スニーキング・ミッション
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どうしたものだろう、これ。
俺、斎藤哉は自身の現状について、考える。
「……」
すなわち、視線を感じる。
たとえば移動教室の際の、廊下。
たとえば体育の授業終わりの、昇降口。
あるいは昼、購買へ向かう途中の、渡り廊下。
「…………」
見られている。
廊下の角の向こうや、ドア一枚隔てた先。
こっそり顔を出す、小柄な人物の気配がある。
「……」
「――っ」
振り返ればぴゃっと身を隠すけど。
色素の薄い髪が一瞬なびいて見切れるせいで、正体を隠しきれていない。
(小井嬢、だよな? いったいなんのつもりやら……)
いやもうだいたい想像つくけど。
日永嬢のお相手をさせていただいて、一日明けたのが今日。
その話になったのだろう、昨日あの子たちの間で。
ひねもす恍惚としてたからなあ、彼女。なにがあったのか問い質されないほうが不自然か。
しかし話になったからって素直に白状するのもどうなんだ、と思わなくもないけれど。
原因はまあ、当たりがついた。
けど目的は?
あの野郎親友をあんなにしやがって……そんなところか?
しかし敵意というか、負の感情を向けられてる感じは、しないな、どうも。
むしろそれよりも、
「!? ッ――」
不意打ち気味に振り返って、一瞬見えた表情。
やはりあれは、好奇心か? あたかも珍獣を発見し、観察するかのような。
(あれならまあ、放っておいても大丈夫か?)
少なくとも俺に気があるとかではなさそう。なら過度に気にする必要もないように思える。
新しい遊びを見つけた子供のような印象も、小井嬢からは受ける。であればその楽しみを取り上げてしまうのも大人げないのではないか。 ……なに目線なんだ、と思わなくもない。
俺としても、別段迷惑を被っているわけでなし。
美少女にちょこまかとついてこられるのは、むしろ癒しでさえある。
(しかしあの奇行、お友達はどう思ってるのか……)
昼休みの終わり際、そんなことを考えつつ教室に戻れば。
「そういやチユキ、昼はどこ行ってたんだ?」
「外で食べてた。天気もいいし、たまにはね」
「ん? てか今日、ちょくちょくいなくなってなかったか……?」
「そう? たまたまじゃない?」
一足先に尾行を切り上げたのか、しれっと自席に着いている小井嬢。
どうもあの様子、平くんだけ彼女の奇行に気づいてないらしい。
ちなみに高根沢嬢、桃枝嬢、そして日永嬢の三人からは、今日何度か「うちの子がすみません」みたいな視線をそれとなく向けられている。あ、今も高根沢嬢から。
つまり三人は小井嬢の奇行を関知している。
関知しつつ、あえて好きにさせている?
(止めたりはしないんだ……)
そう思わなくもない。
彼女たちの友情もだいぶ奇妙なものだと、そうもあらためて、思わなくもなく。
〈side:Chiyuki〉
スニーキング・ミッション、続行中。
(対象はいまだ、我が方に気づく素振りなし……)
ふむ。
電柱に隠れつつわたし、小井千雪は観察に集中。
対象は前方をたらたら歩いているノッポの男子生徒、斎藤哉。
いろいろとビハインドの多いミニマムな我が体躯も、隠れるところに事欠かないという点では、現状においてここぞとばかりに役に立っている。
幾度か危ない場面もあったし、なんなら目すら合ったような気もしないでもないけど……
気づいたんならさすがに声くらいかけてくるだろう。
それがないってことは尾行はバレてない。うむ、当然の帰結。
ミッションは順調。
順調すぎて放課後まで続いてしまったが。
(にしてもなんかこう、面白みがない)
一日見ていて思ったけど、
斎藤の暮らしぶりは、なんとも淡々としたものだ。
淡々と授業を受け、淡々とお昼ごはんを食べ、また淡々と授業を受ける。
教室で誰かと談笑したりとかもなく、多少はあったやりとりも最低限のもの。
部活などにも所属していないようで、定時が来ればふらっと教室を去っていく。
(なにが楽しくて生きてるんだ、あの男……)
そんな心配すらしてしまう。わたしにしては珍しい感慨。いや、時間に追われるほど趣味に浸かりきてるわたしだからこそ、そう思うのかも。
つまんねー男、とまでは言わないにせよ。
(そんな男にご執心なのだよなあ、みんな各々)
そこがなかなか不思議なところ。あかり、は、いまいちよくわからないにせよ、あの男の話をするなつはちょっと見たことないような表情をしてたし、みのりに至っては――惚れてまでいると来らあ。驚き桃の木山椒の木でえてやんでえ。
……つい江戸っ子になるくらいわたしも驚愕したのだ。だってみのりだよ? あの告白千人斬り(誇張)の。てっきり男に興味がないものとさえ思っていた。
そんなあの子が、興味どころか惚れさえしている。
その秘密を探るため、我々(総員一名)はコンクリートジャングルの奥地へ向かっている。
(……というかどこ? ここ)
市内の、あんまり来たことない区画。なんとなくいかがわしい感じの裏路地。
そういえば、対象はへんなとこに住んでるんだっけ。親友が三人共々おいしく頂かれちゃったという、彼の者の棲み処。そこに近づいてると思うと、そこはかとなく薄ら寒いけど……
(しかしこの雰囲気。秘密のアジトへ向かうようで、なんともオタク的なわくわく心が)
どことなくエージェント気分。
そんな風に浮かれていたのが、拙かったのか。
「ね、キミキミ、なにしてんの? こんなトコで」
背後から軽そうな声。
振り返れば、こちらに歩いてくるのはやはり軽そうな男たち、数名。
これは、いわゆるウェイ系――!
すなわちオタクの天敵たる者どもが、印象どおりの遠慮ない足取りで、わたしの周囲に……
「女のコひとりじゃ危ないよーこんなトコ、ってうわっ! めっちゃカワイくね?」
「髪キレー。ハーフ? てか制服! オレの母校じゃんキミ!」
「あそこの高校だっけ? へー奇遇。ならなおさらほっとけないよな」
「ホラ、オレたち送ってったげるよ。だいじょぶだいじょぶ! 表の通りまでだからさっ」
「ぁぅ、ぇと」
あくまで親切で、という体。浮かべる笑顔も、一見すれば好青年。
でも、この距離感は……馴れ馴れしすぎるだろ。
わたしがオタクだからそう感じる?
いや、さりげなく退路を塞ぐ立ち位置は、アウトだろ常識的に。
(というか、集るなっ。わたしみたいなちみっこには、平均身長でもさながら壁なんだぞ……!)
それくらいの気遣いもできない者が好青年なものか!
……そう叫びたいけど、上手く声にならない。
こんな状況に陥ったことなど初めてだから。だって普段、こんな怪しい路地になんか入らないし。それにいつもはみんながいるし。なつとかみのりとか、男からしたら声かけにくい感じらしいし。うぅ、威圧感など欠片もないプリティマイボディが恨めしい。
そもそもだ。尾行さえしなければこんなことには……
誰だエージェントとかいって盛り上がってたの! わたしか!
「そーんな怖がんなくていいからさ、ね? オレたちについて来てくれれば、」
肩を抱こうとでもいうのか、男らの一人がいよいよこちらへ手を伸ばし――
「――あの、連れになにか御用ですか?」
そのとき、
男らの壁の向こうから、落ち着いた声。
「あ? なに、連れ?」
「ええ。ほら、行こ」
「ぁ――」
斎藤哉。尾行対象。
よどみない所作で男らに割って入ったかと思えば、素早くわたしを人垣から連れ出してしまう。
かすかな「チッ」という舌打ちを背後に置き去り、
斎藤に手を引かれるまま、わたしはこの場を離れるため、走る――




