第29話 行いは自身に返る
徐々に日が傾いてきた。そろそろメディオの軍勢が来る頃合いだろうか。
「クライム様! 正面に軍勢が現れました!」
味方の緊張感が一気に高まる。
「では、手はず通りに」
「畏まりました」
ペコルタはイーリスと短く言葉を交わすと、次いで俺を見る。
イーリスを頼むと言っているのだろう。
俺が頷くとペコルタは笑みを浮かべ、手勢を指揮するべく駆け出して行った。
メディオ軍との戦闘が始まった。
といっても、俺は本陣でどっしりと構えているだけだ。
大半がカーベリオン王国の兵士なので軍の指揮はイーリスが執っているし、領主である俺が前線で剣を振るわけにもいかない。
「そんな顔をしないでください。今回は私に任せて、大船に乗ったつもりでいてください」
イーリスが自信満々にそう言うので、その言葉に甘えるとしよう。
メディオ軍との戦闘はすぐに決着した。
「カーベリオン軍ってこんなに強かったんだな……」
「あっという間に勝ってしまいましたね……」
俺とフィーナは呆然と呟く。
メディオの軍勢は総崩れになっていて、将兵が我先にと逃げ出している。
味方は追撃をかけているが、決して深追いせず、陣形が乱れることもなかった。
俺たちの目の前では、イーリスが『当然』と言うように涼しげな顔をしている。
「相手も油断していましたから、こんなものですよ」
メディオの軍は最初、カーベリオン軍のことを味方だと勘違いして不用意に近づいてきていた。そこを攻撃されたことで大混乱に陥り、戦いの趨勢が決した。
「ですが、兵士たちを手足のように操り、的確に敵の弱点を突いていました。イーリス女王の用兵術、俺も見習いたいぐらいです!」
「ほ、褒めすぎです。それに、ペコルタたちのおかげですよ」
イーリスは頬を染めて笑った。
戦を終えて街に戻ると、領主の従者が出迎えてくれた。
俺たちはそのまま領主の屋敷に案内され、再び領主と面会することになった。
「この街を守っていただき、感謝いたします」
「いえ。街に被害が出なくて何よりでした」
「……決めました。今回の一件、ワシは陛下の陣営につく。メディオを野放しにするゴールトンなど信用できぬ」
「ありがとうございます!」
俺たちは深々と頭を下げる。王都までもう一息だ!
翌日、ウエストマークの領主を味方につけた俺たちは東への進軍を再開した。
領主が『兵の代わりに』と兵糧を分けてくれたので、食料に困ることもない。
「次はメディオ領だな」
「はい。打撃こそ与えましたが、放置すると背後を脅かされる恐れがあります。後顧の憂いをなくすためにもメディオを倒しましょう」
フィーナの言葉に頷き、俺たちはメディオの領地へと向かった。
「……こんな形で戻って来るとはな」
「お兄様……」
メディオの領地について早々、クロウが神妙な顔をして呟く。
クロウはメディオに仕えていたが、メディオがシエナに危害を加えようとしたため、彼を殴って出奔したのだ。
この話をしてくれた時、クロウはメディオを殴った罰を受けずに逃亡したことを思い悩んでいたが、今でも変わっていない様子だ。
街が近づくにつれ、喧騒の声が聞こえてきた。
発生源は街の中央からだろうか。怒声のような声も聞こえる。
「……クライム様」
「ああ、街の様子がおかしい。急ごう!」
メディオの領地の中心部にある街。
そこにはメディオの屋敷や市場、教会などがあり、領内の物流や人流の中心になっている。
一度だけ視察に来たことがあるが、住民の表情は暗く、人通りも少なかった。
だが、今は短剣や木の棒を持った領民たちがメディオの屋敷を囲んでいる。
俺たちからメディオを守ろうとしているのかと思ったが、違うようだ。
彼らは「メディオ、出て来い!」「この独裁者が!」などとメディオの屋敷に向かって叫んでいる。
「……どうやら暴動が起きているようだな。溜まりに溜まってた不満が、昨日の敗戦で爆発したんだろうな」
クロウが複雑な表情で屋敷を見つめていた。
しばらくすると、屋敷の中から轟音が響き渡る。
屋敷の周辺に居た住民たちは、その音に驚いて逃げ出していった。
俺たちは彼らと入れ替わるように屋敷に入っていく。
「ふはははは! ワシはもう終わりだ。お前たちも道連れにしてやる!」
「ひいいいぃ!」
屋敷の中では、自暴自棄になったメディオが剣を振り回していた。
周囲には屋敷の使用人だけでなく暴動に加わっていたであろう領民の姿もあり、何人かは負傷している。
見たところ死人は居ないが、このままでは時間の問題だろう。
「旦那様! もうおやめください!」
メディオは使用人の制止も聞かず、ふらふらと領民に近づいていく。
領民は腰を抜かしていて、とても逃げられる状況じゃない。助けに行かないと!
そう思って駆け出そうとしたが、俺よりも先にクロウが飛び出していた。
全く迷いのない動き出しで、彼の背中からは領民を絶対に守るという意志を感じた。
「クロウ!?」
数歩先を行くクロウを追いかけて俺も全力で走る。
クロウが領民を庇うように抱きしめるのと、メディオが剣を振り下ろすのは同時だった。
メディオの一撃を受けたクロウが力なく崩れ落ちていく。
俺は暴れ狂う心を必死に抑えながら、メディオの剣に狙いを定めて一閃する。
「ぐわぁ!」
剣の腕は素人だったようで、メディオは簡単に剣を手放した。
「今だ! 取り押さえろ!」
俺が叫ぶと、屋敷の使用人たちがメディオを押さえ込んでいく。
「クロウ!」
メディオのことは彼らに任せ、俺はクロウのもとに走る。
クロウは床にぐったりと横たわっていて、荒い息を吐いている。背中が真っ赤に染まっていた。
「はは……。結局……あいつに、斬られるんだな。神様は……見てる、ってことか」
「ああ。そうみたいだな」
俺が一歩、また一歩とクロウのもとに近づいた、その時――
「お兄様!」
メディオの屋敷にシエナが飛び込んできた。彼女の隣にはフィーナの姿もある。
シエナはクロウのそばに駆け寄ると、怪我の様子を確認する。
「お兄様、ご安心ください。傷はそこまで深くありませんので、命に別状はありませんよ」
シエナは冷静さを取り戻したようで、傷に響かないように声を抑えて告げる。
クロウは助かると思っていなかったのか、目を丸くして驚いていた。
「斬られる瞬間に領民を守るために抱き着いただろう。その分だけ身体が剣筋から外れたんだ。お前の善行が、自分自身を救ったんだよ」
「ははっ……。なんだ、それ」
クロウは力なく笑った。
その後、メディオは駆け付けた兵士たちに拘束され、ウエストマークに連行された。
クロウはシエナによって応急処置を施された後、ウエストマークに運ばれ、そこで療養することになった。




