にこっ
感想、評価等ありがとうごさいます。
こんなんなんぼあってもいいですからね。
〈side:Natsu〉
それは、ある日の休み時間。
廊下を私、高根沢夏が歩いていると、
(――あ)
前方、長身をやや丸めて歩く背中。
斎藤哉――
ひょんなことから関わりを持つようになった男子の、後ろ姿。
廊下の前、後ろを見やり、誰もいないのを確認。
それから私は、小走りに近づく。
学校での彼は、私たちと接するのを避けている。それこそ初めは無視されてるとすらいえたけど、近頃は挨拶くらいのやりとりならするようになった。そりゃ、あまり褒められたものでもない私たちの関わりだけど、だからって不干渉を徹底することはないだろうし。そもそも余程邪推されない限り、そうそうバレたりもしないはず、よね?
それでもこんな風に、まわりを気にしながらの接触になっちゃうんだけど。
足取りがすこし弾んでいることに、我ながらちょっと呆れたりもして。
そうして離れていた距離を半分ほど詰めたところで――
「――おっすー、サイトー! 相変わらずしょぼくれた背中ー!」
「うっせ、お世話がどでけえよ」
どーん、と。
横合い、階段のほうから飛び出た小柄な人影が、あろうことか斎藤君へとタックル。
彼も彼でなんでもないようにそれを受け止め、あまつさえ体で押し返している。
……え、
誰、あの子。
「またまた~! こーんなカワイイ子に構ってもらえて、ほんとは嬉しいくせに~」
「嬉しがったらおしまいだろうが。可愛いのは認めるけどな」
「んふー、素直に認められてえらい! そゆとこいいぞ~サイトー」
「だから、くっつくな。まじで」
いかにも仲睦まじく、彼とじゃれ合うその子。
背はあかりよりすこし低いくらい?
ぱっちりした目の童顔。
高校生ともなればキツくなりがちなツーサイドアップの髪型も、快活な印象に嫌味なく似合っている。
スカート短めの女子制服。ややオーバーサイズのカーディガン。
なるほど言うだけあって、たしかに可愛らしい。
それもどういうつもりなのか、私たち幼馴染組にはいないタイプの愛らしさ。
「てかさー、最近つきあい悪くなーい? ま~たひとり寂しく昼飯食ってんのかこいつぅ」
「やめ、指で乳首探んな。……あー、まあ、けど最近はちょっとゴタついてて、な」
「ふーん?」
「でもまあ、たしかに近頃あんまだべってなかったし、今日あたりどっか集まるか?」
「お、マジ? じゃー学校終わり、いつもんトコでおけ?」
「ん。そんな感じで」
「ういうーい、そんな感じねー」
あっさりと、視線の先で放課後の約束まで取りつけられてしまう。
けれどあの、
あたかも気心知れたやりとり。
そして馴れ馴れしいまでの距離の近さは……なに?
(彼が誰と親しくしようと、それは自由、だけど)
私にも、
それに他のみんなにも、
彼を縛る権利も資格も、なにもありはしない。
……けど、それでも、
どうしたって、心がざわつく。
抑えがたく。
いろいろと、綯い交ぜになった感情で動けないうちに、
話を終えた二人は、ともに階段のほうへ。
結局最後までこちらには気づかず、斎藤君はそのまま去っていき――
そこで、
一緒に去っていくと思われたあの子だけ、不意にこちらへふり返り、
「――」
にこっ、と笑顔。
(なっ!)
あたかも当てつけのような、
それでも愛らしいのは間違いない、その仕草に、
無性になんというか――カッとなって。
●
「あの子、だれ?」
昼休み、いつもの空き教室。
現れて早々、出し抜けにそう詰める高根沢嬢。
据わった目。いつにも増してハスキーなボイス。
その手の趣味があれば泣いて喜んで跪くところだろうけど。
「えと……あの子?」
「へえ、そう。ふーん、そうやって惚けるのね」
「いや、あの……」
ぐいぐい詰められた距離はもはや胸が当たるほど。
身長差ゆえに見上げるかたちの彼女だけど、それでも威圧感は弛まず。
「ええ、そうね。私も可能性は考慮してしかるべきだったわ。私たちともあるなら、他の子にもそういうことってあり得るわけで……あなたがそういう人だってことはわかってた。ええわかってたはずだけども……!」
なんとなく言わんとしていることを察す。
端的に言えばこれは、浮気の嫌疑。
けど、妙だ。
そういう関係の子は今、それこそ彼女たちだけ。そもそも高校に上がった時点で、女の子に自分からは手を出すことだけはすまい、と気をつけて過ごしていたのだから。過去の経験からの学び。
まあそれも今となっては無駄な足掻きだったかもしれないけれど……
それはそれとして、
「その、なんの話?」
「まだ惚けるっ? 移動教室のとき、階段前の廊下!」
あらためて問えば、業を煮やしたかさらに詰める高根沢嬢。
もはやちょっと屈めばキスできるほど。
しかし時間と場所まで指定されれば、思い起こさないわけにもいかず。
「移動……階段……」
あっ。
「ほら! やっぱり心当たりあるんじゃないッ!」
「あー……あぁ、うーん」
そっかあ、見られてたかあ……あれを。
いわく言い難い気分。
いきり立つ目の前の美少女を、宥める言葉は数あれど……
「わかってたわ、ええわかってたわよ。でもあんな往来で、堂々と目の前でイチャつかれちゃったら、さすがの私だって一言物申したくなるわけで、」
「あの、ちょっといい?」
「――ッ?」
「そう睨まないで。あのね高根沢さん、まず大前提としてどでかい誤認がある」
「誤認って、あれのなにをどう見間違え、」
「あれ男」
まずもって、伝えねばならぬこと。
それを受けた彼女を形容するなら、
まさに、ぽかん。
「……? ……、……???」
「まあそうなるよね」
疑問符まみれになった高根沢嬢に、生温かい目を。
やがて宇宙から帰還でもしてきたかのように、彼女の目の焦点が合う。
「いや、いやいやッ、冗談にしても苦し紛れすぎるわ! なんでそんな嘘を、」
「これが嘘ついてる顔に見える?」
「見える」
「即答かあ」
まあ顔が胡散くさい自覚はあるけど。
さておき、
相戸結。
俺並に冗談めいた名前のあいつ。
女子制服をある種女子よりばっちり着こなしてはいるが、れっきとした男子生徒。
一年の時、同じクラスになって妙に馬が合い、クラス替えののちも交友のある俺の友人。
そう、友人だ。あくまで。いや当たり前だけど。
「去年とか、聞いたことなかった? 女装してる男子がいるって噂」
「言われてみれば……けど、それこそ冗談だと思ってたわ。だってそんな男子、学年が上がった今でも見たこともないし……」
「そりゃ明らかに女装してるとわかるならね。でもほら、あいつ、あれだから」
「…………」
掻い摘んだ説明に高根沢嬢、今度こそ呆然。
放心しすぎて俺に寄りかかっているのには……気づいてなさそうですね。
「……その、ほんとになんにもないのよね? その、あの子? と」
「ないよ。俺をなんだと思ってるの」
「なにって、」
「あ、うんごめん。皆まで言わないで」
彼女たちとの現状を思えば仕方ないかもしれないけど。
そこまで節操なしだと思われているのは、やはり正直心外でもあり。
ふと、なにかに思い至った顔の高根沢嬢。
「あっ。けど、あなたがなんとも思ってなくても、向こうは……」
「恐ろしいこと言わないで。あんなあれだけどあいつ、性欲まわりはごく健全な男子だから」
「性欲って……そうなの?」
「そうなの。とくに美少女に目がなくて……あ、そう。高根沢さんとか直球ど真ん中かもしれない」
「私が、――あ! じゃああの去り際の『にこっ』て、私を見て……?」
またなにか思い至ったようで呆気に取られていたけど、
ややあって、
「……はぁ」
大きく溜息。
気が抜けたのか、ほとんど俺の胸板にもたれかかるような彼女。
柔らかな感触。
甘やかな匂い。
あまりよろしくない刺激に、
出来心のひとつは、つい湧いてしまうもの。
「ひゃ?!」
「やきもち、妬いてくれたんだ? 高根沢さん」
こちらから軽く抱き寄せて、耳元で囁く。
「~~~ッだ、だからなにっ? そもそもあなたが浮ついてるのが、」
「なに、っていうなら、ちょっと嬉しいかも?」
「……っ! このっ、すけこまし! そうやっていっつも、~~もうっ!」
返ってきたのは申しわけ程度の突き放しと、ぽかぽかと胸板を叩く拳。
猫パンチほどの効き目もない、ただただ可愛いだけの逆襲。
やがて気も済んだのか、叩くのをやめぽすん、と俺の胸元へ頭を預ける高根沢嬢。
それからほどなく、呟かれたのは。
「……ほんとにもうっ、なんで、こんなやつに……!」
こんなやつに、なんなのか。
あえて追及はしない。
彼女のためにも、自分のためにも。




