半端な位置で固まる。
見ればちょっと顔が赤い。自分がしようとしていたことに、遅れて照れが来たらしい。
であれば残りの距離は、こちらから。
「あ、」
「案内、よろしくね桃枝さん」
「う、うんっ」
手を取って隣に並ぶ。デートなんだし、デートらしく。
柔らかく小さめの手。すこし強張っているのは緊張からか。
それでも拒絶の色は、ない。むしろ満更でもなさそう、というのはやや願望込みだけど。
ともあれ二人、しずしずと歩きだし――
「ここ! どうかな? ゆっくり歩いて回れるところっ」
「うん。まあ……そうかな」
たどり着く、本日二つめのアトラクション。
おどろおどろしい、和のテイスト迸る古い日本家屋調の建物……
要はええ、お化け屋敷ですね。ここもわりと、俺が知るくらいには話題のクォリティだったはず。
てかこれも、カテゴリ的には絶叫系? さっきと方向性は異なるけど。
「桃枝さんて、ひょっとしなくても恐いもの好き?」
「え?! その、まぁ、う~ん……た、多少、は?」
「多少」
曖昧な笑み。その様子は悪戯を見咎められた子供のようで。
べつにそんな、悪いことしてるわけじゃないんだから。
「ひょっとして斎藤君、こういうのも苦手? なら、」
「ああいや、そういうわけじゃなくて。……わけじゃない、はず。うん」
また心配そうに覗きこまれる。ああつまり、こちらを気遣っての反応だったか。
でも今度は平気だろう。こういうところはあいにく入った覚えないけど、言っても造りものなわけで。そりゃ本物が出るとなったら、さすがに尻込みはするけども。
「そう? じゃあ並ぼっ。ここも前から入ってみたくって……!」
了承が取れるや否や、ウッキウキで俺の手を引く桃枝嬢。
その笑顔はまぶしく、愛らしい。こんなにも生き生きしているの、思えば初めて見るね。
ともすればデートの元はもう取れたかも。
そう思ううち、順番まわっていざ入場……
で、堪能後。
「斎藤君……」
「いやほんと、面目次第もない……」
近くのベンチでがっくり項垂れる俺と、寄り添って俺の肩に手を置く桃枝嬢。
俺、お化け屋敷、そこまで得意でなかった。
いやでも、まさか自分の心臓がここまで弱いとは。しかもごく単純なジャンプスケアにとくに弱いなど……おっかしいなあ、映画とかだとべつに平気なはずなんだけどな、ああいうの。
さすさすと肩を擦る小振りな手。
その感触が殊更労しげなのが、かえって身にしみるよう。
「ふ、フフッ、フフフ……!」
不意に隣から、笑い声。
見れば桃枝嬢、空いた手を口元に前屈みになって震えている。
ひょっとして気遣いで擦られてたのでなく、たんに震えが伝わってただけ?
「めっちゃ笑うじゃん桃枝さん」
「ご、ごめん斎藤君っ……でもほんと、すごくいいリアクションだったから、ふふっ」
「……」
なにか言い返したいが、返す言葉もない。
あまりに楽しそうで毒気を抜かれたのもあって。
「それにちょっと、わかっちゃった」
「?」
「のんちゃんとかがときどき『かわいい』って言うの、私はずっとピンと来なかったんだけど……でもさっきの斎藤君、お化けが出るたびピクッてなって、手繋いでたからずっとそれが伝わって……」
あらためて隣から覗きこまれる。
上目遣いで小悪魔的な、普段とはまた違う表情で。
「――『かわいい』ね? 斎藤君」
この子は。
次の機会お前ももっと『かわいく』したろか。
というか、あれだ。
俺の話とか、俺がいない時にしてたりするんだ、みんな。
「ちなみに聞くけど、」
「うん?」
「いったい俺のどこが『かわいい』って? 日永さんら」
なにげなくそう訊ねてみれば、
「それはその、えっと……ッ」
桃枝嬢、長めの袖口で口元を隠し、目を逸らして赤面。
あ、うん。なんか察した。つまりそういう機会の時の、俺か。
なんとなく気まずくなって、
しばし二人して、互いに目を合わせられず。
さて。
高刺激アトラクションへの思わぬ脆弱性が発覚した俺。
となると必然、では次はどうしようかという話になる。
ひとまず歩きがてら決めよう、ということになり……
「――わ、わっ、結構その、スイスイ進むんだね……ッ」
現在地、水上。
園内にある、たぶん人工池。その畔の乗り場からボートで漕ぎだしたところ。
先のアトラクションよりはたしかに低刺激、のはずなんだけど。
「なんでそんな、おっかなびっくり?」
「だ、だってこういうの初めてで……」
「コースターはすこぶる余裕なのに?」
「あれはちゃんと固定されてるしっ。ただ座っただけのこれとは全然っ、違うもん……ッ」
向かい合う桃枝嬢、どうにも緊張気味の様子。
怖い、というほどではないにせよ、余裕はあんまりなさそう。
ならばここで先程の意趣返し……するほど意地悪くはなれそうもない。あまり揺さぶるとガチ泣きしそうな気配があるんだよね、この子。
「……斎藤君、余裕そう。というかなんか、慣れてる?」
「あー、うん。一時期生活がアウトドアだったもので」
「? 御両親がキャンプ好きとか――あ、ごめんなさい……ッ」
「ああ気にしないで。それより後のことだから」
会話の最中しまった、という顔で謝られる。
こちらの家庭の事情は、彼女たちには概ね把握されている。
けど本当に気に病むことはない。というのも強制アウトドア生活はわりと最近のことで。
十年ひと昔よりさらに前の両親との別れは、本当になにも関係なく。
「あーっと、そう。そんななのに、なんでこれ乗ろうって言いだしたの?」
話題転換。
「これはだって、これなら斎藤君も怖くないかな、って」
「……お気遣いどうも」
するとほんのちょっと、悪戯小悪魔が戻ってくる。こやつめ。
「それにその……こういうのすごく、デートっぽいかなって。せっかくなんだし、私もしたいもん、デートっぽいコト」
かと思えば、今度はすこし視線を逸らして。
恥じらいは窺える。
けどそれは俺にというよりは、やはりシチュエーションに対してか。
まあこちらとしても、それで構わないけど。
あまり思い入れられるよりは、ずっといいはず。
「あれ、でも平くんとは? こういうとこ来たりしない?」
「公助君かぁ。あるにはあるけどデートって感じじゃ……そもそも小さいころにみんなで、だったし」
ふと思い至り、聞いてみる。
答える桃枝嬢は、なんだか困ったような微妙な表情で。
それから、すこしこちらに身を乗り出すようにして、
「それにあの、ここだけの話なんだけど……私じつは、公助君ってちょっと苦手で」
口元に手を添え内緒話のポーズ。
告げられて、ちょっと目を見開く。意外、
でもないか? 思い返せばそういう素振り、心当たりはないでもないし。
「そうだったんだ」
「うん。――あ、べつに嫌いってほどではないの。ただ、ちょっと強引というか……こっちの話、あんまりいつも聞いてくれない感じで……」
陰口のようになってしまったことが心苦しそうな、やや気まずげな目の前の彼女。
行き違いというか、すれ違いというか。なんとも気の毒な感じ。それはおそらく、お互いに。
「この前もそう。押し切られて文化祭のイベントに出なくちゃならなくなって……私がはっきり断り切れなかったのが悪いんだけど、でも公助君が割って入ってこなかったらな、ってどうしても思っちゃって……」
その場面には覚えがある。ずっと眺めてたし。
でも、そうか。一見満更でもなさそうにも見えたけど、
誤魔化し笑いだったんだな、あれ。性格的に、気を遣わざるをえなかったか。この子の美点ではあるけれど、それで自分を追いつめてしまうのは、まさしく痛し痒しというか。
すこし俯いて、
「――あ! ごめんねデート中にこんな、面白くもない話しちゃって……っ」
ややあってはっと顔を上げ、照れたように笑う。
いや、これこそ誤魔化し笑いか。
「今からでもさ、」
躊躇ったけど、それはほんの少し。
「?」
「断ったらいいんじゃない? 嫌なら」
気づけばそう口にしていた。
桃枝嬢はぽかんと。これもこれで可愛い。
「それはっ、でも、迷惑かけちゃうし……」
「かけたらいいじゃない。文化祭までまだ日はあるし、代役なんていくらでも立つって」
「……」
躊躇い。こちらはまだ根強そうな。
後ろめたさか。そう気負うこともないと思うけど、やはり性格的に難しいか。
……いやでも、性格、か。
「けどまあ、今から断るのも企画者からしたら、たしかに災難か。現場はてんやわんや、影響は方々にも飛び火するかも」
「!」
「大変だろうなあ、最悪イベント諸共ご破算、いやまあ今からならまだ修正も利くだろうけど、あるいはもっと後だったら? 文化祭直前にドタキャンとか、関係者全員阿鼻叫喚間違いなし……」
思いつき、独り言めいてそんな風に。
ボートの向かいに、ちらりと目を向ければ、
「…………っ」
なんかこう、ぞくぞくしたような小悪魔が。
案の定、ではあるんだけど。
スリル嗜好。破滅願望。
……そこまであからさまでもないけど、でもそういう気はあるよね桃枝あかりさん。
しばし、美少女らしからぬヤバげな表情をしていたけれど、
「――ハッ、考えてないよっ? べつにやましいことなんてなんにも、うん……!」
なんともこの、語るに落ちている感じ。
しばし取り繕うように前髪なんかを直していた彼女は、
「……でも、うん。やっぱりこんな、気乗りしないまま引き受けるほうが、逆に迷惑になっちゃうかもだよね。――うん、決めた! やっぱり私、辞退しようと思う」
それからすこし居住まいを直して、そう言う。
こちらを見すえるその表情は、なんともさっぱりしたもので。
「いいの? けしかけたみたいな俺が言うのもなんなんだけど」
思わず問い返す。
すこし無責任なことを言ったかもしれない、と。
しかし返す彼女は、穏やかな笑みで。
「うん。あ、もちろん斎藤君のせいとは思ってないよ? 私がそうすべきだって決めたんだから。……けど、」
「けど?」
「~~断るときのこと想像すると、今からでも緊張する……っ! ぅう~どうかな、きちんとはっきり言えるかな私……っ」
落ち着いてみせたかと思いきや、今度は恐々としてみせたり。
先のアトラクション含め、度胸があるんだかないんだか。
けど、こうした一面が知れて、やっぱりデートしてよかったなとか思うあたり、
俺もつくづく、なんとも厄介な気があるもんだと思わなくもなかったり。
「あ、なんで笑ってるのっ、斎藤君」
「え、俺笑ってた?」
「笑ってた! も~他人事だと思って面白がってるっ?」
「ごめんごめん、そういうんじゃなくて、――ああ時間だしそろそろ上がろうか」
「なんかごまかして、わわちょっと待って速い速いッ」
などとやりあいながらボートから降りて。
それからもデートは、閉園間際まで続いた。
アトラクションを巡ったり、ランチや軽食を楽しんだり、最後は観覧車も乗ったりなんかして。
その日もそこここに見受けられた、ごくありふれた普通のカップルのように。




