第31話 王都の戦い
その日の夜遅く。
親衛隊の一部が王城の守備に就き、他のメンバーは出撃のために王城の北門に集結していた。
「では、行ってきます」
「城の守りはお任せください! みなさんがゴールトンを打ち破るまで耐え抜いて見せます!」
守備隊の指揮官と挨拶を交わす。彼らの役割は重大だ。
俺たちが出撃した隙に王城を占拠されてしまうと、例えゴールトンを討ち果たしても混乱が続くことになる。
守備兵の生存率を上げるためにも素早くゴールトンを倒してしまいたい。
「カーベリオン軍への備えとして、兵の半数以上が王都西門の守備に回っている様子です。今の兵力差なら包囲を突破し、ゴールトンの屋敷に迫れるはずです」
イーリスは約束通りゴールトンの兵士たちを引き付けてくれているようだ。本当にありがたい。
「よし、行くぞ!」
俺たちはゴールトンを倒すべく、城を飛び出した。
「どけどけぇ!」
「ぎゃあああ!」
味方がゴールトン軍の兵士たちを蹴散らしていく。
やはり敵の包囲部隊は油断していたようで、城から出てきた俺たちを見て大混乱に陥った。
「このまま一気に包囲を突破しましょう!」
「そうだな。逃げる者は深追いするな! 遮る者だけを倒すんだ!」
俺は味方に指示を出す。
ここで時間をかけすぎると屋敷までの守備を固められてしまう。
一秒でも早く、ゴールトンの屋敷にたどり着かなくては。
俺たちは王城とゴールトンの屋敷の中間地点までやってきた。
「ダメです! この先もゴールトン軍が待ち構えています」
ここからゴールトンの屋敷に向かうルートはいくつかあるが、斥候に出ていた部下によると、すべてのルートに俺たちの数を上回る兵団が配置されているようだ。
「クライム様、ここは親衛隊にお任せくだされ。私どもが北回りのルートを通って敵を引き付けます。クライム様たちは時間差で南回りのルートを通り、屋敷を目指してください」
親衛隊長の申し出に、俺は即答できなかった。
だが、彼の覚悟の決まった表情を見て、囮をお願いすることにした。
「……よろしくお願いします。必ず生きて再会しましょう」
「ふふっ、善処いたします」
親衛隊長はそう言って笑うと、隊員をまとめて北に向かっていった。
「彼らのためにも、ゴールトンのもとにたどり着かないとな」
俺とフィーナは部下を連れて南に向かった。
「なにっ、敵が北側に現れただと!? 我々も救援に向かうぞ!」
南を守っていたゴールトン軍の兵士たちが北へ移動して行った。
「よし、今のうちに通るぞ!」
俺たちはガラ空きになった道を通過していく。
ここで戦闘にならなかったことに、思わず安堵の息が漏れた。
「フィオネリス殿下!」
南の道を進む途中、背後から声が掛かって心臓が縮み上がる。
慌てて振り向くと、そこに居たのはルミエルだった。彼女は数人の護衛を連れている。
「ルミエルさん!? どうしてこちらに……?」
「殿下が王都に戻られたと聞いて、いてもたってもいられずに駆けつけました。どうか私にもゴールトン討伐のお手伝いさせてください!」
「ここは危険です。ルミエルさんはどうか安全な場所で――」
「嫌です!」
ルミエルが大声で叫ぶ。
その声を聞いた住民たちが集まってきたが、ゴールトンの兵が戻ってくる様子はなかった。
「私、あの日からずっと後悔していたんです。ゴールトンが殿下を貶めるために悪評を流し、殿下は王都での居場所を失った。殿下がずっと苦しんでいたのに、全く力になれなかった。だから、今こそ私に罪滅ぼしをさせてください!」
「ルミエルさん……。分かりました。わたくしを助けてください」
「フィオネリス殿下!」
ルミエルがフィーナに抱き着き、フィーナがルミエルを優しく撫でる。
二人の様子を見ていた住民たちの視線の温度が変わった気がした。
ルミエルらを加えた俺たちは、大した戦闘もなくゴールトンの屋敷に到着する。
だが、そこで敵に見つかってしまった。
「居たぞ! 奴らは袋のネズミだ!」
「くっ! このままだと挟撃される!」
「引き返しても挟撃は防げませんね……」
敵は一本道の前後からやってくるため、退路はどこにも無い。
無視して屋敷に入ると、今度は屋敷の守備兵と挟撃されてしまうだろう。
「クライム様、ここはオレたちが防ぎますので早く屋敷へ!」
「お前たち……」
「クライム様が領地に来たあの日、クライム様は命懸けでオレを守ってくれました。今度はオレが命を懸ける番です!」
彼の言葉に合わせて周囲の部下たちも頷いている。彼らを見て思わず目頭が熱くなった。
「しかし、この人数では時間稼ぎすら厳しそうですね。私たちも、ここに残ります」
「ルミエル様!?」
さすがに危険すぎる。
ここまで来ると安全な場所なんて無いのだが、その中でもここは最も危険な場所だろう。
「クライム様、フィオネリス殿下、どうかこの場は我らにお任せを。ルミエルお嬢様は、この身を賭してお守りいたします」
護衛たちはルミエルを守り通せる自信があるのだろう。余裕すら感じさせる表情を浮かべた。
「分かりました、よろしくお願いいたします。必ずまたお会いしましょう」
この場に残る全員にそう告げると、俺はフィーナとともに屋敷へ飛び込んだ。
屋敷に入ると、そこは大きなエントランスホールになっていた。
正面には大きな階段があり、天井には豪華なシャンデリアが飾られている。
だが、当然それらを楽しむ余裕などなく……。
「囲まれているな」
ホールの一階部分では、ゴールトン配下の兵士たちがぐるっと囲むように並んでいた。
俺たちがホールの中ほどまで進むと、一部の兵士が背後に回り込んで俺たちを完全に包囲する。
「フフフ、よく来たな」
上から声が降ってきたのでそちらを向くと、階段の上に一人の男が立っていた。
彼は50代半ばぐらいでやや細身、頭には趣味の悪い王冠を被っている。
姿を見ただけで、彼がゴールトンだと分かった。
「余の前に立ちはだかるのは、やはり貴女か――フィオネリス殿下!」
「わたくしの悪評を流したのは、クーデターを確実に成功させるためですか?」
「そうだ! 聡明な貴女さえ居なければ、余の筋書き通りに運ぶはずだった。カーベリオンの奴らを利用して反対派を討ち、余が新たな王となってこの国を支配する。それを……あの小娘を引き抜きおって!」
ゴールトンが身勝手な怒りに身体を震わせている。
本当に怒りたいのはフィーナのはずだが、彼女は冷静だった。
「あなたのやり方では人はついてきませんよ。熱狂であなたを選んだ民たちも、本質を見ればすぐに掌を返すでしょう。わたくしが居なかったとしても、あなたの天下は長続きしなかったはずです」
「黙れ! こうなったら貴女を始末して王都を焼き払い、領地に戻って独立を宣言する。貴女を失い、王都が壊滅した王国など恐れるに足りぬ」
ゴールトンは冷徹な笑みを浮かべる。
「そうはさせません。王国のためにも、あなたの野望はここで止めます!」
「たった二人でどうしようというのだ! ……おまえたち、遠慮はいらん。この二人を斬り捨てよ!」
ゴールトンの指示を受け、兵士たちが一斉に武器を構えた。全方位から放たれる殺気が肌を刺す。
彼らはためらいなく王女に武器を向けている。……厄介な相手だ。
俺とフィーナは中央で互いに背中を預け、それぞれ正面の敵に備える。
「背中は任せますよ。……なんか良いですね、こういうの」
「……ずいぶん余裕だな」
「後ろに居るのがあなたですから。負ける気がしません」
言ってくれるなあ。
だが、大切な人にそう言われて燃えない男はいない。
「はああああ!」
空気を切り裂くほどの叫び声をあげ、正面の敵が突っ込んでくる。
攻撃は力強いが直線的だ。――ここ!
イメージ通りに剣撃が決まり、敵は崩れ落ちた。
「意外と強いぞ! 複数で掛かれ!」
その声を聞いて二人の敵兵が同時に動き出す。
彼らは左右から仕掛けてくる。マズいか? いや、足並みが揃っていない!
――右! 躱して、左!
俺は先に来た右側の兵士を切り伏せると、即座に左を向く。
左からの攻撃が眼前に迫っていたが、小さく回避して一撃を叩きこむ。
切られた髪の毛がパラリと地面に落ちた。
二人を一連の動きで倒したことで、目の前の兵士たちが怯む。
その隙に、背後で戦うフィーナの様子を横目で見る。
「はあっ!」
フィーナの鋭い一撃で敵兵の一人が沈む。パッと見た感じ、フィーナが倒した兵士は俺よりも多そうだ。
今の兵士もフィーナの動きが見えていないようだった。
フィーナは大丈夫だろう。……多分、俺よりも強いし。
複雑な気持ちを抱えつつ、俺は自分の戦いに専念した。
――気が付くと、最後の敵兵が倒れ伏していた。
我に返った俺は「ふうっ」と息をつく。
「す、凄い気迫でしたね」
フィーナが引きつった笑みを浮かべる。……何でちょっと離れてるんだ?
何はともあれ、周囲の敵兵をすべて倒し切った。あとはゴールトンだけだ。
「くそっ! 使えない奴らだ」
「さすがのあなたも、もう手詰まりなのではありませんか?」
「まだだ! こんなところで終わるわけにはいかぬ!」
ゴールトンは叫ぶと、剣を抜いて構える。
「気を付けてください。ゴールトンはわたくしより強いですよ」
フィーナが余裕のなさそうな声で教えてくれる。彼女がゴールトンから視線を外さないところを見ると、簡単に勝てる相手ではなさそうだ。
フィーナと連携し、左右からゴールトンに斬りかかる。
「踏み込みが甘いッ!」
ゴールトンはフィーナの剣撃の外に出ると、そのまま俺の剣に向かって一撃を放つ。
――マズい、腕が痺れるッ!
ゴールトンの追撃を何とか回避し、両腕の回復を待つ。
その間にフィーナが何度か攻撃を加えるが、軽く受け止められてしまった。
「フフフ、貴女の踏み込みの甘さは昔から変わらんな」
「くっ……」
ゴールトンに対する苦手意識があるのか、フィーナは攻撃時に強く踏み込めていない。
となると、俺が止めを刺すべきだろう。
お互いに決め手が無いまま戦闘が続いていく。
ゴールトンは体力勝負になると不利だと判断したようで、カウンターに徹している。
こうなるとゴールトンに隙が生まれず、守りを突き崩せない。
「どうした? 長引くほど不利になるのはそちらだぞ?」
味方が突破されてゴールトンの部下たちが増援に来たらアウトだ。
何より、時間が経てば経つほど味方の生存率が下がっていく。
そのことが焦りを生んでいった。
俺たちは何度目かの攻撃を仕掛ける。
「はあっ!」
俺たちが動き出した瞬間、ゴールトンがニヤッと笑った。
――何だ、この殺気は!
本能が警鐘を鳴らすが止まれない。
ゴールトンが俺に数歩接近し、そのまま一撃を放つ。
――しまった!
重い一撃を何とか剣で受け止めたが、衝撃に負けて剣が弾き飛ばされる。
ゴールトンが勝ち誇った顔で追撃の動作に移る。
――ここまで、か。
俺は死を覚悟する。フィーナの悲しむ顔を見たくなくて目を瞑った。
「ぐはぁ!」
俺ではない、誰かのうめき声が響く。
目を開けると、フィーナが今までより一歩深く踏み込み、剣でゴールトンを貫いていた。
ゴールトンの身体がゆっくりと崩れ落ちていく。
「クライムのおかげで、あと一歩が踏み出せました」
そう聞こえた気がしたが、ゴールトンが倒れこむ音にかき消されてしまった。




