実在していたのか
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「連れこまれてしまった」
呆れているのか、いやむしろ感心しているのか、
そんな調子で、自室の中ほどにちょこんと正座する小井千雪嬢が、一言。
しかし、なぜ正座?
「……そこは申しわけないけど、辛抱して。連中ももう諦めたとは思うけど、念のため」
「そっか、うん。そだね」
窓から外を窺いつつ、ひとまず俺はそう伝えておく。
一応納得はしたのだろうか、それだけ呟いた彼女がおもむろに足を崩す。
窓のほう、つまりこちらを向いた姿勢から九十度横へ向き、制服のスカートを上手く抱えて体育座りに。ベッドを背に、ローテーブルへと向き合うかたち。
にしても、迂闊だった。
たちの悪い連中が最近このあたりをうろついてるらしい、という話は聞いていたのに。
つい余所事を考えているうちに、小井嬢が絡まれるのを見過ごしてしまった。
けど、彼女もまさか裏路地にまでついてくるとは。このあたり、女の子が近づくのはためらわれる雰囲気だろうに。
(でも考えてみれば日永嬢も入ってきてたしな。あ、高根沢嬢もか)
俺も一緒だった高根沢嬢のときはともかく、日永嬢がああいう連中に絡まれなかったのは、思えば僥倖だった。だからこそつい油断して……いや、どう考えたところで、言いわけか。
さっき言ったように、小井嬢をここへ招いたのは匿うため。
あるいは部屋まで入れる必要もなかったかもしれないけど……殺風景なビル内に女の子一人残すのも、どうなんだろうと思ってしまい。
でもこれ、上手く言いくるめて連れ込んでいるのと、どう違うのか。
やってること、さっきの連中と大差ないんじゃないかと、思わなくもなく。
「なにか飲む? っても水かコーヒーくらいだけど」
「いえ、お構いなく」
「……淹れるよ。俺も飲むついでに」
誤魔化しついでにそうすることにした。間を持たせるためにも。
窓際から、小井嬢とローテーブルをぐるっと迂回してキッチンへ。
キッチンといっても上等なもんじゃない。なんとか自炊できる程度の、部屋のおまけみたいなスペース。棚からコーヒーメーカを取り出して、ちゃっちゃと準備。ちなみにメーカ、結構いいものらしい。伯母のお下がりでなければ学生には手の出せない代物。豆も地下の店でも使っているもので、けっしてお安くない。なぜそんなものが俺の部屋にあるのかというと、
『若いうちからいいものには触れておきなさい。ほら子供が遠慮なんかしない』
そういうことらしかった。概ね気前のいい人だけど、締めるところは締めすぎなくらいキッチキチだったりもする。基準は関心の有無だろうか。
(店でも使ってるやつだし、単品で飲むもんでもないらしいけど)
それでも市販のものよりは味わいがある、ような気がする。
とりあえず、客にお出しするに足るものではある、はず。
「というわけで、コーヒーどうぞ」
「……コーヒーどうも」
「あいにくお茶請けとかはないんだけど」
「いえいえ、かたじけない」
しばしのち、トレーを持ってテーブルへ。
マグカップ二つに、小分けのミルクと角砂糖がそれぞれ入った器。
小井嬢のぶんのカップとミルクと砂糖はテーブルに置いて、自分のカップだけ持ってまた窓際へ。
外を確認しつつ、一口。うん。いいものの味がする、気がする。
室内に目を戻せば、女の子座りになった小井嬢も、両手でカップを持って一口。
あ、顔を顰めた。いったんカップを置いて、ミルクと砂糖を……おおそんなに。なんとなくそういう気はしたから、多めに用意して正解だった。
再び一口。頷いている。激甘党の風格。
「なに」
「いえ、滅相もない」
目線を寄越され、つい畏まる。
ついでにまた視線を外へ。おそらくここまで警戒しなくとも、あのお兄さんらもすでに諦めて別の場所に移っているだろう。ナンパとは数打って当てるもの。一人を執拗に追いまわすのは、非効率。
それでもコーヒー飲み終わるくらいの時間は、念のため留まってもらおう。
その後はまあ、送っていくべきか。少なくともこのへんの路地抜けるくらいまでは。
視線を再び室内へ。
「もくもく」
小井嬢が出した覚えのないお茶請けを食べていた。
脇に置いた鞄が開いている。ということは自前か。
見たところクッキーのよう。甘い飲みものに、甘いお菓子……
「? いる?」
「いえ、お構いなく」
つい、先程の彼女と同じ台詞を返してしまう。
「おいしいのに……」みたいな顔をされてしまった。いや、べつに甘いもの嫌いでもないのだけど、甘コーヒーに追い甘味は、見てるだけで血糖値が上がりそうな気分で。
食べつつ飲みつつ、小井嬢の視線がぼんやりと室内を巡る。
「ここがこの男のハウスね」
「そうだけど、なにその言いかた」
「知らないなら流して。……しかし、へえ」
「?」
「や、みんなここで頂かれちゃったんだなって。なにやら得も言われぬ気分」
来るだろう、とは思っていた言及。
そして高根沢嬢たちが話してしまったことも、これで確定。
べつにね、口止めはしてないけどね……
けど話すものかなあ、とも思わなくもなく。
「こっちも変な気分だよ、あらためてしみじみ言われると」
「わたしも頂かれちゃう?」
「そういう意味じゃなくて。……いやその気はないよ? 本当に」
念のための念押し。ここで彼女にまで手を出してしまっては、さすがに人間関係がこじれ過ぎる。
……いやもう十分こじれきってるか? 仲良し三人にまで手を出してしまった時点で。
ともかくこれ以上はよくない。間違いなく。
いつかの過ちを繰り返さないためにも。
そんな風に決意を新たにしていると、ふと気づく。
小井嬢、心なしか沈んだ様子?
「やはりわたしじゃその気にならないか。まあみんなと違っていろいろ足りてないからね、仕方ないね」
小さな両掌が胸部を撫でつけるように、ぺたぺた。
結構気にしている、のか? 教室などでの様子からも窺えることではあったけども。
しかし、だ。あえて言わせてもらいたい。
「そこはべつに気にならないというか、卑下することないんじゃない?」
「こんなちんちくりんでも欲情できる、と」
「言いかた。……まあでも正直言えば、全然。というかもし迫られたら素直に嬉しいけど」
ものの大小で貴賤は決まらない。
そもそも、そんなこと問題にならないくらい魅力的だと、
「……本当?」
自覚がないんだろうか、このお嬢さんは。
「本当の、本当に?」
「そう念を押さずとも、てか近い近い」
どうもなさそうだな、と、詰め寄られながら思う。
立ち上がり、間近に迫ってくる小井嬢。身長差の分お互いの顔にはまだ距離がある。
けどそれで安全ということはまったくなく、
むしろ上目でじっと見られるのは、こう、かなり来るものがある。
小柄な子って、なんでこんな可愛く感じるんだろう。
「……だって、みんな年相応以上に育って実ってるのに、わたしだけこんなだし……せいちょうがエタってる」
なんて思ってる間も、自らの悩みを吐露する彼女。
言い回しはともかく、わからないでもない。お三方、同世代平均を確実に上まわる体形の持ち主たちだものな。実際触れたのだから、それはもう間違いなく。
「それに……しょっちゅう公助にイジられるし」
加えて、馴染みのもうひと方も彼女の悩みの一因のようで。
あー、まあ、たしかにそういう場面も幾度か見覚えはある……けど、
「それは、あれじゃない? 好きな子にはつい意地悪しちゃう的な」
同性のよしみから、それとなく擁護を。
「は? 普通に不快ですけど。好きならなおさら気を遣うべき」
しかし一蹴。ごめんなにも言い返せないや。
むぷー、と膨れっ面になる小井嬢。あ、これって本気で不機嫌な時の顔なんだ。
けどこれはちょっと……擁護はできないにせよ平くんに若干の同情。この怒りかたは、伝わらないかと。ただただ可愛いだけですよ、これ。
「……ごめん。斎藤に当たるのはお門違いだった」
「それはべつに、気にしないけど」
やがて落ち着いたのか、気まずげに視線は逸れそのまま俯いてしまう。
落ち着くのは構わないけど、両手を俺の体に置くのは、その。詰め寄られた際掴まれて、それからずっとそのままで……ひょっとして気づいていない? 無意識?
指摘すべきか。あるいは変に指摘したら過剰に意識させてしまうだろうか。
「話を戻すけど、わたしに欲情できるというのは本当?」
「戻すんだ。うんまあ、はい。おっしゃるとおり」
「むむ、よもや社会に悖るような趣味? 小さい子しか愛せない的な……わけないか。なつたちも相手したんだし。……節操なし?」
「否定しがたい。けど、べつに誰でもいいってわけでもないよ? 俺も」
「ほう、その心は」
「いやそんな大袈裟なのはなくて。出来ればまあ、魅力的なお相手であれば光栄というくらいで」
「魅力……具体的に、魅力って? わたしにもあるものなの? それって」
いや、これ、この雰囲気。
もうちょっとやそっとの気遣いで変わるような感じでもなくなってきてるような。
「少なくとも大きさには因らないと、俺は思う、けど」
「大きさじゃない。なら、なに?」
「うん、まあ……形? とか?」
これ以上いけない。
そう思えども抵抗といえば、彼女からそれとなく目を逸らすのが、精々で。
「かたち……なら自信ある、かも?」
その彼女、小井嬢がしかし、
至近距離からこちらを見上げていることからは、どうにも意識が逸らせず。
そこにこもる期待、好奇心――
それらが読み取れてしまう自分には、つくづく呆れるよりほかなく。
「確かめて、みる?」
小首を傾げて。
ああもう、本当に。
どうしてこうなっちゃうかな。
白々しいな。薄々わかってたろ?
内心で益体のない応酬。
それらを頭の片隅に、俺は目の前の小さな肩に、そっと両手を――
〈side:Chiyuki〉
「――っ、――っ、…………ッ」
ベッドの上。
およそ人様にはお見せできないだろう状態で仰向けになりながら、
わたし、小井千雪は朦朧とした意識のなか、思い知る。
いわく、
マジカルチ●ポ――実在していたのか、と。




