よもや淫魔
新しく感想をいただきました。
反応があるというのは、よいものです。
シャワーを貸してくれるというので、ありがたく使わせてもらっている。
お湯の流れ落ちる自分の躰に視線を落とす。
「むぅ……」
いろいろな思いが曖昧な声になって口から漏れる。
斎藤哉……本当にこのエターなるボデーにいきり立っていたな。有言実行というか節操なしというか……わたしもわたしで、あんなもの絶対入るわけないと思ったのになんだかんだ、なんとかなってしまったし、どうにかなってしまったし。その、意識的にも……
「――~~ッ」
顔を上げてシャワーを真っ向から浴びる。
……本当に、わたしもわたしだ。思えばなぜこんなことに?
なつのように雰囲気に酔ったわけでも、あかりのように秘められし癖に目覚めたわけでも、ましてみのりのように、恋する乙女というわけでもなかったのに。
まあ、たしかに、不届き者から逃がして、守ってはくれた。
一緒にいて妙に落ちつく空気の男だというのも、知った。
けど体を許す理由としては、やはりどうしても足りない。
存外ふしだらだったのか? わたしは。……そうでないと思いたい。
単純にちょろいのか? わたしが。……否定するには経験が不足し過ぎている。
(あるいは斎藤、よもや淫魔とかなのでは……?)
ねーよ。ジャンルが変わるわ。わたしとしては歓迎の設定だけど。
うーん。
あえていうなら、
なつたちもした――その事実が行為へのハードルを下げた感は否めない。
みんなが受け入れた行為なのだから、少なくとも危なくはないのだろう、とか。実際避妊とかめちゃめちゃ気を遣っていたし、斎藤。あまりにも丁重に扱われるものだからこっちまでつい妙な気持ちに――
――いや、
いやいや。
惚れたとかはない。
そこはうん、絶対に。
(……早く上がろ)
あの大きな手に隅々まで撫でられたせいか、
いつもよりすこし肌が敏感になっている気がするのをごまかすためにも、
それからはとにかくささっと汗を流して、シャワールームを出ることにする。
●
制服を着なおした小井嬢を、彼女の家の近くまで送って。
「はぁ……」
やってしまったな、と。
帰り道を歩きながら、溜息とともに反省。
結局四人とも手を出してしまった。
そうするつもりはなかったし、気をつけようとも思っていたのに。
……いや、本当にそうか?
可能性を極力排除するなら、そもそも小井嬢を部屋に招くべきではなかった。
今日のことだけじゃない。
高根沢嬢のときも、桃枝嬢のときも、日永嬢のときも、
もっと強く己を律すれば、
いや、もっと根本的に、初めから彼女たちと関わりを持たなければ――
出来ることはいくらでもあったはず。
本当に本気で、こういう事態を避けようと努めていたか?
「駄目だなあ、俺は。結局あれから、なんの進歩もしてない」
このままではいずれ、あの時の二の舞か。
けど、あの時ほどの泥沼感はないんだよな、現状。
実際不思議ではある。
どうして彼女ら、もっと険悪にならないんだろう。
普通は二股の時点で――それがバレた時点で、もっとギスギスするものじゃないのか?
なのに見たところケンカになった様子もないというか、なんか、和気藹々というか……
一応俺も、刃傷沙汰くらいは覚悟していたんだけど。
「……いやあるいは、これからか?」
さすがに四人ともとなれば、彼女らも黙っていられないのでは。
その時は――
「……その時か」
考えを放棄。
というか、ここで一人考えたところで、どうなるものでもないだろう。
結果は早ければ、明日にでも出る。
(しかし俺って、なんというか)
この期に及んでも、いまだにいまいち深刻になれない。
あるいは、こういうところが一番駄目なんだろうな、などと、
まるで余所事のように考えてしまう、
そのへんの諸々が現状の元凶なんじゃないかと、
やっぱり深刻になりきれず、ただのたのたと家路を目指すだけで。
さて、来たる翌日。
いつものように早めの登校。人もまばらな教室の自席に着いて、
「……」
されどいつになく、すこし緊張。
それもひとえに、彼女たちがどんな様相をみせるかが、気がかりで。
これまでの流れを踏まえれば、
小井嬢は昨日の出来事を、間違いなく親友たちに話すだろう。
その影響は、はたして。
いよいよ大ゲンカの勃発――ありうる可能性。
四人結託して、あのすけこましを懲らしめてやろう――これこそ十分ありうる。
(……さすがに、教室で目立ってどうこうはしないだろうけど)
かといって安心してはならない。ただひたすらに酷薄、という可能性もある。表立って接触はせずとも、四人してただ冷ややかな目を向けられるとか、ひそかに陰口を叩かれたりとか……いや彼女らの性格からはとても考えられないが、とはいえ……
いずれにしても、だ。
どんな仕打ちが待ち受けていようと、甘んじて受け入れるべき、か。
それだけのことをした自覚はあるし、
彼女らにも、それだけのことをする権利はあるだろう。
「……、……」
「――、……!」
そうしてその時が来る。
教室の外、廊下から聞こえる話し声は徐々に近づき、
やがて背後に四人分の気配が――
「お、マジカル斎藤。ぐーもーろん」
ぽん、と。
「!」
肩を叩かれる感触。
「!?」
「ぅぇ?!」
「!!」
それから三人分の驚愕の気配。
「斎藤? おはようって」
「あ、えー、あー……おはようございます?」
「うむ」
あらためてかかる挨拶の声に、さすがに振り返って応じざるをえない。
小井千雪嬢。
無表情ながらも満足げに頷く様子に、特段隔意などは窺えず。
「ちょっ、ちゆ……なん、なんであ、挨拶……!」
高根沢嬢、驚愕から復帰。
「? クラスメイトだし、挨拶くらいなにもおかしくない」
「! そう、だけど、その、でも……っ」
しかししれっと応じる友人に、返すに返せないしどろもどろさで。
かと思えば、
「……そう、よねっ。クラスメイトだもの。挨拶くらい当然というか、礼儀よ、うん。なら――おはよう、斎藤君! 今日もいい天気よね」
「え? ああ、おはようございます高根沢さん」
気を取りなおしたように、彼女からもまた挨拶が。
いまだ落ち着かないながらも、俺もそれに返さないわけにもいかず。
「あ、じゃあ私も、斎藤君、おはようございます」
「ぁ、ぁのっ、わたひも、……ぉぁょ、~~~っ」
「うん。桃枝さん、日永さんおはよう」
ついでとばかりに加わった桃枝嬢と、もじもじといっぱいいっぱいな日永嬢。
ここに至るとさすがにこちらも落ち着いてくる。
けど、なぜに?
この子らなんでこんな親しげなの?
いやそれ以前に、教室ではお互い不干渉ということで話がついて――
……ねえや。そういや小井嬢にだけ話してなかったな、そこんとこ。うっかりだ。
どうも昨日は俺も思いの外混乱してたらしい。筋違いとはわかっているけど、高根沢嬢とかがそのへん説明しておいてくれたら……あ、察してくれたのか目が合った高根沢嬢が「ごめーん!」とばかりに手を合わせている。可愛くてつい許してしまいそう。
いやだから、許すもなにも身から出た錆だっての。
「……えっと、なんで小井さんがあいつに?」
「あいつ……つか名前なんだっけ」
「斎藤っつってたじゃん。……あいつ斎藤っていうんだ」
気づけば教室もすこしざわついている。
当然か。ただでさえ彼女たちの注目度は高い。
そこへいきなりよくわからんやつが親しげにされてたら、なんだあれはと思ってしかるべき。
(べつに俺はどう思われようと気にしないけど)
彼女たちによからぬ噂などが立つのは、やはり心苦しい。
だからこその不干渉だったんだけど……いやでもまだ決定的な状況というわけでもない、か? 事実としては小井嬢も言ったように、ただクラスメイト同士挨拶を交わしただけ。これ以上は波風立てず、無難な対応に終始していれば、へんに勘繰られることもなく、皆そのうち関心もなくす、はず。
「さ、席に着きましょ千雪。いつまでもドアの前塞いでないで」
「それもそっか。ん、行こ」
ありがたいことに高根沢嬢が気を利かせ、四人は俺の席から離れていく。
一瞬、ひとり振り返った彼女が、ひそかにウィンク。
不意打ちでドキッとさせるのはやめてほしい。
「――お、今日はやっぱ早めだったか」
ややあって、後ろからそんな声。
平公助くんのもの。黒板の上の時計を確認しての台詞だろうか。
「ナツたちも……来てるよな。はあ、もうちょい待っててくれれば久々に一緒できたんだが」
小さく呟いてから、彼女たちへ声をかけに行く。
その最中、
ひそかに囁きあう声が、教室のそこかしこから。
「鞍替え?」「フラれ……」「えーやめなよ」「いいざま」
聞こえるのはそんな断片くらいだけど、
好奇。邪推。侮り。せせら笑い。
そういう諸々が読み取れてしまう程度には、あからさまな空気。
「……」
やや歩みを緩めた平くんの、無言の背中を見て、
申しわけなさが募る。思えばこれも、予想できた事態だったか、と。
どうしたもんかな。いや俺がどうこうしたら教室の空気を煽るだけだろうけど、
「――はあ」
不意に、
露骨に大きな溜息。
「ったく、言いたいことがあんなら面と向かって言やいいのに。ま、出来ねえからそんななんだろうが」
平くんだ。
言い切って、どかりと自席に腰を下ろす。
静まり返る教室。
おお。
思わず声をあげそうになる。
そう、平くん、ああいうところがあるんだよな。物怖じしないというか、独立独歩というか。
俺が彼女たちでなく彼らに注目していた理由でもある。
(けど、だからこそ……)
余計に申しわけなさが募るというか。
俺の存在が、彼らの関係に打ち込まれた楔となりはしないか。
……どうしたものだろうなあ、本当に。




