第30話 王城潜入
「じゃあクロウ、行ってくるよ」
「最後まで付いていけなくて悪いな。あとは頼んだぜ!」
「シエナ、クロウのことをよろしくね」
「お兄様のことはおまかせください! クライム様のご武運をお祈りいたします」
クロウとシエナにそう声をかけ、俺たちは王都に向けて出発する。
二人が抜けるのは痛手だが、足を止めるわけにはいかなかった。
進軍を続け、俺たちは王都の西門前に到着した。
門は固く閉ざされていて、中の様子は分からない。
「斥候によると、すべての門が同じように閉ざされているそうです」
フィーナが、俺の心を読んだようなタイミングで報告してくれる。
「中の情報が欲しいなあ……」
人員に余裕が無く、密偵を送り込めなかったのが悔やまれる。
ゴールトンが住民や配下たちに支持されているかどうかが知りたい。
支持されていないようなら、外から呼びかければ自壊するかもしれないのに。
「お困りみたいやな」
「ノエル!?」
この場に居ないはずのノエルに声をかけられ、思わず飛び上がりそうになる。彼女は「久しぶりやな」と笑った。
「どうしてここに?」
「一昨日までは門が開いてて、普通に商売ができたんや。やから情報収集も兼ねて王都で商売してた。王都の情報が欲しいって言ってくれる人がおるからなあ」
ノエルはそう言うと、不敵な笑みを向けてくる。
やはり、俺の欲しいものが手に取るように分かるようだ。
俺たちはノエルから話を聴くため、本陣に設置した陣幕に移動する。
そこにはちょうどイーリスとペコルタも居たので、彼女らも一緒にノエルの話を聴くことになった。
「それで、王都の様子はどうだ?」
「ゴールトンがクーデターを起こしてから、そろそろ40日や。初めのうちはゴールトンも熱狂的な支持を集めてたらしいけど、奴が財産を徴発したり多くの住民を徴兵したりしたことで、住民たちが不満を溜めてるわ」
「徴発の対象は住民だけか?」
ノエルが首を横に振る。
「商人と貴族も対象や。おかげで商売上がったりやで……。外に領地がある貴族は大半が王都を出たみたいや」
ゴールトンも軍備を増強しなければ王都を守り切れないと判断したのだろう。
徴発という形を取ったのも、今すぐお金が必要だと感じている証だ。
「親衛隊はどこに行ったのでしょうか。陛下の護衛は数人しか居ませんでしたが……」
「どうやら親衛隊の大半はゴールトンのクーデターに反発して王城に立て籠ってるらしい。彼らが奮闘してるおかげで、ゴールトンは王城に入れてないらしいで」
「――っ! そ、そうですか」
親衛隊の、陛下への忠誠心に感服する。フィーナも感激しているようだ。
陛下やフィーナに対する様々な噂があったが、それでも彼らの忠誠心は揺らがなかったようだ。
「ただ、ゴールトンの軍勢が王城を包囲してるらしい。王城への道が途中で封鎖されてたわ」
「王城にも備蓄はありますが、そろそろ尽きる頃合いのはず。早く助けてあげないと!」
珍しくフィーナが冷静さを欠いている。
親衛隊は大半が顔見知りだと思うし、大切な人も親衛隊に居るのかもしれない。
「都市攻略の戦術として、まず思い浮かぶのは兵糧攻めですが、この状況だと王都陥落前に王城の味方が全滅してしまいますね」
道中、イーリスは『長期戦も視野に入れている』と話していた。しかし、親衛隊の話を受けて方針を変えたようだ。
彼女も人の上に立つ身なので、少しでも犠牲を抑えたいのだろう。
「できれば数日で都市を攻略したいですね。思い浮かぶのは攻城兵器ですが……」
「あいにく、何も持ち合わせていませんね。今から作ろうにも、物資と時間がありません」
ダメ元でノエルを見るが、首を横に振られてしまう。
さすがの彼女でも用意できないようだ。
「そうなると……」
俺はペコルタを見る。
彼女が俺の領地でやろうとした、外壁を登って内側から門を開く作戦が思い浮かんだ。
しかし、この作戦はペコルタをかなりの危険に晒すことになるので、提案することはためらわれた。
「ん? もしかして外壁を登る作戦を考えていますか? 登れる自信はありますが、今日は月明かりがあるので気づかれると思います」
そうだった。あの日は月の無い夜だったが、今日は満月に近い。
ペコルタに危険な任務をさせずに済んだことに安堵しつつ、他の作戦を考えた。
「フィーナ、王都の外壁に脆くなっている場所や、通り抜けられる穴は無いか?」
「壁が破損したらすぐに修繕していましたので、無いと思います。……あっ!」
「ど、どうしたんだ!?」
フィーナが急に大声を上げたので、俺たちは目を丸くする。
「抜け道です! この近くの森に、王城への抜け道があるのを思い出しました!」
「おお! ナイスだ!」
嬉しさのあまり、フィーナの手を取る。これで道が開けた!
だが他の3人、特にイーリスとノエルは微妙な顔をして俺たちの手元を見ていた。
「……どうしたんだ? 抜け道を通れば王城まで行けるんだぞ?」
「抜け道は良いと思いますよ。抜け駆けはどうかと思いますが……」
「???」
ノエルもイーリスの言葉に、何度も頷いている。
俺は二人の様子に、首を傾げることしかできなかった。
その後、抜け道を用いた作戦を立てていく。
「じゃあ、俺とフィーナが抜け道を通って王城に潜入するということで」
「私やペコルタが行くと、親衛隊のみなさんに袋叩きにされますからね。お二人にお任せします」
すっかり馴染んでしまったが、二人は隣国の女王とその側近だ。
いきなり抜け道から王城に侵入すると城内が大混乱になるのは間違いないので、避けるのが無難だろう。
「こちらの指揮はイーリス女王にお願いします」
「お任せください。ゴールトン軍を一人でも多く引き付けておきますね」
イーリスの声は自信に満ちていた。
その日の夜、俺とフィーナは部下たちとともに王都近くの森の中に居た。
全員が背中に食料の入ったカバンを背負っている。万一王城の兵糧が尽きていた場合、これで飢えを凌いでもらおうという考えだ。
「確かここに……ありました! ここを進めば王城内の古井戸に出ます!」
フィーナが記憶を頼りに抜け道への入り口を見つけ、俺たちは順に入っていった。
横幅はそれほど広くないが高さは2m近くあり、普通に歩いて通ることができる。
「意外と高さがあって良かったよ」
「王城から迅速に逃げ出せるように設計されているらしいです。這っての移動になると、追っ手に先回りされてしまいますから」
何にせよ、今の俺たちには好都合だ。
「この梯子を登れば王城です!」
フィーナは早く親衛隊のもとに向かいたいようで、慌てて梯子に手をかけた。
彼女を突き動かすのは王女としての慈愛と使命か、それとも愛情か。
まだ見ぬ親衛隊員に嫉妬し、すぐに自己嫌悪に陥る。今はそんなことを考えている場合ではない。
俺たちは無事、王城への潜入を果たす。
「こっちです!」
フィーナに手を引かれ、王城の奥を目指して走る。
気が付くと、さっきまでのモヤモヤとした感情が消えていた。
「どこに行くんだ? 謁見の間か?」
「王城内にある親衛隊の待機場所に行きます。隊員の誰かに隊長の居場所を教えてもらいましょう」
「急いだほうが良さそうだな」
あえて誰も言及しないが、城内に見張りの姿が無い。
俺たちが親衛隊に見つかることなく場内を走り続けていること自体が異常事態だ。
「ここです!」
フィーナはそう言うと、勢いよく扉を開く。
部屋の中では多くの隊員が座り込んでいるか横になっていて、全く元気が無かった。
よく見ると、隊員たちはみんな疲れ切った表情をしている。
顔の痩せ具合からして、立ち上がれないほどではないが、体力の消耗を抑えるためにあえて座っているように見えた。
「みなさん! 大丈夫ですか!?」
「ああ、フィオネリス殿下だ……。最期にもう一度お会いできて良かった……」
「何を言っているのですか! 王都の外に援軍が来ています。彼らと協力してゴールトンを倒しましょう」
「ですが、城の兵糧も数日前に尽き、私どもは疲労の限界で……」
フィーナが危惧していた通り、王城の兵糧は尽きていたらしい。迅速に動いて本当に良かった。
「ご安心を。食料を持って参りましたので、これで少しでも回復してください」
フィーナの言葉を聞き、隊員たちの目に光が戻ってきた。
その後、俺たちは急いでスープを用意し、隊員たちに提供した。
食事を終えた隊員たちが体調不良を訴えることも無くて安心する。
「久しぶりの食事ですので、まずは胃腸を慣らさなければなりません。いきなり肉を与えてはダメですよ。胃腸がビックリしてしまいますので」
というフィーナのアドバイスに従ってスープにしたことが功を奏したようだ。
だが、俺たちが持ってきた食料は明日の夕方には尽きてしまう。
「できれば明日、遅くとも明後日には打って出ないと」
翌日の夕方になり、親衛隊員はかなり回復した。
彼らによると、体調は8割ぐらいで倦怠感が残っているが、戦闘はこなせるとのことだ。
「フィオネリス殿下、私どもは殿下の指揮に従います!」
親衛隊長がそう言って跪くと、隊員たちもそれに倣って跪いた。
「ありがとうございます。ですが、わたくしは今、クライム様にお仕えしております。ですので、みなさんはクライム様の指揮下に入ってください」
親衛隊の全員がポカンとした顔を浮かべる。
しかし、隊長はすぐに笑顔を見せると、
「フィオネリス殿下がお認めになった御仁ならば異存はございません。クライム様、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げた。
俺とフィーナ、親衛隊長は別室に移動して3人で話し合う。
お互いの持っている情報を共有し、最善の策を検討する。
「つまり、ゴールトンは包囲軍の中には居ないのですね」
「はい。最初は部隊で指揮を執っていましたが、王城の兵糧攻めが始まった頃から姿を見ていません。今は包囲を続けるだけですので、部下に任せているのでしょう」
隊長によると、ゴールトンの陣営についた貴族はほとんど居ないので、彼が一人で政治と軍事を担っているようだ。
「つまり、ゴールトンが部隊に居ない今こそが反撃のチャンスだな。兵糧の問題もあるし、今夜のうちに打って出よう」
「そうですね。日没後であればゴールトンは確実に屋敷に居るはずです。見たところ包囲部隊も緊張が緩んでいますので、勝機は十分にあります」
俺とフィーナの意見に、親衛隊長が頷く。
さらに作戦会議を続け、俺たちは包囲が比較的手薄な北門から出撃することに決めた。




